見つけた!吃驚人間発掘珍道中
時間の規律に中々厳しいこの日本。さぞや多くの人間がタイムプレッシャーに悩まされている事だろう。
その中でも、遅刻なんて老若男女問わず特に身近で焦る事柄じゃあなかろうか。
間に合わなかったらどうしようと考えた時に生じてくる、あの何とも言えない居た堪れなさと嫌な心地に共感してくれる人もきっと多いはず。
ただ、えーと、何で冒頭からそんな話しを出すのかというとなんだけども。
……まさに今、遅刻しそうなんだよね!
なんせ僕は今日初めての転校を経験する訳で。
僕が不真面目だったり不良学生だったらそう気にする事ではなかったかもしれないけれど、生憎と一般的で善良などこにでもいる一中学生だ。
あぁもう、さっきから細かい事はいいんだ。転校初日から遅刻なんてカッコ悪い真似は御免なんだっての!
僕の名誉の為に弁解させて貰うけど、決して寝坊じゃない。断じてNOだ。
悪いのはいい年こいてスルー決め込む大人達だと声を大にして言おう、だがしかし! 駄菓子菓子!
遅刻して「転んだお年寄りを助けてたら遅れました」なんて言って信じてもらえるとお思いか?
何コイツ遅刻した言い訳にそんな嘘つくなんてサイテー、なんて斜め上どころか真逆の解釈されるのがオチ。
やれやれまったく、悲しいご時世になったもんである。
(……。 なんだかなー)
正門をくぐった所で、何となく感慨深くなって空を仰ぐ。
校舎の稲妻マークと青いカラー色が、やっぱり僕のいた学校とは違う所へ来たんだという事を感じさせてくる。
尚、足はちゃんと動かしてるのでご安心頂きたい。
「はぁ、まぁいいや。とりあえず間に合いそ、うッ!?」
「っ!?」
人だ。溜息を吐いて視線を戻したら、僕のすぐ真ん前に人がいた。
どうやら上を向いたまま走っていたのがいけなかったのか、裏門側から来た人に気が付かなかったみたいだ。
驚いた顔をした相手と目が合う。
――ダァンッ!!!
止まろうにも急にブレーキは掛けられないものである。
僕は半ば反射的にステップを踏んで脇へと跳んだ。
(よっしゃ……!?)
ずざぁっっーーー!
上手く避けられたと思いきや、油断した途端にコレだよ!
見事に足が滑り、勢い余って何回転か地面を転がり……。無事に止まったけど、僕は驚いたやら恥ずかしいやら複雑な気分だ。
転ぶ直前に相手も相手で反対側に避けたのが見えたし、僕が避けなくても平気だった気もする。無念。
「すまない、大丈夫か?」
「大丈……」
「?」
掛けられた声に顔を上げてみれば、「お前苦労してるの?」と聞きたくなるような白髪オールバックの少年が。いや実際には聞かないよ?
見た感じ同い年っぽいし、こいつも2年生かな。今日転校してきた僕には当たり前の事だけど、知らない奴だ。
「あぁいや平気。 突っ走ってた僕のせいだし気にすんな」
「そうか」
――キーンコーン
「あ」
その時チャイムが鳴って、僕は自分が登校途中だった事を思い出した。
こいつには大変申し訳ないがきっと今から走れば教員が点呼を取る前には教室に辿り着けるだろう。僕も早い所行かなくちゃ。
「悪い! 僕職員室に行かなきゃ、名前は?」
「……豪炎寺修也」
「豪炎寺だな。分かった、それじゃまた!」
必要があれば改めて謝りに行こうそうしよう。
豪炎寺、豪炎寺と忘れないように頭の中で復唱しながら走って、何とか無事に職員室に着いた。
今度はちゃんと注意していたから衝突事故は無しだ。といっても、もう時間が時間だし生徒は歩いてないんだけどさ。
「おはようございます。転校生の神楽居です」
「おはよう。悪いけど案内の先生が来るまで少し待っててね」
「分かりました」
教員に言われた通り、しばし廊下で待機する。
そういや豪炎寺って言ったっけ? あいつ遅刻しないで済んだかなぁ、間に合ってれば良いけど。
なんて考え事をしながら足元を見たら、ふと泥がついてる事に気が付いた。多分さっき転がった時にでも付いたんだろう。
「……」
しゃがみ込んで擦ってみるけれど、これが中々綺麗にならない。
制服の黒い生地って泥とか砂の汚れが薄っすら残って地味に目立つんだよなぁ。もう乾燥してるし濡れティッシュでぽんぽん叩けば取れるか?
