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音のない十三時

 木漏れ日の隙間を縫いながら歩いた。非番の午後、太陽はまだ高い。

 初夏の風がするりと頬を撫でるのを受け止めて、波多野はそっと目を閉じた。下りた瞼が薄陽を透かして、途端、視界が白く染まる。

 平日の昼下がり、協會からほど遠くない小さな公園に人気はない。休日には子ども達のはしゃぎ声がこだまする園内は、ただ葉擦れの微かな旋律だけを響かせているばかりだ。

 歩を進めると、前方に並ぶ数基のベンチが目に留まる。続いて波多野の視界に現れたのは、公園の最奥の長椅子に腰掛ける一人の男の姿だった。

 足音を消し、新聞紙を捲るその人影へと近付いて行く。目深に被った帽子の鍔から覗く横顔は、どこまでも凪いでいた。彼の纏う空気のみ、時の流れの摂理から外れてしまったかのようにさえ思える。芸術作品のような、無風の美がそこにあった。

 七月の太陽が、波多野の首の裏を焼いた。何か被るものを持って来れば良かったと少しばかり後悔しながら、一筋の汗が背中を伝うのを感じた。

 たざき。

 波多野は、しかし声にはせず、男の名を呼んだ。波多野の右足が男の影に触れた時、それまで紙面を走っていた田崎の視線が波多野を捉えた。

『おいで』

 田崎は手元の新聞紙を音もなく畳むと、唇だけで波多野を誘った。一歩近づけば、シャツの袖から伸びた腕がまっすぐに波多野の方へと伸ばされる。

 白い指が、額に張り付いた波多野の前髪を掬い、耳の裏へと撫で付けた。波多野の唇がその指先を追って、田崎の爪を僅かに濡らす。田崎の睫毛が小さく震え、涼やかな目元に影を作った。

 それから二人はどちらともなく破顔して、くすくすと軽やかな笑い声を漏らしながら、大袈裟な愛の言葉を囁き合った。

 指を絡めて、何処へ行こうか。
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