パラレルの行く先
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
スクアーロという名は自分で付けた。
“鮫”
獰猛で賢く、スマートで重厚なシルエットは幼心に突き刺さった。
一種の憧れ。
鮫になら、食われてもいいと思えるほど。
目の前に迫る無数の刃。
ここまでか、と霞む視界に憧れの存在を見る。
真正面から目は合わない。
それでも確実に水没していくスクアーロの影を捉えているのは、鮫の発達した器官の成せるものだろう。
一般的な大型のさめは知能も高い。それゆえヒトが普段の食べ物と違うことはすでに把握しているはずが、迷うことなく捕食しにかかる姿はどういうことだろうか。
憧れたからこそ本来の姿ではない鮫に憤りを感じた。
チェルベッロ機関は、鮫を捕獲し腹を空かさせ、人を貪るように調教しているとでもいうのか。
真正面に見えていた千刃は右足を齧り攫おうとするように急旋回する。
突進により起こる水流に沿うほうが獲物を捉えやすいことも把握しているようだ。
大型の船の近くを通る小舟のように、避けられない力。
右足から底まで引き奪われ、そのまま放り出された身体に再び歯牙がかかる。
ここまでだろうか。
内臓を押され、ぶつぶつという皮膚がはずむ振動。
意識喪失の間も無く腹腔の圧迫で視界を奪われ、思考が停止する。
穏健派と言われる9代目の手先でもなく、マフィアの争いごとにくちを出せる機関。
そんな存在があっていいのか。
溢れ出る血に興奮する鮫は、スクアーロの怒りを吸収したように暴れ狂った
(朝か…?)
日差しが眩しく、ゴロンとだるい体を捻り枕に頭を擦り付ける。
(…?)
身体に違和感を覚えた。
じんわりと疼痛がある。
(死んでねぇ…)
「…っ!」
リング戦を思い出し咄嗟に起き上がった。
そこには包帯にぐるぐるにされた手や身体があり、響く疼痛は鎮痛剤で軽減された身体中の痛みのようだ。
「よぉスクアーロ、懐かしいなぁ!」
陽気な声が飛ぶ。
旧友…いや旧知人だ。
目に付く金髪にうんざりした。
「チィッ…」
生きている…
ーーー誇りを穢すなーーーなんて、
あんなセリフ言って死んだのによぉ…!!!!
あの場にいたヤツら都合よく頭打って忘れねぇかな…
淡い希望もそこそこに事実は受け入れる。
たまは無いよりあった方がいいに決まっているのだから。
「さてスクアーロ。お前には聞きたいことが沢山あるんだ。旧友として…命の恩人として話を聞かせてくれないかな?」
舌打ちをしたまま黙り込む俺に容赦なく質問を浴びせかけてくる。さながら頭の切れる出来たボスのように。
「跳ね馬…そんなことで俺が口を割るとでも思ったのかぁ」
話さなければ殺す、なんて脅しは願ってもないことだ。生きているならわざわざ死ぬ気は無いが、ザンザスの過去の暴露が免れるのなら迷いなく身を投げる。
そう思い口を開くーーーー
『剣士としての俺の誇りを穢すなぁ…っ!』
が、開いた口は閉じた。
「いやぁあまりにもかっこいい死に際だったから悔しくて録音しちまってよぉ!!いやぁ~ほんとかっこいいぜスクアーロ~!」
眼を見開いている俺を満面の笑みで見下しながらボイスレコーダーを振る金色。
「てめぇそれ…、よこしやがれっ!!おろすっお"ろすっ!!たたっ切ってやる!!!!」
「いいぜ!なんせデータはコピーしてあるからなぁ!…な?スクアーロ」
立派なマフィアになりやがって。
渡されたボイスレコーダーを握りつぶし奥歯を噛みしめる。
「くそが…てめぇこそ、どこまで知ってんだぁ…」
「そうだなぁ…」
そう口を開いたこいつはあろう事か事実とまるで同じところまで掴んでいた。
俺が調べた事実(恐らく)と同等の。
「どこでそれを…」
流石はキャッバローネファミリー10代目ボスということか。
訝しむ俺に肯定と取ったのかイエスかノーで答えてくれるだけでいいんだとにこやかに告げる。
