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「というわけでアオイさーん、ぼくの代わりに調査お願いしますぅ!校長先生に見張られてるのでどうしても行けないんですよ!」

アオイは授業終わりに担任であるジニアに呼び出されていた。もう数年この学校に在籍していればジニアがアオイを呼び出す理由などわりとすぐに検討が付くというものだ。案の定、自分が活けないフィールドワークをアオイに変わりに行ってほしいという内容だった。

「しるしの木立ちにいるSTCの子達から”最近聴きなれないポケモンの鳴き声がする””すばやく移動する小さなポケモンを見た”なんて情報を貰ってしまって…本当は自分で行きたい気持ちはやまやまなんですけど…お願いします…!」

そう言われてはアオイも嫌とは言えない性分だった。特に危険な場所へ行って来いと言われているわけでもないので、このくらいならば…と考えたのだ。

「分かりました。しるしの木立ちですね…行ってみますから先生もファイトです!」

アオイはそう言ってジニアを励ます。

「ありがとうございますぅ!」

いつもより三割り増しくらいでよれているジニアに礼をしてアオイは教室を出た。階段を降りてエントランスホールへと向かう。
エントランスホールへ出ると出入り口の所でボタンと出くわした。

「ボタン!ボタンもこれからリーグ?」

ボタンは数年前のスターダスト作戦の折にリーグのシステムをハッキングしてLPを不正発行したのをきっかけにその機械操作能力を買われてリーグでの奉仕活動を行っている。ボタンがエントランスホールにいるという事は今日もリーグへ行くという事なのだろう。

「ん、また呼び出された。そっちも外行くん?」

「そう、ジニア先生のお使いでちょっとフィールドワークに行ってくるんだ!パルデアでは見かけないポケモンに出会えるかもしれないんだって」

「わぁ…相変わらずだな…アオイも頑張れ」

「ありがとうボタン!行ってくるね!」

ボタンと軽く会話を交わして、入れ違いにアオイは学校の外へと出た。そうしてコライドンのモンスターボールを出すとその背中にライドする。
向かうはしるしの木立ち。まずはテーブルシティをでて東方面へと向かう。迷路のような南三番エリアの岩場を駆け登り若干北上しながら先へと進む。東一番エリアに入ると辺りは草原地帯となった。ここから差に北上しながらピケタウンを目指す。採掘の町ピケタウンへ到着したらその西側にあるポケモンセンターまで移動した。ピケタウンの西側プルピケ山道付近から東を見ると、遠くにもう一軒ポケモンセンターが見える。そのすぐ側にしるしの木立ちへ入る入口があるのだ。
しるしの木立ちにあるSTCチーム・シーに在中している生徒から話を聞くと、川を挟んだ向こう側での目撃情報が多いという事がわかった。
生徒にお礼を言って、アオイは橋の方へと進む。コライドンがアオイの横を歩きながら二人徒歩で橋を渡って調査を開始した。聞き取った情報によれば、基本的に日が照っている時に見かけるらしい。とは言っても彼らはそんなに夜遅くまで在中しているわけではないので夜がどうなのかは不明だ。
場所は特に固定されているわけではないらしく、池のほとりで見たという証言もあれば、端の近くで鳴き声を聴いたという話もあった。なのでアオイはコライドンを降りた状態で調査しているのだ。スマホロトムを構えながら周囲を見回し、時たま木の上の枝陰に潜んでいるポケモンがいないかを確かめた。
大体いるのはタギングルやクヌギダマ、時々ヤレユータンやカジッチュがいたりする。しかし、話に聞くような素早く動くポケモンも、聞きなれない鳴き声も聴こえない。けれど、こういうのは捜す時ほど見つからないものなのだから焦りは禁物だ。

「コライドンは池の丘の裏側をお願いできる?」

そうアオイが頼むと、コライドンは嬉しそうに「アギャ!」と鳴いて、そぅっと静かな足取りで池の裏の丘の裏側へと進んでいく。あまりにも可愛い行動なので調査そっちのけで動画を撮りたくなってしまった。これではいけないと思い、アオイはスマホを構えなおすと更に奥へと進んだ。周囲を見回しながら進んでいると、くいっと足が何かに引っかかって体が前傾に倒れ込む。危ないと思って瞬時にスマホロトムから手を放して手を地面について受け身を取った。

