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「チリちゃん、そこまで難しく考えなくてもいいんじゃない?ドレスコードさえ守っていれば問題ないってオモダカさんも言ってたし…」

かれこれ一時間、チリはアオイのドレスを選んでいた。
事の発端は年明けに開催される新年を祝う記念パーティーにアオイが出席することになったのに由来する。
アオイもチャンピオンランクを得て数年、オモダカは同じくチャンピオンランクを持つネモと合わせてパルデアの企業やメディアにその存在をアピールしていく方針を固めた。勿論それはネモもアオイも同意の上でのことである。
そうして年内、雑誌社からのインタビューに答えたり、各町などで小さなポケモントレーナー講習会のようなものを開いたりして、そこにネモやアオイを講師として送るような企画も度々こなした。この講習会、意外にもネモが講師を務めると好評なのだ。アオイもパートナーポケモンをクラベル校長から貰った際、ネモと初めてのバトルも行った。合間合間にアドバイスを挟んでくれて多少強引な部分はあれど、ネモが持つカリスマ性がパルデアのトレーナーたちのいい刺激になっているのは間違いない。そうして仕事、と言っていいかは不明だが、そういった諸々をこなした年の瀬間近の十一月、ネモと二人オモダカから声がかかった。
毎年、年始に行われるパルデアの企業やメディア、ポケモンリーグが一堂に会するパーティーが催されている。各企業やメディアとの連携やより強いパイプライン作りの為、リーグからも毎年トップチャンピオンのオモダカや、四天王、ジムリーダーの面々がこのパーティーに参加していた。このパーティーにネモとアオイも参加するのはどうか、という打診だった。ネモはと言えば、もともと家の関係で何度か出席ことはあったらしく、二つ返事で了承していた。
アオイは、元々庶民だ。企業の偉い人や有名なモデル、俳優などが勢ぞろいするような場所など場違いなのではと思わずにはいられなかった。
なので参加は見送ろうかと考えていた時、話を聞いていたチリが会話に割り込んできた。

「トップ、チリちゃん次のパーティーアオイがおらんのやったら欠席させてもらいますわ」

何を言い出すんだとアオイはチリの方を振り返る。

「チ、チリちゃん…!今までも参加してたんだよね、だったら別に私がいなくても…」

「何がおもろうて、新年早々おべっか並べなあかんねん。それやったらチリちゃんはアオイと二人で静かぁな新年迎えたいわ」

何を隠そう、二人はいわゆる恋人同士という間柄だった。と言ってもその関係に発展したのはつい最近の事ではあるが。
なのでチリがそう言ってくれるのは勿論嬉しいが、それとこれとは話が別なのだ。

「私が参加しても浮いちゃうと思うし、マナーとかもあんまりわからないから迷惑かけちゃうかもしれないし…」

アオイがそう言い訳を並べると、チリはムスリと不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

「新年の無礼講にマナーもへったくれもないわ、ドレスコードさえ守っとれば大概の事には目ぇつぶってくれるところやで」

アオイが助け舟を求めてオモダカを見ると、オモダカはアオイと目が合ってもにこりとするだけで助けをくれはしなかった。何せオモダカもアオイには出席してほしいのだからそうだろう。でなければもれなくチリも欠席になるのだから。

「マナーについては私がお教えいたしますし、ネモや勿論チリもそばにいますから、そう心配せずとも大丈夫ですよ」

追い打ちをかけるようにオモダカが言う。こうなるといよいよアオイはイエスと言うしかなくなってくるのだ。

「あの、ドレスコードってチリちゃんが言ってましたけど…」

「今年のテーマは”シック”派手な色合いではなく落ち着いた色味の装いを、とのことでしたね」

オモダカは事も無げにそう言うが、アオイにとってはかなりの難題だ。

「どんな服を用意したらいいか…」

「そんならチリちゃんが選んだる!」

アオイの語尾に被せるようにチリが勢いよく言った。

「どうせチリちゃんも新調せなあかんねん。一緒に行こな!」

このチリの一言が決定打となり、アオイは新年パーティーに参加することを余儀なくされた。そうして冒頭である。
チリなど自分の服は「これアオイカラーやん、これにしよ!」と言ってさっさと適当に決めてしまったのに、アオイの服となると小一時間もうなりながら考えているのだ。正直ある程度フォーマルであればスーツでもいいんじゃないかと思ったが、チリはそれに頷かなかった。

「ある意味、アオイがチリちゃんの彼女やで!手ぇ出したら地獄見せたるっていうお披露目の場でもあるからなぁ」

などと宣う。勿論新年パーティーはそんなお披露目の場ではない。

「アオイは何着てもかわええからな、逆に悩んでまう…」

そう言ってチリが再びうんうんと唸りだす。放っておけばまた一時間は悩んでいるかもしれないと思い、アオイは衣装掛けから一着のパーティードレスを取った。
ダークグリーンと黒のドレスだ。胸元が多少開いているのは気になるが、チリの髪色を思わせるダークグリーンにうっすらと花のプリントがしてある生地が素敵だ。左胸にリボンもあるので大人っぽくなりすぎなくて自分が着ても浮かないかもしれない。

