宵待月下で出逢ったふたり
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お願い…私を置いて先へ逝かないでください。
ずっと側に居てください…。
お願いだから…孤独(ひとり)にしないで……。
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伸ばした手の先の虚空を薄い眼(まなこ)で追えば、先ほどまで夢を魅ていたんだと、だんだんと理解することができた。
(ああ…なんて、なんて我儘で愚かな夢なのだろう。)
そう川端康成は、瞳から溢れてしまった数滴の雫を指先でそっと拭い、ぎしぎしと音のなる床から起き上がる。
ここは使い古されたお堂の中。人1人が寝起きできる程の小さなお堂で、たまに年老いた人の子が手入れをしにやってくる。
川端はその格子窓から外の様子を伺う。
外はとうに日は落ち、薄暗い空気に包まれていた。
人間ではない川端にとって、それはいつもと同じ起床風景だった。
そう、川端康成は人間ではなく、室町の初期から存在している妖怪、送り提灯だ。
送り提灯とは、夜道に迷った人の子を元の道へと戻したり、これから命の尽きる運命の者の前に現れ、死期をしらせる妖怪だ。
それは、川端にとってこの世に存在した時からすでに決まっていた理であり、偶然であり、必然のことだった。
そんな妖怪である川端は、間借りしている社から出ると夜の宵闇に消えていく。
その日は、待宵の月の日だった。空は薄い雲が広がってはいたが、瞬き輝く大小様々な名のない星が目に見え、その中心には大きな望月未満の月が四方八方を見守るように昇っていた。
そんな月の下を、送り提灯である川端は、ただただいつものように人の子が彷徨うてはいないかと、妖怪としての本能と共に遠くの方まで見渡しながら歩いていた。
(今夜は明るい月が見守ってくださっていますね…私の役目はないかもしれませんね。)
歩きながら、ふと先ほどの夢が頭を過ぎる…。
(ただ、送るだけでいい…。)
(人の子が迷わぬように
灯りを照らすのが私の役目…。
それ以外はなにも……。)
そう思いながら、人気の少ない迷い道でいつものように歩みを進めていれば、カサカサと微かな草木の間で何かが擦れたような音を耳にする。
それは、路傍の雑木林からだった。
気にった川端はそちらに足を向けていく。
(以前も小さな雛鳥が巣から滑り落ちてしまっていましたし…もしかしたら、また…)
そんな心配を過らせながら、提灯で目前を照らして見ると、そこには真っ黒い小さな丸い塊が全身を震わせてうずくまっていた。
(狐の赤子…?)
見つけたその子をそっと川端は抱き寄せた。
お願い…私を置いて先へ逝かないでください。
ずっと側に居てください…。
お願いだから…孤独(ひとり)にしないで……。
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伸ばした手の先の虚空を薄い眼(まなこ)で追えば、先ほどまで夢を魅ていたんだと、だんだんと理解することができた。
(ああ…なんて、なんて我儘で愚かな夢なのだろう。)
そう川端康成は、瞳から溢れてしまった数滴の雫を指先でそっと拭い、ぎしぎしと音のなる床から起き上がる。
ここは使い古されたお堂の中。人1人が寝起きできる程の小さなお堂で、たまに年老いた人の子が手入れをしにやってくる。
川端はその格子窓から外の様子を伺う。
外はとうに日は落ち、薄暗い空気に包まれていた。
人間ではない川端にとって、それはいつもと同じ起床風景だった。
そう、川端康成は人間ではなく、室町の初期から存在している妖怪、送り提灯だ。
送り提灯とは、夜道に迷った人の子を元の道へと戻したり、これから命の尽きる運命の者の前に現れ、死期をしらせる妖怪だ。
それは、川端にとってこの世に存在した時からすでに決まっていた理であり、偶然であり、必然のことだった。
そんな妖怪である川端は、間借りしている社から出ると夜の宵闇に消えていく。
その日は、待宵の月の日だった。空は薄い雲が広がってはいたが、瞬き輝く大小様々な名のない星が目に見え、その中心には大きな望月未満の月が四方八方を見守るように昇っていた。
そんな月の下を、送り提灯である川端は、ただただいつものように人の子が彷徨うてはいないかと、妖怪としての本能と共に遠くの方まで見渡しながら歩いていた。
(今夜は明るい月が見守ってくださっていますね…私の役目はないかもしれませんね。)
歩きながら、ふと先ほどの夢が頭を過ぎる…。
(ただ、送るだけでいい…。)
(人の子が迷わぬように
灯りを照らすのが私の役目…。
それ以外はなにも……。)
そう思いながら、人気の少ない迷い道でいつものように歩みを進めていれば、カサカサと微かな草木の間で何かが擦れたような音を耳にする。
それは、路傍の雑木林からだった。
気にった川端はそちらに足を向けていく。
(以前も小さな雛鳥が巣から滑り落ちてしまっていましたし…もしかしたら、また…)
そんな心配を過らせながら、提灯で目前を照らして見ると、そこには真っ黒い小さな丸い塊が全身を震わせてうずくまっていた。
(狐の赤子…?)
見つけたその子をそっと川端は抱き寄せた。
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