変な隠し立ては通用しなさそうだ。
「じゃあ大空戦の夜、頼んだぜ」
「用は済んだな、とっとと失せろぉ」
「あぁ、長期間安静ってことだからふらふら出歩くなよ?死にかけたんだ、ザンザスに気づかれたらそれこそ殺されちまうしなっ」
冗談ではないそれを口にして扉傍に控えていた髭の部下を引き連れ出ていった。
「…、殺されるだろうな」
(あの瞬間、ザンザスの未来(さき)よりも山本武の未来を優先しちまった)
「 あいつには俺を殺す権利がある。当然のことだぁ…」
ズキズキと身体中が痛む。
それが言いようのない感情を表しているようで落ち着かない。
(ザンザス…)
怒り…あの憤り。
一生を捧げるのは迷いなく、
あの炎が消えることも想像出来ない。
自信か、盲信か。
だからこそ、脇目を逸らしてしまった。
「畜生…」
誰もいない空虚に呟く。
次の大空戦。
俺はあいつのバックグラウンドを公にすることになる。
8年。8年だ。
長く短い期間だった。
だがあいつは、ザンザスは、俺と出会ってから2年にも満たない時間でしかない。
俺とあいつは同じものを見れているのだろうか。
10代目のボスになる。ボスにして、それから。
初めて負けを受け入れて弱気になっているのか、絶対であるザンザスの未来(さき)が翳っている。
「ふん、有り得ねぇぞぉ…」
言いようのない不安。
鼻で一笑に付してみても押し寄せる違和感。
堂々と成り立つ姿は流石と言える貫禄。
Xの文字を背負い在り続ける姿。
眼が眩むほどの業火に照らされたその足元に沈む底の見えぬ陰。
そこに見覚えのある赤が浮き上がる。
全身に奔る悪寒に体が震えた。
次第に脂汗が満ち、呼気が逸り早鐘が鳴り響く。
何かを見落としている気がする。
何かは分からない。
当然のものが覆ることはないのに、
絶対とはこうも容易く瓦解するのか。
加速する拍動に視界が回り、
ナースコールに届きかけた手が空を切ってシーツに沈んだ。
まるでそれが、未来であるかのようにーーーーー
(…あのリングが特殊なことは分かってたはずなのにどうして誰一人気づかなかったんだっ、)
不安を取り除けぬまま、それでもザンザスが負ける要素は一つとして見当たらなかった。
それなのに、文字通り血を拒んだリングはザンザスを蝕む。
継承に血縁がこんな形で関与するなどとどうして思うだろう。
「ここから出せぇっ!!」
最初から不可能だったなんて、
あいつがボスになれないなんて。
「畜生!!畜生ぉっ!!!!!!」
あんまりだろうが。
焦がれた。
恋でも愛でもない。
ただ、ただ、
初めて見た時に、俺自身の全てが殺されたかのような衝撃。
全て捧げると決まっていた。
俺の人生は一度そこで終わっている。
あいつがボスになって、誓いを果たして、そこからまた、始まるはずだった。
(……)
なんの変哲も無い朝。
長い長い夢を見た。
ひとつ鮮明だったのは、今手のひらにあるひんやりと冷たい箱。
「アーロ…」
10年後であって10年後でない未来の記憶。
記憶と同時に強い想いも降ってきた。当時の俺の感情。
そんな不思議なことがあってのいいのか分からない。
片時も離れず、自身と共に成長してきた存在。
カタカタと震える箱。
開けたい。
この存在が、すごくすごく大切なものだと身体中で感じている。
ザンザスとは違う、山本武とも違う。
言うなれば…
《てめぇら、3秒で集まれ》
「!!」
はっと我に返る。
滅多に使われないアナウンス。
これがあるのは管制室とザンザスの部屋。
飛び起きて廊下に出る。
以前使われたのは確か夏の暑い日、異常気象と言われるだろう日にエアコンが壊れ、全員で扇がされた時だった。
そもそもの原因はボスが前日、癇癪で壊したブレーカーだというのに。
エアコンと冷蔵庫への電気系統がイカれ、全員が汗だくだったというのに。
