Memories of a Warm Winter
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「水羊羹って夏に食べるものじゃないのか、普通。」
ある冬の日、その部屋は炬燵の温もりとテレビの淡い光に満たされ、みかんの甘酸っぱい香りと温かいお茶の匂いがふわりと漂っていた。部屋の中心には大きな炬燵が置かれ、二人の子供がおやつを楽しんでいる。赤髪の少年は竹筒に入った羊羹を覗き込むと、怪訝そうな顔をした。その向かいに座った黒髪の少女は、小さなスプーンを口に運ぶと、僅かに顔を綻ばせる。
「買ってきてもらったおやつに文句言っちゃだめでしょ。それに、こたつでひんやりしたもの食べるのっておいしいよ。アイスみたいで。」
「ふーん。寒いのに冷たいモン食うなんて変なの。」
障子を隔てた向こう側、冷え切った薄暗い廊下を歩いていた男は、障子から漏れ出る温かな光を背に受けながらも、足を止めることなく静かに通り過ぎていく。途切れ途切れに聞こえていた賑やかな会話は、歩を進めるごとに少しずつ遠ざかっていった。やがて突き当たりの襖に手をかけたところで、男は小さく息を吐いた。襖を開ける前にふり返ると、黒い電線に切り取られた冬の空が見える。昼間だというのに薄暗く、今にも雪が降り出しそうな灰色の空。男は帽子を深くかぶり直すと、自分が吐き出した白い息が静かに消えていくのを見つめる。目元に落ちる影の奥で、その視線はどこか遠く、まるで何かを懐かしむようでもあった。
普段は任務帰りの死神たちで賑わうその茶屋は、平日の未刻ということもあり、驚くほど静まり返っていた。その茶屋の離れで一組の男女が炬燵で寛いている。障子の向こう側では雪が降り積もっているが、室内には火鉢の炭が赤々と熾り、暖かい空気で満ちていた。大きな体躯を丸めるようにして座る喜助の隣で、彼女は湯気の上がる湯呑みからそっと視線を外し、机の上の竹筒を覗き込んだ。
「喜助さん。……これは、羊羹ですか?」
「水羊羹っていうんですよ。最近流行ってるみたいっス。」
「羊羹、なら知っていますけれど……。竹に入ったものは見たことないです。」
「それはよかった。現世の職人が始めた新しい食べ方らしくて、ここの店主が真似て作ったそうなんです。普通の羊羹よりずっと瑞々しくて、口の中ですぐに溶けちゃうんですよ。ちょっと見ててくださいね。」
喜助は竹筒の端に小さく空気穴を開けた。それから少し傾けると、平たい漆器の上で、トントン、と優しく底を叩く。すぽん、と、どこか気の抜けた音が部屋に響いた。竹筒から滑り出てきたのは、艶やかに黒光りする長方形の塊だった。普通の羊羹に似ているが、表面が水に濡れたように潤っており、火鉢の光を浴びて琥珀色に透き通っている。
「面白いでしょう?さ、食べてみてください。」
へらで綺麗に四角く切り分けた一塊が、彼女の前にそっと差し出される。言われた通り、へらで水羊羹をそっとすくい上げると、持ち上げただけで、ぷるぷると零れ落ちそうなほどに柔らかい。
「……いただきます」
緊張した面持ちで、そっと口に運ぶ。ひんやりとした冷たさが唇に触れたと思った瞬間、優しい小豆の甘みと香りが、さらりと舌の上で溶けて消えていった。
「――っ。」
目を丸くして驚く彼女の顔を眺め、嬉しそうに目尻を下げる。
「ね?美味しかったでしょ。日持ちしないから、寒い今しか食べれないんですよ。」
自慢げに胸を張り、湯呑みを傾けながら言葉を続ける。
「なんか、今頃みんなは仕事してるって考えると余計に美味しく感じますね。」
「私はちょっと複雑な気持ちですけど。」
「でも思い切ってお休み取って良かったじゃないスか。誰にも邪魔されないし、時間を気にしなくて良い。」