いつもなら後でいいや程度だけどさ、流石に転校初日はちょっと気になる。
「おい、大丈夫か?」
「うおうっ!?」
休み時間にでもやろうと決めて顔を上げたら、目の前に豪炎寺の顔。そりゃ驚いたって良いだろう。
僕が固まっていると怪訝そうにしてもう一度声を掛けてきた。
「悪い。足でも痛めたのか」
「えっ、と大丈夫だホラ、この通り何とも無い! お前顔に似合わず優しい奴だな!」
「そういうお前は思ったより失礼な奴だな……」
おっと僕としたことが、焦ってうっかり本音が出てしまった!
幾分か冷静になってきたので、貶してる訳じゃないんだと弁解している間に案内の教員が来た。
そういや何で豪炎寺がここにいるんだ?
「ふむ。転校生二人、ちゃんと揃ったみたいですね」
「?」
教員の言った言葉に首を傾げる僕。
転校生が二人、この場にいるのは僕と豪炎寺の二人だけ。
「つまり、お前も転校生?」
「あぁ」
そういう事だったらしい。
なんだ、あれこれ心配しなくても良かったのかぁ……いや、まぁ良いか。
同じ転校生程度の間柄でも、顔見知りが出来るのは有難い。これで同じクラスなら尚良いんだけどな。
「そうだ。お前、名前は?」
「神楽居昴(かぐらいすばる)。 宜しくな」
「あぁ、宜しく」
***
「ごーうえーんじっ」
「神楽居か」
「途中まで帰ろーぜ」
「あぁ」
さて、漫画よろしく曲がり角で出会った二人は偶然にも同じクラスに転入。
そこから意気投合した二人による新たな中学生生活が今始まるのであった……
――なんてことはなく、僕達は極普通に、別々のクラスに割り振られた。
自分のクラスへ案内されて、質問攻めにあうとかそういうイベントも特に無くその日の授業は終了。
それじゃ帰るとしようか、と思って廊下に出たら丁度豪炎寺の姿を発見して声を掛けてみた。これも縁って奴だろう、多分。
「クラスどうだ? 僕は思ってたより悪目立ちしなくてほっとしたわ。まぁ、今時転入生なんて珍しく無いのかもしれないけど」
「そうかもな」
「豪炎寺の方はどうだった?」
「俺もそんな所だよ」
「ふーん……」
「……」
「……」
「……何かあったか?」
「いや、元々お喋りではない方だからな。 会話するのは嫌いじゃないから気にしないでくれ」
うん。気になって聞いてみたら、単純に無口だった。
見た目に逸れずクールな性格らしい。とはいえそうツンツンしてる訳でもないようだ。
「ん、分かった。そういえば隣の奴に雷門の部活内容紹介されてさ。
『俺も所属してるんだけど帰宅部とかどすか?』だってさ、笑ったよ。お前も勧誘とか受けたの?」
「……まぁな」
「へぇ、何部? やるのか?」
「サッカーだ。やるつもりは無いがな」
「……? サッカー嫌いなんだ?」
「いや、そういう訳じゃないが」
「あ、っと、無理に言わなくても良いぞ?」
ううむ、どうやら豪炎寺にとってサッカーは触れたくない話題らしい。
なんせ"サッカー”という単語を言う時、額に皺が寄り、豪炎寺の表情の暗さが3割り増しになったからまぁ多分。
他人様の事に対してほいほい聞きたがるような趣味もなければそこまで無神経でもないので言及するのはよしとこう。
「悪いな。 じゃあ、神楽居は何故転校を?」
「んー、僕の親友がサッカー部って話から始まるんだけど、オーケー?」
「あぁ」
頷いた豪炎寺は、今度は僕に話題を振ってきた。
別段隠さなくても良いかと思っているから話すのは全然良いとして。
サッカーって単語だけで顔をしかめてたのに大丈夫かなと思ったけど、了承を得たので良しとしよう。
「ならいいか、何て言えばいいかな。 小さい時から仲良くしてる親友がいるんだ。
中学に入ってからそいつサッカー部に入ってさ。実力と努力の甲斐もあって、1年でGKとしてレギュラーに選抜されたんだけどな」
「へぇ、すごいな」
「な、僕もあいつの頑張りは知ってたから嬉しかったんだけど、ちょっと困った事になって。
先輩下して1年がキーパーになったのが気に入らなかったんだか知らないけど、前任の奴が執着に嫌がらせしてくるようになってさぁ」
「……嫌がらせ?」
「うん。始めの内は軽いもんだったんだ。
でも、そいつが相手にするだけ無駄だからって無視してたらさ。何されたと思う?