早々に復旧は進んだが数時間ソファでくつろぐボスを囲んで扇ぐのは異様で、相当なストレスを有した。喋り厳禁で気配を消せと云う条件に殺気立ち文句を言ってしまうスクアーロには何度か物を投げつけられたがその場を離れることは許されなかった。
その算段は見抜かれていたのだろうか。
今回の収集はこの匣についてだろうと予想は立つ。
走る道すがら、喚き合うレヴィとベルにかち合い、何をと思ったがお互いのアニマルボックスについて自慢し合っているようだ。
扉前には一番部屋の近いマーモンが既にノックしていたところで、曲がり角で合流したルッスーリアと共にそのまま雪崩れ込む様に入室する。
3秒の3倍はかかっての到着。
「いっ…!」
「遅ぇ」
入る瞬間に全員顔に角砂糖がぶつけられたようだ。
地味に痛い。
まさか甘味料が武器になるなんて。
今後はその都度持ってくることにしようと心に留める。こうしてボスの部屋からは物が無くなっていくのだ。
机に乗せられていた足を引っ込めこちらを睨んでくるザンザスの顔は普段より険しい。
早速本題に入るようだ。
机に出されたアニマル匣。
それに炎を抽出して出てきたホワイトライオン。
想像以上にでかかった。
咆哮を終えるとザンザスの隣に腰掛け意を伺うように顔を向けている。
俺は、いや、俺たちは固唾を呑んだ。
ザンザスはライガーの頭を撫で、満足そうにしている。
各々に冷や汗が流れた。
『う゛ぉぉい誰かなんとかしろぉ゛…!』
『あんたいけよ!』
『そうだよこういうの得意でしょ!』
『こんなボス中々見れないから私は眺めさせてもらうわ〜』
『…自慢げな表情も悠然たるお姿…っ!』
どうだと言わんばかりにこちらを伺う姿はまるで子供のようだ。
「さ、流石ボスだぜぇ…匣の格もちげぇなぁ…っ」
引き攣る口から絞り出した渾身の褒め言葉は誰が聞いても棒だっただろうが自分自身を賞賛する。
「…何言ってやがる。さっさと街へ行ってこいカス共。」
「あぁ?!自慢するために呼んだんじゃねぇのかァ!!」
「俺の匣が優秀なのは当然だろうが今更確認する道理がねぇ。」
昨夜漸くアニマル匣が手に入ったんだ。世話用のあれこれを買出しに行きやがれ!!!
と。
「ちびった〜〜うっれしそ〜にドやってた!」
「ボスはああ見えてもふっとしたもの好きなようだからね」
(そうか…では俺のコートも毛皮にしよう…)
「あなた考えてること筒抜けよっ、無意味だからやめなさい!」
「経費の無駄だぁ」
賑わう繁華街を歩くも目立ちそうだ。
早々に別れて行動するべきだろう。
分かっていたことだが全員行けとの指示がきては致し方なく、ぶらぶらと街まで歩いてきたのだが、年齢も趣向も違う一団は目に付く。
「幹部5人呼び出してパシるのはどうかと思うぜぇ…」
「俺ミンクにピッタリのおーかん探しに行くから、いっち抜っけバイビ〜」
小走りに楽しそうに雑貨屋を探しに行くベルの肩には既に定位置となったのか、そのミンクが乗っている。
「これだから子どもは…」
「貴様はおしゃぶりも取れてないがなっ!」
「口を塞ぎなよ」
マーモンの赤ん坊らしからぬ発言はいつも通りだ。
結局ルッスーリアとスクアーロで必要なものを買いに行くことになり、その他は自由行動。となってしまった。
ベルは既におらず、マーモンは荷物持ちには向かない。レヴィはいちいち突っかかってくる為、最良の面子がこれだった。
「めんどくせぇったらねぇぜ」
「仕方ないわ、メイドちゃん達には伝えてないんだからっ」
この価値あるアニマル匣は狙われることも多い。
そのためこの存在を知るものは1人でも少ない方がいい。
未来の記憶から、これが開発されるのを今か今かと待ち望んでいた。
記憶の中で多くの戦闘を共にし、常に鼓動を感じたその生命体に、これ以上ないほどの信頼。
流線型の体躯は無駄がなく、獰猛さと理知的な性格を併せ持つスクアーロ憧れそのままを形にした生命体であった。
アーロと意思疎通が出来るかというと答えは否。
指示命令等も実質出来ないようだ。
