整理整頓

 北の都に行って帰って、もう三日か・・・・・・。

 わたしはチェックのロングスカートに、白いトップスを合わせたオフの日の服を着て、ぽかぽか陽気の広場にあぐらをかいていた。
 目の前に転がしたのは、会長さんに造ってもらった短剣がふたつ。相棒の拳銃が二丁。くすねた小型マイクに、いつもの黒縁めがねだ。

 黒縁めがねを指でなぞると、
 凍えながらさまよい歩いた幼い自分が思い浮かぶ。
 助けて、助けてと夜通し叫びつづけた自分が。
 


「手を差し出せば、助けてくれる存在、か・・・・・・」


 自分でも気づかなかったけど、わたしはどうしてためらいもなく、若社長をあてにしたんだ。

 人にすがるのも、見捨てられるのも、殺したいくらい人を憎むのも、いやなのに・・・・・・。

 

 思案していると、背中に何かがのしかかって、あごの下に包丁を当てられた。おもちゃのだけど。

「うごくなー。このおんなのいのちがおしかったら、ありがねぜんぶ、よういしろー」

 たどたどしく、雑魚っぽいセリフを言うのは、廃墟に暮らすガギだ。

 むかいには「きゃー!」とか「まて! おちつけ」と下手な演技をするガキどもがいる。
「よお、ウール。なにやってんの?」
「ごうとうごっこ!」
「わたしが人質かよ」
「そだよ! ルンねえうごくなよ」

 廃墟のガキに品良く生きろとはいわねーけど、その遊びはどうなんだ。
 自分が強盗犯なだけに、なにもいえねーけどさあ。

 苦笑いしてると手元で「ガチャリ」と音がした。
 下をみると、ごっつい鉄の手枷がかかっている。

「ちょっと待て。これどこで拾ってきた?」

 ウールにたずねると、つぶらな瞳をぱちぱちさせる。

「あそこのたてものに、あったやつだよ! いっぱいあった」
「ば、ばかやろう! あそこにしまってあるやつは、鍵がねえんだよ!」
 
 ウールがパキッと音がしそうなほど、固まる。

「わ、あわわ・・・・・・。ごめんなさーいぃぃぃぃ!」
「おい、こら待てクソガキ!」

 仲間とスタコラサッサッと逃げる小さな背中を、怒鳴りつけるが、時すでに遅しだ。
 うっわ最悪! 鍵穴もさびついてるし。外れるかこれ。

 無駄だとわかりながら、やみくもに手首をひねるが、肌が痛くなるだけで、ビクリともしない。

「あー、もう」

 思わず地面に寝転がって、横を向く。
 手にかかった手枷をみて、なんとなく、おそるおそる、ポツリと「助けて・・・・・・」とつぶやいた。

 するとグンと体が起こされ、背中を支えられる。

「どうしました!?」

 目の前に血相かいた若社長が、いた。

 うそ。

若社長は「今、外しますから!」と言って、手錠を引きちぎった。

「怪我は? 誰にやられたんですか? まさかラシテルの人間が!?」

 ドンピシャのタイミングに、笑いがこみ上げ、爆笑してしまった。

「あんたは、正義の味方かよ。すげーな」
 
 若社長はポカンと口をあけて、「ルンルンさん?」と言う。

「わりぃ。そんなんじゃないんだ。ガキのごっこ遊びにつきあってたら、鍵のない手枷をはめられちまって、難儀してたとこだったんだよ」

「そうだったんですか。よかった・・・・・・」

 若社長の心底安心したという表情に、わたしは目を細め、視線をそらした。

「あんたって、ホントに・・・・・・」

 すがりつきたくなるくらい、まぶしいは。

「なあ、・・・・・・もうわたしのことは助けないでくれよ」
「えっ?」
「さっきはつい助けてって、いっちまったけど、、、。いやなんだ。あんたといると、ふつうに生きたくなっちまう」

 若社長がすっと真顔になった。

「ダメなんですか?」
「手遅れなんだよ」
「前も同じようなことを言ってましたよね。・・・・・・あの、もし良ければ、話してくれませんか? 俺でなにかできることがあれば、何でもします」

 わたしは若社長をにらんだ。

「ボスにも話したことのない話を、あんたに言うの? わたしが? それでなんとかしてくれるわけ? ・・・・・・笑わせんな」
  
 しばらくにらみ続けたが、若社長も目をそらさない。
 これじゃあ、埒があかねーな。
 わたしはふっと力をぬいた。


「・・・・・・両親を亡くした話をしただろ。あれ、端折った部分があるんだ。両親が崖の下に落ちた直後にさ、人造人間が、村を襲ったんだ」

 若社長が目を見開いた。

「その時、わたし、あいつらにお願いしちまったんだよ。仲間に入れてくれって」

 「バカだよな」と続けた。

「入れてくれたよ。殺戮ゲームのプレイヤーに。それから片っ端から村の連中を殺して回った。いろんなやり方で。小さな集落だったけど、皆殺しにするまで一日かかったよ・・・・・正直めちゃくちゃ楽しかった」

 地面に転がしていた黒い眼鏡をかける。

「みんな殺したら、人造人間たちは行っちまった。、、、あとこの眼鏡は、村の村長のもんだよ。人殺しになった記念にいただいたんだ」
 
 若社長がうつむく。髪がすだれて、表情は読めなかった。

「言っただろ。すくいようがないって。
小さな村でも、殺った数は三桁はいってる。、、、 わたしは、人を殺しすぎた」

 自嘲気味に笑うと、若社長がわたしに腕をのばした。
 日ざしとはちがう、人肌の温かさに体がこわばる。

抱きしめられてる?
 
「ちょ! なっ・・・・・・!」
「・・・・・・あなたのしたことは許されることじゃないと思います。でも俺は、あなたを信じたい」
「意味わかんねーよ。親子そろって、読めないこと言うなっての・・・・・・!」
 
 もがきながら、さけぶとさらにきつく抱きしめられる。ってか、ギブ。死ぬ。骨がきしむ。

「人を殺したこと以外にも、もっと自分を見てあげてください。あなたは、泣きながらがんばったんでしょう? 夜通し助けを求めて。小さな体ひとつで、がけに手を伸ばして、助けようとした。今だって、仲間をとても大事にしてる」
 
「・・・・・・」

「悪や正で簡単に割ってしまえるほど、平和は生やさしいものじゃないと教えてくれたのも、あなたです。」

 若社長はようやく腕の力をぬいて、体を離してくれた。

「俺はその平和な世界で、ルンルンさんと一緒に生きていきたいんです」

 返事はできなかった。みるみるゆがんでいく視界の中で、若社長はもう一度、わたしを抱きしめた。

 
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