騒動

緊迫した状況に、俺は歯噛みした。
 
「あんた達、バカやってんじゃないわよ! その子たちを離しなさい!」

 気丈な母さんが、強盗たちに怒るが、意味はなかった。 

 キッズコーナーを陣取った強盗犯達はにやにや笑いながら、人質にとった三人の子どもたちの頭に銃口を張りつける。

「俺の声が聞こえなかったか。トランクス社長。ブルマ会長。ガキの命が、惜しかったら、今すぐお宅の会社にある金庫に案内してもらおうか?」

 くそ。こんな奴ら、本当なら一捻りなのに。
 母さんを見ると、母さんは俺の考えを読み取って、静かにうなずいた。

「わかった。案内するから、金を交換に子ども達を解放しろ」

 強盗犯のボス格らしい大男が、笑いながらうなずいた。

「もちろんだ。金さえ手に入れば、俺達だってこんな小うるさいガキどもに用はない」
 
強盗が抱えた子供たちをゆすって見せる。

幼い子どもたちは、さっきから恐怖に震え、声もなく泣いている。

 かわいそうなことを。

子ども達を安心させようと、微笑んで見せようとした、その時だった。

「あーあ。あんたたちド素人だな」

緊迫した空気に似合わない女性の声が広間に響いた。

仲間の強盗犯に壁の隅に追いやられ、成り行きを見守っていた社員たちがざわつく。

声に釣られて後ろを見ると、黒髪の女性が立っていた。

艶やかな黒髪に、切れ長な目。肌は雪のように白くて。とても美しい。

華奢な体を揺らして、こっちにやってくる。
俺はあわてて彼女の行く手をふさいだ。

「ダメです! 早く廊下へ戻って下さい!」

彼女はふんっと鼻を鳴らすと、横をすりぬけて、壁に寄った社員たちの前にいる強盗犯に歩み寄った。

女性の視線がキッズコーナーに移り、グルリと周囲を見回して、社員たちにライフルをかまえる覆面男の前にたたずむ。

「ふーん。五人で強盗、ね」

「な、何だてめぇ!」

覆面男があわてて女性にライフルを突きつけた。

「やめろっ!」

俺はあわてて駆け寄ろうとした。
が、女性はすかさず、ライフルを鷲づかみにすると、上に銃口を向け、引き金に触れた覆面男の指を押した。

連続して銃声が鳴り響き、天井の照明のガラスが爆ぜて、部屋中に散らばる。

「あり?本物?」

「あ、当たり前だ! バカかお前は」

怒鳴る覆面男に女性は「たっはっはっ」と、歯を見せて笑った。

それが信じられなかった。

笑ってる?

こんな状況で?

彼女は不敵な笑みを浮かべたまま、困惑する俺の方へ近づき、まわりに聞こえないほど小さな声で、呟いた。

(あいつのライフル、もう弾切れだ。予備の弾もスったよ)
「……!!」

唖然とする俺を見て、彼女は片目を閉じてウインクしてみせた。

(私にまかせとけ。礼は、たっぷりしてもらうけどな)

「……」

彼女の自身に満ち溢れた笑みに、押されたまま、彼女の背中を見送る。

彼女は堂々とした態度で、子ども達を人質にとる強盗犯に言った。

「ねえ。人質交換しない? そこのチビたちと、私をさ」

強盗犯達が目を丸くして、全員がハモった。

「はっ?」

彼女は肩をすくめてみせる。

「よく考えてみろよ。どーせ、金を盗っても、チビたちを盾に逃げる気だろ?ギャーギャーさわいで、めんどくせーガキ複数か、それとも私か。どっちがいいと思う? あとを考えると、いろんな意味で、私は使えると思うけどねぇ」

と胸を寄せ、あごを引くと媚びた笑みを作った。

強盗犯のボスらしい大男が、その意味を理解し、下品に笑う。

「なかなか潔い姉ちゃんだ。……へっ。良いぜ。あとでたっぷり可愛がってやる」


 欲にかられた笑みに、胃が火に炙られたような気分になる。

大男が「へっへっへっ」と笑ったまま、子分に目を配る。
すると、強盗犯三人が抱え持っていた三人の子どもを、ガラスの破片が飛び散った床へとほおり投げた。
「なっ! バカヤロっ!」
 黒髪の彼女の表情が、初めてあせりにゆがむ。
「くっ!」
俺はガラスの破片が散らばった場所へ回りこむと、ガラスの破片に突っ込む前に子ども達をキャッチした。

「ほー。さすが腕っぷしが強いと評判のトランクス社長。良い動きだな」

嫌味な調子でしゃべる大男をにらむと、彼女は大男の腕の中に納まっていた。

(こいつ、隙をつかれないように、わざとやったな)

ワンワンと泣き出す子供たちの声をBGMに、大男は彼女をなめるように見回すと、おもむろに彼女のカッターシャツの襟もとに指を差し入れて、服を引き裂いた。

ボタンがはじけ飛び、引きちぎられたシャツから、白い胸と細いウエストが露わになる。

「いい身体してるな」

勝ち誇ったような顔をして、大男は俺を見た。

「おい! 早く金庫に案内しろっ! さっさとしねぇと、こいつの身ぐるみ、全部剥ぐぞっ!」

「……お前っ!」

カッと頭に血が上ったとたん、ゆるい声がひびいた。

「あのさぁ。私を使って、純粋無垢な若人を煽るのも結構なんだけど。あの防犯カメラ、壊さなくていいわけ?」

大男が寝耳に水を差されたような顔をして、彼女を見る。

彼女はダルそうな顔をして、大男を横目に見上げた。

「私、今日が初出勤なんだけど、カプセルコーポレーションすげーんだよ。警察なんてこの世にまだいないのにさぁ。いたるところに防犯カメラやら、防犯センサーがついてんの。いったい警察の代わりに何が飛び出してくるんだろうなぁ? 私がここから確認できるだけでも、一だーい。二だーい。三だーい。っと」

細い指が、次々にカメラが設置してある場所を指さしていく。

大男の顔が焦りで引きつった。
あわてて子分を怒鳴りつける。

「おい! ユケン、ゲル、カノボー! カメラを破壊しろ!」

「たっはっはっ! 廊下にもいっぱいあったけど、気長に壊してくしかねーな。ガンバレ!」

「黙れっ!」

パンッと、生々しい音がした。
大男の顔が怒りまかせに、彼女の頬を裏拳で殴ったのだ。

「おお、こわい」

彼女は悲鳴も上げず、口の端から血を流したまま、ニッとほほえんだ。

「女の子に手を出すのはやめなさいっ! すぐに金庫に案内するわ。防犯センサーと監視カメラは、あんた達みたいな連中が金庫に侵入した時に、作動する仕掛けになっているわ。防犯ロボットが来る仕掛けになってるの。すぐ、解除するから、それ以上彼女を傷つけるのはやめなさい!」

母さんが声を荒げた。金庫に向かう廊下まで歩くと、強盗犯がついてくるのを待っている。

俺は抱えた三人の子ども達を解放すると、頭をなでた。

「もうちょっとの辛抱だからね」

そう言うと、立ち上がって彼女に銃口を向けた強盗犯を睨みつけた。

睨んだつもりが、ふっと吸い寄せられるように、彼女と目が合った。

キョトンとした顔をした後、口の端をキュッと上げて、片目を閉じる。

(何か考えがあるのか?)

思わず信じてしまいそうになる不思議な笑みだ。

彼女に伝わったかどうかはわからないけれど、俺は目だけでうなずいた。

あなたを信じてみます。

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