僕の実家は虚園
改修作業もあらかた終わり、それからまた数日。
ザエルアポロからは色々な話を聞くことができた。
科学者を自称するだけあって持っている知識量は純粋に凄いの一言に尽きる。
数時間程度じゃあとても足りないのだけれど、都合の良い時に訪ねてくれるので有難い限りだ。
正直、彼の教授を受けるのは楽しい。僕が知る事ができる知識には限りがあったから。
そういえば、紹介されてすぐは値踏みする様な視線を感じたものだけどあれ以降何かとご機嫌な様子で構ってくる。
何が琴線に触れたのかのかは分からないがどうやら気に入られたみたいだ。いや、彼の宮にも研究設備を整えてあげたからかな。
【第3話:犬も歩けば】
この日、僕は虚夜宮の外をほっつき歩いていた。
特に明確な目的がある訳ではなくて、ただ周囲の散策をしてみたかっただけだ。
虚園の特色や虚について聞けた事だし自分の目でも色々と見て確かめたくなるものである、なんて。
そういう訳でのんびり歩き回る事小一時間。
僕の感想としては「月の砂漠」って言葉がぴったりだった。
ここに初めて来た時も感じたけれど、とにかく砂。砂で一杯だ。
真っ白でキメの細やかな砂が敷き詰められ、それがどこまでもどこまでも続いている。ずっと見つめていると自分さえ砂の一部になってしまったかのような錯覚すら覚える。
「?」
どことなくひんやりとした空気に身を任せながら歩き続けているうちに、なにかがこちらに向かってくる気配を感じ取った。荒々しい、敵意を感じる気配だ。
「何かいると思ったらガキじゃねーか!」
「小腹満たしには丁度いい。悪いがあたしたちの餌食になってもらおうか」
「ふふ、悪く思わないでくださいまし」
現れたのは虚が三体。鹿と獅子と大蛇の形をしている。これはザエルアポロの言っていたアジューカスというやつなのではないだろうか?ギリアンよりも進化した虚で、戦闘力もそれなりにあったはずだ。その洗練されたフォルムに、場違いながら綺麗だという言葉が思い浮かぶ。父さんも見つけた虚は積極的に仲間に引き入れるように言っていたし、声くらいは掛けておこうか。
「僕は愛染玲人。君達、僕の仲間になってよ」
「はぁ?」
「いきなり何かと思ったぜ。寝言は寝て言いな!」
三体同時に飛び掛かられて、戦闘に突入してしまった。どうやら僕の提案は残念ながら満場一致で不可欠らしい。しょうがないのでここは僕の力を認めてもらうしかないのだろう。虚は力のある者には従順だというのはこの数日で学んだから、何とかやってみよう。
「藍染惣右介って知ってる?新しい虚園の王様なんだけど」
「知るかそんなん!」
「僕としてはその仲間になってほしいんだ。僕の力を示したら仲間になってくれないかな」
「ここで食料になる奴が仲間になんてなるかよ、っく…!」
切り付けちゃうのもどうかと思うので峰打ちだ。
それぞれ飛び掛かってきた所をするりと躱してカウンターをくらわせる。身体が大きい分小回りが利かないようで、難なく相手が出来そうだ。僕くらいの力量でも十分やっていけそうだと分かって少しほっとした。
「少しはやるじゃありませんの…!きゃあっ」
「どう?まだ認めてもらえない?」
続けて抵当な破道を打って戦意が削げないか試してみる。
ちなみに僕は破道の詠唱はしない派だ。綺羅星のおかげで莫大な霊気を集めてぶつけるだけで充分だから。炎も刃も自由自在に生成できる。楽でいいでしょう。
「…くっそっ、誰が仲間になんてなるか。今回は見逃してやる!」
「あ…」
逃げられてしまった。
追っても良いけれど、あちらに仲間になる気がないのなら無理だろう。残念だけど、今回は諦める事にしようと思う。またどこかで合えたら、その時はまた仲間にならないか声をかけよう。あんなに綺麗なんだもの。仲間になってくれたらいいなぁ。