イルカのような集団で行動をすることもないため、いわゆるエコロケーション能力でお互いのコミュニケーションを取る必要なんてない。
それこそ、イルカショーであったり、イルカが沖に流された人を助けたというものも、特段イルカがなにかの意図を持ってしているのではなく、本能によるものを人間が利用しているのだから、イルカにしてみても指示に従うなんて発想はない。
バジルの匣であるイルカだって所詮は魚類…。きっと自身と同じように悪戦苦闘しているに違いない。
というのも、昨日この匣を譲り受けてから自室に戻り早速開けてみたはいいものの、部屋の中をぐるぐると悠然と周り、何を言おうとも全く聞く耳を持たないような状態だったのだ。
こちらへの敵対心はないものの、止まると呼吸ができず、死んでしまう性質が本能として濃く出ているのだろうと思うしかなかった。
(つっても匣兵器なんだから死ぬことはねぇんだろうが…)
出来たばかりの兵器だ。追々この習性が薄れることを願う。
しかしザンザスのライガーだってどうだ。
オスのライオンが、それも虎の混じったライガーが人に従事するはずがないのに大人しく従っている姿は。
最初はきっと荒れ狂ったに違いない。称賛するのは辿々しかったが素直に驚いたのは否定できなかった。
ミンクとベルはもとより性質が似ているようだしルッスーリアと孔雀は共鳴でもしているんだろう。レヴィんとこは意思疎通出来ているとあいつが勝手に勘違いしてるだけのようだった。
そんなわけで一度匣に戻して以降はまだアーロを外に出していない。
街中で出すわけにもいかないのはもちろん、ヴァリアー内でも場所は幹部しか立ち入れない場所のみだ。
まずは肌身離さず連れて、出せる時には出す、そんなことしか思いつかない。
10年後の記憶ではコミュニケーションが取れないなんて思ってもいなかったため、とんだ計算外だ。
“鮫”
獰猛で賢く、スマートで重厚なシルエットは幼心に突き刺さった。
一種の憧れ。
鮫になら、食われてもいいと思えるほど。
目の前に迫る無数の刃。
ここまでか、と霞む視界に憧れの存在を見る。
真正面から目は合わない。
それでも確実に水没していくスクアーロの影を捉えているのは、鮫の発達した器官の成せるものだろう。
一般的な大型のさめは知能も高い。それゆえヒトが普段の食べ物と違うことはすでに把握しているはずが、迷うことなく捕食しにかかる姿はどういうことだろうか。
憧れたからこそ本来の姿ではない鮫に憤りを感じた。
チェルベッロ機関は、鮫を捕獲し腹を空かさせ、人を貪るように調教しているとでもいうのか。
真正面に見えていた千刃は右足を齧り攫おうとするように急旋回する。
突進により起こる水流に沿うほうが獲物を捉えやすいことも把握しているようだ。
大型の船の近くを通る小舟のように、避けられない力。
右足から底まで引き奪われ、そのまま放り出された身体に再び歯牙がかかる。
ここまでだろうか。
内臓を押され、ぶつぶつという皮膚がはずむ振動。
意識喪失の間も無く腹腔の圧迫で視界を奪われ、思考が停止する。
穏健派と言われる9代目の手先でもなく、マフィアの争いごとにくちを出せる機関。
そんな存在があっていいのか。
溢れ出る血に興奮する鮫は、スクアーロの怒りを吸収したように暴れ狂った
(朝か…?)
日差しが眩しく、ゴロンとだるい体を捻り枕に頭を擦り付ける。
(…?)
身体に違和感を覚えた。
じんわりと疼痛がある。
(死んでねぇ…)
「…っ!」
リング戦を思い出し咄嗟に起き上がった。
そこには包帯にぐるぐるにされた手や身体があり、響く疼痛は鎮痛剤で軽減された身体中の痛みのようだ。
「よぉスクアーロ、懐かしいなぁ!」
陽気な声が飛ぶ。
旧友…いや旧知人だ。
目に付く金髪にうんざりした。
「チィッ…」
生きている…
ーーー誇りを穢すなーーーなんて、
あんなセリフ言って死んだのによぉ…!!!!
