後悔しても俺には何もできない

事の発端は、2年前に遡る。

従者であるジュンと共に、己の名を掲げた国から去ってから久しい、ある日の事だった。
旅の末に辿り着いた隣国、ルナティア王国で俺は、ユリエ、トラリスという友達と出会った。
俺もすっかり王子という肩書きを忘れ、一般市民として穏やかで落ち着いた暮らしを送っていたのだが……。
すっかり平凡に慣れてしまった俺の日常を揺るがしたのは、かつて俺が王子の座についていた国の噂だった。

『新たな国王が住民を皆殺しにした』という噂を耳にしたのだ。



「……どうするんだ?」
その夜、旅支度をしながらにその噂について頭を悩ませていると、ふと背後から声をかけられた。
振り向けば、苦い顔をしたジュンが様子を見に来たらしい。俺が戻る準備をしていると察すると、余計にその眉間のシワを深めた。

「どうするもこうも無いだろ、様子だけでも見てくる」
「折角去って平穏に暮らしていたんだぞ?」
「とはいえ、ほっとけ無いだろ。止めても行くからな」

ジュンの言いたいことも勿論分かるが、俺だって元とはいえ王子としての使命を感じている。
様子見だけだから、と念を押して、俺は翌日からバーニシア王国へと戻る為に、ようやく住み慣れたはずのルナティア王国を後にした。



そうしてバーシニア王国へ2年ぶりに戻った俺は、国の敷地を跨いで呆然とした。
国は過去の姿を見る影もなく、血に染まった植物でびっしりと、地面まで覆われいてそのシルエットは実に不気味だった。
陰鬱とした雰囲気を漂わせる国の中に、住民は一人も居ない。町としての姿は身を潜めていて、不気味なまでに音はしない、恐ろしくしんとしていた。

「これは……酷い……」

まるで生きとし生けるものの気配はなく、国がまるごと死んでいると言っても過言ではない。
この2年の間に何があったのだろうか、国を後にしてしまったという後悔が重く、俺の身にのしかかっていた。
ジュンが苦い顔をしたのも、これを見越しての事だったのかと思うと、成程、警告もするだろう。

「城に向かってみるか」

とりあえず、この国で一番頑丈で大きな建物といえば、住み慣れた城しか俺には思い浮かばない。
誰かしら、身を寄せている可能性を考えて城への道を急ごうとした。その瞬間、すうっと物陰から人の姿が現れる。ぎらり、殺意に満ちた目が遭って、俺は思わず双剣の柄に手をかける。

「何者だ!?」
「俺の名はラルティア……」

紫を髪を靡かせた男が、城の影から姿を表す。威嚇するようにゆるゆると進めた歩みから、唐突に素早い動きで魔法攻撃を仕掛けてきた。出遅れた俺は衝撃で身をふっとばされ、地面に叩きつけられる。

「う、ぐうっ!!?」
「これ以上に立ち入らせはしない、お前には死んで貰う……!!」

痛みで縫い付けられた身体を追い打ちに駆けるように、ラルティアと名乗った男が攻撃で猛追してくる。

「っ……」
まずい、このままじゃ倒されて終わりだ。今は逃げるが勝ちだ、と判断して、満身創痍の身体で血濡れた藪に飛び込んだ。
どうやら逃げ帰った事で向こうも満足したのだろうか、騒ぎを聞きつけたらしい誰かの声を遠くに、いつしか力尽きて行き倒れていた。




翌日。目を覚ました俺はルナティア王国の病院のベッドの上に居た。どうやらルナティア王国からの助けで、行き倒れていたところを救出されたらしい。

「ジュンから聞いたよ、無茶ばっかりして!」
「悪い……」

友人のユリエはそういいながら、ボロボロになった俺の身体に治癒術を掛けてくれた。
どうやら深い傷の面倒は全て見てくれたらしい。すっかり回復した頃に事情を話す。国が滅んでいた景色、城への侵入を阻む男の話。

「でも、放ってなんかおけなかったんだ……」

そこまで言うと、ユリエは深い溜息を吐く。
「すごい無理をするね、ユウキ一人では」

「それって、どういう……?」
意味深なイントネーションに首を傾げていると、物陰からジュンが頭を覗かせた。その格好も荷物もすっかり旅の支度が出来ていて、ユリエにも同じような装備を手渡す。


