教えて、ヒーロー
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バスから放り出されて数時間。魔獣の森を抜け、ガッツリと山をくだり……私たちが完全に疲れ切って麓の合宿所まで辿り着いた時には、すでに西陽が沈もうとしていた。
「……とりあえず、お昼は抜くまでもなかったねえ」
ピクシーボブの言葉が耳に痛い。
林間合宿でこんな目に遭うとは、流石に思っていなかった。
移動に適した私の個性は、他を補うに足りる汎用性があり、故に私はひっきりなしに移動して、ホイホイ現れる難所のたびにクラスメイトを助けては戻るのを繰り返していた。そのため体力面にくわえて精神的な疲れが半端でない。他のものを一緒に動かすのには相当頭を使うのだ。練習が足りないなと思うも、今はちょっともう寝たい、お腹もすいたけどとりあえず早急に寝たい……。
***
寝たいと言ったな。あれは嘘だ。
「「「いただきます!」」」
睡眠欲を前面に押し出していた私の身体は、食堂から味噌汁の香りが漂ってきた瞬間一気に食欲に目覚めた。一度意識するともうダメだった。麦茶で喉を潤して、ひとくち美しい白米を噛む。やさしい食感と甘みが脳を直撃して、感情の前にもう涙が出てくる。
「……うめえ」
「疲れたから余計に美味しいねえ…」
「ああ……醤油取ってくれ」
「ん」
「悪い」
隣の轟と少し話して、しばし食事に没頭する。轟とはこういう時の間合いが合うためか、最近なんとなく行動をともにすることが多くなった。仲がいいかと言われると、微妙なところだけど。
勢いのまま食べて、少し落ち着いて一息ついたところで、轟が話しかけてくる。
「……」
「ん?」
「おまえの個性って、瞬間移動だったよな」
「そうだよ」
「上限とかないのか?前から思ってたんだが。さっき山降ってたときも、数え切れないほど個性使ってたよな」
「ああ、それはね…」
簡単に自分の個性について説明する。基本的には発動系というよりは「自分の座標が固定されてない」という異形系であること、移動に必要なのはMPというより空間意識のみなので制限はほぼないこと、あるのかもしれないけど少なくとも今まで体力切れ以外でキャパオーバーを起こしたことはないこと…などを話すと、轟は少し驚きながらも、どこか合点がいった様子で頷いた。
「そうだったのか…」
「うん。まあやりすぎると頭疲れるし、全くないってわけじゃないけどね、もちろん」
「でもすごいな。いい個性だ」
「ありがと。轟のもいい個性だと思うよ」
「……そうか」
「うん、個性の強さと轟自身の強さが互いを高めあってると思う。私はその点まだまだだなあ…力に見合う強さにならないと」
「…………、そうか」
「轟?」
「…………って、…いや、なんでもない」
轟が何かを言いかけて、やめた。
個性の話、……もしかして、彼の父親、エンデヴァーが関わる話だろうか?
掘り下げたいけど、一旦引いた轟にそうしていいのか判別がつかない。少し迷って、結局話を流した。
***
林間合宿二日目。
「ーー……今合宿の目的は全員の強化、及びそれによる"仮免"の取得。具体的になりつつある敵意に…立ち向かうための準備だ。心して、臨むように」
それぞれの"個性"そのものを伸ばすための訓練。
使い続けいじめぬく……地獄の限界突破、である。
各自が名前を呼ばれ、指示に沿って取りかかりはじめる中、目立って上限が見当たらない私はどうしたものかなと思っていた。案の定クラスの中で最後まで残り、相澤さんを恐る恐る見上げる。
「ええと、相澤さん…」
「学校では相澤『先生』だって言ったろ。………」
「はい」
「お前の個性には確かに回数や距離の制限はないようだが、お前の身体にはあるだろう、制限。例えば連続して次々と他のものを動かすとか。昨日の山下り、堪えただろ」
「返す言葉も…」
「うん。まぁ分かってたが、お前コレ前から苦手だったろ。変わってないな」
「…すみません」
「だからそれやれ、死角を潰せ。これメニューな。広いところ宛てがうから周囲への被害は考慮せんでいい」
「はい!」
受け取って目を通していると、相澤さんが声を落とした。
「………」
「はい」
「……必要以上の焦りは却って効率を下げる。慣れられればいいくらいに思っとけ」
「…は、え…ありがとうございます」
それだけボソッと言って去っていく。要領を得ないが、もしかして励ましたりなんてしてくれたのかもしれない。……俄然やる気が起きてきて、意気揚々とピクシーボブのところへ向かった。
***
「……!やってるな」
「ああ、物間…ういす」