***
「玲人様はお優しいですね。無理やり従えてしまえばよかったでしょうに」
「そういう無理強いは僕のポリシーに反するからね」
「そういう所が野蛮な虚たちとは異なっていて、僕はとても好ましいと感じますよ。玲人様」
「ありがとう」
僕はその後結局すぐ虚夜宮に戻り、ザエルアポロを相手に、早速先ほどあった話を聞いてもらっていた。部屋を尋ねると、彼は何か研究中だったにもかかわらず快く迎え入れてくれた。彼曰く、僕と話す時間を優先したいのだそうだ。何か目的があるにせよ、こういう言葉は純粋に嬉しくなってしまう。いささか単純かもしれないけれど、このお気楽さは今更直せるものでもないので放置だ、放置。
「それにしても、仲間に誘うのって案外根気が要るんだね。また次会っても仲間にはなってくれなさそうだもの、あれじゃあ」
「そうですね…、玲人様のように穏便に仲間に引き入れるのであれば時間が掛かるかと思います」
「いっそ、ピンチの所を爽快に助けられたらいいのにね。そしたら手っ取り早く仲間になってくれそうだし、楽だもの」
「まぁ、虚園はシビアな所ですから、そういう場面に遭遇する事もなくは無いでしょうが、狙って出会えるかというと、分かりませんね」
「だよねぇ」
「ですが虚は血の気の多い連中が多い。もしかしたら、リベンジマッチを申し込みに、向こうからやってくる事もあるかもしれませんよ。その時存分に負かしてやれば如何でしょう」
「なるほど…そういう事もあるかな」
結局の所、気長に待つしかなさそうだ。
僕としてはあの動物の姿をとても美しいと思ったから、是非、今後は仲間として傍で眺めていたいのだけれど。
「玲人様は虚の姿を美しいと感じるのですね」
「まぁね。白くて、無駄が無くて、なんていうのかな。とにかく綺麗だと思うよ。勿論、ザエルアポロも綺麗だと思うけれど」
「おほめに預かり光栄です」
そう、虚の姿って中々に綺麗だなぁと思う。死神用の本には恐ろしい敵、みたいに書かれていたけれど、こうして話もできるし、実際の所そこまで恐ろしいとは思えない。まぁ、彼らは人間の成れの果てのようなものなんだから、そこまで人間と相違なくて当然だとは思う。でも、常にまとわりつく飢えや渇きが生きている人間とは決定的に違う所だろう。それがあるから彼らは人間を襲って喰らうし、互いに共食いもする。だからこそ悪霊だと言われて討伐の対象になってるんだろうけどね。
それにしても、父さんはよく虚園を自分の支配下に置こうだなんて考えたものだよなぁと思う。虚を倒すべき敵と考えている一般的な死神には思いつかない事だ。まぁ、そこは色々研究してきたおかげというのかせいというのか分からないけれど。
「僕は、父さんの願いが叶えばいいな程度の気持ちで付いてきちゃったけれど、君達とも仲良く出来たらいいなと考えてるよ」
「玲人様は本当に、大変お優しくていらっしゃる」
「ううん。僕の勝手な都合だよ。付き合ってくれて有難う、ザエルアポロ」
「勿体無いお言葉」
まぁ、これは本当に僕の勝手な気分というものだ。勝手に来て勝手に制圧しておいて仲よくしようなんて、虫のいい話しである。実力主義な虚と父さんのカリスマで良い感じになってるけど、本来だったらそういう事なんて絶対に御免なはず。この仲良しごっこを良しとする僕も相当馬鹿だと思うけど……、仲良くできるならそうしたいという気持ちは嘘じゃない。だって、今までこんな風に話せる人なんていなかったんだもの。ちょっとくらいはしゃいだっていいんじゃないかな、なんて。
まぁ、そんな事より、僕は寝首をかかれないかの心配の方こそすべきなんだろうけれどね。まだここに来て日が浅い僕は下剋上の為の格好の獲物として見られているだろうから。そんな虚園暮らしの中で癒しを得る為にも、仲間の獲得は是非進めていこう、そうしよう。また会えるかなぁ、あの子達。
