なつかしい風景
貴女のお名前
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貴女に見せたいと願う。
城内はどこを見ても、龐徳には同じようにしか思えず、辺りを見回して溜め息を吐いた。
「ぬう・・・ここは一体どこであろうか」
道を尋ねようにも、その独白を聞く者すら見当たらない。
未だ勝手も知らぬ城内を、案内人無しに動き回るのは浅慮だったかと、少なからず後悔する。
とは言え、ここで突っ立っていた所で何の解決にもならないのだ。
歩いていれば、その内に、誰かにでも出会すであろう。
案内を請うて、教えてもらえたら良いがと、小さな不安が彼の胸を過る。
降将と言う、周りに与えた印象は中々拭えず、曹魏に遣って来たばかりの龐徳を快く思わない者も居ない訳ではなかった。
何か功績の一つでも示して見せれば良いのだろうが、今の所、その予定はない。
龐徳は再び、溜め息を吐く。
出会す人物が自分の事を知らないのであれば気楽なのだが。
その願いが届いたのか、龐徳の視界の隅に女官の姿が入って来た。
「そこの御仁!」
と、慌てて声を掛ければ、彼女が足を止めて龐徳の方を見る。
「私、でしょうか?」
「うむ。済まぬが、それがしに手を貸して頂けぬか」
女官相手に馬鹿丁寧に頼み込む龐徳に、彼女は僅かに頬を緩めた。
「はい、何でしょう」
「実は、道に迷ってしまい・・・厩舎の場所を教えて頂きたい」
「厩舎・・・」
思い出すように頬に手を当て、折れそうに細い首を傾げる仕草が愛らしい。
暫く考えていた彼女はにこりと微笑むと、
「ご案内します」
自分より一回り以上大きな龐徳の前に立って歩き出した。
「申し遅れました、私、名無しさんと申します」
「それがしは龐徳、字を令明と申す」
互いに名乗り、厩舎への道を進む。
龐徳は前を行く小さな背中に声を掛けた。
「名無しさん殿は曹魏に務めて長いのだろうか」
「どうぞ名無しさんとお呼び下さいませ。こちらに務めるようになって半月程でございます」
未だ新人だと言う彼女は、成る程、着ている女官服も真新しい。
「私も時々、道に迷ってしまうので、今日みたいに時間のある時は城内を散策しています」
と、付け加えて説明したのを始めとして、道中、彼女はよく喋った。
元々、お喋りが好きなのか、気を使っているのかは分からないが、名無しさんの鈴のように可愛らしい声は龐徳の耳に心地好く届く。
その声に耳を傾けながら、小さな名無しさんの小さな歩幅に合わせて歩いていると、不思議と穏やかな気持ちでいられた。
やがて、厩舎が近いと知らせるように馬の嘶きが聞こえ、辿り着く手前で、龐徳は名無しさんに礼を言う。
「ここで十分だ。世話を掛けたな」
「いいえ、お役に立てて何よりです」
微笑み、立ち去ろうと踵を返す名無しさんに、龐徳は不意に名残惜しさを覚え、急いだ様子で口を開いて言った。
「名無しさん、その・・・また困った事があれば声を掛けても良いだろうか」
「ええ、構いませんよ。いつでもお呼び下さい」
そう言って、振り向いた彼女が見せた笑顔は魅力的で、思い出してみれば、あの時、既に自分の心は名無しさんに奪われていたのだと龐徳は確信していた。
今も、隣に並んで馬の毛並みを整える彼女の横顔に目を奪われていて、その視線に気付いた名無しさんが首を傾げる。
「龐徳様、どうかなさいましたか?」
「ああ、いや・・・何でもない」
龐徳は慌てて顔を逸らし、誤魔化すように目の前の愛馬の毛を櫛り始めた。
彼女に会うのは、今回で何度目になるだろうかと、手を動かしながら龐徳は思う。
また声を掛けても良いだろうかと言う質問に、快く答えてくれた事に甘え、龐徳は時折、馬の世話の手伝いを彼女に頼んでいた。
