新しい生き方

 意識が浮上すると、肌をすべる風を感じた。
 鳥のさえずる声をとらえ、目をあけると、白い天井が広がっている。

 ・・・・・・どこ、だ?

 鼻からアルコールのにおいを感じ、首をゆっくり左右に動かす。
 病院、だよな。
 シンプルな備品。横には点滴スタンドがたてられ、点滴ボトルから管が延び、針はわたしの腕に刺さっている。

 病人扱いかよ。

 体をもぞつかせ、針を引っこ抜こうと手をのばすと、骨ばった手がそえられ、止められた。

 横を見ると、今そこに来たばかりって感じの、若社長が立っていた。
 若社長の目が見開き、すぐに顔をかがやかせた。

「ルンルンさんっ!」

 両手で手をつつみ、しっかりと握られる。

「よかった! もう一週間も目が覚めなかったんですよ」
「・・・・・・ここ、どこ?」
「西の都の病院です。待ってください。今、医師の方に来てもらいます」
「ちょ、っと、待て」

 ナースコールに手を伸ばそうとする若社長を止める。のどがからからに乾いていて、うまくしゃべれない

「後でいい。どうなったんだよ。あれから。それ、教えて。落ち着かない」

 若社長は口元に笑みを作って、ベッドの横に用意された水差しを手に持った。
 くびの後ろに腕を差し入れられ、支えられる。

「病人じゃ、ない・・・・・・っての」
「でものど乾いてるでしょう? 俺もよく人造人間にやられては、何日も意識が戻らないことがありましたから、わかります」
「会長さん、苦労したねぇ・・・・・・」

 わたしは一口だけ水をふくんだ。 

 若社長は水差しを元に戻すと、わたしを見た。

「すべて順調に行ってますよ。かなり強引でしたが、マーチコーポレーションはカプセルコーポレーションに吸収合併されました」

「手が早いね・・・・・・」
「早くしないと、社員の方がこまりますから」
「あのくそ社長は?」
「ジェットフライヤーで逃亡していたところをつかまえました。と言っても、今はまだ裁く機関がないので、最終的に解放しましたが・・・・・・」

 若社長が苦虫を噛み潰したような顔をするが、すぐおだやかな表情にもどった。

「イラータさんは、ずいぶん母さんに気に入られています。この前、イラータさん用にピンク色の白衣を特注してましたから」

 わたしは「ははっ」と笑った。

「もう白衣じゃねーな。でも、いいね。あの子には似合ってるよ」

「俺もそう思います」

 若社長はにっこりと笑うと、真顔に戻ってわたしを見た。

「ルンルンさん、ひとつ聞いていいですか? あ、しんどかったら、今じゃなくてもかまいません」

「いいよ。体、だるいけど、気分はいいんだ」

「あなたが人造人間に放った、すさまじい気の流れ。あれは一体どうやったんです? あなたはたしかに人より強い気を持っています。でもそれは、常識内の話です。あんな気を生み出せるなんて、信じられません。まるで別人のものでした」

「・・・・・・」

 わたしは目をつむって、じぶんにおこったことを思い返した。

「人造人間と対峙した時さ、ぶっちゃけ、ヤケクソだったんだよ。時間かせぐって、会長さんに言ったのに、どうしたらいいかわかんなくて。・・・・・・それで、現実逃避して、死んだ母さんに頼んだんだ。力を貸してくれって」
 
 わたしは「そしたら、びっくり」と笑った。

「父さんと母さんがマジでいるの。そしたら、急に力があふれてきた。・・・・・・あと、もう一人、知らない男がいた。・・・・・・よくわかんねーけど、若社長が来る直前まで、いてくれた・・・・・」

 わたしは若社長を見る。

「あたま、おかしいと思う?」

 若社長は「いいえ」とほほ笑んで、首をふった。

「話してくれてありがとうございます。もう先生を呼びましょう。ルンルンさんには早く元気になってもらって、聞いてもらいたいことも、やってもらいたいこともたくさんあるんです」


「ハードだね。それ、若社長と一緒にやんの?」
「はい。・・・・・・それにみんなも一緒です。」
「なら、がんばるか」

 若社長は「よろしくお願いします」と頭をさげる。

「・・・・・・生きていきましょう。平和な時代で」



*****


 マーチコーポレーションを吸収合併してから、三ヶ月がたった。

 廃墟の広場に作られた孤児院兼学校で、わたしはブルマ会長から言われた言葉を復唱した。

「トゥスクル?」

 野外用のテーブルとイスに腰掛けているブルマ会長がうなずく。

「ルンルンさんの故郷の森にね。伝説があるらしいの。そう呼ばれるシャーマンがいたって」
「シャーマンって、あれか? 占いとか祈祷とか、死者と交信するカルトみたいなのだろ?」

「そう。まあ、ひょっとしたらって感じだけど、ルンルンさんの能力って、そこがルーツじゃないのかしらと思ってね」
 
 わたしは「ふーん」と言って、背もたれにもたれかかった。

「・・・・・・と言われてもなぁ。まあ、私が見たものが幽霊って言ったら、そんな気もしてくるけど」
「トランクスも同じような反応してたわ。まあ、そうだったらおもしろいわねって話」

 ブルマ会長は足を組み直して「それで、どう?」とたずねた。

「先生やっている感想は?」

 わたしは自分の着ているキャラ物のエプロンを、ひっぱりながら、苦笑いした。

「正直、むいてねーな。口は悪りーし、態度はでけーし。でも、まあ、たのしいよ」

 そういって、広場を見回す。

 外に勉強机をならべただけの、孤児院と学校だ。
 ガキはめちゃくちゃに遊んでいるし。
 大の大人がぶつぶつつぶやきながら、あいうえお表をにらみつけ、ノートに50音の練習をしている。

 先生役がわたしだし・・・・・・。

 でも生活は一転した。
 下水が通り、トイレがもうけられて、悪臭も消えた。
 飲み水と電気もすぐに引かれ、暖かいお風呂にも入れるし、気兼ねなく水分を摂取できる。

 教科書や教材を保管するちょっとした物置が造られ、備品はそこで完備している。
 
 最近はみんなで花壇を作った。
 腹のたしにはならねーけど、灰色の広場がうんと華やかになって、ガキどもの表情もこころなしか、ちがう。

 アガサのグループも、このままいけば、自然消滅するかもしれない。
 
 すこしさみしい気もするけど、十分すぎる。

 幸せの余韻に浸っていると、空から小型のジェットフライヤーが降りてきた。
 
 エンジンが止み、扉がひらくと、わたしは顔をほころばせた。

「よお! トランクス!」

 声をかけると、トランクスはやさしい笑顔を見せながらジェットフライヤーから降りて、わたしを抱きしめた。

 これから始まる日々が、十分すぎるくらい幸せだ。
まぶしくて、うれしくて、感謝しかない。


 ありがとう。

トランクス・・・・・・。
3/3ページ
スキ