恋する瞳
貴女のお名前
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貴女の、その素敵な笑顔に。
庭に面した縁側に腰掛ける男性の周りを、数人の小さな子供たちが囲んでいた。
その光景は、今となっては馴染みのもので、大半の者は彼らを微笑ましく眺めて通り過ぎる。
「趙雲様、今日も賑やかですね」
と、その場に通り掛かった女官の一人、名無しさんは子供たちに囲まれている男性に声を掛けた。
「ああ、名無しさんか・・・」
伏せていた顔を上げた時の、彼の笑顔と声音が少し、疲れているように感じたのは名無しさんの気の所為か。
「大丈夫ですか?随分とお疲れのようですけれど」
「ああ・・・。いや、正直な所、余り大丈夫では・・・」
そう言いながら、趙雲が視線で促す先では、
「趙雲殿!でっかい虫、捕まえました!」
「趙雲、早く先を読んでくれぬか」
「趙雲殿、眠い・・・」
張苞が興奮気味に捕まえた虫を掲げて走って来たり、劉禅が趙雲の膝の上で広げた書物の先を催促して裾を引っ張っていたり、関興が背中に甘えて凭れ掛かって来たりしていた。
「張苞、虫が可哀想だ、帰してあげなさい。阿斗様、今暫くお待ちを。関興、寝るな、風邪を引くぞ」
流れるようにそれぞれに言葉を放ってから、趙雲は名無しさんに溜め息を吐いて見せる。
「子供は気儘なものだが・・・」
「そう、ですわね」
名無しさんは頷いて、再び、子供たちに視線を向けた。
殆ど間を置かず、新たな声が耳に飛び込んで来る。
「趙雲殿、女の人からお菓子を貰いました」
「趙雲殿、面白いもの見付けました!これ、猫ですか?」
「関索、誰から貰ったのか覚えてるか?その人が知らない人なら食べないように。銀屏、それは虎戦車の頭だ、叱られる前に返して来い」
先程と同じ調子で言葉を放った趙雲は、げんなりと肩を落とした。
「流石に朝から全員の相手をしていると目が回る・・・」
手が掛からないは年長の関平と、幼くも落ち着いた性格の星彩位か、二人とも大人しく趙雲の傍で座っている。
総勢七人の子供たち、その面倒を一人で見ると言うのは慣れている者でも大変だろう。
そもそも、趙雲は武将であって、子守りを得意としていても仕事ではないのだ、子供たちに振り回され、未だ昼過ぎだと言うのに既にぐったりしているのも無理はない。
「趙雲様、宜しければ、私にもお手伝いさせて頂けませんか?」
幸い、今は手が空いている、名無しさんは趙雲の疲れた様子を心配して助力を申し出た。
「それは助かる」
途端に、趙雲のくたびれた表情が晴れる。
余程、疲れていらっしゃったんだわ、と名無しさんは早速、関興に声を掛けた。
「関興様、何か掛けるものを持って来ますからね、もう少し起きてて下さい」
「うん・・・」
一度、名無しさんは彼らの元を離れ、念の為に数枚の掛布を持って戻って来る。
今にも寝入ってしまいそうに体を揺らしている関興を掛布で包んでやり、自分の膝の上に小さな頭を凭れさせた。
関興は直ぐに穏やかな寝息を立て始め、それを見届けた名無しさんは関索を手招いて傍に呼んだ。
「関索様、お菓子を頂いた方は、私と同じ服を着ていましたか?」
「はい、名前は知らないけれど、ご飯を作ってくれている人です」
それならば大丈夫だろうとは思うが、万が一と言う事もある。
名無しさんは関索の両手に乗った菓子を一つ、手に取ると半分に割って、先に自分の口に入れた。
遅効性ならば無意味だ、しかし、毒味をしないまま、関索に食べさせる訳にはいかない。
咀嚼して飲み下し、名無しさんは関索に言う。
「関索様、これからお菓子を頂いた時はお相手のお名前を聞いておきましょうね。後でお礼をする時に誰だったか分からないと困るでしょう?」
「はい。名無しさん殿、女の人はどんなものをあげたら喜んでくれますか?」
こんなに幼いにも関わらず、女性の気持ちを考える事ができる関索の、その心遣いは天性のものか。
将来、どんな男性になるのか、名無しさんは少しばかり不安になってしまった。
「関索様は未だ子供ですから。お花を摘んで、差し上げるのが宜しいでしょう」
庭では丁度、季節の花が見頃を迎えている。
関索は一番綺麗なものを探すと言って縁側を下りて行った。
離れても、関索の小さな背中は目の届く距離に在る、先ず心配はないだろう。
次に名無しさんは張苞を手招いた。
「張苞様、趙雲様の仰る通り、虫はお家に帰してあげましょうね」
「どうしてですか?折角、捕まえたのに。飼ったら駄目ですか?」
「あら、張苞様はお父様やお母様、星彩様や趙雲様たち皆と離ればなれになっても平気なのかしら?」
質問に質問で返されて、張苞はその小さな唇を尖らせる。
