月に叢雲花に風
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学校の帰り、明日の朝食までの食料がない事に気が付いた僕は、寮を通り過ぎ近くのスーパーへと向かっていた。と言っても一番近いスーパーでも20分は掛かるため、道中にある桜並木を見ながら何買おうか考え込む。この間はパンを買った、次はお米がいいか……。いやパンでも……。と悶々とひとり考える。
やはり考え事をしていると時間の進みが早く感じるもので、気が付けば後少しでスーパーに着くという所まで来ていた。丁度近くの花屋の前を通る瞬間「うわっ!」っという声が頭上から聞こえ、何事かと思い僕は上を向くと――――。
「わっ」
何処からともなく降ってきた水が全身に掛かり、近くでコンッと軽やかな音が鳴る。またもや頭上で焦ったような声と共に、どたばたと慌ただしい足音も聞こえた。一瞬何が起きたか分からなかったが花屋の二階の窓辺には花が咲いている鉢が数個置かれており、地面にはガーデニングジョウロが落ちていた。つまり、上で花に水をやっていた人が手を滑らせてジョウロを落としてしまった、といったところだろうか。
お店の中から急いでいるような足音が聞こえ、僕がお店の方を見ると同時に、ベルの音と共に花屋の中から一人の女性が焦った様子で出て来た。
「ご、ごめんなさい!!大丈夫!?」
「…あはは、大丈夫ですよ、水が掛かっただけですから」
いつもの不運が起こっただけ、そう思いつつにこりと微笑むと彼女は「良かったぁ」と安堵の表情を浮かべる。しかしすぐに「いやっ!良くないな!?」と一人で自分の言葉にツッコミながらジョウロを方していた。変な人だなぁ、なんて思いながら歩きだそうとする僕の腕を彼女は掴む。
「そのままだと風邪引いちゃうよ!私の店に暖炉があるからそこで暖まって!」
「え?暖炉?」
あまりにも花屋とは無縁な物に思わず繰り返すように言葉に出してしまった。が、彼女にはそれが聞こえなかったのか、背後に回り僕をお店に押し入れる。
春と言えどまだ肌寒さを感じる時期。しかも、スーパーの中もまた肌寒く感じる場所だ。少ししか居ないにしても、ずぶ濡れのまま行けば必要以上の寒さを感じるのは目に見えていた。
必要以上の寒さを感じて、彼女の言う通り風邪でも引いたら面倒なので、僕は彼女のご厚意に甘えることにした。
案内するために僕の前へと移動した彼女はお店の奥の方へと向かう。それに付いていくと、お店の外からでは展示されている花によって見えなかったさらに奥に続く廊下があった。そしてその廊下を進むと―――。
「…!」
目を奪わる。最初に目に入った、対面にある一面ガラス張りの壁。そこから見える綺麗に生けられている色とりどりの植物達。まるでそこだけが別の世界のようで幻想的だった。
それ――庭、だろうか――に目を奪われていた僕を、椅子を引く音が現実へと引き戻す。音がしたほうを見ると、女性が奥にある暖炉の前に椅子を引いて持っていっていた。そこで僕は、ここがこじんまりとしたレトロ調の喫茶だということに気が付く。
「あぁ、僕は本当にツイているな……」
こんなに素敵で綺麗な景色を見られる僕好みの喫茶に出会えるなんて。きっと、ネットで調べない限りここを知ることは無かっただろう。
「学生さん!ここに座って暖まってて。私はタオル取ってくるから!」
僕の有無を聞く前に彼女はいそいそと裏手へと入っていった。ぐっちょりと濡れてしまったブレザーとセーターを脱いで、乾かすために別の椅子に、持っていた鞄もそれまた別の椅子に置いた後、僕は彼女が指定した椅子に座る。庭が見えるように少し移動させて。
暫くすると、ぱたぱたと足音が聞こえ裏手から女性が出てくる。「これで髪を拭いてね」とタオルを一枚「寒かったら使ってね」とブランケットを一枚手渡され、お礼を言えば彼女は眉尻を下げながら笑って謝った。
「あ、そうだ…学生さん紅茶飲める?」
「え…?紅茶、ですか……一応飲めますよ」
「そっか、よかった…丁度紅茶飲みたくて作ろうと思っててさ、学生さんにも用意するね」
