このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

新しい生き方

 意識が浮上すると、肌をすべる風を感じた。
 鳥のさえずる声をとらえ、目をあけると、白い天井が広がっている。

 ・・・・・・どこ、だ?

 鼻からアルコールのにおいを感じ、首をゆっくり左右に動かす。
 病院、だよな。
 シンプルな備品。横には点滴スタンドがたてられ、点滴ボトルから管が延び、針はわたしの腕に刺さっている。

 病人扱いかよ。

 体をもぞつかせ、針を引っこ抜こうと手をのばすと、骨ばった手がそえられ、止められた。

 横を見ると、今そこに来たばかりって感じの、若社長が立っていた。
 若社長の目が見開き、すぐに顔をかがやかせた。

「ルンルンさんっ!」

 両手で手をつつみ、しっかりと握られる。

「よかった! もう一週間も目が覚めなかったんですよ」
「・・・・・・ここ、どこ?」
「西の都の病院です。待ってください。今、医師の方に来てもらいます」
「ちょ、っと、待て」

 ナースコールに手を伸ばそうとする若社長を止める。のどがからからに乾いていて、うまくしゃべれない

「後でいい。どうなったんだよ。あれから。それ、教えて。落ち着かない」

 若社長は口元に笑みを作って、ベッドの横に用意された水差しを手に持った。
 くびの後ろに腕を差し入れられ、支えられる。

「病人じゃ、ない・・・・・・っての」
「でものど乾いてるでしょう? 俺もよく人造人間にやられては、何日も意識が戻らないことがありましたから、わかります」
「会長さん、苦労したねぇ・・・・・・」

 わたしは一口だけ水をふくんだ。 

 若社長は水差しを元に戻すと、わたしを見た。

「すべて順調に行ってますよ。かなり強引でしたが、マーチコーポレーションはカプセルコーポレーションに吸収合併されました」

「手が早いね・・・・・・」
「早くしないと、社員の方がこまりますから」
「あのくそ社長は?」
「ジェットフライヤーで逃亡していたところをつかまえました。と言っても、今はまだ裁く機関がないので、最終的に解放しましたが・・・・・・」

 若社長が苦虫を噛み潰したような顔をするが、すぐおだやかな表情にもどった。

「イラータさんは、ずいぶん母さんに気に入られています。この前、イラータさん用にピンク色の白衣を特注してましたから」

 わたしは「ははっ」と笑った。

「もう白衣じゃねーな。でも、いいね。あの子には似合ってるよ」

「俺もそう思います」

 若社長はにっこりと笑うと、真顔に戻ってわたしを見た。

「ルンルンさん、ひとつ聞いていいですか? あ、しんどかったら、今じゃなくてもかまいません」

「いいよ。体、だるいけど、気分はいいんだ」

「あなたが人造人間に放った、すさまじい気の流れ。あれは一体どうやったんです? あなたはたしかに人より強い気を持っています。でもそれは、常識内の話です。あんな気を生み出せるなんて、信じられません。まるで別人のものでした」

「・・・・・・」

 わたしは目をつむって、じぶんにおこったことを思い返した。

「人造人間と対峙した時さ、ぶっちゃけ、ヤケクソだったんだよ。時間かせぐって、会長さんに言ったのに、どうしたらいいかわかんなくて。・・・・・・それで、現実逃避して、死んだ母さんに頼んだんだ。力を貸してくれって」
 
 わたしは「そしたら、びっくり」と笑った。

「父さんと母さんがマジでいるの。そしたら、急に力があふれてきた。・・・・・・あと、もう一人、知らない男がいた。・・・・・・よくわかんねーけど、若社長が来る直前まで、いてくれた・・・・・」

 わたしは若社長を見る。

「あたま、おかしいと思う?」

 若社長は「いいえ」とほほ笑んで、首をふった。

「話してくれてありがとうございます。もう先生を呼びましょう。ルンルンさんには早く元気になってもらって、聞いてもらいたいことも、やってもらいたいこともたくさんあるんです」


「ハードだね。それ、若社長と一緒にやんの?」
「はい。・・・・・・それにみんなも一緒です。」
「なら、がんばるか」

 若社長は「よろしくお願いします」と頭をさげる。

「・・・・・・生きていきましょう。平和な時代で」



*****


 マーチコーポレーションを吸収合併してから、三ヶ月がたった。

 廃墟の広場に作られた孤児院兼学校で、わたしはブルマ会長から言われた言葉を復唱した。

「トゥスクル?」

 野外用のテーブルとイスに腰掛けているブルマ会長がうなずく。

「ルンルンさんの故郷の森にね。伝説があるらしいの。そう呼ばれるシャーマンがいたって」
「シャーマンって、あれか? 占いとか祈祷とか、死者と交信するカルトみたいなのだろ?」

「そう。まあ、ひょっとしたらって感じだけど、ルンルンさんの能力って、そこがルーツじゃないのかしらと思ってね」
 
 わたしは「ふーん」と言って、背もたれにもたれかかった。

「・・・・・・と言われてもなぁ。まあ、私が見たものが幽霊って言ったら、そんな気もしてくるけど」
「トランクスも同じような反応してたわ。まあ、そうだったらおもしろいわねって話」

 ブルマ会長は足を組み直して「それで、どう?」とたずねた。

「先生やっている感想は?」

 わたしは自分の着ているキャラ物のエプロンを、ひっぱりながら、苦笑いした。

「正直、むいてねーな。口は悪りーし、態度はでけーし。でも、まあ、たのしいよ」

 そういって、広場を見回す。

 外に勉強机をならべただけの、孤児院と学校だ。
 ガキはめちゃくちゃに遊んでいるし。
 大の大人がぶつぶつつぶやきながら、あいうえお表をにらみつけ、ノートに50音の練習をしている。

 先生役がわたしだし・・・・・・。

 でも生活は一転した。
 下水が通り、トイレがもうけられて、悪臭も消えた。
 飲み水と電気もすぐに引かれ、暖かいお風呂にも入れるし、気兼ねなく水分を摂取できる。

 教科書や教材を保管するちょっとした物置が造られ、備品はそこで完備している。
 
 最近はみんなで花壇を作った。
 腹のたしにはならねーけど、灰色の広場がうんと華やかになって、ガキどもの表情もこころなしか、ちがう。

 アガサのグループも、このままいけば、自然消滅するかもしれない。
 
 すこしさみしい気もするけど、十分すぎる。

 幸せの余韻に浸っていると、空から小型のジェットフライヤーが降りてきた。
 
 エンジンが止み、扉がひらくと、わたしは顔をほころばせた。

「よお! トランクス!」

 声をかけると、トランクスはやさしい笑顔を見せながらジェットフライヤーから降りて、わたしを抱きしめた。

 これから始まる日々が、十分すぎるくらい幸せだ。
まぶしくて、うれしくて、感謝しかない。


 ありがとう。

トランクス・・・・・・。
3/3ページ
スキ