マンダリンオレンジの宝石言葉

徳田秋声は自分の甘さを呪った。
後日、指輪を買いに来た徳田を待ち受けていたのは、1mmごとに変わる指輪のサイズと四方八方に煌めくその種類の豊富さだった。

徳田は想い人の指のサイズなどを懸念するのをすっかり忘れていたのだ。そもそもどの指に嵌めるんだと思い、川端の空いている指を思い浮かべて、ぼっと頬に火に焚べた。
(薬指…。いや、中指にしておいた方がいいかな…?)
徳田の周りには、それを玩具に弄る輩がおり、想像すると頭を抱えた。
(これが島崎や国木田に知られてみろ…。翌日にはスクープにされて、あっという間に図書館中に知れ渡る…。)
そんなことになれば、自分だけではなく川端にも迷惑が掛かるのでは…と徳田は巡らせた思考をはたっと止める。
(いや、川端さんは意外とそこら辺、寛大だ。むしろ、嬉しそうにインタビューに応じそう…。)
嬉々として質疑応答に応える恋人の姿を想像し、自分が数日我慢すればいいような気がしてきた徳田は、はぁ…と諦めと踏ん切りのついた溜め息を零した。
そもそも、指輪を買ったところで、付き合っていることは既に周知の事実なのだ。
今更、この程度、恥ずかしいことではないと徳田は前を向くことにした。
しかし、どうしたものか…。

種類は選べばいいとして、サイズが分からなければ買うに買えない。
そう思い、店を後にしようとした徳田に店員の1人が声を掛ける。
「お客様、何かお困り事はございますか?」
「あ…っ、いえ…、今日は下見に来ただけで…」
咄嗟のことで、上手く答えれずしどろもどろしている徳田に店員の女性はにこやかに対応する。
「それでしたら、実物を見てみませんか?気になるものがありましたら、お手に取って確かめることもできますよ。」
「は、はぁ……」
そう聞かれたはいいものの、徳田には指輪の知識はなく、どういったものがいいのかわからなかった。
「もしお悩みでしたら、どんな方に贈るのか教えて頂ければ、参考程度に幾つかお出しすることもできますので。」
その言葉に、あ…これならばわかると思った。指輪のことはまるでわからないが、ずっと脳裏にいた恋人の顔が浮かび上がる。
川端さんのことを人に伝えるのはなんだか物凄く照れ臭いが、折角足を運んだんだ。なにか成果は持って帰りたい。
「そう…ですね。…綺麗…ですね。」
ぽつりと言葉にすれば、だんだんと恋人の色んな姿が浮かび上がってくる。
「…でも、力強さや逞しさがあって、鮮やかに眩しくてすごく惹かれる…僕には勿体無いくらい…」
そこまで言ったところで、はっ!と我に返った徳田は自分がものすごく惚気ていることに気づくき、ばっと前を向く。
一体、自分は他人に何を言っているんだろう。
だが、店員はそれを意に返さずに聴いており、むしろ、どこか嬉しそうだ。
これがまるでここに来る客の通常運転であるようで、徳田もその1人というわけだ。
「そういう人に合いそうな指輪はありますか…!」
今にも噴火しそうな顔を掌で抑えながら、徳田は慌てて話を終わらせた。

その後、店からどうやって帰ったのか…生き恥を晒した気分の徳田は覚えていなかった。
辛うじて、店員が見せてくれた川端に似合うであろう指輪のデザインのモチーフや宝石の由来や意味などの話しはしっかりと頭に残っている。
(聞けてよかった…かな)
その一点に胸を撫で下ろす。
(指のサイズ…直接聴くしかないのかな…)
徳田は、さてどうしたものかと思い悩むのだった。
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