ある日な、放課後に二人で歩いてたら階段から突き落とそうとしやがって、というか突き落とされたんだよ。
咄嗟に手を引いたけど結局一緒に転がり落ちて‥‥‥あー今思い出してもむかつく。
逃げてく姿見てたら何か今まで積もってたイライラが爆発したのかな。
僕が追いかけて問い詰めたら逆上した相手が襲い掛かってきたんだ。応戦したら何て言うか。思いの外すぐ伸びちゃって。
それがきっかけで相手は色々前科が明るみになって退学処分。
ただ相手の親が過剰防衛じゃないのかって学校に申し立てたとか何とかで、学校側から遠回しに転校するように促されてさ。
内容は省くけど、本当いけ好かない。こっちの身を案じる様な口ぶりで、その実向こうに都合の良い事ばっかり言うんだから。こっちの訴えは聞かないし。
親も親で怖いわで中々に散々な気分だったな……。
いや、もちろん僕の希望は聞いてくれたんだけど、うーん。
僕が納得いかないっていうならとことん訴えて追い詰めてやるから安心してねって言われたけど普通に怖いし。
あの両親ならやらかしそうな所がまた怖い。
僕は大して学校にこだわりがあった訳でもないし、親友とは至極近所同士だし……お互い無事だったんだからもうそれで良いかなって。
‥‥‥――まぁ、理由というか経緯としてはそんな感じかなぁ」
「何ていうか……大変だったんだな。その友達は無事だったのか」
「まぁね、僕もそいつも運良く全身打撲ですんだ。
でも物凄く腹が立つことも言われたし、それに頭でも打ってたら最悪死んでたかもしれない。僕はその時、本当に怒ってた。
それで転校じゃ世話無いけど‥‥‥正直清々した」
「……そうか」
「あ、悪い、引いたか?」
「いや、気にするな。 お前の立場ならそうして当然だと思う。
本当に、心からそいつの事を大切に思ってるんだな」
あはは、思わず色々と喋っちゃったけど引かれて可笑しくない内容だから焦った。反省はしてるけど後悔はしてないから尚更だ。
自分で言っておいてなんだけどあんなマシンガントーク、よくウンザリしないで聞けたな豪炎寺。
にしても‥‥‥そんなしみじみとなぁ、 心から大切に思ってる友達ってなぁ、そうだなぁ‥‥‥
「神楽居?」
「ありがと、お前やっぱ顔に似合わず優しいな! じゃあな!」
「あ、おい‥!」
呼び止められてたかもしれないけど、とっくに駅へ走り去っていた僕には何も聞こえんもんね!
「本当に心から―‥‥‥」 だなんて! 反芻してみたら猛烈に恥かしいぞ!!!
友情おおっぴらに語るなんざ、照れて恥か死ぬお年頃なんだからな!? 豪炎寺の馬鹿!
