月に叢雲花に風
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あくる日のお昼、私は希望ヶ峰学園の教員に頼まれた花束と観賞用の植物を届けに学園に来ていた。私の店は私が継ぐ前から希望ヶ峰学園にご贔屓にしていただいている。といっても、贔屓してくれている花屋の1つでしかないのだが。何せこの学園は広いし人は大勢いるし、1つの店舗ではそうそう賄えない。なので、学園は何店舗か利用しているしようなのだ。
「ふう…これで終わりか」
「いや~今回もありがとうございます獅山さん」
「いえいえ~、こちらこそいつもご利用ありがとうございます。これからもどうぞご贔屓に~」
数多くあった観賞用の植物を運び終わり物品受領書にサインを貰った後、手伝ってくれた人たちにお礼を言ってその場を離れる。現在地と車を置いている場所がそれなりに距離があるため、人が通る道以外は植物と木を植えてある山道を彷彿させるような道を少し歩くこととなる。
にしても、この学園は本当に広すぎる。学生の皆は不便だと思わないのだろうか。私だったらバスとか通してほしいと思ってしまいそうだ…。
なんて考えていると見覚えのあるふわふわとした白い髪の子が目に入る。先日――と言っても1ヵ月程前になるが――水を掛けてずぶ濡れにさせてしまった学生さんだ。どうやら本当にあの温室が気に入ったようで、あれからよく来てくれている。あの花屋兼喫茶を経営している私からしてみればとても嬉しい事である。
話しかけようとも思ったが、流石に迷惑かと思ってその場を通り過ぎようとしたその時――。
「あれ、店長さん」
彼の方から私に声を掛けてきた。まさか声を掛けられるなんて思っていなかったので、少しぎこちなく立ち止まってしまった。
「あ、学生さんこんにちは……って、他の人も学生さんか…」
「お?なんだ狛枝、知り合いか?」
「……良く行く喫茶の店長さんだよ」
「こんにちはピンク髪の学生さん。学生さん…あー、その子のお友達?」
ニット帽を被った目つきの悪いピンク髪の学生さんに私がそう問うと、彼は何度か目を泳がせた後、少しバツの悪そうに頬を掻きながら口を開く。が、彼が言葉を発する前に白い髪の学生さんが遮るように言葉を重ねた。
「あはは!彼と僕が友達だなんてあまりにも烏滸がましくて考えられないよ!希望の象徴である彼等と同じ学校に通っているだけでも光栄なのに、友達だなんて……僕なんかはせいぜいクラスメイトの1人でしかないんだから…」
「え?」
「はー……オメーさぁ…」
ピンク髪の学生さんは呆れたように、またかよと言いたそうな顔で頭に手をやっていた。よくこういう言い回しをするんだろうか。だとしたら、大分…自分を卑下しているというか……ここまでくると相手に気を使わせてしまいそうな言い回しなんじゃないかと思ってしまう。
「ん?どうしたの左右田君?」
「……はぁ…いや、なんでもねえよ」
「そっか……ねぇ、それよりも店長さん」
彼の自分を卑下する言い回しに困惑しながらも、笑顔で彼の方に顔を向ければ、彼は真顔でしかしどこか軽蔑の色が入っているような顔で私を見ていた。
「やっぱり君も希望ヶ峰学園の生徒―――超高校級の皆と繋がりたくてあそこで店をやってたんだね」
「……え?」
唐突に変なことを言われて私は思わず思考が停止する。この子は何を言っているんだ?理解が追い付かない。
隣にいるピンク髪の学生さんも驚きで鋭い目を丸めている。
「はぁ…呆れるよ、学園の近くで店を経営するだけならまだしも、わざわざここまで足を運んでいるなんてさ……この間も見かけたけど、多いんだよね…才能がない人間は才能ある輝かしい皆の――希望の踏み台でしかないのに烏滸がましくも彼等に近づきたいと思ってる人…身の程を知った方がいいんじゃない?君達じゃ、彼等の邪魔でしかないって分かんないのかなぁ…」
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。突如として始まった私への悪口――悪口と言っていいのか分からないが――に、ぽかんと口を開けてただ聞いているだけで、何も言い返せないでいた。
「あはは、もしかして図星だから黙ってるのかな?まあ、なんだっていいんだけどさ…これからはちゃんと身の程を弁えて―――」
「お、おい狛枝!」
ハッとして彼を静止するピンク髪の学生さんの声でようやく私の頭が働くようになったのか、彼が言っていた言葉を咀嚼するように理解していった。そして自分の中で消化された後、沸々とした怒りが込み上げてくる。そうして私は、少しの深呼吸をした後今頃になって反論の言葉を口にした。
「そんな訳あるか!」