ザエルアポロからは色々な話を聞くことができた。
科学者を自称するだけあって持っている知識量は純粋に凄いの一言に尽きる。
数時間程度じゃあとても足りないのだけれど、都合の良い時に訪ねてくれるので有難い限りだ。
正直、彼の教授を受けるのは楽しい。僕が知る事ができる知識には限りがあったから。
そういえば、紹介されてすぐは値踏みする様な視線を感じたものだけどあれ以降何かとご機嫌な様子で構ってくる。
何が琴線に触れたのかのかは分からないがどうやら気に入られたみたいだ。いや、彼の宮にも研究設備を整えてあげたからかな。
【第3話:犬も歩けば】
この日、僕は虚夜宮の外をほっつき歩いていた。
特に明確な目的がある訳ではなくて、ただ周囲の散策をしてみたかっただけだ。
虚園の特色や虚について聞けた事だし自分の目でも色々と見て確かめたくなるものである、なんて。
そういう訳でのんびり歩き回る事小一時間。
僕の感想としては「月の砂漠」って言葉がぴったりだった。
ここに初めて来た時も感じたけれど、とにかく砂。砂で一杯だ。
真っ白でキメの細やかな砂が敷き詰められ、それがどこまでもどこまでも続いている。ずっと見つめていると自分さえ砂の一部になってしまったかのような錯覚すら覚える。
「?」
どことなくひんやりとした空気に身を任せながら歩き続けているうちに、なにかがこちらに向かってくる気配を感じ取った。荒々しい、敵意を感じる気配だ。
「何かいると思ったらガキじゃねーか!」
「小腹満たしには丁度いい。悪いがあたしたちの餌食になってもらおうか」
「ふふ、悪く思わないでくださいまし」
現れたのは虚が三体。鹿と獅子と大蛇の形をしている。これはザエルアポロの言っていたアジューカスというやつなのではないだろうか?ギリアンよりも進化した虚で、戦闘力もそれなりにあったはずだ。その洗練されたフォルムに、場違いながら綺麗だという言葉が思い浮かぶ。父さんも見つけた虚は積極的に仲間に引き入れるように言っていたし、声くらいは掛けておこうか。
「僕は愛染玲人。君達、僕の仲間になってよ」
「はぁ?」
「いきなり何かと思ったぜ。寝言は寝て言いな!」
三体同時に飛び掛かられて、戦闘に突入してしまった。どうやら僕の提案は残念ながら満場一致で不可欠らしい。しょうがないのでここは僕の力を認めてもらうしかないのだろう。虚は力のある者には従順だというのはこの数日で学んだから、何とかやってみよう。
「藍染惣右介って知ってる?新しい虚園の王様なんだけど」
「知るかそんなん!」
「僕としてはその仲間になってほしいんだ。僕の力を示したら仲間になってくれないかな」
「ここで食料になる奴が仲間になんてなるかよ、っく…!」
切り付けちゃうのもどうかと思うので峰打ちだ。
それぞれ飛び掛かってきた所をするりと躱してカウンターをくらわせる。身体が大きい分小回りが利かないようで、難なく相手が出来そうだ。僕くらいの力量でも十分やっていけそうだと分かって少しほっとした。
「少しはやるじゃありませんの…!きゃあっ」
「どう?まだ認めてもらえない?」
続けて抵当な破道を打って戦意が削げないか試してみる。
ちなみに僕は破道の詠唱はしない派だ。綺羅星のおかげで莫大な霊気を集めてぶつけるだけで充分だから。炎も刃も自由自在に生成できる。楽でいいでしょう。
「…くっそっ、誰が仲間になんてなるか。今回は見逃してやる!」
「あ…」
逃げられてしまった。
追っても良いけれど、あちらに仲間になる気がないのなら無理だろう。残念だけど、今回は諦める事にしようと思う。またどこかで合えたら、その時はまた仲間にならないか声をかけよう。あんなに綺麗なんだもの。仲間になってくれたらいいなぁ。
***
「玲人様はお優しいですね。無理やり従えてしまえばよかったでしょうに」
「そういう無理強いは僕のポリシーに反するからね」