「……まったく。顔に似合わないのはどっちだか」
豪炎寺の顔には柔らかい笑みが浮かんでいたとか、いなかったとか。
***
「それで、態々ここまで来たと?」
「あぁそうさ! この居た堪れなさをどう昇華したらいいか分からないから来たんだよ! 叫びに! 態々防音の効いてる帝国学園サッカー部の控え室まで!
何で僕が『幸次郎は僕の大事な大事な親友です(はぁと)』なんて語りを人前で繰り広げなきゃいけないんだよ! 恥かしくて死ねるだろうが!!!」
「うるさい! ボリューム下げろ神楽居!」
「安心してくれ佐久間もうるさいから!」
「‥‥‥なぁ神楽居、とても突っ込みたいんだが。
その恥ずかしい体験を語りの主役本人に知られるのは恥かしくないのか?」
「恥かしい! でもこの場に限って良しとする!」
「解せぬ‥‥」
お構いなく鬼道よ、僕は共感やら理解まで求めてはいない!
あの後無性に叫びたかったが自宅じゃ近所迷惑になるし、幸次郎はまだ家に帰って無いだろうし、カラオケじゃ空しいし。
それならやっぱり帝国サッカー部の控え室に直接押し掛けて皆に会って話したい。という訳で、意気揚々と羞恥心に苛まれながら来た。うん?日本語が迷子だ。
「まぁ、仲良くできそうな奴が出来て良かったじゃないか昴」
「はぁ‥‥‥うん、幸次郎がクールすぎて冷静になってきた。 すっきりしたし帰るかな‥‥鬼道は車だっけ?」
「そうだが、神楽居がどうしてもと言うなら一緒に帰ってやってもいいぞ?」
「うわー何という上から目線! それなら僕だって『どうしてもお願いします』と踏ん反り返って言うぞ」
「上から目線になってないだろソレ」
談笑してるとやっぱり ?元” になったとはいえ母校の友達とつるむのは楽しいと思う。
いや「友達だろー」なんて言おうものなら一部を除いて、 「言っておくが、お前とは源田の友達として知り合っただけだろう。友達なんて間柄じゃないんだからな」
とか何とか言って拒否ってくるけど、 下手な他人よりかはずっと仲良くしてくれてる。
更に言っておくと、耳赤くして凄い勢いで目をそらされた所で何の説得力も無いんだが。
というか女顔(失礼)な佐久間ならまだしも 寺門や辺見がやると言い知れない寒気に襲われるだけという。
いいよそんなテンプレ通りのツンデレしないでも。
「そういや神楽居、そのうち雷門中までサッカーしに行くかもしれん」
「えー何そのサッカー部破壊宣言。 僕に被害が無いなら別にいいけどさ‥‥‥」
爆弾発現きたよ 何か。
いやだって、サッカーやらない僕でも元帝国生。
帝国がサッカーで勝ったら相手のサッカー部を学校ごと取り潰しにする事もあるってことくらいは知ってる。しかしよく訴えられないよな。
あれ? でもそういえば‥‥‥
「今日、雷門中サッカー部って部員7人とか聞いたんだが」
「試合にも出場できん無名の弱小チームだが、俺達にそんなことは関係ない」
「ふーん。 まぁ頑張れ」
雷門サッカー部はどうやらマイナー中のマイナーなようだ。
転校したばかりとはいえ、僕より雷門サッカー部に詳しい鬼道は流石だな。
とはいえ僕がサッカーに興味ないせいかも知れないけど。
「そんじゃ帰ろうぜー! ちなみに僕帰りにハンバーガー食べに行きたい!」
「お、良い事思いついた! 今度の試合雷門中が負けたら神楽居何か奢れよ」
「んなっ! ずるいぞ佐久間!」
「雷門中が勝てばいい話だろ」
「えぇーそんなん……幸次郎どう思う」
「よし、その話俺も乗った」
「お前もかよ!?」
そんなこんなで改めて。
僕、 「元」帝国学園生 「現」雷門中2年生の神楽居昴がお送りしました! 負けるな雷門中!