あの場にいたヤツら都合よく頭打って忘れねぇかな…
淡い希望もそこそこに事実は受け入れる。
たまは無いよりあった方がいいに決まっているのだから。
「さてスクアーロ。お前には聞きたいことが沢山あるんだ。旧友として…命の恩人として話を聞かせてくれないかな?」
舌打ちをしたまま黙り込む俺に容赦なく質問を浴びせかけてくる。さながら頭の切れる出来たボスのように。
「跳ね馬…そんなことで俺が口を割るとでも思ったのかぁ」
話さなければ殺す、なんて脅しは願ってもないことだ。生きているならわざわざ死ぬ気は無いが、ザンザスの過去の暴露が免れるのなら迷いなく身を投げる。
そう思い口を開くーーーー
『剣士としての俺の誇りを穢すなぁ…っ!』
が、開いた口は閉じた。
「いやぁあまりにもかっこいい死に際だったから悔しくて録音しちまってよぉ!!いやぁ~ほんとかっこいいぜスクアーロ~!」
眼を見開いている俺を満面の笑みで見下しながらボイスレコーダーを振る金色。
「てめぇそれ…、よこしやがれっ!!おろすっお"ろすっ!!たたっ切ってやる!!!!」
「いいぜ!なんせデータはコピーしてあるからなぁ!…な?スクアーロ」
立派なマフィアになりやがって。
渡されたボイスレコーダーを握りつぶし奥歯を噛みしめる。
「くそが…てめぇこそ、どこまで知ってんだぁ…」
「そうだなぁ…」
そう口を開いたこいつはあろう事か事実とまるで同じところまで掴んでいた。
俺が調べた事実(恐らく)と同等の。
「どこでそれを…」
流石はキャッバローネファミリー10代目ボスということか。
訝しむ俺に肯定と取ったのかイエスかノーで答えてくれるだけでいいんだとにこやかに告げる。
変な隠し立ては通用しなさそうだ。
「じゃあ大空戦の夜、頼んだぜ」
「用は済んだな、とっとと失せろぉ」
「あぁ、長期間安静ってことだからふらふら出歩くなよ?死にかけたんだ、ザンザスに気づかれたらそれこそ殺されちまうしなっ」
冗談ではないそれを口にして扉傍に控えていた髭の部下を引き連れ出ていった。
「…、殺されるだろうな」
(あの瞬間、ザンザスの未来(さき)よりも山本武の未来を優先しちまった)
「 あいつには俺を殺す権利がある。当然のことだぁ…」
ズキズキと身体中が痛む。
それが言いようのない感情を表しているようで落ち着かない。
(ザンザス…)
怒り…あの憤り。
一生を捧げるのは迷いなく、
あの炎が消えることも想像出来ない。
自信か、盲信か。
だからこそ、脇目を逸らしてしまった。
「畜生…」
誰もいない空虚に呟く。
次の大空戦。
俺はあいつのバックグラウンドを公にすることになる。
8年。8年だ。
長く短い期間だった。
だがあいつは、ザンザスは、俺と出会ってから2年にも満たない時間でしかない。
俺とあいつは同じものを見れているのだろうか。
10代目のボスになる。ボスにして、それから。
初めて負けを受け入れて弱気になっているのか、絶対であるザンザスの未来(さき)が翳っている。
「ふん、有り得ねぇぞぉ…」
言いようのない不安。
鼻で一笑に付してみても押し寄せる違和感。
堂々と成り立つ姿は流石と言える貫禄。
Xの文字を背負い在り続ける姿。
眼が眩むほどの業火に照らされたその足元に沈む底の見えぬ陰。
そこに見覚えのある赤が浮き上がる。
全身に奔る悪寒に体が震えた。
次第に脂汗が満ち、呼気が逸り早鐘が鳴り響く。
何かを見落としている気がする。
何かは分からない。
当然のものが覆ることはないのに、
絶対とはこうも容易く瓦解するのか。
加速する拍動に視界が回り、
ナースコールに届きかけた手が空を切ってシーツに沈んだ。
まるでそれが、未来であるかのようにーーーーー
(…あのリングが特殊なことは分かってたはずなのにどうして誰一人気づかなかったんだっ、)
