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「俺は優しい男だから聞いてやるけど、なんかあったのかよ、あんた」
「え」
私の行きつけのバーで落ち合ってすぐ、まだろくに上着も脱いでいないような時間で言い当てられた。少し驚いて心操を見遣るが、彼は心底どうでも良さげに欠伸を噛み殺していた。
「確かにこないだ彼氏とは別れたけど、……私そんな分かりやすかった?」
「モロバレ」
「マジで」
「嘘だって。別に…あんたは上手くやってると思う」
「じゃあなんでバレたかな…まあ、これから一応話すつもりだったけどさ」
「そんなら良いだろ、時間が省けて」
そういう問題だろうか。
一ヶ月前くらいだろうか、数年付き合った彼氏と別れた。結婚を視野に入れだす時期かなと思っていたので、ああ残念だなと思う。幸い生活は一人でも安定しているし、別に結婚願望もないので別にどうということもないが、ただ、冷たいベッドでひとり寝るのは少し寂しい。
心操とは半年ほど前から約束をしていて、やっと会えるねとなったのがたまたまこのタイミングだったのだ。
適当にちょっと強めのを注文して、頬杖をつく。
「心操にはなんでもバレちゃうねえ」
「…………」
「んん、ちょっと残念かも。好きだったよ」
「そーかよ」
「うん。でもまあ、それだけ」
「遊びだったの?」
「そんなわけないでしょ」
「へえ。悲しいなら慰めてやろうか」
「はは、一晩なんてそれこそすっごく悲しいじゃん」
ニヤッと歯を見せて笑う心操。笑えたのに、なぜか今目があったら涙が出そうだったので、心操の顔は見られなかった。
グラスに口をつけながら、「心操は?」とモゴモゴ言う。
「そっちはどう?何かあった?」
「別段なにも。仕事は楽しい」
「彼女ができたら教えてって言ってるのに、まだ?」
「……は俺の母親かよ。この分じゃいつになることやら」
「そっか」
少し近況を話して、カクテルを舐める。
しばらくして、目を伏せた心操がぼそりと言った。
「あんたはさ」
「ん」
心操の表情は髪で隠れて伺えない。
「そろそろ俺にしねえのか」
「…また冗談?」
「や、本気」
彼の言った意味が分からないほど無垢ではない。彼がこういう冗談を言わないのが分からないほど、浅い付き合いでもない。
にわかに激しくなる鼓動。心操ってこんな言い方するんだ。混乱してドキドキして、でも脳は悲しいくらい大人になってしまった。
「…んん、心操、私たちもう結構な歳だよ」
「なに」
「結婚とか考えなきゃいけない歳だって話」
「…………」
「……心操が彼氏だったらすごくいいと思うけど、……私が縛っちゃダメだと思う、から、」
「……なんだ、俺いま振られてるのか?あ?」
「いやあの…あ?って君」
「許さん。ちょっと黙れ」
あ、と思うより早く距離を詰められていた。許さん、って言った時には冗談っぽく口角を上げた唇が、そのまま私の息を塞ぐ。
門歯をひと撫でして去っていった舌のあたりをジトッと睨みつけていると、面白そうに鼻で笑われた。
「傷心か」
「ちゃうわ。なにしてんの君は」
「言ったろ、本気だって」
「それは分かったけど、」
「分かってないだろ。それともなんだ、プロポーズでもしたらいいのか」
「ええ?ちょっと心操?」
「プロポーズなら改めて後でしてやるから。なんかこう、朝味噌汁でも作ってくれたりしたら、そん時にでも」
「朝はあんまり新しく料理しない派なんだけど」
「そりゃ残念だな、でもお湯注ぐやつでもいいよ俺は」
「…………」
「…………」
「…信じていいの?」
「俺信用ねえな」
「これ嘘ついてたら絶交だからね」
「一生つかね」
「……」
あの心操が、一生、だってさ。
ああもうなんだか夢でもいいや。急に酔いが回ってきたような気持ちだ。
心操から離れて、くい、とカクテルをあける。
グラスを揺らしてマスターを呼んだ。
「シェリー酒ください。甘いのがいいな」
「……情熱的ですねえ」
「あれ、そういうつもりじゃないの」
シェリー酒の酒言葉、心操も知ってたんだ。
変なとこでキザなやつ。
「生憎明日仕事なんだよな」
「うわごめん、早く帰らなきゃね」
「……。あとでいっぱいキスしてやるよ」
「そっちこそ、我慢できないんじゃない?」
「バカか」
「ふふ」
手に手が重なる。小指を絡めて、無言で一生ものの約束をした。