「そういう所が野蛮な虚たちとは異なっていて、僕はとても好ましいと感じますよ。玲人様」
「ありがとう」
僕はその後結局すぐ虚夜宮に戻り、ザエルアポロを相手に、早速先ほどあった話を聞いてもらっていた。部屋を尋ねると、彼は何か研究中だったにもかかわらず快く迎え入れてくれた。彼曰く、僕と話す時間を優先したいのだそうだ。何か目的があるにせよ、こういう言葉は純粋に嬉しくなってしまう。いささか単純かもしれないけれど、このお気楽さは今更直せるものでもないので放置だ、放置。
「それにしても、仲間に誘うのって案外根気が要るんだね。また次会っても仲間にはなってくれなさそうだもの、あれじゃあ」
「そうですね…、玲人様のように穏便に仲間に引き入れるのであれば時間が掛かるかと思います」
「いっそ、ピンチの所を爽快に助けられたらいいのにね。そしたら手っ取り早く仲間になってくれそうだし、楽だもの」
「まぁ、虚園はシビアな所ですから、そういう場面に遭遇する事もなくは無いでしょうが、狙って出会えるかというと、分かりませんね」
「だよねぇ」
「ですが虚は血の気の多い連中が多い。もしかしたら、リベンジマッチを申し込みに、向こうからやってくる事もあるかもしれませんよ。その時存分に負かしてやれば如何でしょう」
「なるほど…そういう事もあるかな」
結局の所、気長に待つしかなさそうだ。
僕としてはあの動物の姿をとても美しいと思ったから、是非、今後は仲間として傍で眺めていたいのだけれど。
「玲人様は虚の姿を美しいと感じるのですね」
「まぁね。白くて、無駄が無くて、なんていうのかな。とにかく綺麗だと思うよ。勿論、ザエルアポロも綺麗だと思うけれど」
「おほめに預かり光栄です」
そう、虚の姿って中々に綺麗だなぁと思う。死神用の本には恐ろしい敵、みたいに書かれていたけれど、こうして話もできるし、実際の所そこまで恐ろしいとは思えない。まぁ、彼らは人間の成れの果てのようなものなんだから、そこまで人間と相違なくて当然だとは思う。でも、常にまとわりつく飢えや渇きが生きている人間とは決定的に違う所だろう。それがあるから彼らは人間を襲って喰らうし、互いに共食いもする。だからこそ悪霊だと言われて討伐の対象になってるんだろうけどね。
それにしても、父さんはよく虚園を自分の支配下に置こうだなんて考えたものだよなぁと思う。虚を倒すべき敵と考えている一般的な死神には思いつかない事だ。まぁ、そこは色々研究してきたおかげというのかせいというのか分からないけれど。
「僕は、父さんの願いが叶えばいいな程度の気持ちで付いてきちゃったけれど、君達とも仲良く出来たらいいなと考えてるよ」
「玲人様は本当に、大変お優しくていらっしゃる」
「ううん。僕の勝手な都合だよ。付き合ってくれて有難う、ザエルアポロ」
「勿体無いお言葉」
まぁ、これは本当に僕の勝手な気分というものだ。勝手に来て勝手に制圧しておいて仲よくしようなんて、虫のいい話しである。実力主義な虚と父さんのカリスマで良い感じになってるけど、本来だったらそういう事なんて絶対に御免なはず。この仲良しごっこを良しとする僕も相当馬鹿だと思うけど……、仲良くできるならそうしたいという気持ちは嘘じゃない。だって、今までこんな風に話せる人なんていなかったんだもの。ちょっとくらいはしゃいだっていいんじゃないかな、なんて。
まぁ、そんな事より、僕は寝首をかかれないかの心配の方こそすべきなんだろうけれどね。まだここに来て日が浅い僕は下剋上の為の格好の獲物として見られているだろうから。そんな虚園暮らしの中で癒しを得る為にも、仲間の獲得は是非進めていこう、そうしよう。また会えるかなぁ、あの子達。
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