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チリは現在下着屋に来ていた。
目的は明確。アオイに下着をプレゼントする為だ。
アオイと付き合い始めて半年、一緒に風呂にも入ってイチャコラしたこともある仲なのだから、下着の一つや二つ三つや四つプレゼントしたって問題ないだろう。
それに何より、目下に迫るバレンタインデーというイベント。これに合わせてアオイに下着をプレゼントしたいのだ。
その為にチリはアオイの寝ている間に上から下まで丁寧に採寸した。トップ、アンダー、ウエスト、ヒップ、見た目だけでも実に愛らしいが数字で見ても実に魅力的だった。
このデータを基に、絶賛下着を吟味中なのではあるがしかし、アオイに似合いそうなものも多ければチリがアオイに着てみてほしいものも多かった。だからとてつもなく迷ってしまうのだ。
先ず一つ目の候補としてはスタンダードなデザインの上下セット。サテン×レースでストラップの部分とショーツのフロントに白いリボンのポイントがあり、サフランイエローがアオイの琥珀色の瞳に合っている。
二つ目の候補は少し大胆なスターカップデザインのブラジャーの上下セット。谷間が大きく開いていて黒のリボンでコルセットのように編み上げられている。ショーツの方も左側だけが同じように編み上げのリボンになっていてつい解きたくなってしまうデザインだ。カラーもチョコレート色でニット柄なのでいやらしくなり過ぎない。
三つ目の候補はレースが少し大人っぽいブラレットデザイン。フロントホックでストラップが背中でクロスしているのが実に好い。チリが普段着けているサスペンダーに形状が似ているのだ、それをアオイが着ていると言うだけで花丸なのにアッシュグレイにストラップが黒、オレンジの花を模したアッシュグレイのレースがアオイを更に魅力的にしてしまう。
四つ目の候補はデミカップがちょっと際どいけれどデザインが愛らしいタイプの上下。ピーコックグリーンの地にジャスミンの刺繍が施されており、谷間にもショーツのフロントにもピーコックグリーンのリボンが飾られている。しかし、それだけではない。一見すればかわいいデザインだが振り返ってびっくり、ショーツがいわゆるOバックと言われるものなのだ。前側にはないジャスミンの刺繍は全部腰とお尻に集約されていて、ついこの隙間に手を入れたくなってしまう危険なデザインだった。
更にここにガーターベルトとレースのストッキングにスリップやベビードールを加えてしまうとかなり候補が多くなってしまう。
だからチリは大いに悩んでしまっていた。
いや、逆に考えてしまおう。一つに絞る必要なんてないんじゃないか。全部いいじゃないかと。
流石にガーターベルトはやりすぎかもしれないのでそれは避けておいて、スリップとベビードールを一着づつの上下セット四着にしてしまえばいいのではないか。
正直悩んでいても一向に選びきれないのだから、いっそのこと全部という事にすれば解決する。
思い立ったがなんとやら、チリはそれら全てをプレゼント用にラッピングしてもらい下着屋の、薄ピンクに金の箔押しで店名が綴られた紙袋を渡された。あとはバラの花六本のミニブーケにメッセージカードを添えて渡せば万事OKである。

後日、バレンタイン当日。
チリはアオイと会う為にリーグからそのままテーブルシティへ出てきていた。時刻は夕方の五時を少し過ぎた頃で、日が傾き始めてはいるが人通りは決して少なくなかった。何せバレンタインだ。チリ同様に恋人とデートをしたり夫婦やパートナーとで出かけたりするのはパルデアでは珍しい事ではない。
予定時間よりも少し早いが、待ち合わせ場所にしていた郵便局前に移動すると、すでにポストの傍にアオイが立っていた。