「いったたた…木の根っこだったのかな?」

そう思って足元を見ると、草結びだった。こんなところに草を結んでおくなんて危ないことをするなぁと思いながら、アオイはその草の結び目を解こうと草に手を伸ばす。その時だった。

「ビィィィィィイ!」

その鳴き声を聴いた。聞きなれない、高く楽しそうな声音の鳴き声だと思った。顔を上げて周囲を見回そうと思うと、一瞬周りが白く発光して思わず目を閉じてしまった。そうして目を開けた時、アオイは知らない森の中にいた。
一瞬にして周囲の気配が変わってアオイは仰天する。まさかさっきのポケモンはテレポーテーションか何かの技を使ったのだろうか。しかし、ポケモンの力で果たしてどこまでの距離を移動することができるだろう、そう考えるとテレポーテーションは現実的ではなかった。となればやはりパルデアなのだろうか?だがアオイはパルデアを隅々まで言ったと自負しているが、こんな場所は知らない。それに。

「パルデアにあのポケモンはいないはず…」

草葉の陰からオタチがこちらを覗いていた。アオイに見つかったと気づくと尻尾で立って威嚇するような鳴き声を上げる。慌てて周りを見ると、パルデアにいないポケモンがちらほらと歩いているではないか。
ヒマナッツやクヌギダマはパルデアにもいるが、イトマルやキレイハナは資料や動画でしか見たことがない。こんな場所パルデアにはない。

「ロ、ロトム!現在地どこかわかる?」

そうスマホロトムに声をかけたが応答がない。まさかと思って周囲を探してみるも、そもそもスマホ自体がどこにもないのだ。さっき転んだ時に手を放してしまったから、そのまま置いてきてしまったらしい。失敗したと思ったし、更に言えばコライドンもいない。空のモンスターボールだけがアオイの腰にぶら下がっていた。

「ここどこだろう…」

とにかく現在地を確認しなければいけないと思い、アオイは立ち上がった。周囲を見回しても出口らしき光も見えない。何かあったらすぐモンスターボールが出せるように警戒しながら、アオイは周囲を探索することにした。
特に道らしきものもないので、適当に茂みをかき分けながら時々樹の幹にしるしを付けつつ進んでいく。そうして歩いていると、ふと自分が歩いている場所に緩やかな傾斜があることに気付いた。上っていけばもしかしたら崖や森の外へ出るかもしれない。そう考えたアオイは、その緩い傾斜を上るように歩を進めることにした。
見れば見るほど不思議だ。ここにはパルデアにもいるポケモンもたくさんいるが、いないポケモンも相当な種類いるのではないだろうか。ホーホーにレディバ、ヘラクロスはパルデアにもいるポケモンだ。そうして記録を付けられないことを悔やみながら進むと、足場が徐々に平たんになっていく。どうやらこれ以上昇ることは望めないようだと考えたアオイは、周囲を見回した。何か目に付くものはないかと見まわしていると、突然顔に水が少量かかった。

「えっ?!」

アオイが驚いて近場を見回す。すると足元にウパーがいた。水色の体をしたウパーが一体、二体…。パルデアにこのリージョンフォームのウパーは生息していない。アオイはウパーを見つめながら、さっきまで見てきたポケモンの数々を思い返した。イトマルにキレイハナにホーホーにレディバ、そしてウパー。これらが生息している地域は…。