そう言ってにこやかに笑った彼女はカウンターへと入っていく。その背にお礼を言いながら僕の目線は庭へと移り変わる。
本当に綺麗だ。店内BGMのクラシックも良くて、何よりこの場所は静かで落ち着く。髪を適当に拭いてぼんやりと庭を眺めていると、ことりと近くのテーブルに物が置かれる音が聞こえ目を向ける。紅茶の入ったカップにソーサー、角砂糖が入った瓶が置かれていた。
「そこの温室、気に入ってくれた?」
あぁあれは温室だったのか、と思いながら僕は彼女の言葉に「えぇ、とても綺麗で」と肯定した。彼女は嬉しそうに笑う。
「ふふ、私もあそこが大好きだからそう言ってもらえると嬉しいよ」
近くのテーブルに腰を掛け、紅茶を飲み温室を見つめる彼女の横顔はどこか慈愛に満ちた表情に見えた。僕も温室に目を向け温かい紅茶を飲む。しばらくすると彼女があっ、と何かを思い出したかのような声を出し、顔を向ければ彼女と目が合う。
「今度晴れてる日の日中に来てみてよ。温室の水やり昼ぐらいにするんだけどさ…水やりした後の温室綺麗だって、結構お客さんから評判いいんだよ」
「へえ…そうなんですね、機会があったら是非」
少し世間話をして「ゆっくりしていってね」と言って女性が花屋の方へ向かってから、鞄に入っていた小説を読み耽って数十分。濡れていた服が殆ど乾いたなぁ、と思っていると女性が戻ってきたのか足音がした。それと同時に香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
気になって足音がしたほうに目をやると、女性と目が合う。目が合いにこやかに笑う彼女の手元にはクッキーらしきものが詰められているラッピング袋があった。
「お詫びと言っては何だけど、よければこのクッキーどうぞ」
そう言って彼女は袋を僕の目の前に置く「本当は軽食でも作ろうかと思ったんだけど、材料が丁度なくてねぇ…」と呟いていた。僕がお礼を言えば彼女は眉尻を下げながら笑って謝った。デジャヴを感じる。
そして、近くのテーブルに腰を掛けるとまたもや彼女はあっ、と何かを思い出したかのような声を出す。もしかしてそのテーブルに腰を掛けると何かを思い出す呪いでもかかってるんだろうか、と不思議に思いながら彼女の顔を見る。少し焦ったような、申し訳なさそうな表情をしていた。
「い、今更なんだけど…学生さん、予定とか大丈夫?何かやることとかあったんじゃない…?」
おずおずとそう聞いてきた彼女に、本当に今更過ぎて思わず鼻で笑ってしまう。とりあえず特に急ぎの用事があったわけではないことを伝える。
「ただスーパーへ買い物に行こうとしていただけなので」
「そ、そうだったんだね……それは良かった……」
ちょっと恥ずかしそうな表情をした後に「よかった、のか?」と彼女は怪訝そうに呟いていた。ころころと表情の変わる人だな、と思いながらカップに少し入っていた冷めた紅茶を飲み干す。
「殆ど服も乾いたようですし、僕はそろそろ」
椅子から立ち上がり既に乾いているブレザーとセーターを着なおし、貰ったクッキーと小説を鞄に仕舞い手に持つ。
「色々とありがとうございます。僕なんかの為に」
「いやいやいや!私が悪いんだから!これくらいはしないと、てかむしろ足りないまであるというか……まぁ、それはいいとして。本当にごめんなさいね。もし風邪とか引いたら全然私に慰謝料請求してもいいから!」
「あはは、風邪如きで慰謝料なんて取れますかね」
僕がそう言えば彼女は顎に手を当てうんうんと唸った後「頑張れば?」と口にする。まさか本当に取れると思っているなんて阿保なのかな、と出かかった言葉を飲み込み出入口の方に足を動かす。
頭上でベルを鳴らしながら扉を開き手を離せば入れ違いで女性が扉に手をついて抑えている。
「くどいようだけど、本っ当にごめんなさい!もし今度うちの店利用することがあったら何かサービスするよ!」
「え?いいんですか?」
確かに先程足りない、なんて言っていたが、まさかまだ施しを受けるなんて思ってもみなかった。僕の問いに彼女は「いいのいいの、遠慮しないでね!」と笑って答える。僕が眉尻を下げながらお礼を言うと彼女は「それじゃあね~」と手を振っていた。それに軽く会釈をしてまた来るであろう花屋を背に、僕はスーパーへと向かった。僕は本当にツイている、なんて思いながら。
