こんがらがる事情

 悩ましいこともあるが、意外に気分は上々だ。
私は返してもらった袋を担いで、アジトに帰るべく、町中を歩いて行った。


 鼻歌まじりに足をすすめて、意識を背後にむける。

 若社長が三歩うしろを歩く新妻のような距離感で、ついてくる。

 シャワーも浴びて、スーツを脱いだ若社長の出で立ちは、黒のタンクトップに、黒いズボン。
 ジーンズジャケットに、赤いスカーフを巻いたスタイルだ。

 ぶっちゃけ、スーツよりこっちの方がよくなじんでいる。本人も着慣れた心地なのは、雰囲気でわかった。

 私はため息をついて、立ち止まった。

「なあ、ボディガード押しつけられて、ついてくるなら、せめて横にならんでくれねーかなぁ。背後につかれると、ぞわぞわして落ち着かねーんだよ」

 会長さんもボディガードなんて、いらないっつーの。軽機関銃を持った女の護衛ってどーよ?

 若社長は、無言でわたしの横にならんだ。
 さっきから表情が険しいモードで固定されて、変化なしだ。

 ちょっと、つっつきすぎたかな。
 こっちを見ようともしない若社長を横目に見て、私は頭をひっかいた。



****


 暗い路地の一角をまがり、人気のない方へ移動していく。
 高い柵を乗り越えたり、猫の通り道のような狭い小道を通ったりを繰り返すと、西の都のはずれにあるさびれた区域にでる。


 アガサが根城にしているビルディングの前に到着すると、わたしは地面を指さした。

「悪いけど、一瞬ここで待っててよ」

 返事は無かったが、言うことは聞いてくれた。


 さて・・・・・・。

 こんな大物を連れて来ちまって、ボスになんて言うかなぁ。

 若社長とタイマンを張るなと言った時の、ボスの青ざめた顔を思い出すと、しんどいわ。


 意を決して、ビルの中に入ると、ボスを筆頭に仲間が飛んで来た。

「ルンルン! 心配したぞ! いつまで立っても帰ってこねーから」

 でっけぇがたいのボスが抱きしめんとばかりに、やってくる。

「へっ? あ、ああ。わりぃ、わりぃ。この通り無事だよ」

「どうだったんだい、姐さん! 金は盗めだしたんですかい?」
「見たところ手ぶらだが、あ、そうか。燃やしたのか!」
「なにぃ!? そんなもったいねぇ!」

「お、おい。ちょっと、静かにしてくれ」

 やいのやいのと騒ぎ出す周りを落ち着かせて、ボスを見上げた。

「その。・・・・・・なんだ。結論から言うと、失敗したんだけどよ。ちょっと、それ以上にややこしいことになっちまって」

 歯切れの悪い私に、ボスが「一体どうした?」とたずねる。

「あー、なんつーか。とりあえず、会って話を聞いてくれねーか? ・・・・・・お、おーい。外の人ぉー」
 
 わたしは覚悟を決めて、若社長を呼んだ。

「失礼します」

 りんとした声を出して、堂々と入ってくる紫頭。

 案の定、室内は阿鼻叫喚地獄となった。

「ト、トトトト、トランクス! 」

 ボスが超ガタブル震えながら、部屋の隅の隅まで後退していった。

 むこう見ずな奴らが、ライフルを構え出したので、近くにいた仲間のライフルを蹴り上げた。

「バカ! 撃つんじゃねーよ! さっさと銃を下げろ!」

 仲間は渋々銃口を下に向ける。

 私は近くまで来た若社長に耳打ちをする。

「昔、あんたにぶっ飛ばされて、紫頭恐怖症らしいんだよ」

 ボスを顎でしゃくると、若社長は私とガクブルしたボスを見くらべ、そしてボスの方へ近づいた。

「ボスの方ですね。とつぜん来てしまって、すみません」

 若社長は深々と頭を下げる。

「今日はあなたたちにご相談があって、うかがいました。話を聞いていただけませんか?」

 ボスは腰を抜かした状態のまま、礼儀正しい若社長の行動に気持ちもそがれて、「は、はい・・・・・・」と、魂のない返事をした。


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