書く習慣
その人々は突然にやってきた。
「アリシア様は此度の勇者に選ばれました」
「……えっ?」
パッと隣にいるアリシアに目を向けると、ぽかんとした表情で目の前に立っている国の重鎮一行を見つめていた。
彼女、勇者アリシアと俺、カイルは幼馴染だった。辺鄙な村だったから同年代の子供は俺たちくらいしかいない。仲良くなるのは必然だった。俺が村の用心棒のおじさんから剣を教えてもらうようになると、アリシアも一緒に剣を習い始め、将来は一緒に冒険に出ようと言いながら笑っていた。その頃からアリシアは剣が強く、手合わせをしても俺が負ける方が多かった。たまに勝てることもあったが、あれはアリシアが手を抜いて俺に勝ちを譲っていたのだろう。剣の勝負の勝ち負けで遊ぶ場所を決めていたから。
「私が勝ったから、今日は森で遊ぶのよ!」
「ちぇ、分かったよ。……川で魚を釣って食べようと思ってたのに」
「え、え〜そっちの方がいいかも……。やっぱり川にしよ!」
「そうだろ、魚の方が食べられるしいいだろ! 早速行こうぜ」
「うん! カイルが焼いた鮎の塩焼きって何でかすごく美味しいんだよね〜」
食べることが好きで純粋で、強いのにちょっと抜けているところがあって目が離せない。俺は彼女に恋をしていた。
だからアリシアが勇者になった時、俺も連れて行って欲しいと伝えた。勇者とは定期的に発生する魔王の討伐を任される職業だ。強い者が何かしらの方法で選ばれるそうだが、詳しくは公表されていない。魔王が発生すると魔物が活性化するため、危険な旅になるだろう。それが分かっているから、1人で行かせたくはない。彼女よりは弱いが、剣の腕には自信がある。隣で一緒に戦いたい。昔、将来は一緒に冒険すると言っていたのだから。俺はアリシアなら自分を連れて行ってくれると思い込んでいた。しかし、彼女の返答はNOだった。
「何でだよ、アリシア……!」
「ごめんね。国の人たちが、魔物が活発になってるから危ないんだって。カイルはここで皆を守っててよ」
「危ないことは分かってる。だから一緒に俺も」
「だめ! だってカイルは」
アリシアは一息ついて、意を決したように俺を見据えた。
「だって、だってカイルは私より弱いじゃないっ!」
その言葉に俺は頭を殴られたようだった。俺の顔を見たアリシアは、後悔したような顔をした後に俯いた。
「……ごめんなさい」
「いや、いいよ。……事実だからさ」
その様子から、本当に俺が弱いからアリシアは俺を選んではくれなかったのだと理解した。
彼女と運命が分かれた日から幾年、俺は王都の騎士団に入り、死に物狂いで剣を振った。剣を振って、振って、気付けば団長にまで上り詰めていた。どんな相手と模擬戦をしようと、どんな敵と戦おうと、俺に勝てる奴はいない。
俺が騎士団にいる間に、アリシアと彼女が集めた仲間は次々と武功を挙げ、『勇者アリシア』としての地位を確固たるものにしていった。俺は騎士団の宿舎から、まるで別人を指しているかのような彼女の武功をあちこちから聞いていた。
アリシアは変わった。天真爛漫だった女の子から、人々の期待に応えるべく、凛々しい勇者として振る舞うようになった。
アリシアが戻ってきたタイミングで俺は彼女に会いに行った。騎士団長にまでなったのだ、今度は旅の仲間に加えてくれるのではないかと希望を抱いて。
「アリシア、俺、騎士団長になったんだ」
「えっ、すごい! おめでとうカイル!」
「はは、勇者様にそんなことを言われるなんて光栄だな」
「ちょっと、からかわないでよ〜」
「悪い悪い。それで、今度は俺も……」
「……うん。ごめんね、カイル。気持ちは嬉しいんだけど、やっぱりカイルにはここで皆んなを守っていて欲しいな」
「……そうか」
まだ足りないと言うのだろうか。確かに魔物と戦い続けてきたアリシアは、昔よりずっと強くなって、もう追いつけないけれど。