「止めても聞かないなら、俺達がついていくまでだ」
「ね、私達なら簡単には負けはしないよ!」



後日、俺が見た一部始終を耳にしたルナティア国王から呼び出され、俺達は今一度バーニシア王国に戻る前に、新たな情報を聞いた。

「バーシニア王国の新しい国王は名を『ディング・バーシニア』と言い……ユウキさん、貴方の双子の弟です」
「弟……!?」

知り得なかった真実に俺は息を呑んだ。俺は、弟がいたことをそこで初めて知ったのだ。
ふたりも驚いたように顔を見合わせる。
国王の耳にも皆殺しの噂は届いていて、俺が行き倒れから助けられたのもちょうどその警戒に当たって準備が整っていたからだそうだ。


改めて助けられたことに感謝しつつ、俺は今度こその使命を果たす為に、数日後、ルナティア王国を後にしてバーニシア王国へと足を運んだ。
ジュン、ユリエ、トラリスと共に再びバーシニア城に辿り着く。
城へと続く道へと足を運べば、前と同じ場所にラルティアが立ちはだかっていた。その冷たい視線で仲間たちを舐め回すように見た後、くだらんと言わんばかりに溜息を零す。

「……やはり来たか、人数を増やしたところで無駄だぞ」

またラルティアの腕が振るわれるが、こちらも怯まない。現国王が会ったことも無い実の弟と知る限り、退く理由は無かった。

「……ディングに……『弟』に、会わせてくれ」
「素直に頷くと思うか?」
「思わない、だから頼んでいる」

くだらん、と今度は言葉で吐き捨て、ラルティアは短剣を握った腕を振るうと一同にめがけて攻撃を仕掛けてきた。
俺もその攻撃に応戦し、自慢の双剣を振るう。今度は怯まない。ラルティアの懐に瞬時に飛び込んで、剣を振るう。
身動き出来ないように先の攻撃を読んで、もう一発食らわせたところでラルティアの姿勢は崩れた。

「くっ、今更お前が兄弟面をして何になる! 行かせない……行かせるものか!」

相当にダメージを負ったと思われるラルティアは、それでも俺達の行く手を阻もうと脚を掴んで抵抗してきた。
このまま転ばされてたまるかと身体を捩った所で、トラリスがその腕に体当たりをかまして、魔法と全身でラルティアの行動を抑える。

「ユウキ君、ここは僕に任せて、君達は早く先に!」
「っ! わかった、任せる……!」



トラリスがラルティアの攻撃を抑え込んでいる間に、俺達一行はようやく城への道を駆け上った。
重たい城のドアにも不気味な植物が絡みつき、とても主の居る建物とは思えない。揃って息を呑んでから重たい扉を押し込んで、せーので踏み混んだ。

「うわ、すごく、静か……」
「こうも変わってしまうのか……?」

「本当に……此処に居るのか……俺の……弟が」

殺伐とした空気の中、しんと静まり返った城の中に人の気配はない。コツコツと足音だけが静かに響く中、ようやく最深部……玉座の置かれた主の間へと辿り着く。

「…………!」
「…………。」

その瞬間、静寂と目があった。

玉座の正面に、ゆらりと立ち尽くすディング・バーシニアの姿があった。
この、滅びきった国の王。俺の双子の弟。
その視線こそこちらを向いているものの、そこに生気は感じられない
静かな空気に揺らめく緑髪は俺と同じ色をしていて、顔も勿論作りは同じ。鏡を見ているような不気味さも感じられるが、その纏う雰囲気、姿はまるで両極端だった。

何より気になるのはその気配で、まるで生きているもののように思えない。生きるものすべてに備わっているはずの生気が感じられないのだ。

「っ、生きて、るのか?……」

思わず呟いてしまった言葉に、返事をするように冷たい言葉が響く。

「……ようこそ、『兄さん』」
「……っ!」

思わず、その声に息を呑んでしまった。まるで幽霊のようにふらりと歩み寄るディングは、未だ操り人形なのではないかと疑ってしまう程だった。


「驚くのも無理はないね……僕には生命力を……マナを作る能力が無い。誰かのマナを奪って生きてきた……」
「……誰か、の……?」
「……それも上手くコントロールは出来ない……君達は僕について何を聞いた?」

そうしてあざ笑うようににこり、笑った顔も似ているのに似ていない。この違和感はなんだ、と怯む気持ち抑え、質問に答えようとした所で目の前の人物が国民を皆殺しにしたという噂を頭に掠める。

