short
アオイは今猛烈に悲しくてイライラしていた。普段は苛立ちを表に出すこともないし、苛立つこともそれほど多くはないのだが、今日に限っては感情の荒振りが抑えられない。
静かに自宅の玄関を開けて、なるべく音を立てないように靴を脱いで玄関へ上がる。そしてハンガーに上着を掛けて玄関のカギをかけて手荷物を置いた。
スマホロトムを見ると午後十一時半の表示。今日という日が残り三十分しかないという事を指している。アオイにはそれが悲しくてしょうがなかった。何故なら、今日の日付が十一月二十二日、所謂いい夫婦の日だったからだ。
本当であれば例年通り定時で帰ってパートナーであるチリの好きなものを夕飯に作ってたくさんたくさん甘やかすという目的があった。けれど、残念な事にアオイが所属しているリーグの部署で予期せぬトラブルが発生してしまい、アオイはその収拾に追われコライドンに急いでもらって早足に帰宅したが日にち変更のギリギリになってしまったのだ。
誰が悪いと言いたいわけではない。ただ自分がやりたかった事が上手くいかなくて不貞腐れているのだ。
翌日に持ち越そうにも他所の地方では二十三日が祝日の所もあるが、生憎とパルデアは明日は平日。仕事がある。
それに日が経ってしまっては今更感があるし、だからと言って翌朝の朝食時に何かしようにも時間が足りない。折角普段以上にチリへの日頃の感謝を伝えられる日だったというのに。
アオイが顔を上げるとリビングダイニングには間接照明だけが点されていて、普段ならなんて事のない風景に無性に感傷的になってしまう。
―――チリさん、もう寝てるよね…起こさないようにしなきゃ…
のろのろとした足取りで洗面所へ向かい、手を洗って浴室に暖房を入れる。脱衣かごへ乱暴に服を放り込んでまだ暖まり切っていない浴室へと踏み込んだ。空気も床も冷たい。
シャワーコックをひねった瞬間、腕に冷水がかかって心臓が跳ねる。
温まり始めたシャワーの水を頭から被り、アオイは目頭が熱くなるのを堪えた。
「うまくいかないなぁ…」
シャワーの水音の中で独り言ちる。
お湯は温かいのに浴室のキン…と冷えた空気が骨身に沁みた。
適当なところでシャワーを切り上げて脱衣所の戸棚の中から出したバスタオルで体を拭き、同じく戸棚から出した着替えを身に着ける。
こんな時でもお腹は空いている気がするが、こんな遅くに食べるような気にもなれずアオイは重い足取りで脱衣所を出てリビングダイニングへと戻った。
いつもならこそこそとしながらも寝室で先に寝ているチリの背中に抱き付いて寝るのだが、今日に限っては寝ている所を起こしたくもないし不貞腐れているのを悟られたくもないのでリビングでブランケットでもかけて寝ようかと考える。
リビングダイニングまで来て、アオイはふと足を止めた。
自分はリビングダイニングから脱衣所へ向かった時、果たしてリビングダイニングの扉を閉めただろうか。閉めた記憶はないが、今目の前の扉は閉まっている。
―――閉めたのも忘れちゃってるだなんて…ダメだなぁ
そう思いながらアオイはドアの取っ手に手をかけてリビングダイニングへの扉を開けた。
「お帰りアオイ。遅うまでよう頑張ってきたんやな」
リビングのソファの陰から振り向きざまに手をひらひらと振っているのはチリだった。
「あ…た、だいま…起こしちゃいましたか。ごめんなさい…」
なるべく静かに行動したつもりだったがどうやら起こしてしまったらしい。本当に今日は何をやっても駄目なようだ。
「起きとったんよ!アオイがしょぼくれて帰ってきてリビングで寝そうな予感しとったからな。何年一緒にいると思うとんねん、行動パターンお見通しやで」
チリがそう言ってソファから立ち上がりアオイの前に立つ。
「アオイは拗ねると一人になりたがるからな~せっかくのいい夫婦の日やのに一人で寝る方が勿体ないんとちゃうん?」
「チリさん…ありがとう、ございます…」
チリのその言葉を聞いて。浴室えでひっこめてきた涙が戻ってきそうだった。
本当にその通りだ。不貞腐れてソファで寝るのはそれこそ勿体ない。むしろ損だ。
「それにチリちゃん、アオイによしよしぎゅーってしてもろて寝たいです!」
そう言ってチリがアオイをぎゅっと抱きしめた。風呂上がりでホカホカした身体がもっと温かくなるようだ。甘やかすつもりが逆に甘やかされて、ちょっとだけ悔しいが明日も明後日もその後も、チリとアオイはずっと”ふうふ”なのである。今日みたいにチリが遅く帰ってきた時はアオイが出迎えてその時こそ目一杯甘やかそうと企てているとアオイのお腹がぐぅっと鳴った。次はチリのお腹もぐう。
「チリちゃんもお腹減った…せや!うどん煮よ!」
「じゃあ遅いので二人で半分こで…!」
温かいお出汁にほうれん草とかまぼこの乗ったうどんを半分こし、温かい布団で二人で眠る。
