恋はくせもの
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厨房に戻ったシンはすっかり整った様子に声を上げた。
「わあ!皆さん、ありがとうございます」
「気にするな。あのままでは調理どころではない」
と、答えながら夏侯惇が溜め息を吐いた。
「全く・・・来れない代わりに差し入れるのは構わんが、適量と言うものを知らん者ばかりだ」
彼がそう言うのも無理はなく、決して広いとは言い難い厨房には山のように食材が積み上がっていた。
曹操からは壺にたっぷりと入った最高級の蜂蜜。
曹丕と甄姫からは今にも弾けそうな葡萄。
許褚からは畑で採れた野菜の数々。
典韋からは塩漬けの魚。
夏侯淵ならではの山鳥。
蔡文姫からはまるでその人そのもののような香草。
王異からは強く搾ると色々とすっきりすると言う柑橘。
張郃からは彩り用にと南方の果実。
郭嘉からはいつもの酒。
その他にシン自身が用意していた肉や野菜。
「いやあ、実に興味深い食材ばかりだ。見に来た甲斐があったよ。特にこれとか、どう見ても武器にしか見えないと思わないかい?」
満寵が楽しそうに言って持ち上げたのは黒っぽい硬い殻に覆われた、何かの実のようなもの。
于禁はそれを一瞥すると、シンに尋ねて言う。
「シン・・・間違って投擲用の武器を持ち込んだのではあるまいな?」
「違いますよ。茹でて殻を割って食べるらしいです。商人さんが言ってました」
「へえ、これも食材なのか」
妙に感心する満寵の横で、龐徳がどかりと大きな音を立ててすり鉢を置いた。
「シン、必要なものはこれで全部であろうか」
「あ、ありがとうございます。この前、高い所に置いちゃって、困ってたんですよね」
「いや、この程度」
龐徳は軽く答え、彼女に頼まれて運んで来た調理器具の数々を見回す。
一打で頭を砕けそうな長柄の金属杵。
見た目が防具の大型の蒸籠。
それから、盾のような鉄製の蓋。
「・・・それにしても、食材のみならず、器具も様々なものがあるのだな」
「ははっ、これとか夏侯惇殿の武器みたいだ」
と、満寵が楽しそうに言うと、夏侯惇が即座に睨みを返した。
「俺の武器と同じにするな」
于禁がシンに尋ねて言う。
「シン・・・間違って夏侯惇殿の武器を持って来たのではあるまいな?」
「普通の肉切り包丁ですよ?」
それを聞いて、于禁は眉間に皺を寄せた。
普通。
普通とは何であったか。
重量も形状も街で見掛けるものとは全く異なるように思えるが、いや、シンが言うのだ。
これが普通なのだろう。
于禁は思考を放棄すると、彼女に続けて言う。
「シン、これより調理に入る。心して掛かれ」
「はいっ!」
シンはいつもの癖で于禁に軍礼を返し、そこで漸く、気が付いたように言った。
「今日は私が皆さんを持て成すんですからね!はい、夏侯惇様も満寵様も龐徳様も。出てって下さい」
と、出口に向かって于禁の背中をぐいぐいと押しやる。
他の三人は素直に従うが、于禁だけが中々頷こうとしなかった。
「いや、しかし・・・このような大量の武器防具、私の監視下でなければ」
「大丈夫ですっ!使い慣れてますから!」
尚も躊躇う于禁を押し切るように追い出したシンは腕まくりをして一つ、鼻を鳴らした。
「よぉし!頑張るぞ!」
最初に卓へと運ばれてきたのは、彩り豊かな和え物だった。
「許褚様から頂いた野菜と蔡文姫様から頂いた香草を、王異様から頂いた柑橘の汁で和えてみました。郭嘉様から頂いたお酒もどうぞ」
シンはそう言って器を丁寧に並べる。
「これは美味しそうですね」
と、荀彧が目の前の器を見て微笑んだ。
「ええ。柑橘も香り高く、食欲を刺激されます」
その隣で荀攸が静かに箸を手に取る。
全員が揃って和え物を口に運んだ。
「美味いな!」
誰よりも早く、声を上げたのは曹休だった。
「うむ、鼻に抜ける柑橘が実に爽やかだ」
曹仁が余韻を楽しむようにゆっくりと目を閉じる。
その様子にシンは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
良かった!掴みは良いみたい!