「チリさーん!」

にこにこと手を振りながらアオイが駆け寄ってきた。

「アオイものごっ早いやん、まだ三十分も前やで」

ブラウンのコートに昨年の暮れにチリがプレゼントしたジョーヌカラーの大判マフラーを巻いたアオイ。口元まですっぽりとマフラーで覆われてもこもこである。

「それを言ったらチリさんもですよ、私は思ったより移動時間がかからなかったので早く着いちゃったんです!」

そう言ってアオイが手に持っていた紙袋を持ち上げた。
お互い渡すものもあり、外は幾分か冷えるので場所を移動する。とは言え、どこかの店に入るというわけではなくこの後アオイの住むアパートへ向かうのだ。
アオイは郵便局の前の通りを抜けて階段を下った先にあるバル・キバル近辺にあるアパートにもう三年ほど住んでいた。リーグからはほぼ対極に位置するような場所だが、アオイは逆にこの入り組んだ環境を気に入っているらしい。二人でこの路地を通り抜けて階段を降りたのも最早百回以上だとチリは思っていた。
いつものようにアオイがチリの手を引いて軽い足取りで自宅へと向かっていく。
途中でバル・キバルに寄って夕飯にするものをテイクアウトし、そうしてアパートへと着くと再び階段を上がってアオイの部屋の前へと到着した。
アオイがコートのポケットから鍵を取り出してガチャリと扉を引いて開ける。アオイが先に入るとくるりと体をチリの方に向けてほほ笑んだ。

「チリさん、いらっしゃい」

アオイは例え一緒に部屋に入ったとしてもこうして先に入り玄関でチリを笑顔で出迎えてくれるのだ。何度見ても可愛いし、むしろ一緒に住みたい気がしてくる。そうしたらきっとアオイの出迎えの言葉は”いらっしゃい”から”おかえりなさい”になるのだろう。疲れてはいないが妙に元気が出てきた気がした。
今度思い切って相談してみようかと真剣に考えてしまう。

「お邪魔しまーす」

アオイの出迎えに元気をもらった所でチリもアオイの部屋へと入室する。アオイは先に靴を脱いで壁に備え付けてあるウォールフックへ、ハンガーにかけたマフラーとコートを引っかけた。次いでアオイはチリが着ていたコートを受け取ると、同じようにハンガーへかけてウォールフックへ引っかける。
そうして紙袋を持って奥へと向かっていく。アオイの部屋はほぼワンルームの中二階。一階にリビングとキッチン、その他の水回りと物置があり中二階を寝室にしていた。壁は白で床や天井はマホガニーやワインレッドの木材が使われていた。アオイが室内に明かりを点すとオレンジ色の証明が全体を柔らかく照らし出す。
床材と同じようなマホガニー材で家具も統一されていてウッドフレームの鶸色のソファにはドオーとウパー柄のクッション。楕円のローテーブルに円形のセンターラグで全体的に丸い印象を受ける。いつ来てもアオイの部屋は和やかな気持ちにさせられた。
アオイが洗面所で手を洗っていたのでチリもそれに倣い、そうして紙袋の中から薔薇のミニブーケを取り出した。

「アオイ、これ一つ目のプレゼントな」

「わぁ、綺麗な赤…すぐに活けちゃいますね!チリさんは座っててください」

チリから花束を受け取ると、アオイはチリに一つ口づけをすると花束を持って洗面所の方へと戻っていった。
アオイが花を活けている間にチリは二つ目のプレゼントの確認をする。メッセージカードに五時がないか確認し、紙袋の中の個包装の数を確かめる。数えてみたが問題は無かった。そうしている内にアオイが花瓶に薔薇の花を活けて戻ってきた。花瓶はそのままローテーブルの上に飾られる。
オレンジ色の明かりの元で薔薇は鮮烈な赤からどこかまろい印象へと姿を変えていた。まるで最初からテーブルの上に置いてあったかのように空間に馴染んでいる。

「チリさん、私からも贈り物があるんです」

そう言ってアオイは自身は座ることもなくせかせかとまた移動していく。中二階へと上がるとそこから二つの平たい箱を持って降りてきた。

「チリさん、どうぞ」

アオイがそう言って二つの箱をチリに手渡した。その表情はどこか照れたようにはにかんでいる。控えめに言って最高なのに控えめじゃない場合なんと言っていいかわからない程度には嬉しい。

