53:私達、付き合ってます。
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「神崎っ!!」
駅付近の住宅街に逃げ込んだ神崎の肩を、追いついた姫川がつかむ。
「はぁっ、放せよっ!!」
息を荒げながら神崎は振りほどこうとしてバランスを崩し、傍にあったポストに背中をぶつけた。
ようやく立ち止まり、姫川も前屈みになって呼吸を整えようとする。
「はぁっ、はぁっ」
身体は苦しいくせに、神崎もよくこれだけ走れたものだ。
姫川は体勢を戻すと、神崎に手を伸ばした。
はっとした神崎は「触んなっ」と手を横に振ったが、姫川はその手首をつかんで口元まで近づける。
「やめろっ。てめーだって気色悪いんだろが!」
神崎はその手を振り払おうとするが、力は入らず、姫川も痛いくらいに握りしめていた。
「好きでもねえのにすんなっ! そんなに因幡にやらせたくねーのかよっ!」
それを聞いて、姫川は動きを止めて「どういうことだ?」と怪訝な顔をする。
「つまり…だな…。おまえが、因幡を好きじゃねえかと…」
口にするのは戸惑った。
それで姫川が頷けば、明日から3人の関係も変わってしまうからだ。
顔を逸らしながらそう言った神崎に、姫川は「はぁ…」と魂が抜けだしそうなため息をついた。
「神崎自身、あいつにそういう気持ちは?」
「あ…、あいつは…、因幡は、そういうの…じゃなくて…、妹みたいな……」
言葉を選んでいるのか、神崎が片言でそう言うと、姫川は、フ、と笑った。
「たぶん、本人もそう思ってんだろうな…。安心しろ。オレもだ」
「あ…っ」
不意に手首が熱くなり、見ると、姫川が手首にキスしていた。
じわじわと、体の熱が引いていくのがわかる。
同時に、顔に別の熱が集まった。
「姫川…」
空いてる左手の指先がそっと神崎のチェーンに触れる。
「神崎……」
この胸の早鐘は、嘘か、本当か。
神崎と違って複雑な考えを持ち合わせる姫川は赤らんだ神崎の顔を見つめ、やはり考える。
神崎は、いつもと違う姫川の様子に、不安を覚えていた。
手首は握られたまま。身体を苦しめる熱は引いたというのに、振り払うことができない。
迂闊に動くこともできなかった。
互いの口元からこぼれる白い息。
それが近づいてきた時だ。
不意に、姫川の背中になにかがぶつかった。
「!」
「姫川…君…っ」
肩越しに振り返ると、息せききった小柄な体がそこにあった。
「おまえ…」
「因幡の姉ちゃん!?」
知り合いだと気付くと、神崎はすぐに姫川から離れた。
今のシーンを見られていただろうかと変な汗が出て、姫川の背中にしがみつく桜にはっとする。
「姫川おまえ、まさか因幡の姉ちゃんと…! この野獣がっ!」
「だからっ、どこからそんな解釈出てくんだ!」
人聞きの悪い神崎の言葉が聞き捨てならず姫川が言い返すと、桜は辺りを見回した。
「桃ちゃんは…、桃ちゃんはどこ…?」
その切羽詰った表情に、2人を顔を合わせ、桜を見る。
「因幡なら駅に…」
姫川が答えると、桜は「そんな…」と呟き、ずるりと姫川の服をつかんだまま膝をついた。
「! おい…、具合が悪いのか…?」
そう言って桜の背中に手をまわして支えようとした姫川だったが、その手に触れた生温かいものに目を大きく見開いた。
桜の背中を触った手を見ると、真っ赤な血がべっとりと付着している。
その手を姫川越しに見た神崎も息を呑んだ。
「…っ!!?」
桜の背中には、まるで獣の鋭利な爪によって切り裂かれたような傷があった。
桜がやってきたと思われる道を見ると、血が点々と続いていた。
「おい!! なにがあった!?」
笑い事では済まされない事態に、姫川は息も絶え絶えな桜に呼びかけた。
こんな体を引きずって因幡を探していたのだ。
因幡にも危険が迫っているのかもしれない。
「おねがい…っ、桃ちゃんを連れて…、この町から…、逃げて…っ」
口端から血を流しながら桜は懇願する。
ちょうどその時、夏目と城山も駆けつけてきた。
*****
いつものこの時間なら点いているはずの家の明かりがない。
家に戻ってきた因幡は、玄関のドアを開けて「ただいまー」と声をかけるが、返事がないことに怪訝な表情を浮かべ、「母さん」「父さん」「姉貴」「春樹」と順番に名前を呼んでみるが、こちらも返事がない。
ゆっくりと暗い廊下を歩き、ダイニングに入る前に仕事部屋を見る。
そこにコハルの姿はない。
「出かけてんのか…」
それなら電話やメールを入れるはずだ。
ダイニングのドアを開け、その光景に因幡は「…あ?」と思わず漏らした。
そこにあったのは、いつもの家族団欒の光景ではなかった。
ベランダのガラスは粉々に割られ、壁には穴やなにかで切り裂いた跡があり、家具はほとんど壊され、床には誰の者かわからない血が散乱して白のカーペットを汚していた。
「……………」
じわじわと込み上げてくる焦燥感と、冷や汗。
時間をかけて冷たい実感が体に入り込んでくる。
心臓も早鐘を打ち、呼吸も乱れてきた。
ゆっくりとダイニングを歩いていると、こつん、となにかが足先にぶつかる。
見下ろすと、血が付着した、春樹の学生証と、日向の運転免許証がそこにあった。
「は…、春樹…、父さん…っ」
返事はない。
「姉貴…! 母さん…っ!!」
やはり、返事はない。
「!」
ベランダから見える庭を見ると、家を囲むブロック塀に不気味な血文字が書かれてある。
“鉄橋で待ってるよ 来ないと お母さんをブッ殺しまーす”
読み終わると同時に、因幡の目が激しい赤を帯びた。
.To be continued