「直ぐに次も用意しますね!」
みるみる減って行く和え物に、彼女は厨房へと急いで駆け戻る。
続けて、澄んだ汁の中に茸と野菜が沈んでいる椀物が並んだ。
「ふむ、何やら見掛けぬ茸だが・・・シン、これは何と言う茸でござろう」
見た目はいかにも茸であったが、それにしては随分と色鮮やか。
自分が知る茸とは随分と様子が異なる。
椀の中を見つめる徐晃に、シンは細い首を傾げて答えた。
「さあ?普通に山に生えてるので・・・。でも、すっごく美味しいんですよ!」
「そうか」
徐晃は思考を放棄し、椀物に手を伸ばす。
シンが言うのだから、間違いはないだろう。
口に含めば、微かな刺激が全員の舌先に走った。
「劇物か・・・?」
于禁の眉間に皺が寄る。
食べられない事はないが、美味しいとは言い難い。
「うん、刺激的だね!」
満寵はそうでもないらしい、于禁は自分の味覚がおかしいのかと首を捻りながら椀物を啜った。
矢張り、少し痺れる気がするが・・・許容範囲内だ。
「次は典韋様から頂いた干物を、曹操様から頂いた蜂蜜に漬け込んでみました!」
「何故、漬け込む必要がある。そのままでも十分だろう」
夏侯惇は艷やかな干物を見下ろす。
干物にあるまじき照り、付け合わせの山菜までもが異様に輝いていた。
「ふっくらして美味しいかなって」
「干物とは固いものとばかり思っておったが・・・。シンは随分と変わった発想をなされる」
感心したように龐徳に言われ、シンが照れる。
「えへへっ!」
「少し甘いが・・・郭嘉殿の酒と調和するように仕上げているのか」
張遼がそう言って、杯に新たに酒を注いだ。
郭嘉が差し入れた酒はすっきりとした辛口、甘い干物と絶妙な調和を生み出している。
「続けてお肉です!」
これぞ主役、串に刺した肉の香ばしい匂いが全員の鼻を擽った。
齧り付くと、何とも言えない旨味が口内に広がる。
「美味しいです!」
その感動のままに、楽進が叫び、全員が一様に頷いた。
「うん、これは普通に美味いな。シン、これ、何の肉なんだ?」
李典の質問に、シンは得意気に答える。
「熊さんです!お肉も新鮮な方が良いかなって、朝一に狩って来ました!」
その言葉に、全員の動きがぴたりと止まった。
くま。
くまとは、あの獰猛な熊の事か。
いや、熊が食材として扱われるのに何ら不思議はない。
問題は彼女が放った、狩って来たと言う言葉だ。
よもやまさか、その細腕で熊を仕留めたのか。
あの獰猛な獣を、呂布ではあるまいし。
恐らく、聞き間違いだろう。
狩って来たのではなく、買って来たのだ。
「そうか。シンは朝から頑張ってくれたのだな」
曹休はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
「わあ!皆さん、ありがとうございます」
「気にするな。あのままでは調理どころではない」
と、答えながら夏侯惇が溜め息を吐いた。
「全く・・・来れない代わりに差し入れるのは構わんが、適量と言うものを知らん者ばかりだ」
彼がそう言うのも無理はなく、決して広いとは言い難い厨房には山のように食材が積み上がっていた。
曹操からは壺にたっぷりと入った最高級の蜂蜜。
曹丕と甄姫からは今にも弾けそうな葡萄。
許褚からは畑で採れた野菜の数々。
典韋からは塩漬けの魚。
夏侯淵ならではの山鳥。
蔡文姫からはまるでその人そのもののような香草。
王異からは強く搾ると色々とすっきりすると言う柑橘。
張郃からは彩り用にと南方の果実。
郭嘉からはいつもの酒。
その他にシン自身が用意していた肉や野菜。
「いやあ、実に興味深い食材ばかりだ。見に来た甲斐があったよ。特にこれとか、どう見ても武器にしか見えないと思わないかい?」
満寵が楽しそうに言って持ち上げたのは黒っぽい硬い殻に覆われた、何かの実のようなもの。
于禁はそれを一瞥すると、シンに尋ねて言う。
「シン・・・間違って投擲用の武器を持ち込んだのではあるまいな?」
「違いますよ。茹でて殻を割って食べるらしいです。商人さんが言ってました」
「へえ、これも食材なのか」
妙に感心する満寵の横で、龐徳がどかりと大きな音を立ててすり鉢を置いた。
「シン、必要なものはこれで全部であろうか」
「あ、ありがとうございます。この前、高い所に置いちゃって、困ってたんですよね」
「いや、この程度」
龐徳は軽く答え、彼女に頼まれて運んで来た調理器具の数々を見回す。
一打で頭を砕けそうな長柄の金属杵。
見た目が防具の大型の蒸籠。
それから、盾のような鉄製の蓋。
「・・・それにしても、食材のみならず、器具も様々なものがあるのだな」
「ははっ、これとか夏侯惇殿の武器みたいだ」
と、満寵が楽しそうに言うと、夏侯惇が即座に睨みを返した。