「ありがとうな、アオイ。こっちはチリちゃんから二つ目な」

チリもアオイに紙袋ごとプレゼントを渡した。その紙袋を膝に抱えてアオイはラグの上にぺたりと座る。

「あっ、さっき一つ目って言ってましたもんね…!ありがとうございます!開けても良いですか?」

「もちろんええよ、チリちゃんも開けてええ?」

「はい!」

そう言って二人でお互いのプレゼントを開封する。
チリが受け取った二つの箱は平たい正方形の箱と、それより少し小さくて厚みのある長方形の箱だった。
小さい方から開けると、中身は黒とブラウンの靴下であった。パルデアで女性が恋人に靴下を贈る意味なんて決まっている。にやけてしまいそうな口元を隠しながら一度箱に蓋をし直した。これをアオイが選んでくれたという事実だけ三日くらい興奮で眠れない気がしてくるくらいだ。
もう一つの方を開けると、中身はベルトだった。黒の革に三角形のバックルのビットベルトだ。

「ベルトは、末永くよろしくお願いします…という意味らしくて」

アオイの声にチリが顔を上げる。アオイは紙袋を膝に抱えたままチリの方を見ていた。今度はにやけを隠せそうになかった。

「ものごっつ嬉しい…ちゅーしてええ?」

アオイは少し驚いている様子だったが、照れながらもテーブルに手を突いて身を乗り出した。
チリは手元の箱をテーブルに置くとアオイの両頬に触れながら口付けをする。瞼、頬、鼻、唇、そして喉元へとあちこちへ口付けを落としていく。
ちゅっちゅっとわざとリップ音を立てるとアオイの頬が僅かに赤く染まった気がする。オレンジ色の光の下ではその差は微々たるもので気の所為ともいえるレベルではあるが。

「チリちゃんのプレゼントも開けてみ?」

頬から手を放してアオイに囁くと、アオイが小さく頷いた。
テーブルについていた手を下ろすと紙袋の中身を覗く。

「多くないですか…?」

「選びきれへんかったんやからしゃーないねん」

「そ、そうなんですか…」

そう言ってアオイが紙袋の中から一つのラッピングを取り出す。ラッピングは不透明なので中身は見えない仕様だった。
アオイが丁寧にラッピングのリボンを解いていき、包装紙を広げて目を丸くしてチリを二度見した。

「透け透けの下着…」

一番最初に開けたのがどうやらベビードールのそれだったようで、アオイはベビードールを持ち上げながら呟いていた。

「全部同じラッピングってことは…全部下着、だったりします?」

アオイが恐る恐るというような物腰で尋ねてくるのでチリはただにこにことしながら首を傾げた。

「ぜーんぶ開けたらわかるで」

チリにそう言われてしまい、アオイは再び紙袋の中を覗き込んだ。
残り五つのプレゼントを紙袋からテーブルへと移していき、意を決したように一つを手に取りラッピングを開封していく。一つ開けてびっくり、二つ開けてびっくり、アオイが驚く度にチリが喜びアオイは顔を赤くする。

「これ…片方紐ですよね…?」

「アオイが着てる時に引っ張りたいと思いました」

「こっちはお尻の方、開いてますよね…」

「アオイが着とったら絶対魅惑の絶対領域やと思うねん」

正直に自分の気持ちを話せばアオイはそれ以上何も言わなくなってしまう。けれど、別に必ず着てほしいわけではない。それこそアオイが嫌なら別に着なくてもいいのだ。ただチリがアオイに着てほしいというだけの代物なのだから。

「あ、これ…」

アオイが一組の下着を持ち上げる。それは例のチリの普段着ている衣服のデザインに似た背中でストラップがクロスしているデザインのブラジャーだった。

「確か、巷で噂の”チリさん概念下着”ですよね。前にリーグの更衣室でチリさんのファンの子が付けてました」

そう言われてチリに激震が走った。チリの概念下着とは何だろうか。いや、それよりもだ。

「やっぱそれ却下、店で買うたもんやし誰かと被るんは致し方ない…とは思うとったけど!!!これは流石に無しや!チリちゃんの彼女に概念だけじゃ足らん!いっそオーダーメイドにしたる!」