「俺は平気です」
「でも、私は平気ではありませんから、張苞様が居なくなると寂しいです」
それを聞いて、張苞は照れたように体をもじもじとさせた。
「そっか、俺が居ないと寂しいのか・・・。しゃーねぇなあ」
張苞は手から虫を解放してやると、名無しさんの空いている膝にちょこんと腰を下ろす。
「名無しさん殿がそう言うんだもんな。女は絶対泣かすなって親父も言ってたし、傍に居てやるよ」
「はい、ありがとうございます」
偉そうに言い、見上げて来る彼の小さな頭を優しく撫でてやれば、張苞は満足気に鼻を鳴らした。
次は虎戦車の頭を抱えたまま、しょんぼりとしている銀屏だ。
「名無しさん殿、私、月英殿に叱られるのかな?」
頭だけとは言え、兵器なのだ、叱るよりも寧ろ、怪我などしていないかを月英は心配するだろう。
そうと簡単に想像できれば、それは叱られる事以上に、銀屏の望む所でもなく、名無しさんは提案して言った。
「銀屏様、虎戦車の頭に花冠を飾って差し上げましょう。きっと月英様は驚いて、褒めて下さいますよ」
「本当?」
勿論だと名無しさんは請け負い、首を巡らせて大人しく座っている星彩に声を掛ける。
「星彩様、虎戦車の頭は大きいので、銀屏様お一人で花冠を作るのは大変でしょう。私はこの通り、動けませんので、代わりに銀屏様を手伝って頂けますか?」
「分かった」
星彩は短く答えて立ち上がり、銀屏と花冠を作りに、先に庭へと下りている関索の所へ駆け寄って行った。
最後に名無しさんは静かに座っている関平に視線を向ける。
「関平様は最近、熱心に春秋左氏伝を読んでいらっしゃるとか」
関平は名無しさんに話し掛けられて、嬉しそうに顔を上げた。
一番、年上であるが故に、関平は何かにつけて遠慮する所がある。
本当は色々と構って欲しいだろうに、自由気儘な年下たちに振り回されている趙雲を見ていると、話し掛ける事すら躊躇ってしまうのだ。
「はい。でも、どうしてそれを・・・」
「お父様が自慢してらっしゃいましたよ」
名無しさんは微笑んでそう言うと、趙雲が膝の上に座る劉禅に向けて読み聞かせている書物をちらりと見遣った。
「趙雲様が今、広げていらっしるのも春秋左氏伝でしょう?」
「あ、ああ、そうだが」
「折角ですもの、関平様、阿斗様に読んで差し上げては?」
「それは良い考えだ」
復習にもなる、と趙雲は関平を即座に近くに呼び寄せる。
「読めない文字があれば遠慮なく言うと良い」
「は、はい」
関平は怖ず怖ずと、劉禅に書物の内容を読ませて聞かせ始めた。
劉禅が漸く始まった続きに耳を傾ける。
瞬く間に子供たちを然り気無く、余す事もなく導いた彼女の手腕に、趙雲は内心で見事なものだと舌を巻いていた。
庭に面した縁側に腰掛ける男性の周りを、数人の小さな子供たちが囲んでいた。
その光景は、今となっては馴染みのもので、大半の者は彼らを微笑ましく眺めて通り過ぎる。
「趙雲様、今日も賑やかですね」
と、その場に通り掛かった女官の一人、名無しさんは子供たちに囲まれている男性に声を掛けた。
「ああ、名無しさんか・・・」
伏せていた顔を上げた時の、彼の笑顔と声音が少し、疲れているように感じたのは名無しさんの気の所為か。
「大丈夫ですか?随分とお疲れのようですけれど」
「ああ・・・。いや、正直な所、余り大丈夫では・・・」
そう言いながら、趙雲が視線で促す先では、
「趙雲殿!でっかい虫、捕まえました!」
「趙雲、早く先を読んでくれぬか」
「趙雲殿、眠い・・・」
張苞が興奮気味に捕まえた虫を掲げて走って来たり、劉禅が趙雲の膝の上で広げた書物の先を催促して裾を引っ張っていたり、関興が背中に甘えて凭れ掛かって来たりしていた。
「張苞、虫が可哀想だ、帰してあげなさい。阿斗様、今暫くお待ちを。関興、寝るな、風邪を引くぞ」
流れるようにそれぞれに言葉を放ってから、趙雲は名無しさんに溜め息を吐いて見せる。
「子供は気儘なものだが・・・」
「そう、ですわね」
名無しさんは頷いて、再び、子供たちに視線を向けた。
殆ど間を置かず、新たな声が耳に飛び込んで来る。
「趙雲殿、女の人からお菓子を貰いました」
「趙雲殿、面白いもの見付けました!これ、猫ですか?」
「関索、誰から貰ったのか覚えてるか?その人が知らない人なら食べないように。銀屏、それは虎戦車の頭だ、叱られる前に返して来い」
先程と同じ調子で言葉を放った趙雲は、げんなりと肩を落とした。
「流石に朝から全員の相手をしていると目が回る・・・」
手が掛からないは年長の関平と、幼くも落ち着いた性格の星彩位か、二人とも大人しく趙雲の傍で座っている。
総勢七人の子供たち、その面倒を一人で見ると言うのは慣れている者でも大変だろう。