そう言うと、彼は自らの座布団のすぐ隣、畳の上をぽんぽんと手で軽く叩いた。
「ねぇ、こっちに座ってくださいよ。せっかく離れに通してもらったのに、向かい合って座るなんて味気ないでしょう?」
「……2人で座ったら、狭くありませんか。」
「いいからいいから。ほら、そっちだと隙間風が入って寒いですよ。」
彼女は少し迷った後、言われた通りに隣へと腰を落とした。肩が触れ合うほど近くに座ると、彼の着物から微かに漂う匂いが、火鉢の熱気に乗ってふわりと鼻腔をくすぐる。
「こうして一緒に入ったほうがあったかい。」
「⋯⋯。」
顔を背けた彼女を覗き込むように、その頬にそっと指先が触れた。
「あれ、赤くなってる。」
「うるさい。」
そう言って黙ってしまった彼女の手首を、彼は優しく引き寄せた。指の隙間に滑り込ませるようにして自らの指を深く絡める。そのまま体の重みを預けるように寄りかかり、首筋にぐりぐりと顔を埋めた。ふわふわした髪が肌をくすぐり、思わず身を縮めると、首元からくぐもった低い笑い声が漏れ聞こえる。
「……あの、喜助さん。くすぐったい。」
「暖を取ってるだけッスよ。」
そう言うと、絡めた指にぐっと力が込められた。顔を上げた彼の手が顎を優しく押し上げ、そっと唇に触れる。唇が離れても吐息が触れ合う距離のまま、彼は愛おしそうに目を細めた。
「まだ顔が赤いっスね。」
「誰かさんのせいで。」
くつりと喉を鳴らす音が、耳元で響く。
「昼間からこんなところで二人きりでお茶なんて、とびきりの贅沢ですねぇ。」
「うん、こんなに幸せでいいのかな。」
どこか照れたような言葉に、絡めた指が少しだけ強く握り直され、耳元へ顔が寄せられる。
「いいんですよ。恋人なんだから。だから、もう少しだけこうしてましょう。結碑螺サン。」
彼女は安心したように小さく息を吐くと、その大きな肩へそっと頭を預けた。
ある冬の日、その部屋は炬燵の温もりとテレビの淡い光に満たされ、みかんの甘酸っぱい香りと温かいお茶の匂いがふわりと漂っていた。部屋の中心には大きな炬燵が置かれ、二人の子供がおやつを楽しんでいる。赤髪の少年は竹筒に入った羊羹を覗き込むと、怪訝そうな顔をした。その向かいに座った黒髪の少女は、小さなスプーンを口に運ぶと、僅かに顔を綻ばせる。
「買ってきてもらったおやつに文句言っちゃだめでしょ。それに、こたつでひんやりしたもの食べるのっておいしいよ。アイスみたいで。」
「ふーん。寒いのに冷たいモン食うなんて変なの。」
障子を隔てた向こう側、冷え切った薄暗い廊下を歩いていた男は、障子から漏れ出る温かな光を背に受けながらも、足を止めることなく静かに通り過ぎていく。途切れ途切れに聞こえていた賑やかな会話は、歩を進めるごとに少しずつ遠ざかっていった。やがて突き当たりの襖に手をかけたところで、男は小さく息を吐いた。襖を開ける前にふり返ると、黒い電線に切り取られた冬の空が見える。昼間だというのに薄暗く、今にも雪が降り出しそうな灰色の空。男は帽子を深くかぶり直すと、自分が吐き出した白い息が静かに消えていくのを見つめる。目元に落ちる影の奥で、その視線はどこか遠く、まるで何かを懐かしむようでもあった。
普段は任務帰りの死神たちで賑わうその茶屋は、平日の未刻ということもあり、驚くほど静まり返っていた。その茶屋の離れで一組の男女が炬燵で寛いている。障子の向こう側では雪が降り積もっているが、室内には火鉢の炭が赤々と熾り、暖かい空気で満ちていた。大きな体躯を丸めるようにして座る喜助の隣で、彼女は湯気の上がる湯呑みからそっと視線を外し、机の上の竹筒を覗き込んだ。
「喜助さん。……これは、羊羹ですか?」