昼休憩の時間。配られたおにぎりに手を出す気力もなくぐったりと土塊に伏していると、他の皆が集まっている方から歩いてきた物間が声を掛けてきた。比較的元気そうである。とはいっても物間も大分消耗しているようで、表面上だけは取り繕ってるという感じがする。
「何してた?」
「うん、……このでかい土塊をあっちにやったりこっちにやったりってのをかれこれ三時間くらい」
「…それ……飽きない……?」
「……飽きた……」
飽きるというか、空虚な気持ちになっていく。高速で移動を繰り返しながら、時間とともに崩れていく土塊の輪郭を延々と微調整し続ける時間。脳にプログラムでも組んで単純作業だけ任せたい。
「物間はやっぱ皆のところ回って続けてコピーしたりしてるん?」
「ああ、そうそう。次あたり……のコピーもしたい……って、そうか、おまえのは発動じゃなく異形系か」
「うん、そうなんだよね。なんかちょっと残念かも」
「はは、何がだよ。残念なのはこっちだって」
しばらく他愛もない話をしておにぎりを食べて、昼休憩は過ぎていった。
***
また土塊と向き合って二時間ほど、そろそろお腹が空いてきた頃合。ウエストポーチの携帯食料出そうかな、でも着地するの面倒だな……などと考えていた私がそこに気付いたのは偶然のことだった。
「……ん?」
移動していたのは合宿所から少し離れた森の上空だった。そう、広い場所宛てがうとか言っといて蓋を開けたら森だったのである。確かに空は広い、でもこの仕打ち三日は忘れない。
ともかくそんな森の上をバカでかい土塊を移動させながら跳んでいたら、木が途切れて山の斜面が大きく開けた場所を見つけた。ちょうどよく足場のように張り出していて、着地してみたい衝動に駆られる。近づくと、斜面には横穴が開いているのが分かった。ますますワクワクして、土塊を崩してしまわないよう慎重に降り立つ。
「おお……!」
絶え間なく集中していた意識をほどいて、大きく深呼吸。
見晴らしも良くて、思わず感嘆の声が漏れる。
山の中のわりにここだけは平坦で、よく綺麗にされている。踏み固められているようだし、もしかしたら誰かが頻繁に出入りしているのかもしれない。
と、そんなことに思い至った瞬間、背後から突然怒鳴られた。
「おい!てめェ……っ、合宿に来てるやつだな!?どうしてここにいるんだ!?」
「!」
慌てて振り向くと、右手に石を持って今にも投げつけようとばかりに臨戦態勢を取っている、小さな男の子がさっきの横穴に立っていた。今まで日射しを避けてか、穴の中にいたようだ。
男の子の被っている特徴的な帽子で、彼が洸汰くんだと気付く。初日に緑谷くんに計り知れないダメージを与えていた、マンダレイの親戚の男の子だ。やっぱりちょっと爆豪に似てる。
思わず両手をあげて降参を訴えながら、ざっと無実を証明する。
「…そういうわけなので君の邪魔をしにきたわけじゃないんだ、……ごめんなさい」
「…………さっさと出てけよ、俺のひみつきちだ。ヒーローになりたいなんて頭イかれたやつに踏み込ませたくない」
ひみつきちだったか……!確かに最高のロケーションだ。い、いいな……。
しかし、この子のヒーロー嫌い?は何から来るのだろうか。少し、気になる。両親がいないであろうことから、何か重めの事情があるのではと察してはいるけれど。
「……ええと、ヒーローが嫌なの?それとも、個性そのものが?」
「…………。みんな、特別な力を持ったからって自分に価値があるとか勘違いしてるんだ。思い上がって、人を痛めつけるのに平気な顔してる。それが、気持ち悪い。てめーもだ」
「……?ヒーローの仕事は、警察と同じだよ?」
「同じじゃねーよ。目立つの大好きだろ、『ヒーロー』だもんな」
「ああ、確かにそういう所は気持ち悪いけど。……じゃあ、個性がのさばる超人社会と、その象徴とも言えるヒーローという存在が気に食わないってこと?」
顔をしかめながら、洸汰くんが頷く。
何を話そうかなと思ったが、今ここで思いつくことなんてすでにマンダレイや他の大人たちに聞かされていることばかりだろう。
少し考えて、ステインのことが頭をよぎった。ヒーローというものは、金を稼ぐ仕事ではなく、純粋な称号であると主張していたステインの考えに、洸汰くんの思う所は似ているのではないだろうか。
口を開こうとすると、痺れを切らしたらしい洸汰くんがついに石を振りかぶったので、慌てて謝って逃げ出した。
***
夜。
皆で作ったカレーをかきこむ。
「店とかで出たら微妙かもしれねーけど、この状況も相まって…うめーーー!」「言うな言うな!ヤボだな」
非常に美味しかったのだが、私は洸汰くんのことを考えていた。
ふと、森のほうへ消えていく洸汰くんを見つける。ひみつきちに行くのかな…と見送っていると、洸汰くんを尾けて緑谷くんが森に入っていくのが見えた。
洸汰くんと話すんだろうか。
緑谷くんなら、何て言うだろう?