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早く自分の所まで堕ちてこい。
それはどちらが先に思ったことかは誰も知らない。

アオイは窓の外を見ながら今日の天気を考えた。テレビはこの家にはないし、スマホロトムが今どこかも分からない。そこでアオイは思い腰を上げてリビングを出るとすぐ目の前に在る階段を上がり始める。階段を上がって右は自分の荷物と机がおいてある部屋、普段は掃除に入る程度で殆ど使っていない。左はこの家の主の部屋、別に入っても良いと言っていたが、重要な資料があると聞いて、ここにも部屋の主がいる時以外は入らない。そして突き当たりに在るのが寝室で、カラリと釣り引戸を開けると大きなクイーンサイズのベッドが一つ。家の主が週に一度しか帰ってこないからほぼ独りでこの大きなベッドで寝ている。かなり寂しい。そのベッドサイドチェストの上にはこの家に一台だけの電話があった。

「シティ外局番って何番だったかな」

頭を捻ってアオイは番号を押すと続いて三桁の数字を押した。番号と言っても実際にはこの辺りに番号はない。一番近い場所がハッコウシティなので、そこの番号をいれているに過ぎないが、ハッコウシティからも大分距離があった。
そうして繋がるのは天気予報の時報。聞き流すと今日は晴れの予報らしい。アオイはそれを聞いて受話器を下ろすと部屋を出た。階段を降りて左に回り込んだ一番奥に脱衣所があってそこに洗濯機がある。かごに山になっているシーツやカバーを洗濯機に押し込んで洗剤や柔軟剤を入れてスイッチを押した。
そしたら今度は階段の前まで戻って右へ、右手の釣りドアをカラリと開けるとなんにもない広い部屋に行き着く。折り畳み式の物干しを出して設置する。洗濯物はここに干す。扉の対面の壁が一面掃き出し窓で窓の向こうには庭があって周囲は背の高い針葉樹の森になっていた。
アオイは掃き出し窓の一枚の鍵を開けると大きく開く。そしてモンスターボールを取り出すと外に向かって放った。

「みんな、遊んでおいで」

ポケモン達がモンスターボールから飛び出して地面に着地する。そしてそのままアオイは全ての窓を開け放って再びリビングへ戻った。
そしてリビングの右手奥に在る対面式のキッチンに入ると冷蔵庫を開ける。

「朝は適当にサンドウィッチで良いかな?」

そうしてパンと野菜とハムを取り出す。
野菜を適当に洗ってちぎり、パンにはマスタード入りマヨネーズを薄く伸ばす。そして具材を挟んで片手で持ってかじりながら、リビングの窓辺へ戻った。今日は彼女が帰ってくる日。いつ彼女の姿が見えてきて、おかえりと玄関に駆け寄れるように。
これがアオイのほぼ一日のルーチンだった。

一週間の内一日だけ帰れる家がチリにはある。
パルデアの端っこに在る森の中の一軒家で、それを買ったのは半年ほど前。そして実際に住み始めたのはひと月前。周囲に緑が多いが一番近い町まで徒歩二時間掛かる。近隣に他に家はなく、隣人と呼べるのは野生のポケモン達だけだ。住み始めた頃は毎日気が気ではなかった。いつ彼女が家を飛び出すか分からないからだ。
服は自分のメンズ物のシャツと下着しか用意していないし、外部の情報がほぼ入らないようにスマホロトムは隠し、テレビも置かず、彼女の靴は勿論ない。
そこまで制限を掛けてもいついなくなるかとヒヤヒヤしながらチリはリーグ近くの自宅で寝起きして仕事へ向かっていた。
最初の週末、もしかしたらもう居ないかもしれないと思いながら家の近くで空飛ぶタクシーを降りて、家を仰ぎ見た。
明かりが点いていた。一瞬喜んだがしかし、ブラフかもしれないと思い直して気持ちを落ち着かせる。
そして玄関に立と人感センサーのライトがオレンジ色に点った。鍵を挿す瞬間緊張が過る。
いざ鍵を回す。ノブに手を掛けると扉は開かなかった。チリの背中に冷たいものが過って再び鍵を挿してドアを開ける。そしてドアを勢い良く開けると、キョトンとした顔のアオイがそこにいた。

「鍵開けてたんだけど、気付かないで回しちゃってたんだね。お帰りチリちゃん」

笑顔を向けられた。まさかそんなはずはない。だって自分は一週間前ここにアオイを軟禁したはずなのだ。

「チリちゃん荷物重かったんじゃない?…チリちゃん?どうしたの?お化け見たような顔してるよ?」

「自分、何でまだおるん?」

やっと絞り出せたのはその言葉だった。
自分は彼女を有無を言わさずこの家に連れ込んで「何で?どうして?」と泣く彼女の身ぐるみを剥いでこの家に監禁したはずなのに。逃げ出そうと思えばポケモン達は残していたからできたはずだ。例え軽装でも、ポケモン達の手を借りて近くの町に逃げ込めたはずだ。なのに何故?

