助けられなかった話
必要最低限の明かりをつけて、若社長は出際よくミルクをあたためて、カップに注いだ。
はちみつまで、入れて、わりと手がこんでる。
「熱いうちにどうぞ」
若社長は二人分のマグカップをテーブルに置いて、イスに腰かけた。
わたしはマグカップを両手で、包むと、一口飲んだ。ほどよく甘くて、うまい。
一口、二口、三口飲んで、マグカップで自分の顔を半分隠しながら、しゃべらない若社長を見る。
「何も聞かねーの?」
そうたずねると、若社長は困ったように、笑った。
「今、どう尋ねようか、悩んでいたところです」
「まじめだねぇ。あんた、このままだと、M字にはげるよ?」
「は、ははは・・・・・・」
私は茶化すのをやめて、また一口ミルクを飲んだ。
「若社長は、こんな夜中に、なんでテラスにいたの?」
「たまたま目が覚めたんです。そうしたら、あなたの気がひどく乱れた状態で、動き回っていたので、気になって」
「うえ。そんなことまで、わかんのかよ」
「はい。特にルンルンさんは、並の人より、気が強いので、よくわかりますよ」
わたしは自分の手のひらをながめながら、ため息をついた。
「嫌な夢を見てたんだよ。北の都の話をしちまったせいかもしれない」
わたしはスプーンで、カップのミルクをぐるぐる混ぜ直しながら、言った。
「ドクターゲロの研究所がある渓谷あんだろ?」
若社長はうなずいた。
「あの渓谷の近くに、村があるんだ。地図にも載らないくらい小さな集落が。わたしはそこで両親と暮らしていた」
わたしはミルクを一口飲んで、「わたしたち家族は、嫌われ者だったんだ」と話を続けた。
「わたしはガキだったし、なんで嫌われているのか、さっぱりわからなかったけど。たぶん原因は、この気ってやつだと思ってる」
じぶんの手の平を顔に持っていき、「力」を集め、またぬき放った。
「母さんも使えたんだ。あんたほどすごくないけど、わたしよりずっといろんなことをしてのけた気がする」
「ルンルンさんが気をコントロールできるのは、遺伝的才能だったんですね」
わたしはほおづえをついて、カップを口に持っていった。
「社長さんに言われると、説得力がないんだよなぁ。わたしは飛んだり、光の弾で強盗をぶっ飛ばしたりはできねーよ」
「やり方を知らないだけで、ルンルンさんなら、すぐできますよ」
「お高く評価してくれて、ありがとサン・・・・・・」
わたしはコップを置いて、何度目かのため息をついた。
「あんたは誉めてくれるけど、この力のせいで、わたしたちは、村八分の小っせー集落で、さらにハブられてたんだ」
わたしは真っ白な机の光沢をにらんで、しゃべり続けた。
「それでも幸せだったよ。ほとんどうろ覚えだけど、それは覚えている。両親がどんな時でも明るい人たちでさ、目の前の問題も、何とかなるって、思わせてくれる性格だったから」
またミルクを一口飲んで、空っぽになったカップの底をみた。
「でも現実はどうにもならなかった」
若社長は黙ったまま、耳をかたむけていた。
両親が、真冬の晩に、バカ高い崖の上から、滑り落ちたんだ。
不幸中の幸いと言うか、落ちた場所は、絶壁に凍りついた雪のうえで、二メートルもないくらいの段差だった。
でもふたりとも落ちた時に、体を痛めて動けなくなっちまったんだ。
わたしはあわてて村に戻ったよ。助けてほしかった。
嫌われ者でも、一大事なら、助けてくれると、勝手に思って疑わなかった。
一晩中。夜が明けるまで。家の戸を叩いてまわったよ。
だけど誰も戸を開けたり、聞く耳を持ってくれなかった。
泣きながら、引き返したんだ。
ふたりにあやまりながら、崖をのぞくと、両親は寒さでとっくに死んでいた。
わたしはふたりのところに行きたくて、何度も崖を降りようとしたんだけど、もたもたしているうちに、雪が溶けだして、ふたりは崖の底に落ちていったよ。
若社長を見ると、顔が青ざめている。
わたしは自分の腕を上にのばして、ながめた。
「くやしいよなぁ。今のわたしだったら、余裕で助けることができるのに」
ふっと息を吐いて、苦笑いする。
「それからすぐボスに拾われて、このざまだよ。いや、後悔はしてねーし、ボスにも感謝してる」
息継ぎをして「でも」と続けた。
「もし、わたしの親も、、、、」
あんたに助けてもらえたら、よかったのに、、、、。
わたしは、途中で言葉を飲みこんだ。
「やっぱ。なんでもない」
「、、、ルンルンさん、俺は」
わたしは「なんでもないって」と笑って、体を横に向けると、足を組んで、テーブルに肘をついた。
「わるい。余計なこと言ったよ。忘れてくれ」
若社長は、しばらく手元のカップに顔をふせ、それから、まっすぐにわたしを見つめた。
「明日、その崖の底に降りてみませんか?」
「・・・・・・え? うわっ、とと・・・・・!」
わたしは危うくマグカップを落としそうになった。
「俺だったら、ルンルンさんを抱えて崖を降りることができます。もしかしたら、まだご両親がいらっしゃるかもしれません。生き返らせることは、できませんし、今さらかもしれませんが・・・・・・。助けに行きましょう」
「・・・・・・」
反応のないわたしに、若社長は「一緒に行きましょう」と力強く言った。
釣られるって言うんだよな、こう言うの。