2人で沈黙する。今度は何でとは聞けなかった。また「弱い」ときっぱり言われてしまったら、もう剣を振るえなくなってしまいそうだった。
「アリシア!」
彼女の仲間がアリシアを呼ぶ。アリシアはまるで「助かった」と言っているような表情をしていた。
「……っと、ごめん、邪魔しちゃったかな。今度の件で皆で話そうって声を掛けに来たんだけど」
「ううん、そんなことないわ。行きましょう。……またね、カイル」
「ああ、またな」
アリシアと並ぶ彼女の仲間がちらりとこちらを向き、すぐにアリシアへと視線を移した。俺も踵を返し、自分の部屋へと向かう。部外者の俺に引き止めることはできなかった。
「ねえ、彼って強いんでしょ? ……いいの?」
「……うん、危険な目に合わせたくないの、大切な幼馴染だから」
2人の会話は聞こえなかった。
それからしばらくして、彼女たちはついに魔王討伐へと旅立った。あの日、彼女の仲間が呼んでいたのはこの話をするためだったようだ。結局、俺はアリシアについて行くことは出来なかった。知っていれば、せめて道中くらいは役に立てたかもしれないのに、魔王討伐へ行くと連絡すら貰えなかった。一体何がダメなのだろうか。一体、何が……!
バキィ! という音で我に返った。気が付くと、自分が持っていた木剣が折れて先が地面に突き刺さり、部下が横で尻餅をつきながら顔を真っ青にしていた。
「ちょっと、団長! 手加減してくださいよ! 殺す気ですか!?」
「ご、ごめん、大丈夫か?」
座り込んでいる部下に手を差し出し、そのまま引っ張って立たせる。その間、周りで見学していた部下たちがひそひそとささやきあっていた。
「団長、荒れてるなあ」
「アリシア様が旅立ってからずっとあんな感じだぜ」
「つっても、それも1か月前だろ? アリシア様たちだってとっくに魔王城に着いているだろうし、踏ん切りつけても……」
「でも団長、アリシア様にぞっこんだったしなぁ」
「ゾッコンって死語ですよ先輩」
「マジ?」
と、好き勝手に言ってくれていた。お前らもボコボコにしてやろうか! と外野の騎士たちに向き直った時だった。
「団長! 大変です!」
顔色を変えて走ってきた部下に、俺は嫌な予感がした。
「アリシア! 大丈夫か?」
「あ、カイル……。うん、私は大丈夫……」
部下が持ってきた情報は、勇者の魔王討伐失敗の知らせだった。死人は出なかったそうだが、勇者一行は全員何らかの傷を負い、中には重傷者もいるらしい。全員、王都内の病院で治療を受けていると聞き、アリシアの身内として様子を見に来た。怪我を負っても毅然とした振る舞いをして、弱音を吐かずに次への希望を見せていたという包帯だらけの彼女は、俺の目の前で泣きそうな顔をしている。
「ねえ、カイル、どうしよう。みんなが……」
「……大丈夫だ、みんな生きているから」
「でも、失敗、しちゃった」
「今のところ影響はでていないから、問題ないよ」
「みんな、失望しちゃったかなぁ……?」
いよいよ泣き出してしまったアリシアを見ていられなくて、彼女の傷に障らないように抱きしめた。彼女の姿が痛々しくて、しかしこんなに弱った姿は自分にしか見せていないということに、高揚感を感じていた。彼女が失敗したことに安堵を感じてしまう。彼女を慰められる人間は選ばれた勇者の仲間ではなく、自分しかいないのだと、そう考えるだけで、醜い高揚感が胸を満たす。
「ひっ、ぐ、悔しいよ、カイルぅ」
「大丈夫だ、アリシア、またやり直せるから」
彼女を抱きしめて慰めている俺は、今どのような表情をしているのだろう。きっと誰にも見せられないような歪んだ表情なのだろう。俺は彼女を守るために強くなったはずなのに、どうして彼女の不幸を喜んでいるのだろう。
心の一部に残っている冷静な自分が、そんな自分に心底嫌気が差していた。
「アリシア様は此度の勇者に選ばれました」
