新しい生き方

 左右にならべられた、人造人間入りのガラス管が、卵を割るように、ひび割れていく。

 イラータが、くそ遅せぇ。

「あんた! そのくつ脱ぎなっ!」

 わたしが怒鳴ると、イラータは速度をゆるめながら、かかとの高いヒールを脱ぎ捨てた。
 もたもたしているうちに、すぐ横にいる人造人間が、ガラスを突き破って、こちらに手をのばしてきた。

 そこにすかさず、若社長の放った気弾が飛ぶ。

 威力が調整されているらしく、大した打撃にはなっていない。
 でもうまくけむりがたちこめて、目くらましになった。

 入り口まで一気に駆け抜けると、わたしはロープで拘束して、猿ぐつわをしておいたクソ社長を全力でけっ飛ばし、廊下に出した。

 自分たちも外にでて、扉のロックをかける。若社長をひとり残して。

 あー、こなくそっ!

 わたしは短剣をぬくと、意識を取り戻し、ゲホゲホとむせかえっているクソ社長のロープを切り裂く。

「おい! てめぇの人造人間が全員動いてるぞ! 死にたくなきゃあ、全力で走って、建物の外に出なっ!」

 怒鳴りながら、脇にあった非常ベルのボタンをぶん殴る。

 けたたましいベルの音が鳴り出した。

「上には会長さんがいるし、うまくみんなを移動するはずだ。私たちも外にでるぞ! イラータ、一番近い出口教えてくれ!」

「で、でも! トランクス社長が・・・・・・!」

 わたしはイラータの肩に手を乗せた。

「あいつなら、だいじょうぶだ。信じろ。ここでもたもたしてた方が、若社長があぶねぇ! とっとと行くぞ!」

「は、はいっ!」

 イラータは私の勢いに押されて走り出す。
 クソ社長はちゃっかりいなくなっていた。



******


 階段を駆け上り、地上にでると、駐車場に大勢の人だかりができていた。

 わたしは足がもつれて転びそうになるイラータを支えながら、せっぱ詰まった声をつくって叫ぶ。

「地下で暴動だっ! 爆発物もある! 駐車場の外まで、逃げろっ! 混乱するから車は絶対に使うなっ!」

 こういう緊迫した状況は、命令したもの勝ちだ。
 どこからか「みんな聞いた? 走って逃げるわよ!」とブルマ会長の声がひびく。

 みんなは悲鳴を上げながら、駐車場を走り出した。

 わたしは群れのしんがりをつとめ、駐車場の外にでると、若社長の指示通り、全力で気を高めた。

 とたんに地下から、恐ろしい爆発音が炸裂する。

 建物にひびが入り、窓ガラスが吹き飛んでいく。

「イラータさん、あいつら失敗作じゃなかったの?」

 地面にしゃがみ込んで、はあ、はあと息つぎをするイラータにたずねる。イラータは悔しそうに表情をゆがめ、「ごめんなさい。わからないの。ごめんなさい」と泣き始めた。

 泣きじゃくるイラータを見下ろしていると、ブルマ会長が人だかりをかき分けて、やってきた。

「ルンルンさん、どうなっているの? この子ってたしか・・・・・・」

「こみいった事情があるんだけど、簡単に説明すると、例の科学者がこの子。この子を都合よく利用していた諸悪の根元が、ここのクソ社長。・・・・・・今、地下のやつらが全員動き出しちまって、若社長がひとりで戦ってる」

 群れが混乱しないように、ぼかしながら説明する。
 するとイラータが、ブルマ会長に文字通り土下座して謝りだした。

「ごめんなさい。ごめんなさい。わたしっ。トランクス、社長がっ・・・・・・! わたしのせいで!」

 ブルマ会長はイラータを見下ろし、すべてを理解したようにうなずいた。
地面にひざをつき、イラータの背中をなでる。

「だいじょうぶ。わたしの息子は、バカみたいに強いんだから。さあ、顔を上げて、立ちなさい。もう少しここから離れた方がいいわ」

 わたしはふたりの会話を見守りつつ、マーチコーポレーションをあおいだ。

「ちょっと、やばそうだな」

短剣を納め、代わりに二丁の拳銃をホルスターからぬく。
私のささやきにつられて、ブルマ会長がわたしの視線を追いかけた。

 空中に一体、人造人間が浮かんでいる。イラータがつくった母親の人造人間だ。

 無表情で見下ろす様は、三年前まであばれ回っていた17号、18号そっくりだ。

 同じことを思った奴がいたのだろう。人の群から「人造人間だ・・・・・・」という言葉がもれた。

 悲鳴が悲鳴を呼び、混乱しはじめる。わたしは全身の力をぬき、深呼吸すると、会長さんを横目に見た。

「会長さん。わたしが時間をかせぐから、みんなを連れて逃げてくれない?」

「ちょっ! あなた・・・・・・!」

 言葉を詰まらせるブルマ会長さんに、わたしは笑いかけた。

「安心してよ。わたしだって、死にたかねーから」

なおも反発する表情を見せるブルマ会長に、わたしは「・・・・・・なあ、会長さん」と言って、小首をかしげた。

「あんたの孫さ。わたしが生んでもいい?」

 ブルマ会長さんは目を丸くした。
それから力強く笑ってくれた。

「期待してるわ!」

 バチコーンと、美しいウインクをきめ、イラータと一緒に遠くへ遠くへ走り出した。
 
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