45:くしゃみをしないでください。
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因幡家の玄関前に到着した神崎と姫川。
ピンポーン、と神崎がインターフォンを鳴らしたが、誰も出てこない。
「…出ねえな」
こちらも一大事なのだ。
出ないからといってすぐには諦めず、神崎はしつこくインターフォンを鳴らした。
これで家主がいれば、普通は怒って出てくるだろう。
「因幡――――!」
名前を呼びながら押し続けていると、カギが回される音が内側から聞こえ、プッシュし続けていた神崎の指が止まる。
「げほげほ」
半開きのドアから顔を出したのは、マスクをつけ、真っ青な顔をした春樹だった。
「あ゛…、がんざぎざん…っ」
喉までやられているのか、濁点だらけの言葉とともに春樹は苦しいのか嬉しいのか判別つけにくい笑みを、姫川に向けて浮かべた。
「弟、そいつ姫川」
眩暈も起こしているのだろう。
力尽きたのか、春樹は姫川に向かって倒れ、目の前にいた姫川は反射的にその体を支え、額に手を当てた。
「うわっ、熱っ!」
思わず手を離すほどだ。
神崎と姫川は協力して春樹に肩を貸し、因幡家に上がり込む。
「お邪魔します」は言い忘れない。
靴には日向以外の因幡達の靴が見当たった。
春樹をダイニングまで運び、ソファーに寝かせて神崎はソファーにかけられていたタオルケットをかけてやった。
「家の奴らはなにしてんだ…」
姫川が呆れるように呟きながらダイニングを見回していると、ダイニングのドアが開き、そこにピンクの毛布に包まった桜が入ってきた。
こちらも、大変青い顔をしていて、足取りはふらつき、それでも愛想のいい笑みを浮かべようとしている。
「あら…、いらっしゃい、2人とも…。今、お茶を……」
「「おかまいなくっっ!!」」
ふらふらとキッチンへ向かう桜を止める2人。
テーブルの席に座らされた桜も息が荒く、寒いのか体を震わせていた。
「ごめんなさい…。久々に体力(魔力を大量に)使ったら、体調崩しちゃって…;」
冷蔵庫を失敬してそこにあった冷えピタを額に貼られた桜は、毛布に包まって机に伏せたまま2人に謝った。
それからソファーで寝込んでいる春樹に目をやり、「春樹にも移っちゃったみたい…」と申し訳なさそうな顔をした。
「いいから。ゆっくりしてろ」
キッチンに立つ姫川はそう言って、ポットに湯を沸かしていた。
同じくキッチンに立つ神崎は棚から柚子ティーのティーパックを見つけ出す。
「桃ちゃんなら2階の自分の部屋にいるわ…。あの子も寝込んでるみたい」
「だからケータイ出なかったのか…」
神崎がそう言うと、姫川は「母親の方は?」と尋ねると、桜は机に伏せたままドアを指さした。
「仕事部屋に…」
姫川は一度IHの電源を切り、神崎とともにその仕事部屋へと向かった。
仕事部屋はダイニングの隣の部屋にある。
娘たちが非常事態なことに気付いているのだろうか。
姫川はドアノブに手をかけ、仕事部屋のドアを開けた。
「う…っ!!」
死臭のようなどんよりとした真っ黒な空気がドアから漏れた気がして、神崎と姫川は躊躇いながらもおそるおそる中を窺う。
見ると、漫画ならばモザイクが必要だと思うほど、仕事部屋は修羅場と化していた。
コハルは奥の机で万年筆を握りしめるというか、手と万年筆をガムテープでくくりつけたまま、目の前の原稿に線を引いていた。
アシスタントも同じだった。
額に冷えピタを貼り、げっそりとした顔をしながらも必死にトーンを貼り、ベタを塗っている。
ずっと徹夜しているのか、目の下にくっきりとしたクマも見当たった。
「先生が桃ちゃんの学校に行ってる間、編集から催促のお電話が何度も…」
「焦らさないで。5分ごとに言わないで。私が悪かったわ…っっ!!」
手を忙しなく動かしながらコハルは叫ぶように言った。
そこでふとなにかを思いついたのか、一度手が止まる。
「……〆切撲滅委員会を作りましょう」
「「「「「手ぇやすめないでくださいっ!!!」」」」」
「〆切…っ、撲滅すればいいのに…ッ」
泣き出したコハル。
ぱたん…、と姫川と神崎は静かにドアを閉めた。
一生踏み込みたくはない領域だ。見なかったことにする。
再びダイニングに戻ってくると、姫川はもう一度IHの電源を入れてポットを沸かし、神崎が並べたマグカップに柚子ティーを淹れた。
春樹と桜、因幡の分だ。
コハルにも淹れるべきかと迷ったが、追い出されるか、逆に捕まりそうな気がしたのでやめておく。
まさかダチの家に来て、その家族の介抱をすることになるとは。
自分のことに関しても放っておくこともできず、神崎と姫川は赤色のマグカップを持って2階へと上がり、因幡の部屋の前へとやってきた。
ノックをしても返事はない。
「入るからな」
神崎が一声かけてドアを開けると、そこから漏れた熱気を感じ取った。
「部屋熱っ!」
予想外の室温に2人は思わず仰け反った。
暖房のかけっぱなしかと思われたが、電源は入っていないようだ。
その下のベッドには、顔の半分まで毛布を被った因幡が寝込んでいた。
「換気!! 換気だ!!」
部屋に足を踏み入れた神崎は、直進してベランダの窓を開けて熱気を逃がした。
こんな炬燵の中にいるような室温に長くいれば体調を悪化させるだけだ。
「はぁ、はぁ…」
因幡は寝苦しそうに眉をひそめたまま眠っている。
姫川は柚子ティーをテーブルに置き、因幡の額に手を当てた。
こちらもかなりの高熱だ。
「救急車呼んだほうがいいんじゃねーか?」
因幡家がそろってこのありさまだ。
「くしゅっ」
その時、因幡がくしゃみをした。
同時に、神崎に尻尾が生えた。
「うわ!?」
「!」
突然現れた尻尾に驚いたのもつかの間、
「くしゅっ」
「なに!?」
因幡が再びくしゃみをすると、今度は姫川の尻に尻尾が出現した。
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