魔物を作る女
「あんた、体温高けーな。冬場はちょうど暖がとれそうだ」
「・・・・・・俺は湯たんぽがわりですか」
ちょっと楽しそうにつぶやく若社長の胸に、顔をうずめ深呼吸する。
「・・・・・・つーか、イチャついてる場合じゃねーんだよな」
まだ胃の痛いことが残っている。
「若社長。今、紙と何か書くもの持ってねーか?」
顔をうずめたままたずねると、若社長が「えっ?」と不意打ち食らったような声を出す。
「書くものですか? ちょっと待ってください」
若社長はわたしをそっと離し、背広の胸ポケットをごそごそさせた。
「小さくてもいいですか? 名刺の裏とか」
「それでいい。一枚くれ」
若社長からボールペンと名刺を受けとると、リビングのテーブルにしゃがみこんだ。
「どうしたんです?」
若社長もテーブルに寄って、わたしの手元をのぞきこむ。
「情報の整理。・・・・・・クソ社長から、根掘り葉掘り聞くつもりだったんだけど、あの野郎、人を鳴かせて、小声でしゃべりやがんの。はじめから教える気がなかったみてーだな」
「・・・・・・」
若社長の反応が返ってこない。あまり間を置きすぎると、怒りをぶり返してしまいそうだ。
わたしはゴホンと、咳払いをした。
「でもなんとか口の動きで単語を拾い上げたから」
「そんなことまで、できるんですか??」
「唇読術ってーの? つけ焼き刃だから、全部は読めきれねーけど、ところどころの言葉を読むなら、一応な」
「・・・・・・あなたが、人を頼らない理由がなんとなくわかりました。それだけ何でもできてしまえば」
「すごくない? わたし」
「すごいですけど、ほめていませんよ」
わたしはボールペンをテーブルに投げた。
「だから、悪かったって・・・・・・。説教はもう勘弁してくれ。ほら、これが拾い上げた単語!」
わたしは名刺をテーブルの真ん中においた。
科学者。女性。西の都。他社。忍びこむ。技術。盗む。開発。地下。鍵。わたし。指紋。女性。名前。
「聞き取った順にならんでるけど、どう?」
若社長は名刺をマジマジと見つめて、口元にゆびをあてる。
「俺には例の科学者が、西の都にあるどこかの会社に、忍びこんで、そこの技術をマーチコーポレーションに持ち込んでいる、みたいに感じます。『開発』と『地下』は研究室のこと、かな・・・・・・?」
「わたしもそう思う」
「そして研究室に入るには、あいつの指紋がいる、と」
若社長が顔をゆがめて、床にふせいているクソ社長をにらんだ。
「そう。だから、あんたがあの野郎を運んでくれよ。わたしはあいつに触るのも触られるのも、もうゴメンだ」
「わかりました。俺だって、もう触ってほしくありません」
わたしはテーブルのボールペンを拾い上げ、紙のはじっこにかかれた、「女性」と「名前」の言葉を、グルグル何度も囲った。
「・・・・・・問題は、これなんだよな」
わたしは頭を抱えて、チラリと若社長の様子をうかがう。
「なあ、若社長。ちょっと深呼吸してみな」
「えっ?」
「いいから。はい、吸って~、吐いて~」
若社長はきょとんとする瞳を二~三度瞬きし、素直に息を吸って、(ついでに両手も開いて)、ふぅーと完璧な深呼吸を披露してくれた。
「頼むから落ち着いて聞いてくれよ。あんたは冷静になれば、バカじゃないんだから。・・・・・・わたしが聞きとった女の名前なんだけど・・・・・・」
若社長に女の名前を伝えると、みるみるうちに顔の筋肉がこわばっていった。ギュッと拳が握られる。
「どこにでもある名前だし、名前の読みとりは難しいから、間違っているかもしれないけど」
若社長は黙ったまま、小さな名刺を睨み続けると、もう一度、息をすって、同じようにふぅーと深呼吸した。
背広の内ポケットから、ふたつのホイポイカプセルを取り出す。
「こっちが母さんが用意してくれた、ルンルンさんの着替えと、武器です」
わたしにホイポイカプセルを手渡すと、若社長がもうひとつのスイッチを押して、投げた。
煙にまかれて、若社長の私服と剣があらわれる。
「話しを聞きに行きましょう」
そう言った若社長の顔にはほほ笑みが浮かんでいた。
つとめて冷静で、やばい感じでもない。いい顔だ。
わたしもニッと笑い返した。
「よしきた」
