僕の実家は虚園

(ザエルアポロSide)

とうとう、自分の中にあった忌まわしい成分と分離する事が叶った。暴力的な兄と融合しているという状態は到底耐えられるものではなく、時々暴走する己自身にも嫌気がさしていた。

ただ、その代償は決して小さくはなく、弱体化は免れなかった。ナンバー0だった数字は100まで下げられ、折角もらった宮殿も追い出されてしまった。屈辱を感じない訳では無かったが、自分ならばまた刃に返り咲く事が出来るという自身も目途もついていた。時間はかかるが、できない事じゃない。それに、僕には心強い後ろ盾がついていた。

「今日の具合はどう?」
「えぇ、もう大分良いですよ。心配には及びません」
「そう? 良かった」

藍染玲人。あの藍染惣右介の息子その人である。
彼とはそれなりに良い関係性を築く事ができていた事もあり、こうして僕を気に掛けてくれる。有難い事だ。そのおかげで僕は周囲の虚たちに虐げられる事もなく、引き続き安心して藍善様の元に身を置く事ができた。今は虚夜宮に来る前に元々あった自分の研究所で暮らしているのだが、この人はこうして僕の為に時間を割いて会いにやってきてくれる。

「これ、良かったら口にしてみて」
「これは?」
「綺羅星を使って濃縮した霊子の塊。身体の現状維持くらいはできるかと思って」
「玲人様…僕の為に、有難うございます」
「いいんだ。ザエルアポロには、早く虚夜宮に戻って来てほしいから」

あぁ、なんて優しいお人なんだろうか。最近、玲人様の事を考えると胸が高鳴るのだが、これはいったいどういう現象なのだろう。彼が僕の傍に居てくれるだけで安堵し、彼が笑うと僕も嬉しい。この気持ちは恋とは違うとはっきり分かるのだが、きっとそれに近しい感情を、僕は玲人様に覚えている。それだけ、彼は人を惹き付けて止まないのだ。彼は、少しその自覚が足りていないようだが。

「嬉しいお言葉です。僕も早く玲人様のお傍にいられるよう努力します。それまでどうかおまちくださいね」
「うん」

本当に、早く玲人様の元に帰りたいものだ。
それはそうと、この霊子の塊、早速解析したいのだけれども。身体の維持が出来る程度に濃縮されたものだなんて、素晴らしいじゃないか。これを僕の為に用意してくれただなんて素直に喜んでも良いのだろうか?あぁなんて素晴らしい!これだから玲人様という人は。あの日呼ばれたのが僕で本当に幸いだったというものだ。


【第4話:白と緑と】

「玲人。今日はお前の欲しがっていたものを持ってきた」
「果樹の種? 有難う父さん!」

ハリベル達が仲間に加わってからまた暫らく。
ザエルアポロが暴走する性質を分離して弱体化して虚夜宮から遠のいたので、僕は余計に開いた暇な時間を自宮の改造に当てる事にしていた。ベッドは大きくフカフカだし、大きな飾り窓も螺旋階段もつけた。後は屋上を森林浴できるくらいにしようと思って、父さんに果樹の種をねだっていたりして。それが今日、とうとう叶うという訳である。やったぁ!

そういえば今日は珍しく父さんが自分から虚園に出向いていったんだっけ。だから、その背中にいる誰かが気になるよ、父さん。

「あとは、誰か連れ帰って来たの?」
「ん? あぁ、そうだった。ウルキオラ、おいで」

父さんに促されて僕の前に立ったのは、白と黒の色。
白くて細長い角、手足、ヒビの入った、仮面を被ったような顔。そして黒くて大きな翼とさらさらとした長髪。何より目を引いたのは、僕をじっと見つめる瞳。青緑色の、宝石のように澄んだ眼だった。どこまでも深いその色合いに吸い込まれそうだ。

「…綺麗」
「おや、気に入ったのかい? なら、玲人の付き人にするといい。いいね?」
「え、あ、付き人?」
「じゃあ私は用があるからこれで。玲人を頼むよ、ウルキオラ」

思わず見惚れていると、父さんがあれよあれよという間に僕の付き人に認定してしまい、僕が何か言う前にさっさといなくなっていまった。と、父さんそういうとこ!

「え、えっと、僕は藍染玲人。ウルキオラだね?宜しくお願いします」
(宜しくお願いします)

ひとまず自己紹介すると、霊圧会話で返事が返って来た。あぁ、どうやら口がないみたいだ。これでよく今の姿を保ってきたなぁ。

「とりあえず、僕の自宮を案内するよ。といってもまだ改修中なんだけど」
(はい)

付き人といっても、日中特にやってもらう事はないからなぁ、どうしよう。僕がやる事といったら周辺をフラフラとさ迷い歩いたり、自宮の改築をしたり、その辺の虚に話しかけたりとそれくらいだ。あれ、僕の生活大丈夫…?