「俺の武器と同じにするな」
于禁がシンに尋ねて言う。
「シン・・・間違って夏侯惇殿の武器を持って来たのではあるまいな?」
「普通の肉切り包丁ですよ?」
それを聞いて、于禁は眉間に皺を寄せた。
普通。
普通とは何であったか。
重量も形状も街で見掛けるものとは全く異なるように思えるが、いや、シンが言うのだ。
これが普通なのだろう。
于禁は思考を放棄すると、彼女に続けて言う。
「シン、これより調理に入る。心して掛かれ」
「はいっ!」
シンはいつもの癖で于禁に軍礼を返し、そこで漸く、気が付いたように言った。
「今日は私が皆さんを持て成すんですからね!はい、夏侯惇様も満寵様も龐徳様も。出てって下さい」
と、出口に向かって于禁の背中をぐいぐいと押しやる。
他の三人は素直に従うが、于禁だけが中々頷こうとしなかった。
「いや、しかし・・・このような大量の武器防具、私の監視下でなければ」
「大丈夫ですっ!使い慣れてますから!」
尚も躊躇う于禁を押し切るように追い出したシンは腕まくりをして一つ、鼻を鳴らした。
「よぉし!頑張るぞ!」
最初に卓へと運ばれてきたのは、彩り豊かな和え物だった。
「許褚様から頂いた野菜と蔡文姫様から頂いた香草を、王異様から頂いた柑橘の汁で和えてみました。郭嘉様から頂いたお酒もどうぞ」
シンはそう言って器を丁寧に並べる。
「これは美味しそうですね」
と、荀彧が目の前の器を見て微笑んだ。
「ええ。柑橘も香り高く、食欲を刺激されます」
その隣で荀攸が静かに箸を手に取る。
全員が揃って和え物を口に運んだ。
「美味いな!」
誰よりも早く、声を上げたのは曹休だった。
「うむ、鼻に抜ける柑橘が実に爽やかだ」
曹仁が余韻を楽しむようにゆっくりと目を閉じる。
その様子にシンは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
良かった!掴みは良いみたい!
「直ぐに次も用意しますね!」
みるみる減って行く和え物に、彼女は厨房へと急いで駆け戻る。
続けて、澄んだ汁の中に茸と野菜が沈んでいる椀物が並んだ。
「ふむ、何やら見掛けぬ茸だが・・・シン、これは何と言う茸でござろう」
見た目はいかにも茸であったが、それにしては随分と色鮮やか。
自分が知る茸とは随分と様子が異なる。
椀の中を見つめる徐晃に、シンは細い首を傾げて答えた。
「さあ?普通に山に生えてるので・・・。でも、すっごく美味しいんですよ!」
「そうか」
徐晃は思考を放棄し、椀物に手を伸ばす。
シンが言うのだから、間違いはないだろう。
口に含めば、微かな刺激が全員の舌先に走った。
「劇物か・・・?」
于禁の眉間に皺が寄る。
食べられない事はないが、美味しいとは言い難い。
「うん、刺激的だね!」
満寵はそうでもないらしい、于禁は自分の味覚がおかしいのかと首を捻りながら椀物を啜った。
矢張り、少し痺れる気がするが・・・許容範囲内だ。
「次は典韋様から頂いた干物を、曹操様から頂いた蜂蜜に漬け込んでみました!」
「何故、漬け込む必要がある。そのままでも十分だろう」
夏侯惇は艷やかな干物を見下ろす。
干物にあるまじき照り、付け合わせの山菜までもが異様に輝いていた。
「ふっくらして美味しいかなって」
「干物とは固いものとばかり思っておったが・・・。シンは随分と変わった発想をなされる」
感心したように龐徳に言われ、シンが照れる。
「えへへっ!」
「少し甘いが・・・郭嘉殿の酒と調和するように仕上げているのか」
張遼がそう言って、杯に新たに酒を注いだ。
郭嘉が差し入れた酒はすっきりとした辛口、甘い干物と絶妙な調和を生み出している。
「続けてお肉です!」
これぞ主役、串に刺した肉の香ばしい匂いが全員の鼻を擽った。
齧り付くと、何とも言えない旨味が口内に広がる。
「美味しいです!」
その感動のままに、楽進が叫び、全員が一様に頷いた。
「うん、これは普通に美味いな。シン、これ、何の肉なんだ?」
李典の質問に、シンは得意気に答える。
「熊さんです!お肉も新鮮な方が良いかなって、朝一に狩って来ました!」
その言葉に、全員の動きがぴたりと止まった。
くま。
くまとは、あの獰猛な熊の事か。
いや、熊が食材として扱われるのに何ら不思議はない。
問題は彼女が放った、狩って来たと言う言葉だ。
よもやまさか、その細腕で熊を仕留めたのか。
あの獰猛な獣を、呂布ではあるまいし。
恐らく、聞き間違いだろう。
狩って来たのではなく、買って来たのだ。
「そうか。シンは朝から頑張ってくれたのだな」
曹休はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