そもそも、厩舎には担当が既に配属されている、彼が世話をする必要はないのだが、何かそれらしい理由でも作らなければ、情けない事に、彼女に声を掛ける事すらできない。
一方で、厩舎に担当者が居る事は、女官の名無しさんも知っている筈だろう、しかし、何も言わずに手伝ってくれるのは、彼女もまた、自分を憎からず思ってくれているのではないかと、龐徳は淡い期待を抱いていた。
初めの頃、怖々と触れていた名無しさんの手は、回数を重ねる毎に慣れた様子を見せ、今では優しい仕草で馬の背を撫でている。
馬の方も、毛並みを整えてくれる彼女に甘えるようになった。
「ふふっ、擽ったい」
すりすりと体を寄せて来る馬に、名無しさんが笑顔を浮かべる。
「ねぇ、龐徳様。この子、私の事を覚えてくれたのでしょうか」
「うむ、そうであろうな。馬は臆病で警戒心が強い、中でもその翻羽 は特に臆病者。体を擦り寄せて来るのは珍しい」
そうと聞いて嬉しくなり、名無しさんは馬の首の付け根に顔を埋めるようにして抱き付いた。
大きな馬と戯れる小さな彼女の姿は、龐徳の目に愛くるしく映る。
「翻羽って、格好良い名前なのに。甘えん坊なんですね」
「だが、速さは空を行く鳥のように速い。故に翻羽と名付けた」
と、どこか自慢気に言う龐徳に、名無しさんは大きな瞳を瞬かせた。
「どうして、それだと翻羽になるのでしょうか?」
「翻羽とは穆王が所有していたと言われる馬の内の一頭の名。猛禽よりも速く駆けると聞く。他に飛ぶように走る事ができる絶地 、一夜に万里を走る奔霄 ・・・」
そこまで言って、龐徳は気が付いたように言葉を止める。
「・・・済まぬ、つまらぬ事を申した」
女性には退屈な話だろう、得意気に語った自分に恥じ入るばかりだ。
「いいえ、そのような事は」
埋めていた馬の首から顔を上げ、名無しさんは否定して微笑んだ。
「龐徳様のお話、もっと聞かせて下さい」
初めて会った時の、あの魅力的な笑顔で言われ、龐徳は胸を高鳴らせた。
城内はどこを見ても、龐徳には同じようにしか思えず、辺りを見回して溜め息を吐いた。
「ぬう・・・ここは一体どこであろうか」
道を尋ねようにも、その独白を聞く者すら見当たらない。
未だ勝手も知らぬ城内を、案内人無しに動き回るのは浅慮だったかと、少なからず後悔する。
とは言え、ここで突っ立っていた所で何の解決にもならないのだ。
歩いていれば、その内に、誰かにでも出会すであろう。
案内を請うて、教えてもらえたら良いがと、小さな不安が彼の胸を過る。
降将と言う、周りに与えた印象は中々拭えず、曹魏に遣って来たばかりの龐徳を快く思わない者も居ない訳ではなかった。
何か功績の一つでも示して見せれば良いのだろうが、今の所、その予定はない。
龐徳は再び、溜め息を吐く。
出会す人物が自分の事を知らないのであれば気楽なのだが。
その願いが届いたのか、龐徳の視界の隅に女官の姿が入って来た。
「そこの御仁!」
と、慌てて声を掛ければ、彼女が足を止めて龐徳の方を見る。
「私、でしょうか?」
「うむ。済まぬが、それがしに手を貸して頂けぬか」
女官相手に馬鹿丁寧に頼み込む龐徳に、彼女は僅かに頬を緩めた。
「はい、何でしょう」
「実は、道に迷ってしまい・・・厩舎の場所を教えて頂きたい」
「厩舎・・・」
思い出すように頬に手を当て、折れそうに細い首を傾げる仕草が愛らしい。
暫く考えていた彼女はにこりと微笑むと、
「ご案内します」
自分より一回り以上大きな龐徳の前に立って歩き出した。
「申し遅れました、私、名無しさんと申します」
「それがしは龐徳、字を令明と申す」
互いに名乗り、厩舎への道を進む。
龐徳は前を行く小さな背中に声を掛けた。
