書く習慣

「やった! ついに完成した!」
 その宝玉を見て、声を上げた。完成したこの宝玉は、禁忌の魔法を施した魔道具だ。これを心臓に融合すれば、僕はついに念願の不老不死になれる。宝玉を手に取る。それを服の上から胸に押し付けると、心臓がどくりと強く脈うち、意識が遠のいていった。
 はっと意識が戻ると、先ほどの部屋で警備兵に取り囲まれていた。禁忌の魔法を使ったからだろう、追手が来ると予想がついていた僕は魔法を使い、兵たちの追跡を振り切った。
 そうして僕は不老不死となり、同時に禁忌魔法の使用者として指名手配犯となったのだった。
 
 あれから何百年経っただろうか。指名手配は取り消されず、人との関わりを避け、兵に捕まらないよう居場所を転々と変えて生活していた。しかしこの生活もそのうち終わるだろう。僕は不老不死なのだから、時間はたくさんある。きっとそのうち、僕の罪は忘れられる。
 そう思って静かに生活していたのも束の間、子供を拾った。5歳くらいだろうか、痩せ細った女の子だ。どうやら親に捨てられてしまったようで、魔物の餌になりそうだったので助けたところ、僕の後ろをついて来てしまった。追い返したら、今度こそ魔物の餌だろう。……仕方ない。僕は女の子に声をかけた。
「きみ、名前は?」
「……エマ」
「そっか。今日から僕がお父さんだよ」
「おとーさん……?」
「うん」
 エマを安心させるために固まった表情筋に力を入れ、笑顔を作る。笑ったのなんて何百年ぶりだろうか。かなり不恰好かもしれない。怖がられたらどうしよう。そんな心配を知りもしないエマは、泣きそうな顔をへにゃりと笑顔に変える。
「おとーさん、変なかおー!」
「へ、へんなかお……」
 少しショックだった。

 それからはエマと一緒に生活した。朝目覚め、一緒に朝食を取り、一緒に過ごす。細くて今にも折れそうだった身体は、今の生活になってからみるみるうちに健康的になった。
 健康になっただけではいけない。将来に備えて、1人でも生きていけるように家事炊事を、この周辺の魔物から身を守れるように魔法を、いつか社会に出た時のために教養を、エマに教えた。エマはとても賢く、教えたことを次々と吸収していった。彼女は本来かなりお転婆な子だったようで、創作料理をして鍋を爆発させる、魔法を魔物に向けて放ち返り討ちにあう等、かなりのトラブルを起こし、その度に僕も走り回るハメになった。特に魔物への挑戦を諦めなかったので、エマには何かあった時のために危険が迫ったら警報がなる魔法をかけて置いたところ、しばらくの間かなり頻繁に警報で呼び出される羽目になった。子供の体力、恐ろしい。
 子供1人増えただけで、独りだった頃から考えられないほど忙しなく賑やかな生活に、僕は孤独を忘れていった。
「おはよう、エマ」
「おはよう、お父さん!」
 このやりとりをするだけで、心が温まる。ずっとこの時間が続けば良いのにと心の隅で感じていた。しかし僕と違って、エマの寿命は短い。ずっと僕のところに留まっていては、彼女のためにならない。独り立ちするためには色々な人と関わって、社会性を身に付けなければいけないだろう。そう考えた僕は、エマが10歳になり、魔法や勉強も文句無しに習得したタイミングで、彼女に街への買い物を頼むことにした。いつか社会に出た時のための練習である。ある程度自立してきたし、警報が鳴る魔法もあるのでそろそろ良い頃合いだろう。
「行ってきます、お父さん!」
「いってらっしゃい。気をつけて行ってくるんだよ。あと、家の場所は誰にも言っちゃだめだからね!」
「わかってるよぉ!」
 街に行けるのが嬉しいのか、スキップしながら進むエマを見送る。きっといつか、このまま帰ってこなくなる日が来るんだろうと思うと、胸が痛んだ。いや、エマを拾うまでは独りだったのだ、元に戻るだけなのだから何も問題はない。胸の痛みを振り切るように踵を返した。
 それから数年、エマは街へ通い、友達を増やしたようだった。夕食時には誰が何をした、誰とどこに行ったと、毎日エマの話題は尽きない。それを頷きながら聞く。家の場所は秘密にするようにとの教えは守っているようで、どこから来るのか不思議がられてはいるようだが問題はない。エマももう少しで学校へ入学できる年齢になる。外に繋がりを持つことはその時に助けになるだろう。

