恋はくせもの
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シンは次に先程とは異なる肉料理を並べた。
「夏侯淵様から頂いた山鳥と、張郃様から頂いた果実を煮込んでみました」
「だから何故普通に出さんのだ」
山鳥など、ただ煮込むだけで十分に美味い。
眉を顰めた夏侯惇に、シンは朗らかに笑った。
「だって、それじゃあ普通じゃないですか」
普通で良いだろう。
誰もがそう思ったが、誰もそれを口に出す事はしなかった。
可愛いシンが一生懸命に創意工夫を凝らし、作っているのだ。
その厚意を無下にしては男が廃ると言うもの。
恐る恐る、山鳥を口に運ぶと、何とも言えない味わいが広がった。
「・・・微かに酸味がありますね」
「はい。総合的に未知の領域です」
荀攸は流れるように酒に手を伸ばす。
荀彧がそれを穏やかに諫めた。
「公達殿、少し飲み過ぎでは・・・」
「そう仰る文若殿こそ、今日は随分と過ごされている様子ですが」
言われて荀彧は手元の杯を見る。
確かに、普段よりも酒量が多い。
その二人の遣り取りに、シンはぽんと手を叩いた。
「お酒に合うって事ですね!」
違う、断じて違う。
酒で流し込まねば、喉を通らないのだ。
そう言い掛ける言葉を、二人は酒を飲む事で抑え込んだ。
荀攸は兎も角、荀彧の飲みっぷりにシンは慌てたように言う。
「あ、次は締めのお粥ですからね。あんまり飲まれるとお腹一杯になっちゃいますよ」
漸く締めか。
誰もがそう思い、ほっと息を吐いた。
粥とは米と水と少々の塩のみで作られるものだ。
誰もがそう信じて疑わなかった。
しかし、シンはその斜め上を余裕で越えて行った。
「お待たせしました!」
と、並べられたのは、真っ白な粥ではなく、どろどろとした紫色の何か。
「シン・・・これは一体・・・」
尋ねる曹仁の声が震えている。
鉄壁を誇る男が見せた初めての動揺に、シンはけろりと言った。
「お粥ですよ?」
「それにしては見た目が少々、禍々しいが」
于禁の低い声など意に介さず、彼女は続ける。
「見た目はちょっと悪いですけど。でも、味は大丈夫です!」
何処からそんな自身が湧いて来るのか。
全員の、匙を持つ手が震えていた。
「だって、美味しいものを全部入れたんですもの!」
それは違う!
全員の心が完全に一致した瞬間だった。
「が、楽文謙、一番槍はお任せ下さい!」
曹休に先んじて一番手を取られた事を気にしていたのか、楽進が豪快に行った。
ここまで来て引き下がる訳には行くまいと、各々もそれに続く。
正しく、命を掛けた戦場であった。
歯を食いしばり、こみ上げるものを押し殺し、黙々と匙を動かしては酒を煽る。
数多の死線を潜り抜けた歴戦の将ですら時に意識を失いかけた。
そうして最終決戦をどうにか生き延びた一同の前に、瑞々しい葡萄が供される。
安堵の息が何処からともなく零れ落ちた。
「美味い・・・」
「葡萄ってこんなに美味いんだな」
その言葉を聞いて、シンは嬉しそうに目を細める。
「皆さんに喜んで頂けて、私も嬉しいです!」
彼女は今日一番の笑顔を浮かべた。
「次はもっと頑張りますね!」
ここが戦場なら間違いなく、彼らは退却を選んでいただろう。
それ程までに、過酷な戦いだった。
だが、全員がシンに少なからずの好意を寄せているのだ、彼らの恋路に退却の二文字はない。
見惚れてしまいそうになる程の、シンの笑顔。
この笑顔の為なら惜しむものなど何もなかった。
その場の誰もが、曖昧な微笑みで応じる。
「恋はくせもの」。
その言葉が、そっと胸の奥に浮かんだ。