わたしと若社長は、お互いの拳を打ちつけあった。
「・・・・・・俺は湯たんぽがわりですか」
ちょっと楽しそうにつぶやく若社長の胸に、顔をうずめ深呼吸する。
「・・・・・・つーか、イチャついてる場合じゃねーんだよな」
まだ胃の痛いことが残っている。
「若社長。今、紙と何か書くもの持ってねーか?」
顔をうずめたままたずねると、若社長が「えっ?」と不意打ち食らったような声を出す。
「書くものですか? ちょっと待ってください」
若社長はわたしをそっと離し、背広の胸ポケットをごそごそさせた。
「小さくてもいいですか? 名刺の裏とか」
「それでいい。一枚くれ」
若社長からボールペンと名刺を受けとると、リビングのテーブルにしゃがみこんだ。
「どうしたんです?」
若社長もテーブルに寄って、わたしの手元をのぞきこむ。
「情報の整理。・・・・・・クソ社長から、根掘り葉掘り聞くつもりだったんだけど、あの野郎、人を鳴かせて、小声でしゃべりやがんの。はじめから教える気がなかったみてーだな」
「・・・・・・」
若社長の反応が返ってこない。あまり間を置きすぎると、怒りをぶり返してしまいそうだ。
わたしはゴホンと、咳払いをした。
「でもなんとか口の動きで単語を拾い上げたから」
「そんなことまで、できるんですか??」
「唇読術ってーの? つけ焼き刃だから、全部は読めきれねーけど、ところどころの言葉を読むなら、一応な」
「・・・・・・あなたが、人を頼らない理由がなんとなくわかりました。それだけ何でもできてしまえば」
「すごくない? わたし」
「すごいですけど、ほめていませんよ」
わたしはボールペンをテーブルに投げた。
「だから、悪かったって・・・・・・。説教はもう勘弁してくれ。ほら、これが拾い上げた単語!」
わたしは名刺をテーブルの真ん中においた。
科学者。女性。西の都。他社。忍びこむ。技術。盗む。開発。地下。鍵。わたし。指紋。女性。名前。
「聞き取った順にならんでるけど、どう?」
若社長は名刺をマジマジと見つめて、口元にゆびをあてる。
「俺には例の科学者が、西の都にあるどこかの会社に、忍びこんで、そこの技術をマーチコーポレーションに持ち込んでいる、みたいに感じます。『開発』と『地下』は研究室のこと、かな・・・・・・?」
「わたしもそう思う」
「そして研究室に入るには、あいつの指紋がいる、と」
若社長が顔をゆがめて、床にふせいているクソ社長をにらんだ。
「そう。だから、あんたがあの野郎を運んでくれよ。わたしはあいつに触るのも触られるのも、もうゴメンだ」
「わかりました。俺だって、もう触ってほしくありません」
わたしはテーブルのボールペンを拾い上げ、紙のはじっこにかかれた、「女性」と「名前」の言葉を、グルグル何度も囲った。
「・・・・・・問題は、これなんだよな」
わたしは頭を抱えて、チラリと若社長の様子をうかがう。
「なあ、若社長。ちょっと深呼吸してみな」
「えっ?」
「いいから。はい、吸って~、吐いて~」
若社長はきょとんとする瞳を二~三度瞬きし、素直に息を吸って、(ついでに両手も開いて)、ふぅーと完璧な深呼吸を披露してくれた。
「頼むから落ち着いて聞いてくれよ。あんたは冷静になれば、バカじゃないんだから。・・・・・・わたしが聞きとった女の名前なんだけど・・・・・・」
若社長に女の名前を伝えると、みるみるうちに顔の筋肉がこわばっていった。ギュッと拳が握られる。
「どこにでもある名前だし、名前の読みとりは難しいから、間違っているかもしれないけど」
若社長は黙ったまま、小さな名刺を睨み続けると、もう一度、息をすって、同じようにふぅーと深呼吸した。
背広の内ポケットから、ふたつのホイポイカプセルを取り出す。
「こっちが母さんが用意してくれた、ルンルンさんの着替えと、武器です」
わたしにホイポイカプセルを手渡すと、若社長がもうひとつのスイッチを押して、投げた。
煙にまかれて、若社長の私服と剣があらわれる。
「話しを聞きに行きましょう」
そう言った若社長の顔にはほほ笑みが浮かんでいた。
つとめて冷静で、やばい感じでもない。いい顔だ。
わたしもニッと笑い返した。
「よしきた」
わたしと若社長は、お互いの拳を打ちつけあった。