後悔しても前を向いて。

「…それはできません。」


いつもならニコニコと優し気な笑みを浮かべてるフリウが、ぐっと眉間にしわを寄せうなるように呟いた。




目の前にある山のような本。どれも古びてはいるけど
しっかりと管理されていたのがよく分かる。
分厚い表紙の本の山を眺めつつ、ユウキははぁ…とため息をついた。



ユウキはあの時のことがどうにも気になっていた。
バーシニア王国での一件。初めて自分の弟と対面し、…そして失った日。
あの時あの場所には自分達とディング、ラルティア、
そして最後に見た謎の男。

あの男“ゲーテ”という人間はディングがマナを奪われたのだと言っていた。力に苦しめられてる間に彼の魂は奪われたのだと。そんな事あるのだろうか…と思ったけれど実際ディングは国民のマナを奪って生きていたと言ってたしそれを吸収していたという事。
ならば逆に奪われる事もあるのかもしれない。

色々考えたけど結局自分の知識では限界があって。
ならば詳しそうな人に聞いてみようとフリウに声をかけてみたらあれだ。
いつものように穏やかな様子で
話を聞いていたフリウは俺の話を聞くにつれて
どんどん眉間のしわを深めていった。


「えっ…?」

「…話せません。私には貴方たちを守る義務があります。
薄情と言われようと話すことはできません。」
「で、でも…。」
「何度お願いされてもそれはできません。失礼します。」


取り付く島もないとはこの事か。
困惑する俺達をちらりと一瞥するとさっさと部屋から出て行ってしまった。



「…嘘だろ。」

「全然相手にしてくれなかったね。」

「あんなに頑ななフリウ初めて見た。」

「どうするんだ?話を聞きたかったんだろ。」

「いや…どうするって言ってもあれじゃ…。」


はっきりと『何度聞かれても話す事はできない』と明言されてしまったのに
どうしようもないじゃないか。
それにしてもあんなに頑ななフリウを初めて見た。
ゲーテという男に心当たりはないけれどそんなにやばいやつだったっけ。


困惑するユリエ達とどうしたものかと顔を見合わせていると
フリウの出て行った扉がゆっくりと開かれる。
視線を向けるとそこには少し驚いたような顔のガイスト先生が立っていた。


「…おや、どうしたのかい?そんな所に集まって。」

「ガイスト先生。実は…。」


先日のバーシニアでの一件を不可解に思っていた事。
ディングの体からマナが抜き取られるというが、
そんな事本当に可能なのかという事。
実際抜けてしまったそれを自分達は見てきたが、
じゃあ一体だれがそんな事をしたのかと思っている事…

ガイスト先生はあの日の一件を知ってるから
かいつまんだ説明でも通じたらしい。
自分達で調べてはみたけどダメだったのでフリウに
聞こうとしたと告げるとそれまで「なるほど」と相槌を打ちつつ
聞いていた彼の表情が少し曇った。
違和感を覚えたけどそのまま話続けて
どうしても知りたいのだと説明し続ける。


話を終えてしばらくだんまりだったガイストに今度は俺達の表情が曇っていく。

(……やっぱりガイスト先生も駄目だというのかな。)


フリウのあの剣幕、きっとただ事じゃないんだろう。
だとすれば同じ協会メンバーで仲間であるガイストが同じように反対してもおかしくはない。


断られる未来を想像してげんなりしていると、それまで黙っていた彼はおもむろに「診察室に行こうか」と呟いた。


◇◇◇

大きな石作りの会階段をおりていくとそこはひんやりとした空気で満ちていた。地下とは言っても完全に密室にならないように半地下状のそこは、高い天井のすぐ近くに小ぶりな窓が付いていて心地よい風がふき抜けていた。

俺達が入ったのを確認するとガイスト先生は診察室の扉をゆっくりと閉める。
そのとき外にかけてある『休憩中』のボードを表にしたのを俺は見逃さなかった。



「…一応聞きたいんだけど本気で聞きたいのかい?」
「……。」
「今ならまだ戻れる。聞いてしまったらいよいよ戻れなくなるよ。」
「…わかってる。けど俺は知りたいんだ。」
「そう…。」


一切ふざけてもいない脅かしているわけでもない真剣な表情。
それを見てこちらも真剣に答えると俺達が本気だと伝わったらしい。
ガイスト先生は一瞬だけその赤い瞳を伏せたかと思うと、次の瞬間には何かを決意したような表情でこちらを見つめてきた。


「…分かったよ、なら僕が教えてあげる。」
「……っ、ありがとうっ。」
「少し長くなるだろうから三人ともそこに座って。楽にしてもらっていいからね。」


指さされたのは診察室にある来客用のソファと椅子。
言われるままに腰を下ろすとふかふかとした感触と共に石鹸のような優しい香りがした。
座ったのを確認してガイスト先生は診察時に医師が座る丸いすに腰掛けてこちらに視線を向ける。
そうしてこちらを向く赤い瞳をい1.2度と瞬かせるとゆっくりと話し始めた。


「僕はね心配してたんだ。君たちが『ディングを生き返らせて』って駄々をこねるんじゃないかってさ。もっともそれは彼にはできないけれど……。とにかく君たちが彼と同じ道を辿ってしまうんじゃないかって気にしてた。」
「……彼?」
「うん。フリウ君より偉かった僕たちの長、ミカエルのことさ。」
「ミカエルって…あの?」
「そう。あのミカエル。」


………僕たちもね大切な人を殺された事があるんだ。
その時に一番傷ついていたのが彼だった。いつも冷静な彼が僕に『ガブリエルを蘇らせろ!』って詰め寄ってくる程にね。

だから僕は彼の命令に従い蘇らせた。でもガブリエルを救う事は出来ず、結局はミカエルはガブリエルを殺した。……今度は彼自身の手でね。そしてその怒りとやるせなさの矛先をサタンへと向ける事で彼は自身をとどめた。



「あの…どうしてそんなことに?」
「ガブリエルは死を恐れた、それと同時に生を受け入れられなかったんだよ。死というのは呪いだ。一度でもその呪いに縛られてしまったら精神が耐えきれず壊れてしまう。それは例え人でも天使でも動物でも…ね。
僕にはそれを癒す事ができなかった。もちろんそれを命じた彼にもね。」
「…。」
「僕が異国では『精神』を表す名前に改名したのも、僕じゃ精神を癒す事はできませんよってわかって欲しいから。それと同時に僕自身への戒めでもあるんだ。」


一気に話したからだろうかそれ以外の理由だろうか。
ガイスト先生はそこまで話すと小さくため息をついて何か物思いにふけるように壁にある小窓の外への視線を向けた。
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