書く習慣

「『世界観察キット』?」
 仕事が珍しく定時に終わった日、偶然に寄った雑貨屋で見つけた、興味を唆る商品。雑貨屋特有のポップには、「自由研究にぴったり!」と書いてある。商品説明を読むと、どうやら球体の中で形成される世界の発展を眺めるおもちゃのようだ。動くスノードームのようなものだろうか。
「『自動生成される世界を眺めて癒されよう……?』癒しかぁ」
 連日の残業で癒しが欲しかった私は購入し、帰ってさっそく外装の箱を開ける。中には丸いグレーのプラスチックのような球体が入っていた。転がっていかないように付属の足を組み立てて球体をセットする。あとは電源スイッチを押すだけで、中で世界が作られるようだ。
 スイッチを押し、観察用のレンズを覗く。中には森、海、草原が精巧に造られ、ちらほらと動物の姿も見える。レンズから見える範囲の端の方には人間の村も見えた。時間の流れは現実よりも早いようで、何度も登っては沈む太陽の元、人々は営みを続けている。
「これ、ちょっと面白いかもしれない」
 しかし明日も仕事がある。今日のところはこれくらいで覗くのはやめよう。レンズに蓋を被せ、自分の生活へと戻った。

 次の日、帰宅後にまたレンズを覗く。人間の村は街と言っても良い規模になっていた。
「え、成長早っ」
 一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。活気があるその街は、村の面影も残さず発展していた。周りの森や海も昨日眺めていたものから変化している。
 村の面影はなくなったが、村だった頃にいつの間にか村人が行っていた、とある風習だけは残っていた。謎の球体のかたちをした像を飾る。球体にお供え物をする。定期的にお祈りをする。これは現代での宗教のようなものだろうか。球体が祀られているのが謎だが。
「その球体、本当に何なんだろう……んん?」
 独り言を呟いていると、祈りを捧げていた少年がふとこちらを見上げるのが見えた。その周りで同じく祈りを捧げていた人々も次々にこちらを見上げる。その眼差しに、人々が祀っている球体が何かを察してしまった。
「その球体ってもしかして、このキットの観察用レンズ!?」
 覗いていた世界から、思わず距離を取る。
 その世界の住人からも見えていたってこと!? もしかして、そちらから私の存在も見えているの?
 驚いて離れてしまったレンズを恐る恐る再び覗く。もう祈りを捧げていた人たちは、球体の像に祈りを捧げるのに夢中になっていた。どうやら私の存在には気付いていないらしい。安心したが、あまりの衝撃に今日はそれ以上覗く気分にはなれず、明日も仕事だしと寝ることにした。
 ——最初に観察用レンズを見上げた少年がじっとこちらを見ていることにも気付かずに。
 
 それからも毎晩、仕事終わりのおうち時間で世界観察キットを覗き込んでいた。村から街への突然の成長以降、時間が緩やかになったようで、世界は少しずつ発展していった。街の建物も人々の服装や文化も進化していき、今では街はもう国レベルとなっていた。現代でいう中世くらいの発展度合いだろうか。
 最初に観察レンズを見上げた少年も立派な青年となり、なんとこの国(?)の国王になるようだ。小さな頃から見守っていた身としては感慨深いものがある。完全に親の気持ちだった。
 戴冠式は、何故か夜に行われた。そういうのって普通は昼に行うのではないのだろうか。戴冠式が終わり、祝いの宴も中盤に差し掛かった頃、彼は城の1番高いバルコニーへと移動していた。王冠を頭に乗せた彼は、こちらを見上げる。
 何故か目が合った気がした。でもこれは彼に私は見えていないはずだ。しかし確かにこちらを見上げる瞳に、少し不安になる。
 しばらくこちらを見上げた彼は何事かを呟き、ふっと微笑む。私は慌てた。聞こえないはずの彼の声が聞こえた気がしたからだ。
「月の主よ。これからも、どうか僕たちを見守っていてください」

『月に願いを』
この観察レンズはこの世界にとっての月だったようだ。
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