僕の実家は虚園

僕にも肉親がいたのだと知ったのは7歳頃の事だった。

雪深い山里から一つも二つも離れた山中にひっそり佇む長屋に、ある日見知らぬ男が訪ねて来て「大きくなったね、私の可愛い玲人」などと言うのだ。

頬をほんのり赤らめ、うっとりした目でこちらを凝視してくる成人男性に幼いながらもドン引きした事を覚えている。

おまけに男は、自分は僕の父親なのだと言った。

自分に親がいるのかすら不確かだと思っていたのに、こんなやばそうな奴が僕の親だとは。

普通ならあまり信じたくはない話だが、残念な事にその時の僕は「おそらくはそうなのだろうな」と納得した気持ちを持っていた。

それは覚えのない顔なのに気配だけは知っているものだった事や、男が話した事の成り行きと刀についての話しによる所。
というのも、僕の傍には物心ついた時から不思議な刀があった。

刀の名前は「鬼羅星砂時雨」。
その刀には刀――斬魄刀の化身だと名乗る鬼の姿をした女性が憑いていて、僕は日常の暮らし方から戦い方や力の使い方の手解きまで、この綺羅星の世話を受けて身に着け、育った。

うん、そんな事ってあるの?という話だけど残念ながら事実である。父さん曰く、とある日訪ねてみたら鬼羅星に抱えられてすやすや寝てる僕がいたらしい。

これが僕の生存本能が物を言ったのか保護者を求める気力が功を奏したのか鬼羅星が同情したのかは知らないけど、考えてみたら凄くないだろうか?

鬼羅星が特殊な為だとは思うけれど、赤ん坊が斬魄刀同調させて具現化させるなんてどんだけなんだろう。
あと、ちょっと考えた末に一通り任せちゃおうという結論に至った父さんは色々と駄目だと思う。

まぁそれはさておき、男は自分が僕と刀をここに置いていった事や少しの間ここへ通っていた事などを語った。
事情があって長くは滞在できないという話しだから、色々な事をちょっとずつ掻い摘んで。

それによると、僕は所謂、隠し子のようなものだった。
一人の子どもが嘘か本当かなんて分かる筈もない事だよね。
だけど、鬼羅星が「毎度毎度父親だからといい気になるな。伝え終わったならばさっさと去ね」と肯定してくれたので、僕は話し諸々納得する事にした。

そんな訳で僕は男を父さんと認識する事になり、ただの玲人から藍染玲人へと進化を遂げたのであったとさ。


【第1話:引っ越し】


さて、あの日からまた何年が経った事だろう、とはいえ言うほど長くもないけれど。

父さんとの邂逅で、僕の暮らしにはそれなりに変化が生じた。
一つだけだった湯呑が二つになったり、書架に備えられていた本棚が更に5つほど増えたり。

綺羅星は相変わらず父さんを快く思っていないようだったけど、父さんは我関せずのようだ。

時たまこちらにやって来ては、僕の修練に付き合ってみたり、仕事場の話や計画の進捗状況の話をしていったり。
立場上数か月に一度会えるかどうかではあったものの、その分手紙が送られてきた。バレないかという心配はあの人には無用らしいので気楽に受け取っているけれど。

そんな時間を経た結果、僕はそれなりに自分の力を物にしていたし、現世霊界共に困らない程度の学びを得ることができた。
更には父さんが一般からは果てしなく外れた所にいる人物だという事も理解していた。

やっている事から悪い言い方をすれば「人でなし」という言葉がピッタリなのだけれど、今の所僕が被害を被る事は何もなければ心を痛める事もないので特に気にはしていない。

父さんの食い物にされる人達はまぁ気の毒だと思うし、何もそんな恨みを買うような事をしなくてもとは思う。でも正直な所それまでだ。

姿形も知らない、関係もない、好きも嫌いもない。そんな相手に情を抱けるかというと、どうやら僕には少しばかり難しいらしい。父さんの言い分も一応共感できるし。

そう思ったままを口に出したら、父さんは顔を綻ばせてぎゅうぎゅうに抱きしめてきた。時期が夏場だったので相当暑苦しかった。

そして唐突だけれど、今日、僕は散歩にでも行くようなノリで虚園の制圧に連れて来られている。 ……うん、唐突だね。

勿論見るのも足を踏み入れる事も初めてで、父さんの置いて行った本でしか知らない虚のみが息づく領域だ。

曇りのない夜空を思わせるような青く暗い空と、どこまでも続く真っ白な砂漠に、沈む事のない月。聳え立った石の城。
どんなおどろおどろしい所かと想像していた場所は、殺風景ながらとても綺麗で静かな所だった。

元々は「バラガン」という虚園の王様を名乗って沢山の虚を従えていたひとがいたのだけれど、力に物を言わせて父さんが自分の支配下に置いてしまった。

催眠が続いている間、その場にいたバラガン以外全ての虚を切り捨てている父さんとその部下だという人たちを眺めながら「とんだチート能力だなぁ」とつくづく思った。

ちなみにここでは完全な実力主義社会が成り立っているようで、正に「弱肉強食」「強い奴が正義」の世界らしい。

僕たちが来た時、バラガンは自分の部下を半数に分けて殺し合わせるなんて遊戯をしようとしていた所だったし、バラガンを降伏させた途端に他の虚達は父さんにひれ伏した。

どうやら力のない虚はより力のある虚の小間使いにされたり、餌にされたり、娯楽で殺されたり‥‥‥大分滅茶苦茶だなぁと思ったけれど、単純明快なルールではある。

なんだか、種族がごちゃごちゃな秩序のない野生動物の群れみたいだ。他の群れに対抗する為に集まったり、かといってお互いに食い合ったり。

虚園では余程の実力がない限り、一個体が生き残るのは厳しそうだ。

「では玲人、今日からここが新しい住まいだよ」

だから父さんにそう言われた時、きょとんとした僕に非はない、と思う。

勿論計画の上で虚園を拠点にする話しは聞いていたし、虚夜宮はそのまま使えそうだ。
でもさ、今日引っ越しとは言われてないんだけれど。

そりゃあ父さんが自分が強いぞって示してみせたばっかりだから、今は襲われなさそう。部下さん達も同じく。
しかしながら僕は特に何もしてない訳で、おまけに一番若い外見をしている。

父さんの仲間という認識はされているだろうが、すぐにでも下剋上狙いで殺しに掛かってくる虚が出てくる、と思う。
制圧してすぐのそんな中で暮らせとか、全くもう……。

夜は誰にも邪魔されずにぐっすり眠りたいのに、奇襲を受けたらどうしてくれるんだろう。
易々と殺されてやるつもりはないし、どうしても相手をしろというなら相手になるけれど、無益な殺しは好きではない。

それと、それとだよ、もう一つ問題がある。畑とか、鶏舎の鶏とか、桶に入れた魚とか、全部置いたまま来てしまったのだ。
あのまま放置した家の中がどうなるか、想像しただけでげんなりするというものである。

折角手入れをした畑は動物に荒らされ放題、鶏舎の中では目も当てられない状態の鶏だったものが転がって、桶は腐った後干乾びた魚が凄い腐臭を放って……うわぁ。

流石にそれは嫌だと思った事が顔に出ていたのか、父さんは一度戻る時間を設けてあるからと笑った。
全部予め伝えてくれれば済むことを、一々僕の反応を見て遊んでるんだからしょうがない人である。
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