「ジョウト地方?まさか…そんな距離を一回のテレポートで飛べるポケモンなんているの…?でも、分布的にはジョウト地方のそれだし…」


自分でたどり着いた推論だが、いまいち納得ができていない。どうしたものかと思ったが、そこでアオイははっとした。ウパーがいるという事は近くに水辺が存在しているという事だ。水辺があるという事はすなわち森が開けている場所があるという事。今までずっとパルデアだと思っていたから手持ちのアーマーガーを出すのを躊躇していた。けれどもし仮にここがパルデアではなかったとすれば、水辺に出てアーマーガーの背に乗って上昇すれば色んなことがはっきりするのではないだろうか。
アオイは転々とするウパーの湿った足跡を追って水辺を探す。十数メートルほど先でぱっと森が開けて周囲が明るくなった。
思った通り、水辺にはウパーが沢山生息していて、その進化系であるヌオーが水の中を揺蕩っている。上空には青空、特に他に取りポケモンが飛んでいる様子はないのでアオイはモンスターボールからアーマーガーを呼び出してその背に乗って飛翔した。
樹の高さよりさらに上昇して、アオイが周囲を見回すと、遠くに街が見えた。赤い鉄塔のある街…ハッコウシティに赤い塔は存在しない。そしてあの赤い鉄塔には見覚えがある。以前ジョウトの資料を見ていた時に、チリがたまたま通りがかってこう言っていたのだ。

「チリちゃん昔この辺に住んどったで」

その時チリが指さした資料の写真にはさっき見たような赤い塔が建っていた。名前はコガネシティ。
そうなるとやはりここは。

「ジョウト地方なの…?」

アオイはひとまずアーマーガーを池のほとりに着地させてその背を降りた。アーマーガーを労ってモンスターボールの中へと戻す。
そうして池のほとりに座り込んだ。一体何が起こったというのだろうか。パルデアからはるか遠くの地方ジョウトに今自分がいる。一体全体どういうことなのだろうか。もしや、あの鳴き声は未知のポケモンミュウだった?だからこんな長距離を一気にテレポートすることができたのではないだろうか。
帰るのが億劫になりそうだと膝を抱えていると、背後から足音がした。ポケモンの足音とは少し違う。人間の足音に近い。
そう思ってアオイが振り返ろうとした時、ドンと背中に衝撃があって、次いで「うわぁ!」という子供のような声の悲鳴が聞こえる。そうして次の瞬間にはバシャンと水が飛沫を上げていた。

「なに?!」

アオイが慌てて立ち上がって水辺を見ると、子供が水の中に落ちていた。幸いそこまで深くなくて座り込んだ腰までが水に浸かっている程度だった。
ほっと一安心して、アオイは子供に声をかけた。

「大丈夫?怪我とかない?」

アオイがそう声をかけて手を差し出す。しかしその手を取ることなく子供が振り返ってこちらを睨んできた。胆礬色のポニーテールをした赤い目の七~八歳くらいの子供だった。容貌はどこか自身の知り合いを彷彿とさせる。
子供はアオイをひと睨みするとプイとそっぽを向いて陸に上がって服を絞り始める。

「タオルあるから使って、あ!そうだ!ウインディこの子を乾かしてあげてくれる?」

そう言ってアオイはモンスターボールからウインディを呼び出した。ウインディはひと鳴きすると子供の方へ歩み寄る。子供の体にすり寄って、ほのおタイプの温かさを分けるのと同時にその毛皮で水分を吸い取って蒸発させる。子供は混乱した様子でじたばたしていたが、やがて観念してじっと動きを止めた。ウインディが二~三周ほどすると、服はすっかり乾いた様子だ。しばらくウインディが傍にいれば風邪をひくことはないだろう。
ウインディもそれを察しているようで、子供の足元で丸くなった。

「このポケモン…お姉ちゃんのポケモンなん?」

ようやく子供が口をきいた。耳馴染みのある方言だ。チリが使っているコガネ弁の響きに似ている。でもこの森からコガネシティと思しき街が見えるのだから、方言を使う子供がいても不思議ではないだろう。

