地脈の魔物

 若社長のホイポイカプセルから出てきた家の窓から外をのぞくと、台風なみに雨がどしゃぶっている。

「さっきまでいい天気だったのになぁ」

 シャワーを借りて、温まった体が気持ちいい。会長さんセレクトのピチピチのワンピースがきわどいのをのぞいては、まあまあくつろげる。
 ほっと一息つくと、若社長が不機嫌そうにため息をついた。

「どうして木の影にかくれるとか、しなかったんですか。あまりにどうどうと雨に打たれているから、びっくりしましたよ」
「若社長が地下でいい音だしてるから、聞き入っちまったんだよ」

 髪から滴る水滴をぬぐいながら、きょろきょろと家の中を見回す。
 狭いなりにシンプルで清潔感のある間取りだ。
水回りも完全完備とは恐れ入る。

「あるのは知ってたけど、まさかホントに家が飛び出してくるなんて、すげーな。さすがカプセルコーポレーション」
「この雨の中を飛んだから、確実に風邪を引きますから、止むのを待つしかありませんね」

 わたしは「へえー」といいながら、ベッドに移動すると、うつ伏せになって、頬杖をついた。

「あんなにお強い金色の戦士様も、風邪は引くんだ?」

 若社長がぐっと、唇を曲げる。わたしは逆に好奇心まじりの笑みを浮かべた。
「ねえ」と口調をやわらかくする。

「さっきの、もう一度なってみせてよ」
「えっ!?」

 予想外のことだったのが、色男の顔がとたんにほおけたバカ面に変わる。

「・・・・・・ダメ?」
「ダ、ダメってわけじゃないですが・・・・・・」

 にこーっと笑うと、若社長は複雑な表情を浮かべながらも、足を肩幅に開いて、ふっと体に力を入れた。

 気がうなるように膨れ上がって、金色の戦士が現れる。
暗くなった部屋を金色の光がつつむ。

 光の奥で緑の瞳が不安気にゆらめいた。

 わたしはベッドから降りると、ゆっくりと若社長に歩み寄り、逆立った髪にふれた。
 若社長がこまった顔をする。

「あの・・・・・・」
「うん、かっこいいじゃん」

 うでを組んで小首を傾げる。

「あんた、サイヤ人っていうの?」
「・・・・・・! あなたがどうしてそれを?」
「さっきの人造人間が言ってたんだよ。『サイヤ人の仲間は、死ね』ってさ。あの場所で、『仲間』と思われる人物がいるなら、社長しかいねーしな」

 わたしの答えに若社長は、眉をひそめる。

「なるほど、そういうことですか」
「なあ、サイヤ人ってなーに? あんた何者なんだよ」

「簡単に説明すると、宇宙人です。惑星べジータという星に住んでいた戦闘民族だと母から聞きました。俺の亡くなった父が純血のサイヤ人で、俺は混血児です」
「戦闘民族って・・・・・・。そんなすげー宇宙人がわんさかいるのかよ」

 顔をしかめると、若社長は首をふる。

「サイヤ人の血が流れているのは、もう俺だけです」

 若社長はその後、いろいろな話をしてくれた。
 悟飯っていうおいしそうな名前の師匠がいたこと。彼もサイヤ人のハーフだったこと。
 師が殺され、人造人間との戦いで、会長さんの発明したタイムマシンで過去に飛んだこと。
 過去の世界にいる仲間たち。
 激戦のすえ、この時代の人造人間を倒せるほどの力を手に入れたこと。

 思いっきり、聞きいっちまって、気がつけば日がとっぷりくれて、夜になっていた。
 雨もいつの間に上がったのか、明るい月が見えた。

 私はだらしなく背もたれにもたれかかり、感嘆のため息をついた。

「すげーな。ぶっ飛びすぎて、頭がついていけねーよ」

 若社長は苦笑いを浮かべた。

「俺も、過去を振り返ると、気が遠くなりそうになります」

 それから不安気にわたしの顔色を伺った。

「あの、ルンルンさん? このことは・・・・・・」
「そんな困った顔しなくても、誰にもいわねーよ。言ったって、みんな信じやしねーし」

 若社長はほっと胸をなでおろしたあと、また不安そうな顔をする。

「あの・・・・・・。こわくないですか?」

 わたしは目をパチパチと瞬いた。

「俺は、人造人間を倒したんですよ。人類を全滅に追いやろうとした敵を」

 若社長はわたしに腕をのばすと、頭の後ろを手で包んだ。

「今だって、ちょっと力を加えれば、あなたの頭くらい、簡単につぶすことができる」

 おどし文句を言ってる割には、緑の瞳はわたしの反応におびえている。
 わたしはふっと息をはくと、金色の戦士の鼻をつまんで引っ張ってやった。

「その力と同じくらい、あんたはいい性格してるよ。クソまじめなうえ、超のつくお人好しだ。ちから意外のことにも自信持ちな」

 揺らいでいる瞳をつつむように、頬に手をそえる。

「今、わたしさ。すげー困ってんの。わかる? あんたに感謝しかなくて、カプセルコーポレーションをつぶす自信、なくなっちまったんだ。経済が動いたら、路頭に迷うかもしれない仲間もいるってのに」
「ルンルンさん・・・・・・」

 若社長が何か言いかけた時、私のお腹がぐーっと大きな音を立てた。
それにつられるように、若社長のお腹も鳴る。

 ふたりでぷっと吹き出した。

「そう言えば、朝からなにも食べていませんね。腹ごしらえしましょう」
「賛成。もうぶっ倒れそう」

 キッチンに向かって歩き出すと、若社長もついて歩く。

「ルンルンさん、アガサや廃墟の子どもたちの件、俺に考える時間をくれませんか?」
「考えるってなにをだよ」
「俺たちと一緒に、あたらしい世界を歩いていける方法です」

 わたしは冷蔵庫の前で立ち止まって、顔だけでうしろを見た。若社長はいたって真剣だ。

「あなたに会うまで、世界を平和にすることがこんなに複雑なことだと、思っていませんでした。・・・・・・ずっと、ただ人造人間を倒せば、人に危害を加えるものを排除する力があればって、ずっとそう思ってたんです」

 若社長が自分の手を見る。

「あなたのおかげで、そんなシンプルなものじゃないって、わかったんです。力だけじゃあ、限界があると」

 若社長がほほえんだ。

「俺に考えさせてください。ぜったいなにか良い方法があるはずです」

 私はふんっと鼻で笑って、冷蔵庫の中を漁りはじめた。

「やれるもんなら、やってみろよ。あまり期待せずに待ってやる」
「はい!」
「お、もう作り置きまであるじゃん。若社長、これ温めろよ」
「わかりました。皿もならべますね」
「サンキュー。わたしはこの肉を焼いて、果物でも切るか。主食はパンだな。ごはんを炊く気力はねーわ」

 和気藹々とはずむ会話が、みょうにうれしくなって、わたしはこっそり口元をゆるめた。
 なんかじんわりと胸にくるは。
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