プロポーズしてみた
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「もういいよ!」
女子生徒の声と、乾いた音が響く。
悠桐はその音に驚いて自販機のボタンを押し間違えた。
『いちごミルクが飲みたかったのに…』
落ちてきたぐんぐんヨーグルを拾い上げて、悠桐はもう一度お金を入れていちごミルクを買う。
そういえばさっきの音と女子生徒の声はなんだったのだろう、と壁から顔を出して様子を伺ってみた。
『…あれって』
さくさくと上靴のまま雑草の上を歩き、木にもたれて座り込んでいる人物に近付く。
『…うわ、痛そう』
「!」
思わず声が出た。
顔を上げたのはバレー部の2年、矢巾秀。
その頬は赤く腫れていて、どうやらあの騒動は頬を叩かれた音だったのだと気付く。
『はい、これで冷やしなよ。気休め程度だけど』
「え…あの」
間違えて買ったぐんぐんヨーグルを矢巾に押し付け、悠桐は笑った。
「えっと…及川さん達とよく一緒にいる…」
『伏見悠桐でーす』
「あ、2年の矢巾です」
『知ってまーす』
少し間隔をあけて、悠桐は矢巾と同じように座り込む。
『ほっぺた、平気?』
「あ…はい、ありがとうございます」
ぐんぐんヨーグルで頬を冷やしつつ、矢巾はちらりと悠桐を見た。
「……えっと、見てました?」
『見てはないけど、ビンタの音と捨て台詞は聞いた』
何が"もういい"のかはよく分からん、と続ける悠桐に、矢巾は少しだけ笑う。
「……バレーしてる矢巾くんが好きって言ってくれたんですけど」
ぽつ、と話し出す矢巾を横目で見て、悠桐はいちごミルクを飲んだ。
「上手くいかないっスね。バレーばっかしててつまんないから別れるって、言われちゃいました」
あはは、と笑う矢巾は、ぐんぐんヨーグルを持つ手に力が入っている。
『(…ほんとにあるんだな、そんなこと)』
ストローを数回噛んで、悠桐は小さく息を吐いた。
『自分勝手だよねぇ』
「え?」
『バレーしてる貴方が好きよって言っといて、そればっかなら別れるなんてさ』
理想と現実が噛み合わないことなんてよくある。むしろ噛み合う方が少ないくらいだ。
『君は怒っていいよ』
「……及川さんと花巻さんも、最近同じような理由で別れたって、言ってました」
『うん。知ってる』
彼女と別れたと、あの2人が話しているのをつい最近聞いた。
しょうがないよな、と力なく笑っていた、その顔もよく覚えている。
及川も花巻も、彼女との時間を大切にしていた。
部活がオフの月曜日はいつも一緒に帰っていたし、あそこのカフェが人気だの、ここは女子に人気があるだのと、その度にデートに行っているのを見たことがある。
きっと矢巾もそうなのだろうと、チャラいが筋は通っていると知っている悠桐は思う。
『怒んないとこも君たちの優しさだよね』
「…まぁ、寂しくさせたのは事実ですし」
『達観してんねぇ。私なら絶対怒る』
いちごミルクを飲み干して、また何度かストローを噛んだ。
「伏見さんがバレー部の彼女だったら、耐えられますか?」
『んー?そうねぇ…』
がじ、とストローを噛むのは止まらない。
『毎週月曜はデートしてくれて、毎日連絡は取り合えるわけでしょ?』
「まあ、そうっスね」
寂しいか否かと聞かれれば、少し寂しいかもしれない。
ただその分、かっこいい彼氏の姿を見られるなら、それを置いて有り余る、と思っている。
『最高なんじゃない?』
にひ、と悠桐が笑う。
風が吹いて翻る悠桐の髪が、太陽を反射してキラキラと輝いていた。
「…伏見さんみたいな人が彼女なら、きっと楽しいんでしょうね」
『!?』
ずきゅん。
口から零れた矢巾の本音が、悠桐の心臓に突き刺さった。ストライクだ。
『えっ、と、…え、結婚する?』
「えっ、いや、しません…」
『しないのかよ!』
弄ばれた!じゃーな!!と悔しそうに去っていく悠桐。
頬に当てたぐんぐんヨーグルはすっかり温くなっていて、矢巾は眉を下げて笑った。