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 心の底から可愛い。愛らしい。“目に入れても痛くない”とはよく言ったものだ。いくらでも目に入れたい、とすら思う。彼を見つめる自分は今、さぞ締まりのない顔をしていることだろう。
 綺麗な若草色をした前髪をさらさらと撫でてみる。ふわふわで気持ち良い。そしてその手を後頭部へ持って行きぐるぐると撫で回した。彼は何とも言わなかったが「ぼくに触れていいのはきみだけなんだからね!」なんて聞こえてきたような気がした。
 ふふふ、可愛いなぁ。愛しいなぁ。
 さて、この中はどうなっているのだろうと、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめる無抵抗な彼の服に手をかけ――
「ちょっと! またそれ! こんなにも近くにぼくという存在がありながら!」
「あぁ、ひよぬいちゃんが…………」
 「悪い日和!」の声とともに奪われてしまったのは目の前にいる彼を模した小さいぬいぐるみだ。うるうるした大きな瞳が可愛らしい、手のひらサイズの日和くん。わたしは勝手にひよぬいちゃんと呼んで愛でていた。彼はひよぬいちゃんの脱がされかけていた服を丁寧に元に戻すと、棚の上に飾った。
「一緒にいる時くらい、ぼくだけを見てほしいね!」
 彼はふん、と腕を組んでそっぽを向いてしまった。わたしがあまりにもぬいぐるみにお熱だったからいじけてしまったようだ。彼の心の中が透けて見えるようで、愛しさで胸がいっぱいになる。
「日和くん」
 ちょいちょいと手招きをすると彼は少し前のめりになって「ん」と言ってこちらへ頭を傾けた。ひよぬいちゃんにしてあげたのと同じように彼の前髪を優しく撫でる。若草色のふわふわした髪は艶があって普段から丁寧に手入れされているのがよく分かる。彼は気持ちよさそうに目を瞑っていた。伏せられたまつ毛はビューラーもマスカラもしていないはずなのに長さがあってくるんとカーブを描いていた。次に後頭部へぐるっと手を回して、髪の中へ指を差し入れるようにして撫でる。指通りが良くて絹の糸のようだ。一通り終わって彼の頭から手を離すと、彼はゆっくりと瞼を上げて、まだ不機嫌ですよとでも言いたげな様子でじとっとわたしの顔を見つめた。真っ白で陶器のような肌にアメジストの瞳がよく映える、お人形さんのように綺麗なお顔。
 彼とはそれなりに長い時間過ごしてきたから、何を考えているのかは目を見れば大体分かる。その美しくてなめらかな頬に手を添えて触れるだけのキスをすると、彼は満足そうににっこりと笑ってわたしの頭を撫でた。わたしの予想は間違っていなかったようだ。返事をするようにわたしもにっこりと笑ってから、伸ばしていた手を引っ込め、その場を離れようとした。
 ――しかし、それは叶わなかった。彼が逃さないぞと言わんばかりにわたしの手をパシッと掴んだからだ。そのまま引き摺り込むように腕の中に閉じ込められる。気が緩んでいたところ、急接近した距離に心臓がばくばくと音を立てた。彼の吐息が額にかかるくらいわたしたちは密着していた。 
「服は……脱がしてくれないの?」
 どろっどろに溶けてしまいそうなほど甘ったるい声でそんなことを言われてどうにもならない方がおかしいと思う。庇護欲が刺激され、きゅううう……と心臓が締め付けられる思いがした。彼の視線は自分よりも上にあるはずなのに、まるで上目遣いをされているような、捨てられた子犬のような多くの光を宿した瞳がそこにあった。その驚くほど純粋な輝きにうぅ……と唸ることしかできない。
 この人はわたしがひよぬいちゃんにやっていたことを全てやらせようとしている。どういう羞恥プレイだと頭を抱えたくなった。しかも、ひよぬいちゃんという観客もいる。(自我はないが)彼の前で軽率な行動をとっていた自分自身を責めた。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かるくらい、全身が熱い。
 そんなわたしの姿が何かを煽ってしまったのか、彼は目の色を変えてわたしの手を自身の着ているシャツのボタンへと誘導した。彼の目は夜の魔物のようにギラついていて、気を抜いたら一瞬で食べられてしまいそうだった。
 わたしが何もできずに固まっていると耳元で「さぁ、早く……」と、粘度の高い妖艶な声が囁く。反射的に肩をすくめた。こんな真昼間から……⁉︎ この人は本気なのか……⁉︎ 頭の処理が追いつかなくてパンクしてしまいそうだ。様々な感情が大渋滞して目が回りそうになっていると、
「あっはっは‼︎」
 と彼は先ほどまでの雰囲気を全てどこかへしまい、バカみたいに大きな声で愉快そうに笑った。
「うんうん! 本当にきみは可愛いね! いいよ。最初からその気はなかったね」
 続きはまた夜に、と言った彼からきゅるんと音が鳴りそうなほどの完璧なウインクが飛んできたが、わたしはそれをぽーっと惚けた顔で見つめることしかできなかった。
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