「うん。ウインディっていうポケモンだよ」

「じめん持っとる?」

「ウインディは持ってないかな?同じほのおタイプなら…ドンメルとかバクーダが持ってるよ」

「ふーん…」

それきりまた子供は黙ってしまい、ウインディの腹の辺りで膝を抱えている。

「あなたはじめんタイプが好きなの?私の知ってる人にもね、じめんタイプ使ってる人がいるの!」

無言に耐えきれなくなったアオイがそう言うと、子供が僅かに顔を上げて赤い目でこちらを見つめてきた。言葉で返しては来ないが、たぶんこのまま話しても問題はないだろう。

「ドオーっていうポケモンが凄く強くてね、あ!ドオーっていうのはね…」

ジョウトにはいないポケモンなのでアオイが説明しようとすると、子供がすかさず口を挟んだ。

「パルデアにおるウパーの進化系やろ…知っとる」

「え?すごいね!そうなの。パルデアには茶色くて真ん丸なドオーっていうポケモンがいるの!じめんとどくの複合タイプなのも知ってる…よね?」

アオイがそう伺いを立てると、子供は小さく頷いた。

「えっと…今手持ちにいるんだけど、見る?」

「お姉ちゃんドオー持っとるん?!見る!!!」

さっきまでのむすっとした表情はどこへやら、ぱっと顔を明るくさせて子供が前のめりになって食いついてきた。

「いいよ~!出ておいでドオー!」

ドオーをモンスターボールから呼び出す。凡そ二メートルの巨体がドーンと目の前に現れた。子供は目をキラキラさせながらちらりとこちらを窺ってくる。

「触っても大丈夫だよ」

そう言ってやると、子供は嬉しそうにドオーに触れた。もちもちとその感触を楽しんでいるようだし、ドオーも撫でられて嬉しいようだ。

「写真はぎょうさん見たけど、ほんもんは初めてや!でっかいなぁ!もちもちやん!この白いとこからとげが出んのやろ?すっごいなぁ!」

そう言って子供はドオーを撫でまわしていたが、その手が徐々に止まる。そうして手が止まった時顔を俯かせてしまった。

「もしかして、思ってたのと違うとこあった?」

アオイがそう尋ねると、子供は首を横に振る。

「ウチ今度パルデアに引っ越すねん…パルデアのじめんポケモンの写真もぎょうさん見せられたし、ええとこやでーって何べんも言われた…」

「もしかして、お引越し嫌だったり?」

子供がまた小さく頷いた。アオイにも多少覚えがある。数年前別の地方からパルデアへ引っ越した時、友達ができるかうまく生活していけるか、場所に馴染めるか、色んなことが不安だったと思う。

「私も別の地方からパルデアに引っ越したからなんとなくわかるな…」

「お姉ちゃんも引っ越してパルデアに行ったん?こっちに住んどる人ちゃうん…?」

「偶然たまたま、こっちに来ることになっちゃって…普段はパルデアに住んでるよ」

そこで一拍の間が開いて、再び子供がアオイに問いかける。

「お姉ちゃんから見たパルデアってどんなとこ?」

子供は目だけをこちらに向けて答えを待っていた。

「そうだなぁ…自然が多くて、賑やか。パルデア十景っていう絶景があったり…それにオレンジアカデミーって学校があるんだけどね、私そこの生徒なの。バトル学とか色々教えてもらえるよ!サンドウィッチがソウルフードで…ジム戦もできる!」

「半分はバトルの話やん」

アオイの返答に子供が突っ込みを入れてくるが、その声音に若干笑いが含まれていた。

「その制服、アカデミーのやろ…それも写真見せられたから知っとる…お姉ちゃんが着とるのは春服やんな」

「うん。私はこれが一番動きやすくて気に入ってるの。それにフィールドワークに長袖長ズボンは鉄則だしね、勿論手袋と帽子も!」

そうしてアオイは手袋をはめた手と被っていた白い学生帽を見せてにっこりと笑った。
暫くアオイの事を凝視していた子供だったが、やがて視線をドオーの方へと戻した。

「ウチも春服好き…でもお姉ちゃんのネクタイ、写真のとちゃうね」

子供にそう言われて、アオイは自分のネクタイの端を手に取った。オレンジ色の生地の上にじめんタイプのマークの刺繍が同系色のオレンジで施されている。
良く気付いたなと感心しながらアオイは語り始めた。

「良く気付いたね!制服ってあんまり改造しちゃいけないんだけど、これくらいならいいですよ~って許可貰って作ったの。全タイプの刺繍ネクタイ!今日はじめんタイプなんだよ」