その中でも、遅刻なんて老若男女問わず特に身近で焦る事柄じゃあなかろうか。
間に合わなかったらどうしようと考えた時に生じてくる、あの何とも言えない居た堪れなさと嫌な心地に共感してくれる人もきっと多いはず。
ただ、えーと、何で冒頭からそんな話しを出すのかというとなんだけども。
……まさに今、遅刻しそうなんだよね!
なんせ僕は今日初めての転校を経験する訳で。
僕が不真面目だったり不良学生だったらそう気にする事ではなかったかもしれないけれど、生憎と一般的で善良などこにでもいる一中学生だ。
あぁもう、さっきから細かい事はいいんだ。転校初日から遅刻なんてカッコ悪い真似は御免なんだっての!
僕の名誉の為に弁解させて貰うけど、決して寝坊じゃない。断じてNOだ。
悪いのはいい年こいてスルー決め込む大人達だと声を大にして言おう、だがしかし! 駄菓子菓子!
遅刻して「転んだお年寄りを助けてたら遅れました」なんて言って信じてもらえるとお思いか?
何コイツ遅刻した言い訳にそんな嘘つくなんてサイテー、なんて斜め上どころか真逆の解釈されるのがオチ。
やれやれまったく、悲しいご時世になったもんである。
(……。 なんだかなー)
正門をくぐった所で、何となく感慨深くなって空を仰ぐ。
校舎の稲妻マークと青いカラー色が、やっぱり僕のいた学校とは違う所へ来たんだという事を感じさせてくる。
尚、足はちゃんと動かしてるのでご安心頂きたい。
「はぁ、まぁいいや。とりあえず間に合いそ、うッ!?」
「っ!?」
人だ。溜息を吐いて視線を戻したら、僕のすぐ真ん前に人がいた。
どうやら上を向いたまま走っていたのがいけなかったのか、裏門側から来た人に気が付かなかったみたいだ。
驚いた顔をした相手と目が合う。
――ダァンッ!!!
止まろうにも急にブレーキは掛けられないものである。
僕は半ば反射的にステップを踏んで脇へと跳んだ。
(よっしゃ……!?)
ずざぁっっーーー!
上手く避けられたと思いきや、油断した途端にコレだよ!
見事に足が滑り、勢い余って何回転か地面を転がり……。無事に止まったけど、僕は驚いたやら恥ずかしいやら複雑な気分だ。
転ぶ直前に相手も相手で反対側に避けたのが見えたし、僕が避けなくても平気だった気もする。無念。
「すまない、大丈夫か?」
「大丈……」
「?」
掛けられた声に顔を上げてみれば、「お前苦労してるの?」と聞きたくなるような白髪オールバックの少年が。いや実際には聞かないよ?
見た感じ同い年っぽいし、こいつも2年生かな。今日転校してきた僕には当たり前の事だけど、知らない奴だ。
「あぁいや平気。 突っ走ってた僕のせいだし気にすんな」
「そうか」
――キーンコーン
「あ」
その時チャイムが鳴って、僕は自分が登校途中だった事を思い出した。
こいつには大変申し訳ないがきっと今から走れば教員が点呼を取る前には教室に辿り着けるだろう。僕も早い所行かなくちゃ。
「悪い! 僕職員室に行かなきゃ、名前は?」
「……豪炎寺修也」
「豪炎寺だな。分かった、それじゃまた!」
必要があれば改めて謝りに行こうそうしよう。
豪炎寺、豪炎寺と忘れないように頭の中で復唱しながら走って、何とか無事に職員室に着いた。
今度はちゃんと注意していたから衝突事故は無しだ。といっても、もう時間が時間だし生徒は歩いてないんだけどさ。
「おはようございます。転校生の神楽居です」
「おはよう。悪いけど案内の先生が来るまで少し待っててね」
「分かりました」
教員に言われた通り、しばし廊下で待機する。
そういや豪炎寺って言ったっけ? あいつ遅刻しないで済んだかなぁ、間に合ってれば良いけど。
なんて考え事をしながら足元を見たら、ふと泥がついてる事に気が付いた。多分さっき転がった時にでも付いたんだろう。
「……」
しゃがみ込んで擦ってみるけれど、これが中々綺麗にならない。
制服の黒い生地って泥とか砂の汚れが薄っすら残って地味に目立つんだよなぁ。もう乾燥してるし濡れティッシュでぽんぽん叩けば取れるか?