「お父さん、私がいなくてもきちんとごはん食べてよね」
「分かったよ」
「夜は10時までに寝て、朝は9時までには起きるのよ!」
「それは厳しいなあ」 
 幼い頃からの僕の指導もあってか、エマは魔法学院へ入学が決まり、学生寮で暮らすことになった。寮への出発の日、彼女はまるで子供に言い聞かせるように僕にお説教をしていた。一応、僕が保護者のはずだけれど。しっかり者に育ってくれて、もう僕の心配などいらないだろう。
「じゃあ、行ってくるね!」
「いってらっしゃい、体に気をつけるんだよ」
 大きく手を振るエマを手を振り返して見送った。これをきっかけに彼女は様々な人と関わり、自分の人生を歩んでいくのだろう。
 もうこの地へ来て、エマと出会って15年以上経つ。通常ならばとっくに別の地へと移動している頃だ。しかし彼女がどこへ行ったとしても安心して帰る場所として、少なくとも彼女が生きている間はこの場所を守っていきたい。追手に見つかるリスクは上がるが、家から出る頻度を減らし、人との接触を最低限にすればこの地での生活も引き延ばせるはずだ。……僕がこんなことを考えるなんて、ここへ来たばかりの頃では考えられない。不思議と心地良い変化に思わず顔が緩んだ。

 エマが魔法学院に入学してからはゆっくりとした時間が流れていた。エマと出会う前と同じく隠れて過ごす生活、しかし前とは違い、穏やかな生活だった。自分が誰かにとって意味があるというだけでこんなにも心持ちが違うのかと驚いたものだ。
 それからの時間はとても速かった。不老不死となった僕と違い、それからもエマは成長し、老いていった。魔法学院時代は頻繁に帰ってきては、立派な魔法使いになるのだと夢を語っていた。エマは成績優秀だったらしく、卒業後は夢を叶えて魔法使いとなった。さすがは僕の娘である、育ての親としても大変鼻が高い。優秀な魔法使いとしてどこからも引っ張り凧だそうで、僕の家に帰ってくることも随分と少なくなった。
 そして、久しぶりに帰ってきたと思えば、なんと恋人を連れてきて、僕に紹介してくれたのだ。そんなそぶりはあっただろうかと思い返してみたが、思い当たる節はなかった。世間の親はこれを体験しているのかと気が遠くなった。
 相手は同じく魔法使いだそうだ。穏やかな男だったがなかなか侮れないようで、僕の顔を見て顔を強張らせていた。しかし彼とエマとの関係は良好で、終始賑やかだった。それに彼はエマを思ってか、僕のことは気にしないことにしたらしい。余計なことをするならばと思っていたが、杞憂で終わってよかった。エマを悲しませたくはない。
 数年後、エマと彼は結婚し、小さな教会で結婚式を挙げた。見つかるリスクのあることはしたくないが、娘の晴れ姿は見たい。僕は少し離れた場所からエマを見守ることにした。エマは直接来れないことを残念がっていたが、こればかりは仕方がない。捕まるわけにはいかないのだから。
 望遠の魔法を展開して、教会から出てきたエマと、ついでにあの男にピントを合わせる。たくさんの人に囲まれて祝われ、幸せそうなエマをみて、これほどまでに友人を増やしていたのかと嬉しくなった。さすが僕の娘である。それと同時に、少しの寂しさも湧き上がった。
 普通ならば父である俺もあの場所で1番に祝っていたのだろう。バージンロードだって一緒に歩いていたはずだ。ぐっと胸の辺りを掴む。
 エマが俺の魔法の気配に気付いたのか、こちらを見上げ、満面の笑みで手を振ってくれた。周りから見れば虚空に手を振ることになってしまうため短い時間だったが、それでも充分だった。服を握っていた手が緩む。これは僕の選択だ、叶いもしないことを願っても仕方ない。
 僕は最愛の娘に手を振りかえした。あの子からは見えていないだろうけれど。

