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たとえば


江戸から少し離れた木戸邸のある一室で木戸と志村が面会していた。面会と言っても木戸は寝巻きのまま布団に入ったままであるが、その姿は凛としていて病に伏してるとは思えない程に背筋がまっすぐであった。
「木戸さん」
「桂でいい、昔のように」
木戸はかつての口癖を滅多に言わなくなった。それも当然かもしれない。もう桂の名字をヅラ、と呼んでくれる者がいないのだから。木戸は美しい長い黒髪を耳にかけて志村の顔をうかがうように覗いた。その顔は色白ということを除いてもやはり青白くあまり病状は芳しくないことを物語るようだった。真っ白な木戸に真っ白な布団、その下にある深緑の畳は幾らかの年月を経て不思議な趣がある。
「………桂さん、その、手紙は」
やっとのことで絞り出したような志村の声に桂は眉を下げた。その手紙とは桂の枕元に置いてあった白い封筒に入ったそれで、送り主は陸奥という女性だった。志村にも馴染みのある女性であるから気になったのだろう。
「坂本が死んだよ」
えっ、と志村が息をのんだのが分かった。桂は、あいつにも随分無茶なことをさせた。すまないことをした、と呟いた。まあもともと大酒飲みだったし、互いに年といえば年だ。病で先に逝った者についてとやかく言えるような立場ではない。自分もじきにそうなるのだ。
「とうとう俺が最後だ」
桂がそう笑ったあと志村の方を見ると志村は唇を強く噛んでいた。その頬に涙の筋は見えない。目線は真っ直ぐにこちらに向かっている。強くなった、と桂は嬉しくなった。あの頃よりもその背中は大きくたくましくなり、黒い着物がよく似合うようになった。脇に置かれた刀が似合う男になった。桂は静かに目を閉じる。
もう、大丈夫そうだ。
「昔、誰が一番初めに死ぬかを話したことがある」
明日生きているかもわからない戦場で自分たちの最期の話をした。遠い未来の話と信じて。
「こう見えても俺は一番初めだと言われたのだぞ」
お前は見るからに細っこくて直ぐに駄目になりそうだとかなんとか、散々になじられた。かくいう銀時と高杉は絶対に長生きしてやると豪語していた。はずだ。
「法螺吹きめが」
小さな声で憎々しげに呟くと志村が本当ですよ、と忌々しげに返事をした。
「本当に無責任な人ですよ、『お前が一人前になるまで銀さん死ねなーい』とかいってたくせに」
「あっけなかったなあ」
桂が坂田の死について自らなにか発言したのはこれが初めてだった。周りの人の話はよく聞いていたが本人は何も言わずただただ黙って墓の前で手を合わせるだけだった。
「ほんっとに………」
そういう志村は新八そのもので、桂に少し昔の暖かみをふと思い出させた。
銀時はやはりいつものように危ない依頼だからと万事屋の子供たちを置いて出ていって、遂にその足で戻ってくることはなかった。かつて白夜叉などと物騒な名前がついたとは思えない、あまりにもあっけない死だった。
桂は今度こそ世界を悲しみに染めてやろうと決心した。高杉と連絡をとりあい、江戸城に火を放つことも考えた。だがいつも桂の頭によぎるのは銀時が護った、護りたいと願ったこの世界だった。まるで師のように世界を愛した友の思いを無視することができなかった。桂には高杉のように修羅になる覚悟も、銀時のように世界を愛する勇気も足りなかったのだ。
その数年後、大規模なテロを目前にして、高杉は結核で死んだ。

やっとの思いで幕府内部に潜り込んだ桂は坂本に協力を求め貿易で日本を潤し世をひっくり返した。だが江戸の町に特に変わった様子もない。威張る天人が多少減ったというところか。銀時が憎み、愛した世界は変わらず桂を苦しめ、慰め、包み込んだ。

「桂さん、内務卿は僕が引き継ぐことになりました」

その言葉に力強く頷いて、ありがとうと頭を下げて桂はふと思い出した。高杉は確かあの話どおりにならなかった未来を、どう説明していたか。

『結局、先生に会いたがってるやつから死んでくかもなァ』

ああそうだ、高杉。だっていつだって、貴様らが先に先生のもとに駆け寄っても俺は真っ直ぐに廊下を歩いていったぞ。
知っているか、高杉、銀時。
廊下は走ってはならぬものだぞ。
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