いつもなら後でいいや程度だけどさ、流石に転校初日はちょっと気になる。
「おい、大丈夫か?」
「うおうっ!?」
休み時間にでもやろうと決めて顔を上げたら、目の前に豪炎寺の顔。そりゃ驚いたって良いだろう。
僕が固まっていると怪訝そうにしてもう一度声を掛けてきた。
「悪い。足でも痛めたのか」
「えっ、と大丈夫だホラ、この通り何とも無い! お前顔に似合わず優しい奴だな!」
「そういうお前は思ったより失礼な奴だな……」
おっと僕としたことが、焦ってうっかり本音が出てしまった!
幾分か冷静になってきたので、貶してる訳じゃないんだと弁解している間に案内の教員が来た。
そういや何で豪炎寺がここにいるんだ?
「ふむ。転校生二人、ちゃんと揃ったみたいですね」
「?」
教員の言った言葉に首を傾げる僕。
転校生が二人、この場にいるのは僕と豪炎寺の二人だけ。
「つまり、お前も転校生?」
「あぁ」
そういう事だったらしい。
なんだ、あれこれ心配しなくても良かったのかぁ……いや、まぁ良いか。
同じ転校生程度の間柄でも、顔見知りが出来るのは有難い。これで同じクラスなら尚良いんだけどな。
「そうだ。お前、名前は?」
「神楽居昴(かぐらいすばる)。 宜しくな」
「あぁ、宜しく」
***
「ごーうえーんじっ」
「神楽居か」
「途中まで帰ろーぜ」
「あぁ」
さて、漫画よろしく曲がり角で出会った二人は偶然にも同じクラスに転入。
そこから意気投合した二人による新たな中学生生活が今始まるのであった……
――なんてことはなく、僕達は極普通に、別々のクラスに割り振られた。
自分のクラスへ案内されて、質問攻めにあうとかそういうイベントも特に無くその日の授業は終了。
それじゃ帰るとしようか、と思って廊下に出たら丁度豪炎寺の姿を発見して声を掛けてみた。これも縁って奴だろう、多分。
「クラスどうだ? 僕は思ってたより悪目立ちしなくてほっとしたわ。まぁ、今時転入生なんて珍しく無いのかもしれないけど」
「そうかもな」
「豪炎寺の方はどうだった?」
「俺もそんな所だよ」
「ふーん……」
「……」
「……」
「……何かあったか?」
「いや、元々お喋りではない方だからな。 会話するのは嫌いじゃないから気にしないでくれ」
うん。気になって聞いてみたら、単純に無口だった。
見た目に逸れずクールな性格らしい。とはいえそうツンツンしてる訳でもないようだ。
「ん、分かった。そういえば隣の奴に雷門の部活内容紹介されてさ。
『俺も所属してるんだけど帰宅部とかどすか?』だってさ、笑ったよ。お前も勧誘とか受けたの?」
「……まぁな」
「へぇ、何部? やるのか?」
「サッカーだ。やるつもりは無いがな」
「……? サッカー嫌いなんだ?」
「いや、そういう訳じゃないが」
「あ、っと、無理に言わなくても良いぞ?」
ううむ、どうやら豪炎寺にとってサッカーは触れたくない話題らしい。
なんせ"サッカー”という単語を言う時、額に皺が寄り、豪炎寺の表情の暗さが3割り増しになったからまぁ多分。
他人様の事に対してほいほい聞きたがるような趣味もなければそこまで無神経でもないので言及するのはよしとこう。
「悪いな。 じゃあ、神楽居は何故転校を?」
「んー、僕の親友がサッカー部って話から始まるんだけど、オーケー?」
「あぁ」
頷いた豪炎寺は、今度は僕に話題を振ってきた。
別段隠さなくても良いかと思っているから話すのは全然良いとして。
サッカーって単語だけで顔をしかめてたのに大丈夫かなと思ったけど、了承を得たので良しとしよう。
「ならいいか、何て言えばいいかな。 小さい時から仲良くしてる親友がいるんだ。
中学に入ってからそいつサッカー部に入ってさ。実力と努力の甲斐もあって、1年でGKとしてレギュラーに選抜されたんだけどな」
「へぇ、すごいな」
「な、僕もあいつの頑張りは知ってたから嬉しかったんだけど、ちょっと困った事になって。
先輩下して1年がキーパーになったのが気に入らなかったんだか知らないけど、前任の奴が執着に嫌がらせしてくるようになってさぁ」
「……嫌がらせ?」
「うん。始めの内は軽いもんだったんだ。
でも、そいつが相手にするだけ無駄だからって無視してたらさ。何されたと思う?