「水羊羹っていうんですよ。最近流行ってるみたいっス。」
「羊羹、なら知っていますけれど……。竹に入ったものは見たことないです。」
「それはよかった。現世の職人が始めた新しい食べ方らしくて、ここの店主が真似て作ったそうなんです。普通の羊羹よりずっと瑞々しくて、口の中ですぐに溶けちゃうんですよ。ちょっと見ててくださいね。」
喜助は竹筒の端に小さく空気穴を開けた。それから少し傾けると、平たい漆器の上で、トントン、と優しく底を叩く。すぽん、と、どこか気の抜けた音が部屋に響いた。竹筒から滑り出てきたのは、艶やかに黒光りする長方形の塊だった。普通の羊羹に似ているが、表面が水に濡れたように潤っており、火鉢の光を浴びて琥珀色に透き通っている。
「面白いでしょう?さ、食べてみてください。」
へらで綺麗に四角く切り分けた一塊が、彼女の前にそっと差し出される。言われた通り、へらで水羊羹をそっとすくい上げると、持ち上げただけで、ぷるぷると零れ落ちそうなほどに柔らかい。
「……いただきます」
緊張した面持ちで、そっと口に運ぶ。ひんやりとした冷たさが唇に触れたと思った瞬間、優しい小豆の甘みと香りが、さらりと舌の上で溶けて消えていった。
「――っ。」
目を丸くして驚く彼女の顔を眺め、嬉しそうに目尻を下げる。
「ね?美味しかったでしょ。日持ちしないから、寒い今しか食べれないんですよ。」
自慢げに胸を張り、湯呑みを傾けながら言葉を続ける。
「なんか、今頃みんなは仕事してるって考えると余計に美味しく感じますね。」
「私はちょっと複雑な気持ちですけど。」
「でも思い切ってお休み取って良かったじゃないスか。誰にも邪魔されないし、時間を気にしなくて良い。」
そう言うと、彼は自らの座布団のすぐ隣、畳の上をぽんぽんと手で軽く叩いた。
「ねぇ、こっちに座ってくださいよ。せっかく離れに通してもらったのに、向かい合って座るなんて味気ないでしょう?」
「……2人で座ったら、狭くありませんか。」
「いいからいいから。ほら、そっちだと隙間風が入って寒いですよ。」
彼女は少し迷った後、言われた通りに隣へと腰を落とした。肩が触れ合うほど近くに座ると、彼の着物から微かに漂う匂いが、火鉢の熱気に乗ってふわりと鼻腔をくすぐる。
「こうして一緒に入ったほうがあったかい。」
「⋯⋯。」
顔を背けた彼女を覗き込むように、その頬にそっと指先が触れた。
「あれ、赤くなってる。」
「うるさい。」
そう言って黙ってしまった彼女の手首を、彼は優しく引き寄せた。指の隙間に滑り込ませるようにして自らの指を深く絡める。そのまま体の重みを預けるように寄りかかり、首筋にぐりぐりと顔を埋めた。ふわふわした髪が肌をくすぐり、思わず身を縮めると、首元からくぐもった低い笑い声が漏れ聞こえる。
「……あの、喜助さん。くすぐったい。」
「暖を取ってるだけッスよ。」
そう言うと、絡めた指にぐっと力が込められた。顔を上げた彼の手が顎を優しく押し上げ、そっと唇に触れる。唇が離れても吐息が触れ合う距離のまま、彼は愛おしそうに目を細めた。
「まだ顔が赤いっスね。」
「誰かさんのせいで。」
くつりと喉を鳴らす音が、耳元で響く。
「昼間からこんなところで二人きりでお茶なんて、とびきりの贅沢ですねぇ。」
「うん、こんなに幸せでいいのかな。」
どこか照れたような言葉に、絡めた指が少しだけ強く握り直され、耳元へ顔が寄せられる。
「いいんですよ。恋人なんだから。だから、もう少しだけこうしてましょう。結碑螺サン。」
彼女は安心したように小さく息を吐くと、その大きな肩へそっと頭を預けた。
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