良いこと

「あ、あのっ!」

 大きな声に、テンションアゲアゲだった会長も、困り顔のトランクス社長も、おどろいてイラータに注目する。
 管理職に注目されてイラータの肩がこわばった。

「す、すみません。あのあの・・・・・・、乾杯の前に、トランクス社長にお話があるんです」

「俺に、ですか?」
「なになに? ひょっとして告白?」
「ち、ちがいます!」

 イラータは顔を真っ赤にしながら、腕にかけていた紙袋を若社長に差し出した。

「社長は、もう忘れてしまっているかもしれませんが・・・・・・、実は、今カプセルコーポレーションに勤めている社員の大半が、社長に命を助けられているんです」
「え・・・・・・?」

 トランクス社長が目を丸くする。

「本当です。人造人間が暴れ回っていた時分に。私も助けていただきました」

 アゲアゲ状態の会長さんも、見事に沈静化していく。

「みんな、社長にずっとお礼が言いたかったんです。・・・・・・でも、社長はお忙しいですし、話す機会もあまりなくて。・・・・・・おまけにお礼を言うことが、『ぬけがけ』みたいな社風も影でできてしまって、みんな言うに言えなかったんです」
 
 イラータがうるんだ目で私を見てから、心底しあわせそうに目をほそめた。

「それが今回、このような機会をルンルンさんにもうけてくださって、ようやく伝えることができました。トランクス社長・・・・・・。いえ、トランクスさん」

 イラータはふかぶかと頭をさげた。

「あの時、助けてくださって、ありがとうございます。ホントにありがとうございます。これはみんなが書いたお礼の手紙です。どうか受け取ってください」

 トランクス社長はおどろいた顔のまま、ゆっくりと慎重に紙袋を受け取った。

「そうだったんですか。みんなが・・・・・・」

 一言言うと、玄関のインターフォンが鳴った。
「社長ー!」と人の声が響く。複数だ。

 ブルマ会長が鼻をすすって、テラスから玄関をのぞき見る。それから「トランクス。ちょっと来なさい」と手招きした。
 全員でテラスから下をのぞいて見ると、カプセルコーポレーションの社員が集まっていた。
 さすがに全員じゃないけど、三十人くらいいるんじゃねーか?

「また、集まったねぇ」

 私は手すりに、ほおづけをついた。
 女性社員がいないのは、恋愛感情のいざこざがおきないように、ちゃんと考えたみてーだな。
 集まった社員が、テラスにいるトランクス社長に気づいて、手をふる。

「ありがとうございました!」とか。「命の恩人ですー!」とか。
「今度はおれたちが会社を守ります!」なんて調子づいたことばも聞こえてくる。

 トランクス社長がどんな表情をしているかは知らない。

 ただその場でしゃがみこみ、うつむいた頭からは、嗚咽がかすかに聞こえてきた。
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