24:凶暴兎がブチ切れました。
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“桃ちゃんを、ブチ切れさせてみてよ”
それが仮面の少年の指示だった。
それが目的だったと言ってもいい。
だが、実際は事態の想像を越えていた。
念のためにと因幡を縛っておいた手足の布が、ブチリと切れてしまった。
ゆらりと立ち上がる因幡。
その目は虚ろで冷たく、なのに燃えるような赤色を帯びていた。
髪の色も、赤のメッシュを残して徐々にコハルのように真っ白に染まっていく。
「殺す」
宣言され、身の危険を感じた鮫島は咄嗟に右手を自身の胸に当てて移動しようとした。
ボキィッ!!
「ぐああっ!!」
だが、そうする前に懐に入り込まれてしまい、右手首を蹴り上げられ、逆方向に折られてしまった。
気付かれていたかはわからないが、次元転送はすべて右手が行っていたことだ。
封じられてしまっては別空間へ逃げることもできない。
唯一の逃走経路を失い、翻弄される。
「どうした!? とっとと逃げろよ!!」
因幡は口元に不気味な笑みを浮かべ、右手首を左手でつかみ、片膝をつく鮫島の背中を踏む。
「ぐ…!」
「桃ちゃん…!」
「どうしたんだ、因幡の奴…!?」
冷酷な行動をする因幡に、コハルと神崎は絶句した。
鮫島は本気の殺意を抱く因幡を見上げる。
(まずい…! なんだこのバカみたいな魔力は…!?)
魔力を封じるために使用した拘束具を破るほどだ。
膨大な魔力が溢れている。
背中を踏みつけられ、ゆっくりと力を込められ、全身の骨が軋んだ。
「がは…っ」
めり込む鮫島の体を中心に、屋上にヒビが刻まれる。
(殺される…!!)
「まだ…っ、死ねな…」
「いや、死ねよ」
「ダメ!! 桃ちゃん!!」
コハルの叫びも聞かず、因幡はトドメを刺そうとした。
その時、殺気立つ因幡の肩が軽く叩かれる。
「もうその辺で勘弁してやったらどうだ? 殺したら、親御さんが泣くぞ、クソったれ」
「!!」
頭にはバンダナが巻かれ、口には無精髭を生やした中年の男だ。
「…!! 禅さん…!?」
コハルは驚愕の表情を浮かべた。
現れたのは、早乙女禅十郎だ。
「久しぶりだなー、コハルちゃん」
「邪魔…すんなっ!!」
トドメを邪魔された因幡は回し蹴りを早乙女の顔面に食らわそうとしたが、その強烈な一撃は右腕で防がれる。
「!」
「嬢ちゃん、頭を冷やした方が…。!」
鮫島が消えた。
右手は使えなくされたはずだ。
「…勝手なことをさせてしまったな…。けど、一応オレ様の大事な執事だから、殺すのは勘弁してやってくれ」
声は、ペントハウスの上から聞こえた。
全員がそちらに振り返ると、鮫島に肩を貸す、フユマの姿があった。
相変わらず、パーカーのフードを被り、顔を隠している。
「フ…ユマ様…」
「まんまとアイツの口車に乗せられたか…」
フユマは、今は意識朦朧としている鮫島の勝手な行動を責めず、呆れるような口調で言った。
「…コハルちゃん…、桃ちゃんのこと、よく考えるべきだな」
「なにを…」
「見ただろう。もう、手遅れだ」
そう言い残し、フユマは鮫島に肩を貸したままペントハウスから飛び下り、姿を消した。
「あ…、ああ…っ」
標的がいなくなり、因幡の殺意と魔力が行き場を失う。
「あああああっ!!!」
屋上に絶叫が轟き、冷たい強風が吹き荒れ、因幡の足先が徐々に凍りついていく。
「ヤバいぞ! このままだと、自分の魔力にとり込まれる…!!」
フユマが言っていた手遅れというのはこのことだ。
大きなショックで自我を見失い、制御することもできない。
「どうすれば…!」
“コハル! 不本意かもしれんが、契約しろ!”
万年筆から飛び出したシロトがコハルを促す。
「嫌よ!! だって、そんなことをしたら…!!」
フユマ達の思うつぼになってしまい、家を飛び出した意味がなくなってしまう。
因幡が今度こそ人間らしい生活を送ることが叶わなくなる。
“今、娘を死なせる気か!!? ワシ以外止められるとでも!!?”
凍結化は止まらない。
因幡の両脚が氷面に包まれる。
「ここで契約を!?」
「シロトの言う通りだ! 時間がねえ!!」
「なにが起きてんだ!! 説明しろよ、オッサン!!」
状況についていけなくなった神崎は立ち上がり、早乙女の胸倉をつかんだ。
コハルは意を決し、鮫島が落としていったメスをつかみ、自分の右手を切り付け、流血を確認したあと、因幡に走り寄った。
「桃ちゃん、ごめんなさい!!」
因幡の手をとり、その右手をメスで傷つけたあと、自分の右手を重ね合わせる。
「シロトの契約を譲渡します…!」
悔しさのあまり、コハルの目に涙が浮かぶ。
「シロト、桃ちゃんを止めて…!」
母と娘の右手から滴る血が儀式の円陣を描く。
その範囲は、屋上の半分を占めるほどだ。
早乙女と神崎は足下に描かれた血の円陣を見下ろす。
「血…!?」
「騒ぐな」
“契約成立じゃ”
万年筆から出た青白い光は、宙で3つの光に弾け飛び、ひとつは因幡の靴に、ひとつは神崎の胸に、そしてもうひとつは倒れた姫川の背中に入り込む。
光が消えると同時に、因幡、神崎は力を失ったかのようにその場に倒れた。
因幡の髪の色が元の黒髪に戻る。
ホッとしたのも束の間、次の瞬間、コハルは頭を抱えた。
「失敗だわ…。そういうことだったのね……」
「おい、どうしたんだ」
「それはあとで話すから。禅さん、姫川君は…」
早乙女は姫川に近づき、仰向けにひっくり返した。
思ったほど出血していない。
不審に思ったコハルは、穴の空いた部分に指を入れ、あるものを取り出した。
「あら…」
ライブ大会優勝賞品の金のギターホルダーだ。
メスで突かれ、砕けていた。
「……運のいい奴だよ」
遠くで、騒ぎを聞きつけたパトカーのサイレンが聞こえた。
.To be continued