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ホワイトホールの恋人たち

 二人がそれぞれ恭しくパートナーの手を取ったところで、バンドが新たな曲を奏で始める。室内の照明を反射してつやつやと輝く金管楽器から、弾むような軽妙なリズムが放たれていく。演奏と演奏の合間、新たなパートナーを探しホールを行ったり来たりしていた人々は、再びくるくると人形のように規則正しく円を描き始めた。

 そんなホールの様子にはお構いなし、前方で繰り広げられている舌戦は未だ白熱したままだ。波多野はそんな二人の様子を少々呆れた様子で見つめながらちびちびとグラスに口をつけている。

 実井と三好。二人はどこか波長が似ているところがあるようで、普段から行動を共にしているところをしばしば見かける。しかしそれ故か、こうして酒の席になると実井はすぐに三好で遊び始めるのだから手に負えない。

「分かった。お前がそこまで言うのなら僕も黙っていないさ。今夜はとびきりの美女を捕まえてあげるから、よく見ているといい」
「おやおや、自信満々ですね。良いんですか?後で泣き言漏らす羽目になっても面倒見切れませんからね」
「はっ、望むところだよ。そうだな……判定は波多野にお願いしよう。僕と実井、どちらがよりそつなくご婦人方をエスコート出来るか、その目でしっかりと見届けるようにね」
「第三者に判定して貰わないと、三好さんはすぐ屁理屈こねますからね。波多野さん、よろしくお願いします」

 どうやらいつの間にか「どちらがよりダンスのパートナーを満足させることが出来るか」という勝負に発展していたらしい。形は違えど、つい先ほど神永と甘利も同じような張り合いをしてここを離れていったばかりだ。やはり同じ化け物(と佐久間には評されている)同士、根本の部分に通じるものがあるのかもしれない。

 最も、そもそも筋金入りの負けず嫌いという時点でそれぞれが十分に人間臭いのだけれど。それが何だかおかしくて、田崎は一人小さく笑んだ。

 三好の提案に対し「えー、やだよ面倒くさい」と不平不満を隠さなかった波多野は、結局二人の勢いに押し負け仕方なく口約束をさせられている。早く行け、と手を払って二人を離席させると、「はああ……」と大きく溜息を吐いて至極怠そうに顔をしかめた。

 その重たい吐息が完全に吐き出される前に、今度は田崎の右方で声が上がる。

「小田切、大丈夫か?」
「ああ……何とか……」
「顔が赤くなっている。今日はもう止しておいた方がいい」

 見やると、これでもかと言うほど真っ赤に染まった頬を湛えた小田切に福本が水を飲ませているところだった。幸い意識ははっきりとしているようだが、事情を知らぬ他の客の目から見れば一人で帰すには少々心もとないと感じる程度には頼りない顔色だ。

「すまない、俺は小田切を連れて先に失礼する。お前達は楽しんでくれ」
「いや、そんな、結構だ。お前の手を、煩わせるわけには……」

 舌ったらずな反論をひらりと躱し、福本は小田切の力の抜けた肩を抱いて扉の方へと背を向けた。だらりと腕を垂らした小田切は、しきりに「うう、すまない」ともごもご呻いている。

 田崎は先ほどと同じように遠ざかる二人の背中に軽く手を振って、「気を付けて」と声を掛けた。それに振り向いた福本はほんの一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべ、それからまたすぐに常の感情の薄い面持ちを取り戻すと、小田切と共に扉の向こうの夜の街へと消えて行った。
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