たったこれだけの反論に2人の学生さんは、今更?というかそれだけ?と言いたげな顔で私を見てた。いや本当にそれな、と自分でも言いたい。今ここで目の前の白い髪の学生さんに怒鳴り散らかしたい気持ちはあったが、流石に彼等より多く人生を歩んでいる身の私がそんなことしては大人げない、と思って何とか気持ちを落ち着かせたのだ。これもどんなお客さんだろうと平常心を保って接客してきた日々の賜物である。本当に褒めてやりたい。自分を。
「はーーー………何を思ってそう言ったのかは知らないけどさ…とりあえず急に、人に悪意を向けるのはやめた方がいいんじゃないかな」
「悪意…?僕は本当のことを言ったまでなんだけどな…」
「……わあ、なんてタチの悪い…」
第一印象はいい人だったのに、ここまで180度も印象が変わる人と出会ったのは生まれて初めてすぎて思わず頭を抱えてしまう。私は人に恵まれていたのか……。
私がそんなことをしていると隣に居たピンク髪の学生さんが、反省の色を一切見せない白い髪の学生さんの代わりに頭を下げて謝ってくれた。けれど彼はただ隣に居て巻き込まれただけなのだから謝る必要がない事を慌てて伝えていると、被せるように白い髪の学生さんが言葉を発する。
「そうだよ左右田くん。君が謝罪したところで彼女が思い上がるだけで意味はないんだから」
「だーっ!狛枝、オメーは黙ってろ!」
「あはは…そんなに気にしてないから大丈夫だよ、ありがとね…えーっと、ソウダくん?」
私がそう言えば彼――左右田くんは「あ、オレ左右田和一っていいます!」と自己紹介をしてくれた。自己紹介をされたのならば、された側もするのが至極当然というもの。私も自己紹介をして、この学園の近くで花屋兼喫茶を営んでいる事を伝え「良かったら来てね」と言うと、左右田くんは「ぜってー行きます!」と言ってくれた。嬉しい限りだ。その後ハッと思いついたかのように「ソニアさんとご一緒に…!?」と何やらぶつくさと言っていた。
「………」
喋らない白い髪の学生さん―――確かコマエダ?くんだったか――が気になり目をやれば、ジト目で私を見ていた。口では否定していたくせにやっぱりじゃないか、と言いたそうな顔で。別に意図していたわけではないが、ついいつもの調子で言った言葉のせいで本当に希望ヶ峰学園の生徒と繋がりたいと思っている人になってしまった。なんだか悔しい…そんなつもりじゃなかったのに……。
というか彼は何で喋らないんだろうか。もしかして…左右田くんに黙ってろと言われたのを律儀に守っているのか……?
なんて疑問に思っているとコマエダくんは深々とため息を吐いた後、私の横を通ってそのままそそくさと歩いて行く。
「え、あ、おい!狛枝!って、そうかもうすぐ授業か…!」
左右田くんの言葉に私は時計を見て時間を伝えると彼は「やべーもうすぐ始まる!」と慌てていた。私がゆたゆたとゆっくり歩いていたばっかりに、彼に突っかかられて左右田くんの時間を取らせてしまったことに罪悪感を感じながら早く行くよう促す。
「ほんと、すいません…アイツ、予備学科生にもあんなんで……でもまさか外部の人にもあんな態度取るとは思わなくて」
「左右田くんはただ居合わせただけなんだから謝らないで。あの子うちの店の常連さんだから…もしかしたら私が知らず知らずのうちにそう思うような事をしていたかもしれないし……それに私気にしてないからさ」
「………そうですか…それじゃあもう行かないとなんで!いつかぜってーお店行きますね!」
「うん!是非是非!おいでくださいませ!」
コマエダくんの方へと駆け足で向かう彼に笑顔で手を振った後、まあまあ遠いところまで進んでいるコマエダくんを見やる。
少しだけ間を開けて彼にも声を掛ける。
「えー…っと、コマエダくーーん!また、お店来てね!お待ちしてるからねーー!」
一切振り向かないコマエダくんに私はそう言って笑顔で手を大きく振る。正直、そんな声かけする必要はないかもしれないとは思うけれど。でも、あんな歪んだ思考が垣間見える会話をしてしまったからには声を掛けずにはいられなかった。彼があのまま大人になってしまったら…と考えると、せめて少しでもその思考がまともになってほしいと思ってしまったのだ。あと、あのまま言われっぱなしなのはなんか嫌だ。絶対言い返す、頑張ってうまい具合に言い返してやる。
彼らの姿が見えなくなるまで私は佇む。彼がまた来てくれるかは分からないけど、次あの店でまた会った時、私は彼と話をしたい。話をして、対話をして、それで少しでもあの思考が変わってくれるのなら――。
さわさわと鳴る葉擦れの音を背後に、私は踵を返しその場を後にした。
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