「……えっ?」
パッと隣にいるアリシアに目を向けると、ぽかんとした表情で目の前に立っている国の重鎮一行を見つめていた。
彼女、勇者アリシアと俺、カイルは幼馴染だった。辺鄙な村だったから同年代の子供は俺たちくらいしかいない。仲良くなるのは必然だった。俺が村の用心棒のおじさんから剣を教えてもらうようになると、アリシアも一緒に剣を習い始め、将来は一緒に冒険に出ようと言いながら笑っていた。その頃からアリシアは剣が強く、手合わせをしても俺が負ける方が多かった。たまに勝てることもあったが、あれはアリシアが手を抜いて俺に勝ちを譲っていたのだろう。剣の勝負の勝ち負けで遊ぶ場所を決めていたから。
「私が勝ったから、今日は森で遊ぶのよ!」
「ちぇ、分かったよ。……川で魚を釣って食べようと思ってたのに」
「え、え〜そっちの方がいいかも……。やっぱり川にしよ!」
「そうだろ、魚の方が食べられるしいいだろ! 早速行こうぜ」
「うん! カイルが焼いた鮎の塩焼きって何でかすごく美味しいんだよね〜」
食べることが好きで純粋で、強いのにちょっと抜けているところがあって目が離せない。俺は彼女に恋をしていた。
だからアリシアが勇者になった時、俺も連れて行って欲しいと伝えた。勇者とは定期的に発生する魔王の討伐を任される職業だ。強い者が何かしらの方法で選ばれるそうだが、詳しくは公表されていない。魔王が発生すると魔物が活性化するため、危険な旅になるだろう。それが分かっているから、1人で行かせたくはない。彼女よりは弱いが、剣の腕には自信がある。隣で一緒に戦いたい。昔、将来は一緒に冒険すると言っていたのだから。俺はアリシアなら自分を連れて行ってくれると思い込んでいた。しかし、彼女の返答はNOだった。
「何でだよ、アリシア……!」
「ごめんね。国の人たちが、魔物が活発になってるから危ないんだって。カイルはここで皆を守っててよ」
「危ないことは分かってる。だから一緒に俺も」
「だめ! だってカイルは」
アリシアは一息ついて、意を決したように俺を見据えた。
「だって、だってカイルは私より弱いじゃないっ!」
その言葉に俺は頭を殴られたようだった。俺の顔を見たアリシアは、後悔したような顔をした後に俯いた。
「……ごめんなさい」
「いや、いいよ。……事実だからさ」
その様子から、本当に俺が弱いからアリシアは俺を選んではくれなかったのだと理解した。
彼女と運命が分かれた日から幾年、俺は王都の騎士団に入り、死に物狂いで剣を振った。剣を振って、振って、気付けば団長にまで上り詰めていた。どんな相手と模擬戦をしようと、どんな敵と戦おうと、俺に勝てる奴はいない。
俺が騎士団にいる間に、アリシアと彼女が集めた仲間は次々と武功を挙げ、『勇者アリシア』としての地位を確固たるものにしていった。俺は騎士団の宿舎から、まるで別人を指しているかのような彼女の武功をあちこちから聞いていた。
アリシアは変わった。天真爛漫だった女の子から、人々の期待に応えるべく、凛々しい勇者として振る舞うようになった。
アリシアが戻ってきたタイミングで俺は彼女に会いに行った。騎士団長にまでなったのだ、今度は旅の仲間に加えてくれるのではないかと希望を抱いて。
「アリシア、俺、騎士団長になったんだ」
「えっ、すごい! おめでとうカイル!」
「はは、勇者様にそんなことを言われるなんて光栄だな」
「ちょっと、からかわないでよ〜」
「悪い悪い。それで、今度は俺も……」
「……うん。ごめんね、カイル。気持ちは嬉しいんだけど、やっぱりカイルにはここで皆んなを守っていて欲しいな」
「……そうか」
まだ足りないと言うのだろうか。確かに魔物と戦い続けてきたアリシアは、昔よりずっと強くなって、もう追いつけないけれど。
2人で沈黙する。今度は何でとは聞けなかった。また「弱い」ときっぱり言われてしまったら、もう剣を振るえなくなってしまいそうだった。