シンの家を出た一同が、その瞬間に賈詡からの薬を服用したのは言うまでもない。
→あとがき
「夏侯淵様から頂いた山鳥と、張郃様から頂いた果実を煮込んでみました」
「だから何故普通に出さんのだ」
山鳥など、ただ煮込むだけで十分に美味い。
眉を顰めた夏侯惇に、シンは朗らかに笑った。
「だって、それじゃあ普通じゃないですか」
普通で良いだろう。
誰もがそう思ったが、誰もそれを口に出す事はしなかった。
可愛いシンが一生懸命に創意工夫を凝らし、作っているのだ。
その厚意を無下にしては男が廃ると言うもの。
恐る恐る、山鳥を口に運ぶと、何とも言えない味わいが広がった。
「・・・微かに酸味がありますね」
「はい。総合的に未知の領域です」
荀攸は流れるように酒に手を伸ばす。
荀彧がそれを穏やかに諫めた。
「公達殿、少し飲み過ぎでは・・・」
「そう仰る文若殿こそ、今日は随分と過ごされている様子ですが」
言われて荀彧は手元の杯を見る。
確かに、普段よりも酒量が多い。
その二人の遣り取りに、シンはぽんと手を叩いた。
「お酒に合うって事ですね!」
違う、断じて違う。
酒で流し込まねば、喉を通らないのだ。
そう言い掛ける言葉を、二人は酒を飲む事で抑え込んだ。
荀攸は兎も角、荀彧の飲みっぷりにシンは慌てたように言う。
「あ、次は締めのお粥ですからね。あんまり飲まれるとお腹一杯になっちゃいますよ」
漸く締めか。
誰もがそう思い、ほっと息を吐いた。
粥とは米と水と少々の塩のみで作られるものだ。
誰もがそう信じて疑わなかった。
しかし、シンはその斜め上を余裕で越えて行った。
「お待たせしました!」
と、並べられたのは、真っ白な粥ではなく、どろどろとした紫色の何か。
「シン・・・これは一体・・・」
尋ねる曹仁の声が震えている。
鉄壁を誇る男が見せた初めての動揺に、シンはけろりと言った。
「お粥ですよ?」
「それにしては見た目が少々、禍々しいが」
于禁の低い声など意に介さず、彼女は続ける。
「見た目はちょっと悪いですけど。でも、味は大丈夫です!」
何処からそんな自身が湧いて来るのか。
全員の、匙を持つ手が震えていた。
「だって、美味しいものを全部入れたんですもの!」
それは違う!
全員の心が完全に一致した瞬間だった。
「が、楽文謙、一番槍はお任せ下さい!」
曹休に先んじて一番手を取られた事を気にしていたのか、楽進が豪快に行った。
ここまで来て引き下がる訳には行くまいと、各々もそれに続く。
正しく、命を掛けた戦場であった。
歯を食いしばり、こみ上げるものを押し殺し、黙々と匙を動かしては酒を煽る。
数多の死線を潜り抜けた歴戦の将ですら時に意識を失いかけた。
そうして最終決戦をどうにか生き延びた一同の前に、瑞々しい葡萄が供される。
安堵の息が何処からともなく零れ落ちた。
「美味い・・・」
「葡萄ってこんなに美味いんだな」
その言葉を聞いて、シンは嬉しそうに目を細める。
「皆さんに喜んで頂けて、私も嬉しいです!」
彼女は今日一番の笑顔を浮かべた。
「次はもっと頑張りますね!」
ここが戦場なら間違いなく、彼らは退却を選んでいただろう。
それ程までに、過酷な戦いだった。
だが、全員がシンに少なからずの好意を寄せているのだ、彼らの恋路に退却の二文字はない。
見惚れてしまいそうになる程の、シンの笑顔。
この笑顔の為なら惜しむものなど何もなかった。
その場の誰もが、曖昧な微笑みで応じる。
「恋はくせもの」。
その言葉が、そっと胸の奥に浮かんだ。
シンの家を出た一同が、その瞬間に賈詡からの薬を服用したのは言うまでもない。
→あとがき