そう言ってアオイはネクタイを外して子ともに手渡した。子供はまじまじとネクタイを眺めている。

「気に入ったならあげようか?私のお古なのが申し訳ないけど…」

アオイがそう提案したが、子供は首を横に振った。

「借りるだけでええ…パルデア行ったらお姉ちゃんもおるんやろ?ちょーっとだけやけど大丈夫って気してきたから、これ返しに行くさかい、そん時またお話ししてくれる?」

自分が多少なりとも子供の励ましになれたのならばそれで良かったし、断る理由など何もなかった。

「もちろんだよ、パルデアで待ってるね」

そう言ってアオイが笑うと、子供もにこりと笑い返してくれた。

「それじゃあまずはこの森を出ますか!パルデアだと難しいけど、ここなら問題なし!出ておいで、アーマーガー!」

アオイはドオーとウインディをモンスターボールへ戻すとアーマーガーを呼び出す。そうして先にその背に乗ると、子供に手を伸ばした。
子供がアオイの手を取ったので自分の前に乗せてやる。

「森の外まで、スピードはゆっくり目でお願いします!」

アーマーガーにそう指示を出すと、了承するように一声鳴いてアーマーガーがゆっくりと浮上する。森の木々よりも高く舞い上がるとずっと遠くまで見渡すことができた。そのまま低速で森の上を飛行し、コガネシティ側に面する森の出入り口に着陸した。

「お疲れ様アーマーガー、ありがとう」

アオイはそう言ってアーマーガーの背を撫でる。そうして前に座っている子供の方を見やった。

「大丈夫?ゆっくり飛んだつもりだけど怖くなかった?」

そう尋ねたが、返事がない。もしかしたら驚いて気絶してるんじゃないかと焦ったアオイはポンポンと子供の肩を叩く。するとすぐにびくりと肩が跳ねたので意識はあるようだとほっとした。

「怖なかった!全然平気!」

子供はそう言ってぴょんと跳ねてアーマーガーの背中から飛び降りる。アオイもアーマーガーから降りてボールへ戻す。

「それは良かった!」

アオイがそう返事をすると、子供が振り返ってにっかりと笑う。そうして唐突に駆け出した。

「そんじゃお姉ちゃん!パルデアで待っててな!」

手に持ったネクタイをブンブンと振りながら、子供は先へ先へと駆けていく。

「え?!待ってよ!」

アオイは子供についていって街の方へと行く予定だったので、行く方向は同じつもりでいた。なので追いかけようと一歩踏み出した時。

「ビィィィィィイ!!!」

背後で再びあの鳴き声が響いた。アオイが振り返る間もなく、またしても辺りが真っ白になって、気づけばアオイはしるしの木立ちへ戻っていた。
そう、間違いなく戻ってきている。少し遠くにサイケデリックなペイントがされている樹の幹が見えるのだから、ここはしるしの木立ちだ。それに、アオイに気付いたコライドンとスマホロトムがこちらに駆け寄ってきた。

「アンギャァ――――――――!!!」

そうしてアオイの顔をぺろぺろと舐め回す。一体何だったのだろうかと改めて思った。一日に二度もこれだけの長距離をテレポーテーションできるポケモンなど果たしているのだろうか。だとしたらまさかミュウだとでもいうのだろうか。それならば素早い動きをした小さなポケモン、という証言には当てはまるが、記録に残るミュウの鳴き声とは違う気がする。
アオイがうんうん唸りながら考えていると、とんとんと頭を叩かれた。何だろうと思って顔を上げると、薄緑色の体が目に入る。体の背面には薄く輝く翅、資料で見たことがあった。

「ま、まさか…セレ…」

「ビィ!」

繋げるようにポケモンが鳴いた。

「えっ?あ、ど、どうしよう?!写真、写真撮らせてください!ロトム!お願い!」

アオイが慌ててロトムにカメラモードを起動させてもらうと、アオイの目の前でセレビィがくるりと回転した。そうしてアオイに背中を向けると、ふわふわと遠退いていく。

「ま、待って!」

その瞬間、セレビィは先ほどのように大きく一声鳴くと緑色の光をまとって消えてしまった。
結局撮れたのは後ろ姿だけだった。あまりの情報量に、アオイはへなへなとその場に座り込む。もしかして、さっきいた場所はジョウトはジョウトでも過去のジョウトだったのだろうか。もしかしたら自分は、セレビィの”時渡り”に巻き込まれていた?運良く帰ってこれたが、帰ってこれなかった場合を考えるとぞっとする思いだった。

