54:何者でしょう?
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それは、因幡が帰宅する1時間前に遡る。
庭先に現れたユキに、最初に気付いたのは夕飯の支度をしていたコハルだった。
ユキは、顔に黒ウサギの仮面を被り、女子中学生の制服を着ていた。
その姿に一握りの警戒心を抱きながらも、ベランダを開けたコハルは、立ち尽くしているユキに優しく話しかける。
「春樹のお友達?」
同じ学校の制服を着ていたので、そう思って尋ねた。
ユキは肩を震わせながら小さく笑う。
「落とし物を届けに来たんだ」
「落とし物?」
ユキはスカートのポケットに手を突っ込み、それを取り出してコハルの足下に放り投げた。
「!!」
それは、血の付着した、春樹の学生証と日向の運転免許証だった。
「ねぇ、桃ちゃんはどこ?」
はっと顔を上げると、ユキはコハルのすぐ目の前まで迫り、右腕を振り上げていた。
ドス!
「…あれ?」
振り下ろす前に、ユキの胸の中心が、背後から桜の“ファントムサイズ”の切っ先に貫かれていた。
ファントムサイズは悪夢を見せる鎌。
実害はないが、それで切られた相手はしばらく悪夢の中を彷徨う。
ユキがその場にがくりと両膝をつくと、桜はその漆黒の大鎌を引き抜き、コハルに駆け寄った。
「母さん! 大丈夫!?」
大学から帰ってきたところ、ベランダでコハルに襲いかかるユキの姿を見て瞬時に駆けつけたのだった。
コハルはその場に座り込み、血に塗れた学生証と運転免許証を拾い、手を震わせていた。
「桜…っ、日向さんと…、春樹が…っ」
息子と夫を殺されたかもしれないという、押し潰されそうな不安に襲われたコハルを、桜も学生証と運転免許証を見下ろしながらもなだめようとする。
「落ち着いて…。あの2人ならきっと大丈夫だから…。ともかく、ここから離れないと…。私から早乙女さんに電話を……」
ザン!!
「!!?」
「桜!!」
言いかけた時、桜は背後からユキに切り付けられた。
「ちょっと邪魔しないでくれる?」
うつ伏せに倒れた桜は、肩越しにゆっくりと立ち上がったユキを見て、「なぜ…?」と疑問を口にする。
なぜ、幻術から抜け出せたのか。
「なんでだろうねぇ? 夢を見たことがないからじゃない?」
無邪気に笑うユキに桜は目を大きく見開く。
あっさりとそんなことを言われても受け止められるわけがなかった。
今までファントムサイズに切られて悪夢を見なかった人間などいなかったからだ。
ユキは土足でベランダからダイニングに上がり、コハルと桜を見下ろす。
「落とし主の心配ならしなくていいよ。殺しはしてない…。ボクの気が済むまでいたぶっただけ…」
「あなたは…、誰なの…!? 卯月の者…!?」
歯を噛みしめたコハルは、ユキを見上げて睨み、唸るように尋ねる。
ユキはコハルを指さし、「それ」と言って言葉を続けた。
「ボクは誰でしょう?」
「!?」
「卯月関係者ってのは合ってるよ。…強引だったけど、フユマからクロトを奪った。アンタの、元・婚約者で、従弟の、フユマから」
「「!!」」
それを聞いて、コハルと桜の顔色が再び変わる。
それを面白げに見ながら、ユキは口元を歪ませた。
「ボクは、22代目クロトのユキ」
卯月にいたコハルも桜も、その名に聞き覚えはなかった。
名乗りはしたが無反応な2人に、今度は深いため息をついて肩を落とす。
「まあ、ボク自身のことは知らないよね。…でも、コハル、アンタとはすっごく因縁深い関係にあるんだよ? ボクはアンタを何者扱いしていいかわからないし、アンタもボクを何者扱いしていいかわからなくなるほど…」
「……あなたが何者かなんてわからないけど…、私達家族に害をなすというなら、容赦なんてしない…!!」
コハルは胸ポケットから万年筆を取り出し、空いてる手で桜の肩をつかんだ。
「桜、あなたの鎌は効きそうにない…。相手の狙いは桃ちゃんみたいだから、外へ逃げて桃ちゃんを…!」
「はい、コソコソしゃべらなーいっ!!」
ユキが腕を勢いよく振り下ろすと同時に、床に素早く描いた魔法陣から氷の壁が飛び出し、コハルと桜を守る。
「桜、早く!!」
「母さ…っ。…っ!!」
コハルに退く気はない。
シロトがいないコハルでは、自分を守ることで精いっぱいだ。
消耗も激しく、早くもコハルの顔に疲れが表れていた。
援護に回りたくても、ユキにファントムサイズは効かず、桜は悔しさに歯を噛みしめながらも自力で起き上がり、「早乙女さんを連れてまた戻ってきます」と声をかけてセナの痛みに耐えながらダイニングから駆け出ていった。
ダイニングに残された、コハルとユキ。
「間に合うわけがないよ…」
桜が出て行ったのを目で確認したユキは、ぼそりと呟いた。
同時に、氷の壁が破られ、その衝撃にコハルは尻餅をつく。
「うっ…」
「ほら、もう終わるじゃない?」
「…っ」
「ねえ、ボクは、何者なの?」
まるで迷子の子供のような声だった。
*****
一刻も早く桜を病院に運んでもらえるよう蓮井にヘリを手配してもらい、駆けつけた夏目と城山に桜の付き添いを任せ、神崎と姫川はタクシーで因幡の家に向かっていた。
因幡の家が襲撃され、帰宅した因幡も、犯人と鉢合わせすればただでは済まされないだろう。
姫川とともに後部座席に座る神崎は、タクシーの運転手を急がせた。
「こうも立て続けに事件が起こると体が持たねえぞ、マジで」
姫川は疲労感を漂わせながらサングラスを指先で押し上げる。
タクシーの背もたれが唯一の休息だ。
神崎は「呑気に言ってんじゃねーよ」と気が急いている様子だ。
だが、目の前の信号は赤で、その待っている間ももどかしい。
「あの姉ちゃんの傷、普通の強盗犯がつける傷かよ…っ」
「逆に普通の強盗犯ってなんだ。包丁やらナイフの傷じゃねえのは一目瞭然だが、また悪魔だのなんだの騒ぐ気か? 勘弁してほしいぜまったく…」
「あのな…っ!」
茶化すような姫川の言い方に腹を立てた神崎が文句を言おうとした時だ。
突然、バンッ、とタクシーの上が音を立てた。
タクシーの運転手も何事かと、上を見上げる。
はっとした2人は顔を見合わせ、同時に左右のタクシーの窓を開けて身を乗り出した。
薄闇で見えにくかったが、石矢魔の制服を着た背中が、停車中の車の上を飛び移りながら自分達とは反対方向に走っているのが見える。
「いたっ!!」
「つうかすれ違い!!」
「オッサン!! UターンだUターン!!」
慌てた2人は、因幡の背中を見失わないように窓から体を乗り出したまま、タクシーの運転手に怒鳴った。
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