「チリちゃんが言ったんでしょ?ずっとここにおってな、って」

アオイは事も無げにそう言い放った。確かに一週間前この家を出る間際に泣いているアオイにそう言った。
言ったからといってどうしてそれを守る必要があるのか。チリのエゴで独占欲で閉じ込められたはずなのに、あれだけ泣いていたのに。

「自分、ウチに監禁されとるって解ってんの?」

監禁した側が言うことではないが、本当に理解ができなかったのだ。

「知ってるよ」

またアオイが笑った。

「いやいやいや…普通逃げるやろ!近くのジュンサーさんに助け求めるやろ!自分頭おかしいんと違うか?」

チリはアオイの肩を掴んで捲し立てた。

「何で?信じてたと思ってた人間に裏切られたんよ?あんだけ泣いとったやん!どうしてって!何でって!」

「だってチリちゃんがもう来なくなっちゃうかもって思ったから。私だけ置いて行っちゃうから…度が過ぎた嘘吐いたから嫌われちゃったんだと思って…」

「嘘って何よ」

チリはアオイの肩を掴んだまま見下ろした。

「彼氏、できたって…。チリちゃん私のことずっと子供扱いしてたでしょ、私に彼氏できたら…ちょっとは気にしてくれるかなって…」

アオイは顔を俯かせる。そして自身の着るメンズ物のシャツの胸を握りしめた。
チリは再び呆然とした。アオイは自分なんて眼中になくて、ただ歳の離れた友人ぐらいに思っていると考えていた。アオイが18になって、彼氏ができたなんて笑って言うから、そうだと思っていた。
自分には後にも先にもアオイしかいないのに、なのにアオイは自分を置いていくのかと、そう思っていた。告白すらしていない分際でだ。

「でもチリちゃんが"行ってきます"って出ていったから…いつかわかんないけど帰ってきてくれるって思った。私のこと独り占めしたいって思ってくれたんじゃないかって勘違いしちゃった…ごめんね。私帰るね…」

アオイはそう言うとチリの返事も聞かずにチリの手を払い除けて玄関の外へ出ようとする。

「待って…ウチまだ言うてへん…ただいまって言うてへんよ」

出ていこうとするアオイの腕を掴んで引き戻す。

「ごめんなアオイ、ウチアオイのことずっと好きで、こんなことするぐらい愛してしもて…」

アオイの腕を掴むチリの手がわずかに震える。

「私もずっとチリちゃんのこと好きだったんだよ。会う度好きって伝えてたのにな」

そんなチリの必死の形相を悲しそうな目をしながらアオイは見つめていた。

「社交辞令やって思うやん!」

それはチリの言い訳だ。気付かなかったのは自分なのに、相手に腹を立てて強行に走ったのは紛れもなくチリだ。

「でも、ようやく捕まえてくれた。ここが私のモンスターボールだよ」

アオイは掴まれていない方の腕でチリを抱き締める。
そしてチリの背中をポンポンと叩いた。
震えるもう片方の手でアオイの背に手を回すチリ。受け入れるようにアオイの方から半歩前に寄ってくる。

「ウチがゲットしてもええの?ずっとやで?返品もトレードもなしやで?」

アオイの腕を掴むチリの手に力がこもる。言葉とは裏腹に決して逃がそうとしない強い意思がその行動に現れていた。

「いいよ、ずっとずぅーーーーーーーっとここにいるよ。でもたまに外に連絡させてね、ここ電話もないからチリちゃん帰ってきたらなに食べたいかも聞けないし、長く連絡取らないと不審がる人がいるから、ずっといられなくなっちゃう」

「……ウチがいる間やったら外に連絡してもええよ、チリちゃん大人やから妥協したる…」

アオイの肩口に額をすり付けながらチリは言う。本当の本当に妥協した。本当は外部との連絡なんて一切取って欲しくはないが、それで外部が捜索願など出されてはチリも困る。ずっと一緒にいられなくては困るのだ。

「チリちゃん。改めてお帰り、愛してるよ」

「ただいまアオイ…ウチも愛しとる」

そうして二人が改めて抱き合うと、家の奥からドッとアオイのポケモンたちが溢れてくる。
ポケモン達にもみくちゃにされながら、チリは玄関の鍵を掛けて靴を脱いだ。

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次回「チリちゃんずっとここ住みたい…週一なんていやや~」「お仕事放り出さないチリちゃんも素敵だよ、行ってらっしゃい」
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