ある日な、放課後に二人で歩いてたら階段から突き落とそうとしやがって、というか突き落とされたんだよ。
咄嗟に手を引いたけど結局一緒に転がり落ちて‥‥‥あー今思い出してもむかつく。
逃げてく姿見てたら何か今まで積もってたイライラが爆発したのかな。
僕が追いかけて問い詰めたら逆上した相手が襲い掛かってきたんだ。応戦したら何て言うか。思いの外すぐ伸びちゃって。
それがきっかけで相手は色々前科が明るみになって退学処分。
ただ相手の親が過剰防衛じゃないのかって学校に申し立てたとか何とかで、学校側から遠回しに転校するように促されてさ。
内容は省くけど、本当いけ好かない。こっちの身を案じる様な口ぶりで、その実向こうに都合の良い事ばっかり言うんだから。こっちの訴えは聞かないし。
親も親で怖いわで中々に散々な気分だったな……。
いや、もちろん僕の希望は聞いてくれたんだけど、うーん。
僕が納得いかないっていうならとことん訴えて追い詰めてやるから安心してねって言われたけど普通に怖いし。
あの両親ならやらかしそうな所がまた怖い。
僕は大して学校にこだわりがあった訳でもないし、親友とは至極近所同士だし……お互い無事だったんだからもうそれで良いかなって。
‥‥‥――まぁ、理由というか経緯としてはそんな感じかなぁ」
「何ていうか……大変だったんだな。その友達は無事だったのか」
「まぁね、僕もそいつも運良く全身打撲ですんだ。
でも物凄く腹が立つことも言われたし、それに頭でも打ってたら最悪死んでたかもしれない。僕はその時、本当に怒ってた。
それで転校じゃ世話無いけど‥‥‥正直清々した」
「……そうか」
「あ、悪い、引いたか?」
「いや、気にするな。 お前の立場ならそうして当然だと思う。
本当に、心からそいつの事を大切に思ってるんだな」
あはは、思わず色々と喋っちゃったけど引かれて可笑しくない内容だから焦った。反省はしてるけど後悔はしてないから尚更だ。
自分で言っておいてなんだけどあんなマシンガントーク、よくウンザリしないで聞けたな豪炎寺。
にしても‥‥‥そんなしみじみとなぁ、 心から大切に思ってる友達ってなぁ、そうだなぁ‥‥‥
「神楽居?」
「ありがと、お前やっぱ顔に似合わず優しいな! じゃあな!」
「あ、おい‥!」
呼び止められてたかもしれないけど、とっくに駅へ走り去っていた僕には何も聞こえんもんね!
「本当に心から―‥‥‥」 だなんて! 反芻してみたら猛烈に恥かしいぞ!!!
友情おおっぴらに語るなんざ、照れて恥か死ぬお年頃なんだからな!? 豪炎寺の馬鹿!
