書く習慣
今日の雨音も使えそうにない。
雨の音が聞こえて喜んで外に出て録音を始めたが、全くうまくいかない。そのことに俺は焦りと苛立ちが募っていた。
俺は雨音を使ったlofi音楽の作曲が趣味だ。少し前に作った雨音とBGMが動画サイトでバズり、増える再生数と俺の曲を褒めてくれるコメントが、自分の技能を認めてくれた気がして嬉しかった。しばらくの間は新しく上げたBGMも再生数が増えていたが、最近はどうも再生されなくなってきた。
最近は雨の頻度も減り、雨音は貴重な素材になっている。しかし今日の雨は粒が大きく、アスファルトで弾ける水音も大きくて、俺が作りたいチルい曲とは全く合わなかった。
「あーくそ、今日はもうやめだ」
俺はスマホの録音画面を消した。帰るような気分にもなれず、目に入った適当なカフェに入る。そのカフェはこぢんまりとしていて客はおらず、隅にピアノが置いてあった。誰かがピアノを弾いているようで、低く力強さがある店内に響いていた。俺はカウンターに座ってコーヒーを頼んだ。
届いたコーヒーを一口飲み、息を吐く。外を見ると、雨は少し弱まっているように見えた。そして、いつの間にかピアノのメロディーも力強さより流れるような軽やかな旋律へと変わっていた。カップをソーサーに置くカチャリという音も大きく感じる。
演奏が特別上手いわけではない。むしろ伸び代がありそうな演奏だが、不思議と雨とピアノの音が心地良い。しばらくその音を聞いていると、俺が座っているカウンター席の前にマスターがいることに気付いた。俺の視線に気付いたマスターは人懐こそうな笑顔を俺に向ける。
「あの子は近くの音大生なのですが、雨の日はここでピアノを弾いているんです」
「……そうなんですか」
「ええ。雨の音が好きみたいで、雨の音によってピアノの弾き方を変えるんですよ」
なるほど、だからさっきから雨とメロディーがリンクしているのかと納得した。ピアノの奏者を見ると、自分よりもいくつか年下くらいの女の子だった。時折、近くの窓から外の雨の様子を見ながら、雨の音に伴奏を任せて旋律を奏でている。楽しげな旋律の中、ピアノから視線を外し、カップで揺れるコーヒーの波を眺めた。
軽やかに踊る旋律が素直に羨ましく思った。
作った曲も、雨音の録音も需要がある音にしか価値がない。俺の曲が評価されるにつれて再生回数に一喜一憂し、音の価値という考えに頭がいっぱいになって、いつの間にか楽しむことが頭から追い出されていた。
ピアノを弾く姿に、かつて好きだからという理由だけて雨の音を集め、曲を作っていた自分と重なった。ざあざあ、しとしと、ぱらぱらとその時によって音を変える雨音に、俺はどうしても惹かれて雨音を使った曲を作り始めたのだ。
曲を作りたい。今、無性に、どうしようもなく曲を作りたい。忘れていた感覚が溢れ出るのを落ち着かせるように、眺めていたコーヒーを勢いよく喉に流し込んだ。
突然コーヒーを一気飲みした俺に目を丸くしていたマスターも、俺の顔を見ると察したように微笑んだ。
「コーヒーありがとう、マスター。また雨の日に来るよ」
「雨の日だけとは言わず、いつでもどうぞ」
マスターの人懐こい笑顔と力強いメロディーに見送られ、外に出て、傘をさす。さっきまで弱まっていた雨もまた勢いを取り戻し、ばたばたと地面を打ちつけていた。
俺は再び、スマホの録音画面を起動した。
『降り止まない雨』
雨の音が聞こえて喜んで外に出て録音を始めたが、全くうまくいかない。そのことに俺は焦りと苛立ちが募っていた。
俺は雨音を使ったlofi音楽の作曲が趣味だ。少し前に作った雨音とBGMが動画サイトでバズり、増える再生数と俺の曲を褒めてくれるコメントが、自分の技能を認めてくれた気がして嬉しかった。しばらくの間は新しく上げたBGMも再生数が増えていたが、最近はどうも再生されなくなってきた。
最近は雨の頻度も減り、雨音は貴重な素材になっている。しかし今日の雨は粒が大きく、アスファルトで弾ける水音も大きくて、俺が作りたいチルい曲とは全く合わなかった。
「あーくそ、今日はもうやめだ」
俺はスマホの録音画面を消した。帰るような気分にもなれず、目に入った適当なカフェに入る。そのカフェはこぢんまりとしていて客はおらず、隅にピアノが置いてあった。誰かがピアノを弾いているようで、低く力強さがある店内に響いていた。俺はカウンターに座ってコーヒーを頼んだ。
届いたコーヒーを一口飲み、息を吐く。外を見ると、雨は少し弱まっているように見えた。そして、いつの間にかピアノのメロディーも力強さより流れるような軽やかな旋律へと変わっていた。カップをソーサーに置くカチャリという音も大きく感じる。
演奏が特別上手いわけではない。むしろ伸び代がありそうな演奏だが、不思議と雨とピアノの音が心地良い。しばらくその音を聞いていると、俺が座っているカウンター席の前にマスターがいることに気付いた。俺の視線に気付いたマスターは人懐こそうな笑顔を俺に向ける。
「あの子は近くの音大生なのですが、雨の日はここでピアノを弾いているんです」
「……そうなんですか」
「ええ。雨の音が好きみたいで、雨の音によってピアノの弾き方を変えるんですよ」
なるほど、だからさっきから雨とメロディーがリンクしているのかと納得した。ピアノの奏者を見ると、自分よりもいくつか年下くらいの女の子だった。時折、近くの窓から外の雨の様子を見ながら、雨の音に伴奏を任せて旋律を奏でている。楽しげな旋律の中、ピアノから視線を外し、カップで揺れるコーヒーの波を眺めた。
軽やかに踊る旋律が素直に羨ましく思った。
作った曲も、雨音の録音も需要がある音にしか価値がない。俺の曲が評価されるにつれて再生回数に一喜一憂し、音の価値という考えに頭がいっぱいになって、いつの間にか楽しむことが頭から追い出されていた。
ピアノを弾く姿に、かつて好きだからという理由だけて雨の音を集め、曲を作っていた自分と重なった。ざあざあ、しとしと、ぱらぱらとその時によって音を変える雨音に、俺はどうしても惹かれて雨音を使った曲を作り始めたのだ。
曲を作りたい。今、無性に、どうしようもなく曲を作りたい。忘れていた感覚が溢れ出るのを落ち着かせるように、眺めていたコーヒーを勢いよく喉に流し込んだ。
突然コーヒーを一気飲みした俺に目を丸くしていたマスターも、俺の顔を見ると察したように微笑んだ。
「コーヒーありがとう、マスター。また雨の日に来るよ」
「雨の日だけとは言わず、いつでもどうぞ」
マスターの人懐こい笑顔と力強いメロディーに見送られ、外に出て、傘をさす。さっきまで弱まっていた雨もまた勢いを取り戻し、ばたばたと地面を打ちつけていた。
俺は再び、スマホの録音画面を起動した。
『降り止まない雨』