 結婚後、エマは5人の子供に恵まれ、相変わらず賑やかに暮らしていたようだ。たまに僕の家に里帰りをして、最近の出来事を話し、僕から魔法の手解きを受けては、彼女を待つ家庭へと帰っていった。変わり映えのしない僕と違い、エマは会う度に変わっていった。僕が知っていたまだ幼さが残る面影はどこへやら、立派な母の顔をしている。魔法使い業も順調なようで、魔法使いとして経験と名声を積み上げた彼女はかつて自分が学んだ魔法学院で教師となり、壮年期には校長にまでなっていたようだ。僕の家に帰ってくる度に魔法の手解きは続けているが、もう僕が教えることはほぼ無い。むしろ僕の方がたまに教えてもらう側に立つことすらあった。
 成長を感じるとともに、これほどの魔法使いとなった彼女をいずれ失うのは惜しい、と思ってしまった。そんなもの、彼女は望んでいないだろう。頭を振り、邪な念を振り払った。

 さらに時が流れ、エマは歳を重ねて老人と呼ばれる時期となった。彼女の5人の子供たちも成人となり、もう家庭を持ち子供を授かった者もいるらしい。僕の孫どころかひ孫までできてしまった。孫にもひ孫にも会ったことはないが。
 エマは激しい魔法は使えず、生活用の魔法を細々と使っている。魔法の手解きがなくとも、変わり映えのないこの家に通ってくれることを嬉しく思う。
「お父さんはいつまでも歳を取らないわねぇ、私はこんなにしわくちゃになったのに」
「見た目は変わらなくても、僕も歳は取っているよ」
「あらそう? 中身だって私が子供の頃から変わっていないように見えるけど」
「ははは、言うようになったねぇ」
「ふふふ」
 いつものように他愛のない話をし、よたよたと足元が悪い森を歩いて帰るエマを支えて送っていく。元気に走り回っていた頃の面影はもう無い。またね、と手を振って街へと戻っていく彼女の姿に、「また」があることを疑っていなかった。

 それから数日後、エマにかけていた魔法が発動したのは世界が夜に深く浸かろうとした時間だった。エマに危険が迫っている時に警報がなる魔法。それがなった。寝る前の娯楽に本を読んでいた僕は、がばりと立ち上がる。
 来てしまった。僕があえて考えないようにしていた時が訪れてしまった。教えてもらっていた住所に僕に出せる最速の魔法で飛んでいく。エマのものと思われる部屋には人の気配がなかったため、魔法でするりと忍び込んだ。エマは僕が来ることを分かっていたかのように僕に視線を向けた。そしてゆっくりと口を開く。
「来てくれると思って、子供たちには席を外してもらって、待ってたのよ」
「……」
「さっきまでは賑やかだったのだけど、お父さんと一緒に静かに過ごすのも悪く無いよね」
「……」
「……お父さん、せっかく来てくれたんだから、何か言ってよ」
エマはにこりと力なく微笑む。昔の活発な笑顔ではなくても、その純粋な笑顔は全く変わらなかった。
「……エマ。君は、幸せかい?」
「うん、幸せだよ」
「もうすぐ死んでしまうのに」
「仕方ないわよ、生き物だから」
「でも、まだ今なら」
 自分が何を言おうとしたのかに気付き、言葉を失う。つい口をついて出てしまった言葉に後悔が湧いた。エマはゆっくりと首を振った。
「血が繋がってないのに、ここまで育ててくれてありがとう、お父さん。そんなに心配しないで、私はこのままで充分幸せで、満足だから」
「そう、だね。すまない、無粋だったよ。僕もエマに出会えてよかったよ」
「……そろそろ眠くなってきたわね。おやすみ、お父さん。また明日」
「……ああ、また明日」
 彼女の目が閉じていくのを見守りながら、この家に魔法をかける。部屋のドアの向こう側が騒がしくなったことを確認し、この家を去った。

 彼女の葬儀は規模こそささやかだったが、大勢の人間が押し寄せたおかげでずいぶん賑やかになっていた。
「君はずっと、色々な人に囲まれていたんだね」
 美しく整えられた新しい墓標に語りかける。先ほどまで墓場とは思えない程、人の声が反響していたにも関わらず、あたりは静まり返っていた。墓の前に跪き、持ってきた花束を供える。
 賑やかな葬儀、立派な墓、彼女を悼む声。これが君が生きた証なのだろうか。跪いたまま、胸の辺りを掴む。それはいつの間にか癖になっていた。掴んだところで心臓は取れやしないのに。
「またいつかお墓参りに戻ってくるよ。その時は君が喜んで食べていたケーキを買ってくるからね」
 僕は立ち上がり、彼女に背を向けた。幸い、この地で追っ手に見つかることはなかったが、長く住み過ぎた。歩き出す僕の後ろからそよ風が吹く。まるで背中を押してもらっているかのようだった。

『今1番欲しい物』
13/13ページ
スキ