「……国民を、皆殺しにした、と……お前が国民の命を吸い尽くしたって事なのか……?」
「……そう、じゃあ兄さんは僕を……恨んでるって事になるのかな」


否定をしない所を見れば、おおよそ間違いではないのだろう。まるで土と花のように、国民と国王の力が成り立っている様子を思い浮かべると、ゾッとする。放ってはおけない。
けど、この目の前に居る国王それこそ、自分の弟だという事実が俺の腕を鈍らせていた。あまりの光景に、隣りにいるふたりも目を見開いて息を呑むばかりだ。

「僕はね、生まれた時から存在を隠され、閉じ込められ、兄さんの代わりに殺される為に……王子の座を押しつけられ死ぬはずだった。恨むなら、お互い様なのかな」


「………………!」
俺の、代わり……?


あまりの衝撃が身体を走る。俺は、その言葉にまたもや息を呑む事しか出来なかった。



「! うっ、ぐうっ……!! ぐあああ!!!」
「!!?」

「ユウキッ!!」

知り得ない事実から呆気に取られたその瞬間、城の城壁がガタガタと揺れ始めた。
あまりに放心していた身体は言うことを聞かず、咄嗟にぼやけた頭で捉えられたのは城の内外に蔓延る、を浴びた草木が暴れだす姿のみだ。
ディングの持つ植物を操る能力が暴走しだした……? 
まるで遠い世界のように感じる意識の向こうからジュンの声がする。瞬間、パンと小気味良い音と共にジュンに頬を叩かれて、そのまま勢いで二人共に床を滑ってく。
先程まで俺がへたり込んでいた場所は、一瞬にして瓦礫に埋もれた。

「悪いっ……」
「いい、正気に戻ったならそれで……それよりここは危ないぞ、早く!!」

ジュンに促されて振り向くと、力の暴走によって悶え苦しむディングの頭上に、大きなひび割れが出来上がっていた。
今にもパラパラと崩れそうな城壁の間をぐねぐねと不気味に植物たちが踊りだしている。能力を放つ本人のすぐそばで、強く影響されているのだろう。

「っ、ディングっ!!」

ぐら、と一際大きく天井が揺れ動いた瞬間、俺は咄嗟に双剣を構えてディングの元へと走り出した。けど、先の戦闘で力は使い果たしていて、足はすっかり言うことを利かない。
先程のショックが抜けきっていない手は剣をガランガランと転がすだけで、咄嗟に伸ばした腕も……。

「くっ、そっ!!!」

瓦礫に埋もれ、消え去っていくディングの影を虚しく、掴めないままだった。





「無事か、ユウキ」
「あぁ……」
「……大丈夫、ユウキ!」
「ああ……」

どうにかして友人ふたりと共に城を抜け出した頃には、すっかり城は瓦礫の山と化していた。もくもくと立ち上がる砂煙の中、生気はとうに消え去ったディングの亡骸を抱く、誰かの姿が浮かび上がる。
仲間と顔を見合わせてから慎重に近づけば、白髪の少女が震えながらに涙していた。腕に抱かれるディングは既に息を引き取り、だらりとその身体に力はもう無い。

「っ……だから、だから……お前に救えるものかと言ったろう……!!」
「お前っ……ラルティアか……!」

そうして少女の身に似合わない鋭い眼光を向けられてようやく気づく。先の戦いで力を使い果たしたのだろうか、不気味な男の姿から少女へと姿を戻したラルティアがそこに居た。


「今更兄弟のフリをしたところで、結局お前はディングの何にもならない!! そればかりかお前が国を離れたせいで、どれだけ苦しんだか理解もしない!!」
「っ……!」
「お前も同じ苦しみを味わえ!」

ラルティアがまたその腕を振るう。恐らく魔法を繰り出そうろ構えたのだろう。俺もその攻撃に応戦するべく、双剣を構えたその時だった。

「ディングを殺したのはそこのヒトではない」
ふたりの頭上から声がしたのは。

「誰だ!?」
「俺の名はゲーテ、ディングの魂は盗まれたのだ。……力に苦しめられている間にな」

ゲーテの名乗る男が不意に現れ、俺とラルティアの間に入ってきた。突如として現れたそうして指さされたディングの身体を、俺とラルティアは揃って見つめる。

「…………マナが」
「…………感じられない……?」

確かに、残されたディングの身体はまるで何も入っていない入れ物のよう。
人形だったのじゃないかと思うほどに、マナの残留は感じられない。
国を滅ぼす程に、取り込んでいたであろうマナは、すっかり抜き取られたかのように残されていなかった。
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