「チリちゃん、これはどう?」

アオイは取った衣装を体に合わせてチリに向かい合う。チリはアオイの顔から足元までを視線で何往復もして、そしてほうっと惚けた笑顔を浮かべた。

「チリちゃんの色味意識してくれたん?ああ~やっぱしアオイは何着てもええな、でも待てよ…これ着て衆目ん中歩くんか?危なすぎん?変な輩に目ぇつけられたりせぇへん?」

一瞬決まりかけたかと思ったが、再びチリが悶々と考え始め自問自答しだしてしまった。

「そんなこと言ったら何も着ていけないよ!パーティーの間はずっとチリちゃんと一緒にいるから何があっても大丈夫、でしょ?」

苦し紛れにそう言ったアオイだったが、チリの表情が見る見る明るくなる。

「ええ~ずっと一緒におってくれるん?チリちゃんと腕組んで歩いてくれるん?」

どさくさに紛れて腕を組むことまで取り付けられているが、それはアオイも吝かではないので触れないでおく。

「それに、チリちゃんだって人気者だし…離れてる内にすぐ隣埋まっちゃうから」

むしろ自分よりもチリの方が人に囲まれそうな気がしてそう返すアオイ。チリはアオイの心配ばかりしているが、アオイとてチリが知らない誰かに囲まれているのは嫌なのだ。チリはアオイの恋人なのだから、それこそチリの言葉の通りとまではいかないが、チリはアオイの恋人なんだぞ!というのを周囲に見せつけて牽制したいという思いは少なからずある。そんなことを考えていたが、チリからの応答がないという事にアオイは気付いた。
チリの方に視線をやると、チリは両手で顔を覆って天を仰いでいた。

「はあ~、かわええなこの子」

手の隙間からそんな呟きが聞こえる。そうしてチリは両手を顔から離すと、アオイの方を見やってくる。

「チリちゃんの服スリーピースやから、いざっちゅう時はそれ着てな?」

こうしてようやくアオイのドレスが決まった。お互いの色味を交換するような装いにそわそわとした優越感が湧く。

年が明けた一日の夕方、アオイはチリの家でパーティードレスに着替えることになった。
チリの色味のダークグリーンに身を包み、普段している三つ編みを解く。左手にだけ手袋をして衣装の方はこれで準備ができた。
そしてチリの方も、アッシュブラウンのスリーピースに着替えてリーグのグローブを着けている。普段しっかりと結わえている髪は今日は緩くまとめられていて、その凛々しい佇まいにキュウと胸が高鳴るのを感じる。
メイクはこの後リーグに向かい、そこでリップが施す手筈となっている。何とも貴重な体験だ。出来上がりをチリをはじめネモや他の面々も褒めてくれるので、ほんの少しばかり自己肯定感が上がった気がする。
オモダカを始め、四天王とそれからジムリーダーがリーグに集まり、そこからパーティー会場へと向かう。
会場の入り口前でそれぞれが入場していく中、アオイはふと違和感に気付いた。

「そういえば、アオキさんがいない?」

集まった面々の中にアオキがいないことに気付くアオイ。

「アオキなら、会社の上司と鉢合わせるのが嫌らしく毎年来ませんよ」

前方にいたハッサクが振り返りながらそう言った。それは確かに気まずいなとアオイもその不在に納得する。
普段は個人個人で入場するが、今回はネモとアオイのお披露目も兼ねているので、四天王がそれぞれポピーとハッサク、チリとアオイ、そしてオモダカとネモというふうに組んで入場することになっていた。
ジムリーダー達が入場し、次いでポピーとハッサクが一緒に会場に入った。一旦扉が閉じられて次はチリとアオイの番だ。緊張から体に力が入って足が上手く動かない気がする。

「チリちゃんが傍におるから、アオイは自信もって胸張って歩いとったらええからな」

チリがそう言ってアオイの頬に軽く口づけをすると、いくらか緊張がほぐれたような気がした。

「頑張ります…!」

大きく深呼吸をして、アオイはお返しのようにチリの頬に口づける。それと同時に入場口が開いて、一気に周囲がざわめくのを感じた。
しまった!とアオイが思った時には時すでに遅し、アオイがチリの頬にした口づけは衆目に晒されることになってしまった。カッと顔に熱が集まるのを感じて、アオイは羞恥心で今すぐにでも逃げ出したい気持ちになっていた。
涙目でチリの方を見上げると、チリが口パクで何事かをつぶやく。

ーーー大丈夫やで

そんな風に口が動いたような気がしていると、不意にチリの顔がアオイに近づいた。アオイを衆目から遮るように立つとグイっと腰を抱き寄せられて、そうして今度は頬ではなくて唇に口づけたのだ。再び会場がざわつく。

「これで人前でキスしたんはアオイだけやなくなったな」

チリがアオイの耳元でそう呟くと、アオイの右腕を取って自分の左腕に組ませる。

「後ろが詰まっとるからはよ行こか」

アオイはさながらコイキングのようにはくはくと口を開けているしかなかった。自分が人前で口づけをしているのを見られただけでなく、まさかチリから口づけを受けている所までも見られるだなんて、そんなこと誰が予想していただろうか。
奇しくも、チリの言う”チリちゃんの彼女やで!”が大成功してしまった。会場に敷かれた赤い絨毯を踏みしめながら、アオイは居た堪れない気持ちでいっぱいだ。
チリの方を見上げれば、さも大満足ですと言わんばかりの得意気な笑顔。実にいい笑顔で思わずアオイも笑顔になりそうになったが、その笑顔を見たからと言ってアオイの居た堪れなさが消えるわけではない。しかし、もはや前に進むしか道は残されていなかった。
会場のどこかでナンジャモの「そんなことするなら独占配信したかったのに~~~~~!!!」という叫びが聞こえてきたような気がした。
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