やはり考え事をしていると時間の進みが早く感じるもので、気が付けば後少しでスーパーに着くという所まで来ていた。丁度近くの花屋の前を通る瞬間「うわっ!」っという声が頭上から聞こえ、何事かと思い僕は上を向くと――――。
「わっ」
何処からともなく降ってきた水が全身に掛かり、近くでコンッと軽やかな音が鳴る。またもや頭上で焦ったような声と共に、どたばたと慌ただしい足音も聞こえた。一瞬何が起きたか分からなかったが花屋の二階の窓辺には花が咲いている鉢が数個置かれており、地面にはガーデニングジョウロが落ちていた。つまり、上で花に水をやっていた人が手を滑らせてジョウロを落としてしまった、といったところだろうか。
お店の中から急いでいるような足音が聞こえ、僕がお店の方を見ると同時に、ベルの音と共に花屋の中から一人の女性が焦った様子で出て来た。
「ご、ごめんなさい!!大丈夫!?」
「…あはは、大丈夫ですよ、水が掛かっただけですから」
いつもの不運が起こっただけ、そう思いつつにこりと微笑むと彼女は「良かったぁ」と安堵の表情を浮かべる。しかしすぐに「いやっ!良くないな!?」と一人で自分の言葉にツッコミながらジョウロを方していた。変な人だなぁ、なんて思いながら歩きだそうとする僕の腕を彼女は掴む。
「そのままだと風邪引いちゃうよ!私の店に暖炉があるからそこで暖まって!」
「え?暖炉?」
あまりにも花屋とは無縁な物に思わず繰り返すように言葉に出してしまった。が、彼女にはそれが聞こえなかったのか、背後に回り僕をお店に押し入れる。
春と言えどまだ肌寒さを感じる時期。しかも、スーパーの中もまた肌寒く感じる場所だ。少ししか居ないにしても、ずぶ濡れのまま行けば必要以上の寒さを感じるのは目に見えていた。
必要以上の寒さを感じて、彼女の言う通り風邪でも引いたら面倒なので、僕は彼女のご厚意に甘えることにした。
案内するために僕の前へと移動した彼女はお店の奥の方へと向かう。それに付いていくと、お店の外からでは展示されている花によって見えなかったさらに奥に続く廊下があった。そしてその廊下を進むと―――。
「…!」
目を奪わる。最初に目に入った、対面にある一面ガラス張りの壁。そこから見える綺麗に生けられている色とりどりの植物達。まるでそこだけが別の世界のようで幻想的だった。
それ――庭、だろうか――に目を奪われていた僕を、椅子を引く音が現実へと引き戻す。音がしたほうを見ると、女性が奥にある暖炉の前に椅子を引いて持っていっていた。そこで僕は、ここがこじんまりとしたレトロ調の喫茶だということに気が付く。
「あぁ、僕は本当にツイているな……」
こんなに素敵で綺麗な景色を見られる僕好みの喫茶に出会えるなんて。きっと、ネットで調べない限りここを知ることは無かっただろう。
「学生さん!ここに座って暖まってて。私はタオル取ってくるから!」
僕の有無を聞く前に彼女はいそいそと裏手へと入っていった。ぐっちょりと濡れてしまったブレザーとセーターを脱いで、乾かすために別の椅子に、持っていた鞄もそれまた別の椅子に置いた後、僕は彼女が指定した椅子に座る。庭が見えるように少し移動させて。
暫くすると、ぱたぱたと足音が聞こえ裏手から女性が出てくる。「これで髪を拭いてね」とタオルを一枚「寒かったら使ってね」とブランケットを一枚手渡され、お礼を言えば彼女は眉尻を下げながら笑って謝った。
「あ、そうだ…学生さん紅茶飲める?」
「え…?紅茶、ですか……一応飲めますよ」
「そっか、よかった…丁度紅茶飲みたくて作ろうと思っててさ、学生さんにも用意するね」
そう言ってにこやかに笑った彼女はカウンターへと入っていく。その背にお礼を言いながら僕の目線は庭へと移り変わる。
本当に綺麗だ。店内BGMのクラシックも良くて、何よりこの場所は静かで落ち着く。髪を適当に拭いてぼんやりと庭を眺めていると、ことりと近くのテーブルに物が置かれる音が聞こえ目を向ける。紅茶の入ったカップにソーサー、角砂糖が入った瓶が置かれていた。