気がついたら、わたしは若社長の勢いにまかせるかがまま、「うん」と、
うなずいていた。
はちみつまで、入れて、わりと手がこんでる。
「熱いうちにどうぞ」
若社長は二人分のマグカップをテーブルに置いて、イスに腰かけた。
わたしはマグカップを両手で、包むと、一口飲んだ。ほどよく甘くて、うまい。
一口、二口、三口飲んで、マグカップで自分の顔を半分隠しながら、しゃべらない若社長を見る。
「何も聞かねーの?」
そうたずねると、若社長は困ったように、笑った。
「今、どう尋ねようか、悩んでいたところです」
「まじめだねぇ。あんた、このままだと、M字にはげるよ?」
「は、ははは・・・・・・」
私は茶化すのをやめて、また一口ミルクを飲んだ。
「若社長は、こんな夜中に、なんでテラスにいたの?」
「たまたま目が覚めたんです。そうしたら、あなたの気がひどく乱れた状態で、動き回っていたので、気になって」
「うえ。そんなことまで、わかんのかよ」
「はい。特にルンルンさんは、並の人より、気が強いので、よくわかりますよ」
わたしは自分の手のひらをながめながら、ため息をついた。
「嫌な夢を見てたんだよ。北の都の話をしちまったせいかもしれない」
わたしはスプーンで、カップのミルクをぐるぐる混ぜ直しながら、言った。
「ドクターゲロの研究所がある渓谷あんだろ?」
若社長はうなずいた。
「あの渓谷の近くに、村があるんだ。地図にも載らないくらい小さな集落が。わたしはそこで両親と暮らしていた」
わたしはミルクを一口飲んで、「わたしたち家族は、嫌われ者だったんだ」と話を続けた。
「わたしはガキだったし、なんで嫌われているのか、さっぱりわからなかったけど。たぶん原因は、この気ってやつだと思ってる」
じぶんの手の平を顔に持っていき、「力」を集め、またぬき放った。
「母さんも使えたんだ。あんたほどすごくないけど、わたしよりずっといろんなことをしてのけた気がする」
「ルンルンさんが気をコントロールできるのは、遺伝的才能だったんですね」
わたしはほおづえをついて、カップを口に持っていった。
「社長さんに言われると、説得力がないんだよなぁ。わたしは飛んだり、光の弾で強盗をぶっ飛ばしたりはできねーよ」
「やり方を知らないだけで、ルンルンさんなら、すぐできますよ」
「お高く評価してくれて、ありがとサン・・・・・・」
わたしはコップを置いて、何度目かのため息をついた。
「あんたは誉めてくれるけど、この力のせいで、わたしたちは、村八分の小っせー集落で、さらにハブられてたんだ」
わたしは真っ白な机の光沢をにらんで、しゃべり続けた。
「それでも幸せだったよ。ほとんどうろ覚えだけど、それは覚えている。両親がどんな時でも明るい人たちでさ、目の前の問題も、何とかなるって、思わせてくれる性格だったから」
またミルクを一口飲んで、空っぽになったカップの底をみた。
「でも現実はどうにもならなかった」
若社長は黙ったまま、耳をかたむけていた。
両親が、真冬の晩に、バカ高い崖の上から、滑り落ちたんだ。
不幸中の幸いと言うか、落ちた場所は、絶壁に凍りついた雪のうえで、二メートルもないくらいの段差だった。
でもふたりとも落ちた時に、体を痛めて動けなくなっちまったんだ。
わたしはあわてて村に戻ったよ。助けてほしかった。
嫌われ者でも、一大事なら、助けてくれると、勝手に思って疑わなかった。
一晩中。夜が明けるまで。家の戸を叩いてまわったよ。
だけど誰も戸を開けたり、聞く耳を持ってくれなかった。
泣きながら、引き返したんだ。
ふたりにあやまりながら、崖をのぞくと、両親は寒さでとっくに死んでいた。
わたしはふたりのところに行きたくて、何度も崖を降りようとしたんだけど、もたもたしているうちに、雪が溶けだして、ふたりは崖の底に落ちていったよ。
若社長を見ると、顔が青ざめている。
わたしは自分の腕を上にのばして、ながめた。
「くやしいよなぁ。今のわたしだったら、余裕で助けることができるのに」
ふっと息を吐いて、苦笑いする。
「それからすぐボスに拾われて、このざまだよ。いや、後悔はしてねーし、ボスにも感謝してる」
息継ぎをして「でも」と続けた。
「もし、わたしの親も、、、、」
あんたに助けてもらえたら、よかったのに、、、、。
わたしは、途中で言葉を飲みこんだ。
「やっぱ。なんでもない」
「、、、ルンルンさん、俺は」
わたしは「なんでもないって」と笑って、体を横に向けると、足を組んで、テーブルに肘をついた。
「わるい。余計なこと言ったよ。忘れてくれ」
若社長は、しばらく手元のカップに顔をふせ、それから、まっすぐにわたしを見つめた。
「明日、その崖の底に降りてみませんか?」
「・・・・・・え? うわっ、とと・・・・・!」
わたしは危うくマグカップを落としそうになった。
「俺だったら、ルンルンさんを抱えて崖を降りることができます。もしかしたら、まだご両親がいらっしゃるかもしれません。生き返らせることは、できませんし、今さらかもしれませんが・・・・・・。助けに行きましょう」
「・・・・・・」
反応のないわたしに、若社長は「一緒に行きましょう」と力強く言った。
釣られるって言うんだよな、こう言うの。
気がついたら、わたしは若社長の勢いにまかせるかがまま、「うん」と、
うなずいていた。