「良かったぁ…帰ってこれたぁ…あ、そうだロトム。今の写真先生に送ってもらえる?」

そう頼むと、ロトムが頷くように傾いて写真をジニア宛に送信した。

「とにかく一旦アカデミーに帰ろっか…」

どっと疲れたような感覚がする。アオイはコライドンへライドすると、報告も兼ねてアカデミーへと向かった。
アカデミーの階段を徒歩で登っていると、正門前に普段見かけない人物が立っている。

「チリさん、珍しいですね。アカデミーに何か御用でしたか?」

アオイが階段を駆け上がって正門前まで行くと、チリもこちらに気付いたようでひらひらと手を振ってきた。

「まいど、チリちゃんやで~。アカデミーに用があったわけやないんよ、自分に用があってな!今話せるか?」

「あ…すみません。これから先生にちょっとした調査報告をしに行かなきゃいけなくて…終わったら時間は空いてるんですけど…」

自分に用があるとは思わなかったアオイは申し訳ない気持ちになった。けれど、さっきからロトムにジニアからのおびただしい数の着信が入っている。すぐに行かなければジニアが終わらせなければいけない他の仕事にも影響が出るかもしれなかった。

「そんなら一先ずこれだけな。リーグの前で待っとるで」

そう言ってチリはアオイの首にネクタイを巻いた。そう言えば、とアオイは思う。先ほど子供にネクタイを貸したので今自分はネクタイをしていなかった。

「チリさんってアカデミーのネクタイ持ってたんですね、今日してたネクタイ貸しちゃったので、ありがとうございます!」

何の気なしにそう言うと、チリの眉がピクリと動いたのが見えた。

「……いや自分、まあええわ出来たで」

チリがそう言って先に離れていく。ひらひらと手を振って階段を降り始めてしまった。

「では、またあとで!」

そうチリの背中に声をかけて、アオイはチリに結んでもらったネクタイを見やった。少し年期は入っていたが、それでも奇麗な状態が保たれているネクタイで、ネクタイの端にじめんタイプの刺繍が同系色のオレンジで施されていた。

「え?!なんで?!噓、まさか」

アオイが階段の下を見た時、もうチリはいなかった。しかし、思い返してみれば一致する点は多かった。子供は胆礬色の髪に赤い目をしていて、じめんタイプに興味を持っていて、そしてコガネ弁を使っていた。アオイはそこが過去だとは露ほども思っていなかったので、ただ”似ているなぁ”としか思わなかったが、このネクタイの劣化具合とそれを持っていたのがチリだとすると。
いや、これ以上は考えてはいけない気がする。まずはジニアに調査報告をしに行って、それから考えればいい。そうしないと脳がパンクしてしまいそうだった。

