僕の実家は虚園

それは、いつもと何ら変わりのない日だった。

窓から差し込んでくる朝日で目が覚めて、夜間着から着替え、家の傍の小川で顔を洗い、朝餉の支度に取り掛かる。

冬の時分より大分温かくなったが、それでも春を迎えたばかり。山の朝はまだ幾らか肌寒かった。

囲炉裏で温めている粥に何か加えようと裏庭へ出てみれば、ほんのりと息が白く色づく。

小さな畑からカブを一つと、こじんまりとした鶏舎から卵を一つ。
身体も子どもなら胃袋も子どもな為、それ程沢山は必要ない。今朝はこれだけでいいや、と家に足を向けた。

「?」

カタリ、と腰に下げた刀が震えた。
どうかしたのかと声を掛けても特に応答もなく、音鳴りもその一度きりで止んだ。

近くに獣や妖怪の類でもいるのかとも思ったが、それならもっと強い反応をしている。
少なくとも危険な事があるといった訳ではないのだろう。

「家に何かあるの?」

そう思い立って問いかける。
少しだけ間を空けて、カタリと音が鳴った。

ここは麓の山里からも大分遠いし、滅多に人の立ち入らない山奥だ。
大方匂いにつられてタヌキやイタチが迷い込んだのだろう。
もしくは旅人が道に迷いに迷った末に辿り付いたのかもしれない。

(……なんだろう?)

何がいるのだろうと気配を探ると、何故か懐かしいような感覚を覚える。

ずっと前に感じた事があるようなそうでないような。
不思議に思いながら一歩、また一歩と家に足を進めて、戸を開けた。

いたのは黒い羽織を着た一人の成人男性。
鍋に入った粥を匙で混ぜている姿は何故か風景に溶け込んでいて違和感なく映った。
そして男は下げていた目線を上げて、やんわりと微笑み、こう言ったのだ。

「大きくなったね、私の可愛い玲人」

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