不安を取り除けぬまま、それでもザンザスが負ける要素は一つとして見当たらなかった。
それなのに、文字通り血を拒んだリングはザンザスを蝕む。
継承に血縁がこんな形で関与するなどとどうして思うだろう。
「ここから出せぇっ!!」
最初から不可能だったなんて、
あいつがボスになれないなんて。
「畜生!!畜生ぉっ!!!!!!」
あんまりだろうが。
焦がれた。
恋でも愛でもない。
ただ、ただ、
初めて見た時に、俺自身の全てが殺されたかのような衝撃。
全て捧げると決まっていた。
俺の人生は一度そこで終わっている。
あいつがボスになって、誓いを果たして、そこからまた、始まるはずだった。
(……)
なんの変哲も無い朝。
長い長い夢を見た。
ひとつ鮮明だったのは、今手のひらにあるひんやりと冷たい箱。
「アーロ…」
10年後であって10年後でない未来の記憶。
記憶と同時に強い想いも降ってきた。当時の俺の感情。
そんな不思議なことがあってのいいのか分からない。
片時も離れず、自身と共に成長してきた存在。
カタカタと震える箱。
開けたい。
この存在が、すごくすごく大切なものだと身体中で感じている。
ザンザスとは違う、山本武とも違う。
言うなれば…
《てめぇら、3秒で集まれ》
「!!」
はっと我に返る。
滅多に使われないアナウンス。
これがあるのは管制室とザンザスの部屋。
飛び起きて廊下に出る。
以前使われたのは確か夏の暑い日、異常気象と言われるだろう日にエアコンが壊れ、全員で扇がされた時だった。
そもそもの原因はボスが前日、癇癪で壊したブレーカーだというのに。
エアコンと冷蔵庫への電気系統がイカれ、全員が汗だくだったというのに。
早々に復旧は進んだが数時間ソファでくつろぐボスを囲んで扇ぐのは異様で、相当なストレスを有した。喋り厳禁で気配を消せと云う条件に殺気立ち文句を言ってしまうスクアーロには何度か物を投げつけられたがその場を離れることは許されなかった。
その算段は見抜かれていたのだろうか。
今回の収集はこの匣についてだろうと予想は立つ。
走る道すがら、喚き合うレヴィとベルにかち合い、何をと思ったがお互いのアニマルボックスについて自慢し合っているようだ。
扉前には一番部屋の近いマーモンが既にノックしていたところで、曲がり角で合流したルッスーリアと共にそのまま雪崩れ込む様に入室する。
3秒の3倍はかかっての到着。
「いっ…!」
「遅ぇ」
入る瞬間に全員顔に角砂糖がぶつけられたようだ。
地味に痛い。
まさか甘味料が武器になるなんて。
今後はその都度持ってくることにしようと心に留める。こうしてボスの部屋からは物が無くなっていくのだ。
机に乗せられていた足を引っ込めこちらを睨んでくるザンザスの顔は普段より険しい。
早速本題に入るようだ。
机に出されたアニマル匣。
それに炎を抽出して出てきたホワイトライオン。
想像以上にでかかった。
咆哮を終えるとザンザスの隣に腰掛け意を伺うように顔を向けている。
俺は、いや、俺たちは固唾を呑んだ。
ザンザスはライガーの頭を撫で、満足そうにしている。
各々に冷や汗が流れた。
『う゛ぉぉい誰かなんとかしろぉ゛…!』
『あんたいけよ!』
『そうだよこういうの得意でしょ!』
『こんなボス中々見れないから私は眺めさせてもらうわ〜』
『…自慢げな表情も悠然たるお姿…っ!』
どうだと言わんばかりにこちらを伺う姿はまるで子供のようだ。
「さ、流石ボスだぜぇ…匣の格もちげぇなぁ…っ」
引き攣る口から絞り出した渾身の褒め言葉は誰が聞いても棒だっただろうが自分自身を賞賛する。
「…何言ってやがる。さっさと街へ行ってこいカス共。」
「あぁ?!自慢するために呼んだんじゃねぇのかァ!!」
「俺の匣が優秀なのは当然だろうが今更確認する道理がねぇ。」
昨夜漸くアニマル匣が手に入ったんだ。世話用のあれこれを買出しに行きやがれ!!!
