悪いけど死んでくれない?

 落ちる前に、鉤縄を頭上に投げて、ドームの頭ににひっかけた
 手元のボタンを押せば自動でワイヤーが巻き戻って、上へ移動できるわけだ。

 天辺に行き着く前に、鉤縄をはずす。それを隣のビルに投げて、引っかける。ワイヤーを巻き戻して、飛べば隣のビルに移ることができる。
 
 月明かりがでていて、よかったは。

 何度かその作業を繰り返してから、わたしは建物の壁に足をつき、はあ、はあと息つぎをした。

「・・・・・・はあ、はあ。痛ってぇ。吐きそう」

 殴られた腹を押さえ、片手でワイヤーにしがみつきながら、遠く離れたカプセルコーポレーションをおがんだ。

「ボスがタイマン張るなって、言った意味がよくわかったよ・・・・・・。あーあ、やっちまったなぁ」

 強盗やって、顔も名前も割れちまってるから、難儀だ。

 これからどうカプセルコーポレーションを破綻させるか、思案していると、背後で風が吹き上がった。

 ビル風にしては、おだやかで、ちょっと妙だ。
 て言うか、これは、視線?


 おそるおそる後ろを振り向くと、若社長が、こわーい顔をして立って・・・・・・いや、浮かんでいる。


 空中にだぞ・・・・・・。


「うわあああっ!」

 びっくりした拍子にワイヤーをつかんでいた片手が、滑って離れた。
 支えを失って、落ちかけたところを、若社長がキャッチする。
 こわーい顔のまま。

「は、はは・・・・・・、どーもぉ」

 訳が分からなさすぎて、笑っちまった。

 下をちら見すると、地上百メートルってところか? 暗すぎて地面が見えない。

 若社長は、わたしをにらみつけたまま、なにも言わない。
 言葉より、目で殺すってやつ?
 しゃべって責められるより、やっかいだ。

 若社長は私から視線をはずすと、ゆっくりと地面に降りていった。
 私を地面に下ろすと、またにらみを利かす。

「これ以上、抵抗するなら、もう手加減できません」
 
 こっちは全力だったんだけど、ねえ。
 
「・・・・・・わかったよ。降参する。勝てる算段もねーし、武器もねぇからな」

 私は唯一のこったフラッシュライトを、背中に投げ捨て、両手を頭の後ろに組んだ。おっかない顔に笑いかける。

「煮るなり焼くなり、好きにしなよ」

 さて。マジで、どうするかなぁ。リアルに算段が無いは、これ。



*******


 若社長は黙ったまま、私を抱き上げると、再び浮きあがって、猛スピードで上空を移動した。

 こりゃあ、なかなかいい眺めだねぇ。
 いつもより近い星空を見上げながら、風の寒さに身震いした。

 若社長は自分の家のテラスに着地すると、鍵のかかってない不用心なガラス戸を開いた。

「あなたをどうするかは、明日、母と相談します。今日はここに泊まってもらいますよ」
「はぁーい」

 気のない返事をして、家の中に入る。

「そこのソファを使ってください。足も十分のばせると思います」
「強盗にそこまで気を使わなくてもいいだろうに。まあ、遠慮なく使わせていただくよ」

 私は足からブーツを引っこぬくと、ゴロンと寝そべった。ふかふかで、普段使っているベッドよりずっと、心地い。ぎゃくに腰が痛くなるパターンの奴だな。
 
 あくびをひとつして、寝返りを打つと、トランクス若社長がむずかしい顔をしながら、ダイニングのイスに腰かけていた。

「あんたは、どこで寝るの?」
「俺はあなたの見張りです。ここにいます」
 
 わたしは思わずクツクツと笑い出した。
 若社長が怪訝そうな顔をするから、「悪りぃ、悪りぃ」とあやまった。

「トランクス社長の眉間のしわは、そうやって増えていくのかと思って」と言って、自分の眉間を指でたたく。

「わたしの処分が、そんなむずかしい?」
「気になることは、いろいろありますが」
「へえ、たとえば?」
「あなたはお金目的で、強盗に入ったんですか?」
「うんにゃ。ちがうね」
「じゃあ、なぜ。こんなことを?」
「・・・・・・まあ、いいか。カプセルコーポレーションを潰すためだよ。医務室で言ったじゃねーか。これだけ会社を大きくすれば、気に入らねぇやつもいるさ」
「・・・・・・じゃあ、誰かに、雇われて?」
「いや、個人的な行動さ」
「・・・・・・さっき、ボスがどうとか、言ってましたよね?」

 わたしは思いっきり大きな舌打ちをした。

 しばらく沈黙が続いたあと、若社長は「それに、あなた自身にも興味があります」とつぶやいた。

「なに? 抱きたくなった?」
「ちっ、ちがいます。・・・・・・その。『気』をコントロールする人間を、ひさしぶりにみたので」
 
 わたしはソファでうつぶせになって、ほお杖をついた。

「はあ? 気ぃ? なにそれ?」

 若社長がおどろいた顔をする。

「あなたが弾丸や、刃物にこめていたものですよ。知らずに使っていたんですか?」

 わたしは目を丸くした。

「これって、『気』って言うの?」

 自分の手をまじまじ見たあと、「あっ」と若社長を見た。

「ひょっとして、あんたが空中に浮いていたのも、これのせい?」
「え? ああ、そうです。舞空術という技です」
「すげーな。おもしろいこと聞いた」

 私は寝返りを打つと、腕で目をかくして、あくびをした。
 
「もし奇跡的に改心したら、それ、教えてくれよ。・・・・・・まあ、無理だろうけどな」
「ルンルンさん。あなたは・・・・・・」

 私がわざと寝息をたてると、若社長はため息をついて、口を閉ざした。

 
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