「アリシア!」
彼女の仲間がアリシアを呼ぶ。アリシアはまるで「助かった」と言っているような表情をしていた。
「……っと、ごめん、邪魔しちゃったかな。今度の件で皆で話そうって声を掛けに来たんだけど」
「ううん、そんなことないわ。行きましょう。……またね、カイル」
「ああ、またな」
アリシアと並ぶ彼女の仲間がちらりとこちらを向き、すぐにアリシアへと視線を移した。俺も踵を返し、自分の部屋へと向かう。部外者の俺に引き止めることはできなかった。
「ねえ、彼って強いんでしょ? ……いいの?」
「……うん、危険な目に合わせたくないの、大切な幼馴染だから」
2人の会話は聞こえなかった。
それからしばらくして、彼女たちはついに魔王討伐へと旅立った。あの日、彼女の仲間が呼んでいたのはこの話をするためだったようだ。結局、俺はアリシアについて行くことは出来なかった。知っていれば、せめて道中くらいは役に立てたかもしれないのに、魔王討伐へ行くと連絡すら貰えなかった。一体何がダメなのだろうか。一体、何が……!
バキィ! という音で我に返った。気が付くと、自分が持っていた木剣が折れて先が地面に突き刺さり、部下が横で尻餅をつきながら顔を真っ青にしていた。
「ちょっと、団長! 手加減してくださいよ! 殺す気ですか!?」
「ご、ごめん、大丈夫か?」
座り込んでいる部下に手を差し出し、そのまま引っ張って立たせる。その間、周りで見学していた部下たちがひそひそとささやきあっていた。
「団長、荒れてるなあ」
「アリシア様が旅立ってからずっとあんな感じだぜ」
「つっても、それも1か月前だろ? アリシア様たちだってとっくに魔王城に着いているだろうし、踏ん切りつけても……」
「でも団長、アリシア様にぞっこんだったしなぁ」
「ゾッコンって死語ですよ先輩」
「マジ?」
と、好き勝手に言ってくれていた。お前らもボコボコにしてやろうか! と外野の騎士たちに向き直った時だった。
「団長! 大変です!」
顔色を変えて走ってきた部下に、俺は嫌な予感がした。
「アリシア! 大丈夫か?」
「あ、カイル……。うん、私は大丈夫……」
部下が持ってきた情報は、勇者の魔王討伐失敗の知らせだった。死人は出なかったそうだが、勇者一行は全員何らかの傷を負い、中には重傷者もいるらしい。全員、王都内の病院で治療を受けていると聞き、アリシアの身内として様子を見に来た。怪我を負っても毅然とした振る舞いをして、弱音を吐かずに次への希望を見せていたという包帯だらけの彼女は、俺の目の前で泣きそうな顔をしている。
「ねえ、カイル、どうしよう。みんなが……」
「……大丈夫だ、みんな生きているから」
「でも、失敗、しちゃった」
「今のところ影響はでていないから、問題ないよ」
「みんな、失望しちゃったかなぁ……?」
いよいよ泣き出してしまったアリシアを見ていられなくて、彼女の傷に障らないように抱きしめた。彼女の姿が痛々しくて、しかしこんなに弱った姿は自分にしか見せていないということに、高揚感を感じていた。彼女が失敗したことに安堵を感じてしまう。彼女を慰められる人間は選ばれた勇者の仲間ではなく、自分しかいないのだと、そう考えるだけで、醜い高揚感が胸を満たす。
「ひっ、ぐ、悔しいよ、カイルぅ」
「大丈夫だ、アリシア、またやり直せるから」
彼女を抱きしめて慰めている俺は、今どのような表情をしているのだろう。きっと誰にも見せられないような歪んだ表情なのだろう。俺は彼女を守るために強くなったはずなのに、どうして彼女の不幸を喜んでいるのだろう。
心の一部に残っている冷静な自分が、そんな自分に心底嫌気が差していた。
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