「何でこうなったの~~~?!」

アオイはアカデミーの入り口まで駆けだしながら今後に起こることを考えて泣きそうになった。











チリの初恋は、幼少期に体験した不思議な記憶と共にあった。
それは地元からパルデアへ越さなければいけなくなって、それが嫌でいじけてウバメの森まで家出してきた時のことだった。森の中で女の人と出会ったのだ。
その人はこの辺りではまず見ることのできないオレンジアカデミーの制服を着ていて、たくさんのポケモンを連れていた。
碌な受け答えもせずにそっぽを向いていたチリにも優しく声をかけてくれて、ポケモンを触らせてくれたりもした。
チリが引っ越しへの不満をこぼしても、その人は”自分もそうだった”と言って励ましてくれたし、その時ネクタイを貸してくれたのだ。
オレンジアカデミーのオレンジ色のネクタイに、じめんタイプの刺繍がしてあるネクタイ。
最初はくれると言っていたが、チリの方から断った。貰ったらこれはチリの物になってしまう。そうしたらパルデアでこの人と会った時どう話しかけていいかわからなかった。だからチリは”借りるだけ”にしたのだ。そうしたら”返す”という名目でまた話ができると思ったから。
もっと仲良くなれるかもしれないと思った。
そうして別れ際に、名前を聞いていなかったと思って振り返った時だった。
女の人の後ろにセレビィがいた。セレビィを見たのは後にも先にもこの一回だけだったが、そのセレビィが一声鳴くと緑色の光に包まれて女の人が消えてしまった。慌てて戻ってみても、そこにはもうその人がいたことなど分からないほど跡形もなくすべてが消えてしまっていて、残ったのは手の中にあるネクタイだけ。
家に帰って、女の人の事は伏せて親に話すと、それはセレビィが使う”時渡り”という現象だと教えてもらった。
セレビィは過去から現在、そして未来までをも行き来する存在で、本当は未来からきていると言われているらしい。奇麗で豊かな森にしかおらず、セレビィが見れたという事は未来は安泰という事らしいのだ。
つまり、あの女の人はセレビィが連れてきた未来から来た人だったのではないだろうかと、チリは子供ながらに考えた。もしかしたら自分がパルデアに行っても女の人は自分を知らないし会えないかもしれない。
けれど、チリは諦めるという事はしなかった。だったら次会えた時女の人が関心するくらいの人間になって驚かせてやればいい。そう考えることができた。だっていつかは会えるのだから。このネクタイが、あの女の人が必ずオレンジアカデミーへ来ることを証明している。自分が先に言って待っていればいい。
そうしてチリはパルデアへと発った。
案の定、オレンジアカデミーにあの女の人はいなかった。女の人に借りたネクタイを締めて、その日が来るまで研鑽を積んでいけばいい、もっとかっこよくなって子ども扱いできないくらいになってしまおうと。そうしている間に、とうとうチリはアカデミーを卒業してしまった。気づけばパルデアの四天王。
一体彼女はどのくらい先の未来から来たんだと思い始めた頃、チリはアオイと出会った。
間違いなくあの時の女性だと思ったが、まさかこんなにも自分より年下で、更にはまだネクタイをくれた時の彼女ではなかった。
今度は別の意味で”待つ”期間が到来したが、見つからない時よりはまだ不安などはない。早く自分に追いついてこないかとやきもきするだけだったのだから。

そうしてアオイの成長を待っている間に、チリはアオイに恋をしてしまっていた。初恋の淡い憧れから一転、アオイの快活さと優しさ、そして努力を怠らないひた向きさにどんどん惹かれていく自分がいて参ってしまった。なのに彼女は一筋縄ではいかなくて、気づけばすぐにどこかへ消えてしまうのだ。やれ先生から頼まれたので災厄の封印を開放してそれを治めたり、やれ高難易度テラレイドへ挑んだり、かと思えばSTCに挑戦しに行ったり、一所に留まっている時間が短すぎる。しかも恐らくこっちの気持ちに気付いていないどころか、まだ脈すらない。だから余計追いかけてしまったのかもしれない。
そうして数年もかかって、ようやく友人程度には仲良くなれただろうかという頃合いで、リーグへ奉仕活動に来たボタンからこんなことを聞かせてもらった。

「え、アオイですか?さっきフィールドワークに行くって言って外に出ていきましたけど…なんかパルデアにいないポケモンがいるかもしれないとかなんとか?」

それを聞いてピンときた。正直もうただの勘だったが、ようやく追いついたかもしれないという気がしたのだ。
なのでチリは急いで仕事を処理して時間を作ると、アカデミーの正門前でアオイが戻ってくるのを待った。一時間ほどその場で待っただろうか、何度目かになる確認をした時、階段の下に見覚えのある姿を見つけた。アオイだ。普段ならきっちり締めているネクタイが今はない。その時が来たのかもしれないと、チリは喜びに打ち震えた。
それを悟られないように手のひらの中で堪えていると、アオイがこちらに気付いて階段を駆け上がってきた。チリの目の前にいるのはいつぞや憧れたアオイの姿だった。女性らしい体のラインにアカデミーの春服、グローブに帽子を着用した再開した折に見た幼い容姿から一転、たおやかな中に芯の強い逞しさを感じる美しい女性へと変わっている。幼い自分はただ”優しそうな可愛いお姉ちゃん”という印象以上は持てなかったが、今見るとこんなにも美しいと感じている自分がいる。実に感慨深かった。