チリがアオイの手から下着を取り上げようとすると、アオイがそれを拒んだ。

「でも、チリさんがくれたんだから唯一無二ですよ!」

「せやかて、そのファンの子が万が一にも見つけたら”自分のまねっこ”とか言いよるかも知れへんやん!嫌や!ほんまもんはアオイだけや~!」

「わかりました!じゃあお互い妥協点を見つけましょう!」

ひとしきりブラジャーの攻防戦を繰り広げると、アオイが立ち上がってスマホを操作し始める。そうして操作した画面をチリの前に突き付けた。

「この中から好きなリボンを選んでください!」

それはショッピングサイトの検索ページで、一覧にはずらりと黒いリボンテープのロールが映し出されている。

「…リボンで何するん?」

チリが画面とアオイの顔を交互に見ると、アオイは少し不機嫌そうな顔で短く答えた。

「そのリボンでアレンジします」

チリにリボンの一覧が並ぶスマホを預けたまま、アオイはブラジャーを持って中二階へと逃げてしまった。仕方がなくチリは一覧のリボンを眺めていく。
細めのリボンから幅が広いリボン、レースに縁取りがあるものまで様々あったが、とりあえずチリは一種類のリボンに目星をつけてアオイのスマホをテーブルの上に置いた。丁度それと同時にアオイが中二階から降りてくる。その姿を見て今度はチリがアオイを二度見した。
アオイはさっきまで着ていた上半身の服を脱いで、持って逃げた例のブラジャーを身に着けて戻ってきた。その手にはリボンらしき紐が握られている。

「イメージとしてはこうです!」

チリの傍まで来て、アオイは手に持っていた紐を背中から回して採寸するように胸の前で合わせ、リボン結びにする。

「丁度フロントホックなのでホックを留めた後に上から結べるようにリボンを縫い付けます!はい!これでもう同じじゃないですね!」

「可愛い!採用!」

チリが反射的に自身の膝を叩いた。
リボンが追加されただけではあるが、こうやって意地でもこのブラジャーを受け取るという強い意志と”プレゼントは私”感があるのでチリ的には有り寄りの有りだった。
アオイが一旦リボンを解くと、不意にアオイが我に返ったように小さく声を漏らした。

「とりあえず服着てきますね…!」

自分の格好がどんなものか気付いてしまったらしい。アオイが慌てて中二階へ戻っていって、一分ほどで上からニットを着て戻ってきた。
そうしてまたせかせかとキッチンの方へと向かっていく。

「コーヒー淹れますね、今日はムクロジさんでバレンタイン限定スイーツが販売されてたんです。予約しておいたのでスムーズに買えました!」

チリとしてはアオイの方を今すぐいただきたくて指がむずむずしているところではあるが、ここでアオイの気持ちを無碍にして機嫌を損ねるわけにはいかない。
何せ今日は泊りなのだ。時間は十分にある、焦る必要は皆無。つまり勝ち確なのだ。
アオイは待ち合わせをしていた時に持っていた紙袋からケーキボックスを取り出すと、コーヒーポットとマグカップ、そしてケーキナイフに皿とフォークを盆にのせて戻ってきた。チリも途中で席を立ってアオイが持っていた盆を受け取って運び、テーブルに置いた。
ウキウキとした様子のアオイはケーキボックスの蓋を開けて中からケーキを取り出した。

「チョココーティングのバウムクーヘンです!ホワイトチョコのビビヨンが可愛いなぁって思って…今切りますね」

「ホワイトチョコに翅の模様プリントしてあるんか~凝っとるんやな、ならチリちゃんコーヒー淹れるな」

アオイがそう言いながらバウムクーヘンにケーキナイフを差し込んでいく。チリもコーヒーポットを取ってマグカップへと注いだ。自分のものはブラックだが、アオイのものにはミルクを足しておく。
そうしている内にアオイがバウムクーヘンを切ってフォークと共に皿をチリへと手渡してきた。アオイのマグカップと交換するように皿を受け取る。

「これからもよろしくお願いします、チリさん」

アオイが両手でマグカップを持ちながらチリに微笑んでいた。

「こちらこそやでアオイ、ずーっと一緒にいよな」

テーブルを挟みどちらからともなく口づけを交わし、バレンタインの夜が始まっていく。
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