「名無しさん殿は曹魏に務めて長いのだろうか」
「どうぞ名無しさんとお呼び下さいませ。こちらに務めるようになって半月程でございます」
未だ新人だと言う彼女は、成る程、着ている女官服も真新しい。
「私も時々、道に迷ってしまうので、今日みたいに時間のある時は城内を散策しています」
と、付け加えて説明したのを始めとして、道中、彼女はよく喋った。
元々、お喋りが好きなのか、気を使っているのかは分からないが、名無しさんの鈴のように可愛らしい声は龐徳の耳に心地好く届く。
その声に耳を傾けながら、小さな名無しさんの小さな歩幅に合わせて歩いていると、不思議と穏やかな気持ちでいられた。
やがて、厩舎が近いと知らせるように馬の嘶きが聞こえ、辿り着く手前で、龐徳は名無しさんに礼を言う。
「ここで十分だ。世話を掛けたな」
「いいえ、お役に立てて何よりです」
微笑み、立ち去ろうと踵を返す名無しさんに、龐徳は不意に名残惜しさを覚え、急いだ様子で口を開いて言った。
「名無しさん、その・・・また困った事があれば声を掛けても良いだろうか」
「ええ、構いませんよ。いつでもお呼び下さい」
そう言って、振り向いた彼女が見せた笑顔は魅力的で、思い出してみれば、あの時、既に自分の心は名無しさんに奪われていたのだと龐徳は確信していた。
今も、隣に並んで馬の毛並みを整える彼女の横顔に目を奪われていて、その視線に気付いた名無しさんが首を傾げる。
「龐徳様、どうかなさいましたか?」
「ああ、いや・・・何でもない」
龐徳は慌てて顔を逸らし、誤魔化すように目の前の愛馬の毛を櫛り始めた。
彼女に会うのは、今回で何度目になるだろうかと、手を動かしながら龐徳は思う。
また声を掛けても良いだろうかと言う質問に、快く答えてくれた事に甘え、龐徳は時折、馬の世話の手伝いを彼女に頼んでいた。
そもそも、厩舎には担当が既に配属されている、彼が世話をする必要はないのだが、何かそれらしい理由でも作らなければ、情けない事に、彼女に声を掛ける事すらできない。
一方で、厩舎に担当者が居る事は、女官の名無しさんも知っている筈だろう、しかし、何も言わずに手伝ってくれるのは、彼女もまた、自分を憎からず思ってくれているのではないかと、龐徳は淡い期待を抱いていた。
初めの頃、怖々と触れていた名無しさんの手は、回数を重ねる毎に慣れた様子を見せ、今では優しい仕草で馬の背を撫でている。
馬の方も、毛並みを整えてくれる彼女に甘えるようになった。
「ふふっ、擽ったい」
すりすりと体を寄せて来る馬に、名無しさんが笑顔を浮かべる。
「ねぇ、龐徳様。この子、私の事を覚えてくれたのでしょうか」
「うむ、そうであろうな。馬は臆病で警戒心が強い、中でもその
そうと聞いて嬉しくなり、名無しさんは馬の首の付け根に顔を埋めるようにして抱き付いた。
大きな馬と戯れる小さな彼女の姿は、龐徳の目に愛くるしく映る。
「翻羽って、格好良い名前なのに。甘えん坊なんですね」
「だが、速さは空を行く鳥のように速い。故に翻羽と名付けた」
と、どこか自慢気に言う龐徳に、名無しさんは大きな瞳を瞬かせた。
「どうして、それだと翻羽になるのでしょうか?」
「翻羽とは穆王が所有していたと言われる馬の内の一頭の名。猛禽よりも速く駆けると聞く。他に飛ぶように走る事ができる
そこまで言って、龐徳は気が付いたように言葉を止める。
「・・・済まぬ、つまらぬ事を申した」
女性には退屈な話だろう、得意気に語った自分に恥じ入るばかりだ。
「いいえ、そのような事は」
埋めていた馬の首から顔を上げ、名無しさんは否定して微笑んだ。
「龐徳様のお話、もっと聞かせて下さい」
初めて会った時の、あの魅力的な笑顔で言われ、龐徳は胸を高鳴らせた。