「チリさん、珍しいですね。アカデミーに何か御用でしたか?」

少し疲れたような表情をしているのに、チリに対して笑顔を見せてくるあたりなんといじらしいことか。

「まいど、チリちゃんやで~。アカデミーに用があったわけやないんよ、自分に用があってな!今話せるか?」

いつものように挨拶をして、本題に移る為に彼女の時間が空いているかの確認をする。

「あ…すみません。これから先生にちょっとした調査報告をしに行かなきゃいけなくて…終わったら時間は空いてるんですけど…」

残念ながらすぐに話すことは難しそうだった。けれど、今更一時間や二時間など待つ時間には入らない。それにだ。”これ”さえ渡せばきっと彼女は急いで来てくれるだろう。スラックスのポケットからオレンジ色のネクタイを取り出す。

「そんなら一先ずこれだけな。リーグの前で待っとるで」

取り出したネクタイをアオイの襟元で結んでいると、アオイが明るい口調でこう言った。

「チリさんってアカデミーのネクタイ持ってたんですね、今日してたネクタイ人に貸しちゃったので、ありがとうございます!」

人の気も知らないで宣うアオイにちょっとだけ腹が立つ。だからこうして会いに来ているというのに、アオイの中でさっき会った子供がチリであるという事に全く結びついていないようでもやもやする。早く気付いて同じようにもやもやすればいいのだ。

「……いや自分、まあええわ出来たで」

何か一言言ってやろうかとも思ったが、遅かれ早かれ気づくことなので今は何も言わないでおく。そうして先に正門前を立ち去ってひらひらと手を振りながら階段を降りた。

「では、またあとで!」

背後からそんなアオイの声がする。こうなったらさっさと立ち去ってリーグの前で構えていてやろうと、チリは早い足取りで階段を降りた。
その背後で混乱するアオイの事は気付かずに。

それからわずか三十分ほどでアオイはリーグの前まで来た。しかもまさかトンネルの方からではなく崖の上からコライドンに乗って滑空してくるとは思わなかったが、それほど急いでいることに内心でほくそ笑む。この慌てようは間違いなく気付いている。
ドシンと着地したコライドンから飛び降りるアオイ、礼を言いながら急いでコライドンをボールに戻してこちらに駆け寄ってきた。

「チ、チリさん!お待たせしてしまってすみません!」

そう謝ってくるアオイ。

「それどっちの意味なん?ここで待たせたこと?それとも約束の方?」

チリがそう尋ねると、アオイはなんと返していいやら分からないという風に言葉に詰まる。

「お姉ちゃん嘘つきやなぁ、パルデア来てもぜーんぜん会えへんねやもん」

「すみません…まさか、時渡りで過去へ行っていただなんて考えもしなくて、てっきりテレポートか何かだと思って…」

頭を下げながらそう言い訳するアオイ。そんな事だろうとは思った。アオイが子供をチリだと気づいていたなら、あんな子供に接するような態度を普通にするはずがないだろう。

「時渡りに巻き込まれても気づかんやなんてほんまに鈍感やな自分」

「返す言葉もございません…もしかして、初めて会った時から気付いてたり…?」

少しだけ顔を上げてアオイがチリの顔を窺ってくる。

「当たり前やん、気づいとったけどずーっと待っとったんよ。アオイが今日に追いつくまでな」

そうしてチリがアオイの頬を両手で挟んでくいっと上を向かせる。

「待った分、たぁくさんお話ししよな、アオイ」

そうしてアオイの額に口づける。きっと今日の事があればアオイは嫌でも自分に意識を向けるだろう。たくさん話をして、アオイの時間を目一杯チリに使わせてやるのだ。そうしたらきっと、アオイは自分の手の中に落ちてくれるに決まっている。絶対にそうして見せる。
額に口付けただけなのに顔を真っ赤にするアオイを眺めながら、きっと事はうまく運ぶだろうとチリは確信した。
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