悪いけど死んでくれない?

「準備万端できたのに、つまらないくらい何もおきねーなぁ」

 ってひとり言を言うくらい、問題も障害も何もない。用心はしてるけど、防犯カメラのあったところはえぐれているし、センサーも作動してない。

 真っ暗な廊下に自分の足音が、やけに響くのが不安なくらいだな。

 あくびをひとつして、順調な道のりで社長室に足をはこんだ。

 今日、見かけた黒いデスクの横を通ると、強盗をぶちのめした時に散らばった書類の山が、丁寧に積み直されている。

 それを行き過ぎ、壁にやばい仕かけがないか、細なくチェックしてから、そっと押した。
 同じようにタッチパネルがせり上がってくる。

「えっと・・・・・・、たしか番号は」

 目をつむり、日中トランクス社長が操作した手の動きを思い出した。

3・・・・・・9・・・・・・5・・・・・・9・・・・・・3
・・・・・・1・・・・・・0・・・・・・3。

 ピッと、いい音がした。
 暗証番号も変えてなかったな。
 金庫の扉がお利口さんに開いてくれて、「ちょろい。ちょろい」と浮かれた矢先に、私は愕然とした。

 金庫の中にあった大量の札束が、ない。ものけの空だ。

「マジかよ」

 ガランとした金庫に目を走らせ、自分のミスを考える。
 私が来る前に盗まれた? いや、そんな痕跡はなかった。・・・・・・じゃあ、安全な場所に移動したのか?

 いつの間に。

「くそ」

 その場にしゃがみ込んで、かかとで床を蹴る。ため息をついて無機質な金庫をながめていると、背後に違和感をおぼえて、眉をひそめた。

 ・・・・・・わたし、もっとドジふんでるぞ。
 腰をひねりながら、拳銃をぬいてかまえた。

 社長室の入り口に、トランクス社長が立っている。
 見開いた青い目があっという間に、冷静さをとり戻し、真顔になる。
 
「ルンルンさん、これは一体」
 
 拳銃を持っていない手で、口元をかくしていたマフラーを首におろした。

「あーあ、見つかっちゃった? 酒も入って、油断してたと思ったのに、会社に来るなんて、クソまじめだね。若社長」

 ニヤリと笑ってから、立ち上がると、トランクス社長の表情が険しくなる。
「質問に答えてください。一体何をしていたんですか?」
「見てわかんねーの? 強盗だろ? まあ、ドジっちまったけど」

 空の金庫から出て、タッチパネルを軽くたたくと、金庫のドアがしまって、タッチパネルも壁に消えた。

「まさか昼間の連中とグル、なのか?」
「あんな雑魚と一緒にしないでくれない? あれはたまたま。人質になって、防犯カメラのたぐいを壊させたのは、作意的だけど?」
「・・・・・・俺は、あなたと争いたくない」

 わたしは「ははっ」と笑った。

「気が合うね。私もだよ。あんたとタイマンはるのは、かなりしんどそうだ。ぶっちゃけ勝てる気しねぇ」

 わたしは銃をにぎる手に力を入れて「でも」と続ける。

「このまま成果なしで引き下がるのも、酌にさわる。金がねーなら、あんたの命がほしいね。・・・・・・悪いけど、死んでくれない?」

 私は銃口を若社長の頭にあわせて、引き金を引いた。
 銃声の音と同時に、若社長のうでがあがる。
 
 ゆっくり開いた手の中から、銃弾がこぼれ落ちた。

 私は拳銃で自分の肩をたたきながら、風穴ができなかった、若社長をながめた。

「どんだけ、丈夫なんだよ」

 私はもう一丁の拳銃をぬくと、二つの銃口を若社長に向けた。

 いったん気持ちを鎮めてから、『力』を拳銃に流しこんでいく。
 
 若社長は眉間のしわを深くすると、すぐ横に飛んだ。それを追うように、私は二発、発砲する。

 若社長を追って、黒いデスクに飛び乗り、もう一発。
 するりとよけられたところに、蹴りを入れて、組み手の態勢に入った。

 パンチの変わりに二丁の拳銃を打つのが、私の戦闘スタイルだけど、全然、当たらねぇ。

 撃った弾は、あっさりよけられ、撃とうした銃口は、防御の型でずらされる。
 蹴りも、みんな防がれる始末だ。

 部屋中がめちゃくちゃになったところで、若社長に両手首を捕まれ、押し合いになった。

 力勝負はかなわねぇ。
 私はつま先で床をたたくと、ブーツの仕こみ刀を出した。
『力』を刃に流して、若社長めがけて、蹴っ飛ばそうとしたその時、社長の右腕が鳩尾にめり込んだ。

「がっ!」
「・・・・・・! しまった!」

 絶景の見える窓ガラスめがけて、私の体が吹っ飛んでいく。
 やべぇ。この勢いだと、ガラスを突き破っちまう。
 外に、落ちる。

 思わず頭をかばったところに、何かが私を受け止めた。
 鳩尾に鈍い痛みがおそって、ゲホゲホとむせかえる。


「ルンルンさん、お願いします。もうやめましょう」

 頭の上から若社長の声がする。人を吹っ飛ばしておいて、いつの間に回り込んだんだ。

 わたしが両手の拳銃を床に落とすと、若社長からほっとした雰囲気が伝わってきた。

「すみません。殴ってしまって。予想外に強くて、つい力が入ってしまいました」
 
 若社長が気づかうようにそっと、私を床に寝かせる。
 そのタイミングを見計らって、私はポケットに忍ばせてあったフラッシュライトを、若社長の顔に向けた。

「うっ・・・・・・!」

 目潰しされた若社長が、目をかばった隙をついて、私は巻き取り式の鉤縄をとり出して、ビルのガラスをつきやぶった。
 

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