「そこの温室、気に入ってくれた?」
あぁあれは温室だったのか、と思いながら僕は彼女の言葉に「えぇ、とても綺麗で」と肯定した。彼女は嬉しそうに笑う。
「ふふ、私もあそこが大好きだからそう言ってもらえると嬉しいよ」
近くのテーブルに腰を掛け、紅茶を飲み温室を見つめる彼女の横顔はどこか慈愛に満ちた表情に見えた。僕も温室に目を向け温かい紅茶を飲む。しばらくすると彼女があっ、と何かを思い出したかのような声を出し、顔を向ければ彼女と目が合う。
「今度晴れてる日の日中に来てみてよ。温室の水やり昼ぐらいにするんだけどさ…水やりした後の温室綺麗だって、結構お客さんから評判いいんだよ」
「へえ…そうなんですね、機会があったら是非」
少し世間話をして「ゆっくりしていってね」と言って女性が花屋の方へ向かってから、鞄に入っていた小説を読み耽って数十分。濡れていた服が殆ど乾いたなぁ、と思っていると女性が戻ってきたのか足音がした。それと同時に香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
気になって足音がしたほうに目をやると、女性と目が合う。目が合いにこやかに笑う彼女の手元にはクッキーらしきものが詰められているラッピング袋があった。
「お詫びと言っては何だけど、よければこのクッキーどうぞ」
そう言って彼女は袋を僕の目の前に置く「本当は軽食でも作ろうかと思ったんだけど、材料が丁度なくてねぇ…」と呟いていた。僕がお礼を言えば彼女は眉尻を下げながら笑って謝った。デジャヴを感じる。
そして、近くのテーブルに腰を掛けるとまたもや彼女はあっ、と何かを思い出したかのような声を出す。もしかしてそのテーブルに腰を掛けると何かを思い出す呪いでもかかってるんだろうか、と不思議に思いながら彼女の顔を見る。少し焦ったような、申し訳なさそうな表情をしていた。
「い、今更なんだけど…学生さん、予定とか大丈夫?何かやることとかあったんじゃない…?」
おずおずとそう聞いてきた彼女に、本当に今更過ぎて思わず鼻で笑ってしまう。とりあえず特に急ぎの用事があったわけではないことを伝える。
「ただスーパーへ買い物に行こうとしていただけなので」
「そ、そうだったんだね……それは良かった……」
ちょっと恥ずかしそうな表情をした後に「よかった、のか?」と彼女は怪訝そうに呟いていた。ころころと表情の変わる人だな、と思いながらカップに少し入っていた冷めた紅茶を飲み干す。
「殆ど服も乾いたようですし、僕はそろそろ」
椅子から立ち上がり既に乾いているブレザーとセーターを着なおし、貰ったクッキーと小説を鞄に仕舞い手に持つ。
「色々とありがとうございます。僕なんかの為に」
「いやいやいや!私が悪いんだから!これくらいはしないと、てかむしろ足りないまであるというか……まぁ、それはいいとして。本当にごめんなさいね。もし風邪とか引いたら全然私に慰謝料請求してもいいから!」
「あはは、風邪如きで慰謝料なんて取れますかね」
僕がそう言えば彼女は顎に手を当てうんうんと唸った後「頑張れば?」と口にする。まさか本当に取れると思っているなんて阿保なのかな、と出かかった言葉を飲み込み出入口の方に足を動かす。
頭上でベルを鳴らしながら扉を開き手を離せば入れ違いで女性が扉に手をついて抑えている。
「くどいようだけど、本っ当にごめんなさい!もし今度うちの店利用することがあったら何かサービスするよ!」
「え?いいんですか?」
確かに先程足りない、なんて言っていたが、まさかまだ施しを受けるなんて思ってもみなかった。僕の問いに彼女は「いいのいいの、遠慮しないでね!」と笑って答える。僕が眉尻を下げながらお礼を言うと彼女は「それじゃあね~」と手を振っていた。それに軽く会釈をしてまた来るであろう花屋を背に、僕はスーパーへと向かった。僕は本当にツイている、なんて思いながら。
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