助けられなかった話

 助けて・・・・・・! 助けて・・・・・・!
 一晩中、家という家の戸をたたいて、叫んで回った。
 雪の降り積もる夜だった。
 あの時のわたしは、ちっせぇガキだったのに、よく凍えずに、生きていたと思う。

 礼儀正しくしないといけないよ、と、母さんの言葉を思い出して、こんばんはとか、こんにちはとか、すみませんとか・・・・・・、今、考えたら、笑える語彙を選んで、付け加えたりもした気がする。

 家の戸をたたいて回る行為も、歩く行動も、夜が明けると同時に、できなくなって、ワンワン泣きながら、引き返した。

 
 明け方、冷たい町から離れて、両親のいる崖をのぞいた。

 崖にへばりついた固い雪のうえに、ふたりが転がっている。

 ホントに目と鼻の先なんだ。わたしが届かなくても、私が降りれなくても、大人なら、届く距離だもの。


 真っ白な雪に、真っ白な肌。くちびるまで青ざめて、呼んでもふたりは目を開かない。
 
 ちぎれそうなほど、手をのばして。何度も身を乗り出しても、わたしの手は、大好きな父さんの胸と、母さんのやわらかい肌に、さわれない。

 助けて・・・・・・。

 あせる私に朝日が照る。
日差しに雪はジワジワと溶けて、二人は雪と共に、底へ底へと落ちていった。






「危ないっ!」

 女の絶叫と、男の声が聞こえて、後ろに引き戻された。引っ張られる勢いがすごくて、尻もちをつくと、背中からぬくもりが離れ、前から両肩を揺すられる。

「あなたは、何をやっているんですかっ!! 落ちるところでしたよ!」

 わたしは大きなうでを振り払うと、語気にあわせて、相手の服を引っ張った。

「絶対に許さないっ!!」

 叫んだ自分の声が、思った以上に大人びている。

「殺してやる・・・・・・! 殺してやる・・・・・・!」

 わめき散らしてるうちに、自分や周囲に違和感を覚えて、ようやく自分がおかしいことに気がついた。
 さっきの女の悲鳴って、ひょっとして、わたし?

 我に返って目の前を見ると、険しい顔の若社長がいて、わたしが社長の胸ぐらをつかみ上げている。
 
 あたりを見渡すと、夜だ。ここは社長の家のテラス? 

 えっと・・・・・・、たしか。
 アジトに帰ろうとして。
 そうしたら会長さんが。
「泊まっていって! 泊まっていきなさい! 会長命令! 泊まらないと、トランクスけしかけるわよ!」とわけのわからん、脅迫をされて。
(反抗するのもめんどくさいから)泊まったんだっけ?

 昨日みたいなソファーじゃなくて、若社長の部屋の隣にある、ゲストルームに・・・・・・。


 つまり。
あれは、・・・・・・・・・・・・夢?

 夢だとわかった瞬間、脱力して若社長の胸に倒れこんだ。
 離れようと体を動かそうとしたけど、情けねーくらい、ガタガタ震えて、動けないでやんの。

 こりゃあ、ボスをバカにできねーな。

 若社長の胸ぐらをつかんだ指先も、言うことをきかない。 おまけに汗がすげー。

 完全に、やらかした。
 どうするこの状況。こいつにどういいわけしたらいいんだ。

 自問自答していると、背中をゆっくり撫でられた。

 以外に心地が良いし、おどろくくらい、落ち着く。




 しばらくすると、震えもずいぶん収まって、立ち上がる気力も戻ってきた。

「もういいよ。迷惑かけた」

 うつむきながらつぶやくと、よろよろと立ち上がって、早々に立ち去ろうとした。

「待ってください」なんて、あっさり呼び止められたけど。

 振り返って、若社長を見ると、努めて明るいそぶりで、カップを傾けるようなジェスチャーをした。

「よかったら、温かい物でも飲みませんか?」
 
 私は無言で若社長を見つめたあと、「いただくよ」と小さく言った。

 
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