そんな午前零時過ぎだった。
静かに自宅の玄関を開けて、なるべく音を立てないように靴を脱いで玄関へ上がる。そしてハンガーに上着を掛けて玄関のカギをかけて手荷物を置いた。
スマホロトムを見ると午後十一時半の表示。今日という日が残り三十分しかないという事を指している。アオイにはそれが悲しくてしょうがなかった。何故なら、今日の日付が十一月二十二日、所謂いい夫婦の日だったからだ。
本当であれば例年通り定時で帰ってパートナーであるチリの好きなものを夕飯に作ってたくさんたくさん甘やかすという目的があった。けれど、残念な事にアオイが所属しているリーグの部署で予期せぬトラブルが発生してしまい、アオイはその収拾に追われコライドンに急いでもらって早足に帰宅したが日にち変更のギリギリになってしまったのだ。
誰が悪いと言いたいわけではない。ただ自分がやりたかった事が上手くいかなくて不貞腐れているのだ。
翌日に持ち越そうにも他所の地方では二十三日が祝日の所もあるが、生憎とパルデアは明日は平日。仕事がある。
それに日が経ってしまっては今更感があるし、だからと言って翌朝の朝食時に何かしようにも時間が足りない。折角普段以上にチリへの日頃の感謝を伝えられる日だったというのに。
アオイが顔を上げるとリビングダイニングには間接照明だけが点されていて、普段ならなんて事のない風景に無性に感傷的になってしまう。
―――チリさん、もう寝てるよね…起こさないようにしなきゃ…
のろのろとした足取りで洗面所へ向かい、手を洗って浴室に暖房を入れる。脱衣かごへ乱暴に服を放り込んでまだ暖まり切っていない浴室へと踏み込んだ。空気も床も冷たい。
シャワーコックをひねった瞬間、腕に冷水がかかって心臓が跳ねる。
温まり始めたシャワーの水を頭から被り、アオイは目頭が熱くなるのを堪えた。
「うまくいかないなぁ…」
シャワーの水音の中で独り言ちる。
お湯は温かいのに浴室のキン…と冷えた空気が骨身に沁みた。
適当なところでシャワーを切り上げて脱衣所の戸棚の中から出したバスタオルで体を拭き、同じく戸棚から出した着替えを身に着ける。
こんな時でもお腹は空いている気がするが、こんな遅くに食べるような気にもなれずアオイは重い足取りで脱衣所を出てリビングダイニングへと戻った。
いつもならこそこそとしながらも寝室で先に寝ているチリの背中に抱き付いて寝るのだが、今日に限っては寝ている所を起こしたくもないし不貞腐れているのを悟られたくもないのでリビングでブランケットでもかけて寝ようかと考える。
リビングダイニングまで来て、アオイはふと足を止めた。
自分はリビングダイニングから脱衣所へ向かった時、果たしてリビングダイニングの扉を閉めただろうか。閉めた記憶はないが、今目の前の扉は閉まっている。
―――閉めたのも忘れちゃってるだなんて…ダメだなぁ
そう思いながらアオイはドアの取っ手に手をかけてリビングダイニングへの扉を開けた。
「お帰りアオイ。遅うまでよう頑張ってきたんやな」
リビングのソファの陰から振り向きざまに手をひらひらと振っているのはチリだった。
「あ…た、だいま…起こしちゃいましたか。ごめんなさい…」
なるべく静かに行動したつもりだったがどうやら起こしてしまったらしい。本当に今日は何をやっても駄目なようだ。
「起きとったんよ!アオイがしょぼくれて帰ってきてリビングで寝そうな予感しとったからな。何年一緒にいると思うとんねん、行動パターンお見通しやで」
チリがそう言ってソファから立ち上がりアオイの前に立つ。
「アオイは拗ねると一人になりたがるからな~せっかくのいい夫婦の日やのに一人で寝る方が勿体ないんとちゃうん?」
「チリさん…ありがとう、ございます…」
チリのその言葉を聞いて。浴室えでひっこめてきた涙が戻ってきそうだった。
本当にその通りだ。不貞腐れてソファで寝るのはそれこそ勿体ない。むしろ損だ。
「それにチリちゃん、アオイによしよしぎゅーってしてもろて寝たいです!」
そう言ってチリがアオイをぎゅっと抱きしめた。風呂上がりでホカホカした身体がもっと温かくなるようだ。甘やかすつもりが逆に甘やかされて、ちょっとだけ悔しいが明日も明後日もその後も、チリとアオイはずっと”ふうふ”なのである。今日みたいにチリが遅く帰ってきた時はアオイが出迎えてその時こそ目一杯甘やかそうと企てているとアオイのお腹がぐぅっと鳴った。次はチリのお腹もぐう。
「チリちゃんもお腹減った…せや!うどん煮よ!」
「じゃあ遅いので二人で半分こで…!」
温かいお出汁にほうれん草とかまぼこの乗ったうどんを半分こし、温かい布団で二人で眠る。
そんな午前零時過ぎだった。
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