いや、気を取り直していこう。これから多分だけど長い付き合いになるかもしれないし。仲良くやっていけたらそれでいい。あぁ、ザエルアポロは最初から友好的だったからすごく楽だったんだと今になって思う。早く帰って来てほしい。せつに。

***

ひとまず自宮を案内し終えた後は、給仕の虚に引き合わせてみたり、虚夜宮の中を案内したりした。ウルキオラといったら大人しいもので、ただただ僕の後について僕が示したものに視線を向けるくらいだ。この人も血の気の多い虚たちの中にあって然程活発な性格をしてはいないのかもしれない。僕としても一緒にいるなら落ち着いた人が好ましいのでそこは素直に嬉しい事だ。

色々案内もし終わったので、僕は結局自分のしたい事をする事にした。つまりは、自宮の改造をする事にした。だって折角父さんが果樹の種を持ってきてくれたのだから、早速屋上の緑地化に手を着けたいといった所である。

用水路はもう引いてあるので、砂を敷き詰めていこう。綺羅星を使えばそれも簡単というもの。こういう時に便利な能力で本当に良かったな。

「よし。じゃあ見てて。『廻れ、綺羅星砂時雨』」

屋上の床に綺羅星を突き立てて、改修スタートだ。辺りの地面が光を放ち、僕の想いのままに造形を造り上げていく。僕はもう一段下に天井を造り上げてから、元々あった天井を砂に変える事にした。

さらさらと石造りの床が砂漠になっていく様子は中々面白い。用水路から伸びた水道の水を砂が吸って、これなら種を蒔いてもきっと芽を出してくれるだろうと思う。木になって実を着けるまで長い時間が掛かるかもしれないけれど、それはそれで楽しみというものだ。綺羅星を使って木の成育を早められないか実験してみるのもいいだろう。そこのあたりはザエルアポロにも相談してみよう。きっと彼なら為になる知識を提供してくれるはずだから。

(ウルキオラSide)

メノスの森の深淵部。これで無に帰れるのかと思っていた矢先に藍染様に拾われ、俺はこの人に従う虚となった。圧倒的な力。そこに逆らうという選択肢は存在しない。俺はこの人の道具として今後生きていく事になるのだろう。そう思わされた。

連れられた先では、まだ幼さの抜けきらない青年が俺達を迎えた。藍染様にとって特別な存在であることはありありと見て取れる。短い時間の間ではあったが、まさかこの人がこのような甘い表情をするものなのかと少し認識を改めた。

果樹の種を渡されて喜ぶ表情は年相応というもので、そんな彼がどうしてこの虚園にいるのか少しながら疑問に思う。感じ取れる霊圧も微量。力量はそれほどではないのではないだろうか。場違い、そんな印象を受ける。

「…綺麗」

俺の方を見た玲人様は、そんな言葉をこぼした。
綺麗、色、形などが華やかな美しさをもっている様。姿、顔かたちが整っていて美しい様。俺には到底見合わない言葉だ。そんな言葉を投げかけてきた彼に疑問を抱く。

藍染様は俺を彼の付き人に認定するとすぐに去ってしまい、その場には俺と彼だけが残った。俺がじっと見ているとそれに気が付いた彼は自分の紹介を始めた。

藍染玲人。かいつまんで言うと、この虚園を支配する藍染様のご子息だ。とある日現れた藍染様に連れられて虚園にやって来たらしい。少し、俺の境遇と似ていると思った。

虚夜宮を案内され、大方の場所と名前が一致した所で、玲人様は自分の宮の改修をするといった。屋上までたどりつき、自分の斬魄刀を構えた玲人様の雰囲気は凛としていて、今までのほわほわしていた調子とはまた違う表情を見せていた。

(……!)

光の渦。星の舞うよう。言葉にすればその様な光景だった。
斬魄刀の突き立てられた面を中心に光が沸き起こり、玲人様を包み、光の奔流が場を支配した。宙に舞い踊る砂も光を放ち、その光景を幻想的なものにしている。その中心に立つ玲人様は、彼の言葉を借りるなら、とても、綺麗だった。

力を奮う時の玲人様の霊圧はさっきまで感じていたものとは違い、どこか力強く、洗練されたものであると気が付かされる。おそらく、何かの理由で普段はその力を抑えているのかもしれない。であれば、侮って掛かるのは間違っているのだろう。といえど、元より藍染様によろしくと任されたのだ。勿論俺が玲人様をぞんざいに扱う事など在り得ないのだが。
しかし…。

「♪~♪~♪~」

何故今、俺はその玲人様に手入れをされているのだろう。角の手入れをさせてほしいと頼まれて、その願いを無下にする事もできなかったので了承したのだが。付き人として、この姿は正しいものであろうか。いや、間違っているとは思うのだが。

(俺の世話などして、楽しいですか)
「うん。楽しいよ。ウルキオラ、とっても綺麗だから」

また、綺麗ときたものだ。
しかし、主人を楽しませる事が出来ているのであれば、それはそれでいいのかもしれないと考えを改める。なにか間違っている気がしなくもないのだが。機嫌が良いのであればそれをみすみす壊す事もないだろう。可笑しな人だとは思うが。

(綺麗などと言われた事は、初めてです)
「そうなの? だって、綺麗なものは綺麗だよ。よっぽど他の人たちは見る目が無かったんだね」

他の虚たち。爪も牙もない俺を罵り、醜いと言ってきた連中。その全てはもう血祭りにあげてしまったが、彼らは玲人様とは感性が違ったのだろう。しかし、俺自身、俺が綺麗などとは思った事も無かった。何故俺には爪も牙も無いのかと考えた事はあっても、醜いのはなぜなのかと考えた事はあっても、綺麗だなんて事は、一度も。

「僕は、君のこの角も好きだし、顔も、瞳も、姿形も美しいと思うよ? 素敵じゃないか」
(醜いとは、思わないのですか)
「まさか。僕は君の姿、好きだよ」

全くもって変わった人だ。俺のような異端を捕まえて、綺麗だ、好きだなんて。しかし、悪い気分ではないのはなぜだろう。俺も、思ったよりもこの人を気に入っているという事なのかもしれない。この人は俺を綺麗だと言ったが、俺はこの人こそ綺麗だと思った。あの光の乱舞。この目に刻み付けられたことはとても幸運な事だったに違いない。

今後この人の役に立てるのなら、道具であるのも悪くはないかもしれない、少しそんな気がしていた。
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