「……まったく。顔に似合わないのはどっちだか」
豪炎寺の顔には柔らかい笑みが浮かんでいたとか、いなかったとか。
***
「それで、態々ここまで来たと?」
「あぁそうさ! この居た堪れなさをどう昇華したらいいか分からないから来たんだよ! 叫びに! 態々防音の効いてる帝国学園サッカー部の控え室まで!
何で僕が『幸次郎は僕の大事な大事な親友です(はぁと)』なんて語りを人前で繰り広げなきゃいけないんだよ! 恥かしくて死ねるだろうが!!!」
「うるさい! ボリューム下げろ神楽居!」
「安心してくれ佐久間もうるさいから!」
「‥‥‥なぁ神楽居、とても突っ込みたいんだが。
その恥ずかしい体験を語りの主役本人に知られるのは恥かしくないのか?」
「恥かしい! でもこの場に限って良しとする!」
「解せぬ‥‥」
お構いなく鬼道よ、僕は共感やら理解まで求めてはいない!
あの後無性に叫びたかったが自宅じゃ近所迷惑になるし、幸次郎はまだ家に帰って無いだろうし、カラオケじゃ空しいし。
それならやっぱり帝国サッカー部の控え室に直接押し掛けて皆に会って話したい。という訳で、意気揚々と羞恥心に苛まれながら来た。うん?日本語が迷子だ。
「まぁ、仲良くできそうな奴が出来て良かったじゃないか昴」
「はぁ‥‥‥うん、幸次郎がクールすぎて冷静になってきた。 すっきりしたし帰るかな‥‥鬼道は車だっけ?」
「そうだが、神楽居がどうしてもと言うなら一緒に帰ってやってもいいぞ?」
「うわー何という上から目線! それなら僕だって『どうしてもお願いします』と踏ん反り返って言うぞ」
「上から目線になってないだろソレ」
談笑してるとやっぱり ?元” になったとはいえ母校の友達とつるむのは楽しいと思う。
いや「友達だろー」なんて言おうものなら一部を除いて、 「言っておくが、お前とは源田の友達として知り合っただけだろう。友達なんて間柄じゃないんだからな」
とか何とか言って拒否ってくるけど、 下手な他人よりかはずっと仲良くしてくれてる。
更に言っておくと、耳赤くして凄い勢いで目をそらされた所で何の説得力も無いんだが。
というか女顔(失礼)な佐久間ならまだしも 寺門や辺見がやると言い知れない寒気に襲われるだけという。
いいよそんなテンプレ通りのツンデレしないでも。
「そういや神楽居、そのうち雷門中までサッカーしに行くかもしれん」
「えー何そのサッカー部破壊宣言。 僕に被害が無いなら別にいいけどさ‥‥‥」
爆弾発現きたよ 何か。
いやだって、サッカーやらない僕でも元帝国生。
帝国がサッカーで勝ったら相手のサッカー部を学校ごと取り潰しにする事もあるってことくらいは知ってる。しかしよく訴えられないよな。
あれ? でもそういえば‥‥‥
「今日、雷門中サッカー部って部員7人とか聞いたんだが」
「試合にも出場できん無名の弱小チームだが、俺達にそんなことは関係ない」
「ふーん。 まぁ頑張れ」
雷門サッカー部はどうやらマイナー中のマイナーなようだ。
転校したばかりとはいえ、僕より雷門サッカー部に詳しい鬼道は流石だな。
とはいえ僕がサッカーに興味ないせいかも知れないけど。
「そんじゃ帰ろうぜー! ちなみに僕帰りにハンバーガー食べに行きたい!」
「お、良い事思いついた! 今度の試合雷門中が負けたら神楽居何か奢れよ」
「んなっ! ずるいぞ佐久間!」
「雷門中が勝てばいい話だろ」
「えぇーそんなん……幸次郎どう思う」
「よし、その話俺も乗った」
「お前もかよ!?」
そんなこんなで改めて。
僕、 「元」帝国学園生 「現」雷門中2年生の神楽居昴がお送りしました! 負けるな雷門中!
1/2ページ
