こんがらがる事情

 若社長は今までのできごとをかいつまんで説明していった。
 ボスは両腕を組んで、どうにか威厳のあるポーズをとっているけど、足はガタガタ震えてる。
 
 それでもレッドリボン軍のマークや、世界征服可能を主張をする強盗の話をすると、震えより、重大さの方が勝ち始めたらしい。

 気むずかしく「うーむ」とうなった。

「・・・・・・と言うわけで、どうかあなたたちの力を貸してくれませんか?」
「なるほどなぁ。おまえはまた、とんでもない話をもってきたな」

 ボスが半目で私をにらむ。

「あきねーだろ?」

 ニッと笑うと、ボスがこめかみを指で押さえた。

「まあ、そんないけすかねぇ連中がいるなら、こっちも何とかしてぇくらいだ。・・・・・・わかった。調べてみよう」
「お、さすがボス。惚れるねぇ」
「心にもねぇ、おべんちゃらはいらねーよ。それで? おまえに銃口をむけた、怖いもの知らずはどんな面した野郎だ?」

 思わず、キョトンとする。

「特徴を言えって言ってるんだ」
「特徴、特徴、特徴、ねえ」

 私は頭を悩ますと、横にいる若社長を見上げた。

「あんた、覚えてる?」

 ふいに振られて、若社長が面食らう。

「特徴、ですか?」と言いながら、同じように、うなりだしてしまった。

「わかった! 特徴がねえ! それが特徴だ!」

 私は親指をおっ立てて、さわやかに笑った。

「・・・・・・丸投げだな」 

「ははは、悪りぃな。あまりにふつうのおっさんだったからよ。・・・・・・でも子分はまるっきりライフルの扱いがなってなかった。あれは銃を持ち出したばかりの連中だ。親玉は使い慣れているみてーだが、まあ、たかが知れてる」

 私は指を胸のあたりで一本立てた。

「・・・・・・それと、もう一つ。私の顔をよく知ってるみたいだった。武器もね。ってことは、案外ねぐらが、近くにあるかもな」

 ボスはあごまわりを指でなで回した。

「そこまで観察眼があって、どうして顔を覚えてねーんだか」

「たぶん、興味なかったからだな。次、会ったら、まじめに見ておくよ」

 そう言いながら、わたしはうーんと背を伸ばした。
 よかった。以外に気まずいのがあっさり終わったは。

「んじゃあ、私、装備だけ整えて、また出かけるよ。若社長、こっち、こっち」
 
 ビルの階段を登ろうとすると、「ルンルン」と名前を呼ばれた。

「気をつけろよ」

 わたしは目を細めてほほ笑むと、階段をかけのぼった。
 
 
 

****

 

 武器庫に入って、きっちりドアを閉めると、わたしはぶっと吹き出して、ゲラゲラと笑い出した。

「あー、おもしろいものが拝めた。あんたを見た時の、ボスの顔! 『ト、トトトトトンランクス!』これだもんな」

 若社長はふしぎそうな顔をする。

「おもしろい、ですか?」
「今年一番におもしろかったよ。おまけに返事が『はい・・・・・・』だろ。ボスがあんな丁寧な返事するの初めて聞いたよ」
「あなたと彼は、特に仲が良いんですね。ほかの方も、あなたを信頼してるみたいだ」
「まあね。野郎たちは、私の尻や胸を追いかけている傾向もあるけど、ボスとは、つきあいが長いよ。五歳の時に拾ってもらったからな」

 私は「ははっ」と笑った。

「もう父親みたいなもんだな」
 
 若社長はまたむずかしい顔をして、悩み出した。

「ルンルンさん。このアガサのみんなが、ふつうに働けることは、できないんでしょうか?」
「無理じゃねーの?」

 私はきっぱりと言い切った。
 
「なあ社長さん。人造人間が暴れ出したころ、あんたって、いくつだった?」
「たぶん一歳くらいだったはずです」
「だろ? わたしも似たようなもんだよ」

 わたしはせせら笑った。

「ここいら一体にいる若いやつらは、幼いうちに親が死んじまってるんだよ。それで運悪くこっちの世界にはいったんだ。殺しや盗みがあたり前の世界にさ。物心つく頃にゃ、銃を持って歩いてる連中ばかりだ」

 自分の拳銃用の弾を、点検しながら、話を続ける。

「私たちにとって、殺伐とした環境がふつうで、落ち着くんだよ。平和になった世界が変だし、異物なんだ。常識も知らない、敬語も使えない、字が読めない奴もいるぜ? ・・・・・・あとで、近くの広場に行ってみろよ。しゃべって、息をすって、吐くことしか知らないガキが、わんさかいる」

 私は銃弾をベルトのポッケにしまうと、若社長をにらみつけた。

「私たちが平和ってところで、生きていけると思う? どこまで新しい常識になじんでいけると思う? 人を殺しちまった人間はどうなる? 相手を殺さなきゃあ、死んでた奴は? 不安だし、こわいさ。だから、腐った場所から抜け出せないし、抜け出さない。抜け出す気もない」
 
 若社長はショックをうけたような表情をしていた。口を閉じ、うつむいたかと思うと、私を見る。

「ルンルンさんも、ですか?」

 私はキュッとくちびるを結んだ。

「・・・・・・わたしはもっと悪い」
 
 低い声で言った。

「たぶん、誰よりも、救いようがない」

 私はふっと肩の力をぬいて、緊張をほぐした。

「・・・・・・なーんて、こんなところでゴタゴタ言っていても、しかたねーさ。とりあえず、今回の件を解決するまで、忘れときな」

 わたしはあたらしい鉤縄に手をかけて、それもしまった。
 
「まあ、とりあえず用事はこれで完了だ。あんたの家に戻るか」 

 若社長の横をすり抜けて、ドアノブに手をかける。

「ルンルンさん」
「なんだよ」
「俺、決めました」

 私はきびすを返して、肩を上げて見せた。

「だーかーら、なにが?」

 若社長はなんともさわやかな笑みを浮かべていた。

「あなたを信用することにします」
「・・・・・・」

 わたしはあきれて天井をあおいだ。

「まてまて、さっきの話の流れから、なんでその結論が出てくんの? 関係なくない?」
「あはは、そう言えば、そうですね」
「あははって・・・・・・」

 わたしはガリガリと頭をひっかきながら、ドアを開いた。
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