と。
「ちびった〜〜うっれしそ〜にドやってた!」
「ボスはああ見えてもふっとしたもの好きなようだからね」
(そうか…では俺のコートも毛皮にしよう…)
「あなた考えてること筒抜けよっ、無意味だからやめなさい!」
「経費の無駄だぁ」
賑わう繁華街を歩くも目立ちそうだ。
早々に別れて行動するべきだろう。
分かっていたことだが全員行けとの指示がきては致し方なく、ぶらぶらと街まで歩いてきたのだが、年齢も趣向も違う一団は目に付く。
「幹部5人呼び出してパシるのはどうかと思うぜぇ…」
「俺ミンクにピッタリのおーかん探しに行くから、いっち抜っけバイビ〜」
小走りに楽しそうに雑貨屋を探しに行くベルの肩には既に定位置となったのか、そのミンクが乗っている。
「これだから子どもは…」
「貴様はおしゃぶりも取れてないがなっ!」
「口を塞ぎなよ」
マーモンの赤ん坊らしからぬ発言はいつも通りだ。
結局ルッスーリアとスクアーロで必要なものを買いに行くことになり、その他は自由行動。となってしまった。
ベルは既におらず、マーモンは荷物持ちには向かない。レヴィはいちいち突っかかってくる為、最良の面子がこれだった。
「めんどくせぇったらねぇぜ」
「仕方ないわ、メイドちゃん達には伝えてないんだからっ」
この価値あるアニマル匣は狙われることも多い。
そのためこの存在を知るものは1人でも少ない方がいい。
未来の記憶から、これが開発されるのを今か今かと待ち望んでいた。
記憶の中で多くの戦闘を共にし、常に鼓動を感じたその生命体に、これ以上ないほどの信頼。
流線型の体躯は無駄がなく、獰猛さと理知的な性格を併せ持つスクアーロ憧れそのままを形にした生命体であった。
アーロと意思疎通が出来るかというと答えは否。
指示命令等も実質出来ないようだ。
イルカのような集団で行動をすることもないため、いわゆるエコロケーション能力でお互いのコミュニケーションを取る必要なんてない。
それこそ、イルカショーであったり、イルカが沖に流された人を助けたというものも、特段イルカがなにかの意図を持ってしているのではなく、本能によるものを人間が利用しているのだから、イルカにしてみても指示に従うなんて発想はない。
バジルの匣であるイルカだって所詮は魚類…。きっと自身と同じように悪戦苦闘しているに違いない。
というのも、昨日この匣を譲り受けてから自室に戻り早速開けてみたはいいものの、部屋の中をぐるぐると悠然と周り、何を言おうとも全く聞く耳を持たないような状態だったのだ。
こちらへの敵対心はないものの、止まると呼吸ができず、死んでしまう性質が本能として濃く出ているのだろうと思うしかなかった。
(つっても匣兵器なんだから死ぬことはねぇんだろうが…)
出来たばかりの兵器だ。追々この習性が薄れることを願う。
しかしザンザスのライガーだってどうだ。
オスのライオンが、それも虎の混じったライガーが人に従事するはずがないのに大人しく従っている姿は。
最初はきっと荒れ狂ったに違いない。称賛するのは辿々しかったが素直に驚いたのは否定できなかった。
ミンクとベルはもとより性質が似ているようだしルッスーリアと孔雀は共鳴でもしているんだろう。レヴィんとこは意思疎通出来ているとあいつが勝手に勘違いしてるだけのようだった。
そんなわけで一度匣に戻して以降はまだアーロを外に出していない。
街中で出すわけにもいかないのはもちろん、ヴァリアー内でも場所は幹部しか立ち入れない場所のみだ。
まずは肌身離さず連れて、出せる時には出す、そんなことしか思いつかない。
10年後の記憶ではコミュニケーションが取れないなんて思ってもいなかったため、とんだ計算外だ。
1/2ページ