そもそも、趙雲は武将であって、子守りを得意としていても仕事ではないのだ、子供たちに振り回され、未だ昼過ぎだと言うのに既にぐったりしているのも無理はない。
「趙雲様、宜しければ、私にもお手伝いさせて頂けませんか?」
幸い、今は手が空いている、名無しさんは趙雲の疲れた様子を心配して助力を申し出た。
「それは助かる」
途端に、趙雲のくたびれた表情が晴れる。
余程、疲れていらっしゃったんだわ、と名無しさんは早速、関興に声を掛けた。
「関興様、何か掛けるものを持って来ますからね、もう少し起きてて下さい」
「うん・・・」
一度、名無しさんは彼らの元を離れ、念の為に数枚の掛布を持って戻って来る。
今にも寝入ってしまいそうに体を揺らしている関興を掛布で包んでやり、自分の膝の上に小さな頭を凭れさせた。
関興は直ぐに穏やかな寝息を立て始め、それを見届けた名無しさんは関索を手招いて傍に呼んだ。
「関索様、お菓子を頂いた方は、私と同じ服を着ていましたか?」
「はい、名前は知らないけれど、ご飯を作ってくれている人です」
それならば大丈夫だろうとは思うが、万が一と言う事もある。
名無しさんは関索の両手に乗った菓子を一つ、手に取ると半分に割って、先に自分の口に入れた。
遅効性ならば無意味だ、しかし、毒味をしないまま、関索に食べさせる訳にはいかない。
咀嚼して飲み下し、名無しさんは関索に言う。
「関索様、これからお菓子を頂いた時はお相手のお名前を聞いておきましょうね。後でお礼をする時に誰だったか分からないと困るでしょう?」
「はい。名無しさん殿、女の人はどんなものをあげたら喜んでくれますか?」
こんなに幼いにも関わらず、女性の気持ちを考える事ができる関索の、その心遣いは天性のものか。
将来、どんな男性になるのか、名無しさんは少しばかり不安になってしまった。
「関索様は未だ子供ですから。お花を摘んで、差し上げるのが宜しいでしょう」
庭では丁度、季節の花が見頃を迎えている。
関索は一番綺麗なものを探すと言って縁側を下りて行った。
離れても、関索の小さな背中は目の届く距離に在る、先ず心配はないだろう。
次に名無しさんは張苞を手招いた。
「張苞様、趙雲様の仰る通り、虫はお家に帰してあげましょうね」
「どうしてですか?折角、捕まえたのに。飼ったら駄目ですか?」
「あら、張苞様はお父様やお母様、星彩様や趙雲様たち皆と離ればなれになっても平気なのかしら?」
質問に質問で返されて、張苞はその小さな唇を尖らせる。
「俺は平気です」
「でも、私は平気ではありませんから、張苞様が居なくなると寂しいです」
それを聞いて、張苞は照れたように体をもじもじとさせた。
「そっか、俺が居ないと寂しいのか・・・。しゃーねぇなあ」
張苞は手から虫を解放してやると、名無しさんの空いている膝にちょこんと腰を下ろす。
「名無しさん殿がそう言うんだもんな。女は絶対泣かすなって親父も言ってたし、傍に居てやるよ」
「はい、ありがとうございます」
偉そうに言い、見上げて来る彼の小さな頭を優しく撫でてやれば、張苞は満足気に鼻を鳴らした。
次は虎戦車の頭を抱えたまま、しょんぼりとしている銀屏だ。
「名無しさん殿、私、月英殿に叱られるのかな?」
頭だけとは言え、兵器なのだ、叱るよりも寧ろ、怪我などしていないかを月英は心配するだろう。
そうと簡単に想像できれば、それは叱られる事以上に、銀屏の望む所でもなく、名無しさんは提案して言った。
「銀屏様、虎戦車の頭に花冠を飾って差し上げましょう。きっと月英様は驚いて、褒めて下さいますよ」
「本当?」
勿論だと名無しさんは請け負い、首を巡らせて大人しく座っている星彩に声を掛ける。
「星彩様、虎戦車の頭は大きいので、銀屏様お一人で花冠を作るのは大変でしょう。私はこの通り、動けませんので、代わりに銀屏様を手伝って頂けますか?」
「分かった」
星彩は短く答えて立ち上がり、銀屏と花冠を作りに、先に庭へと下りている関索の所へ駆け寄って行った。
最後に名無しさんは静かに座っている関平に視線を向ける。
「関平様は最近、熱心に春秋左氏伝を読んでいらっしゃるとか」
関平は名無しさんに話し掛けられて、嬉しそうに顔を上げた。
一番、年上であるが故に、関平は何かにつけて遠慮する所がある。
本当は色々と構って欲しいだろうに、自由気儘な年下たちに振り回されている趙雲を見ていると、話し掛ける事すら躊躇ってしまうのだ。
「はい。でも、どうしてそれを・・・」
「お父様が自慢してらっしゃいましたよ」
名無しさんは微笑んでそう言うと、趙雲が膝の上に座る劉禅に向けて読み聞かせている書物をちらりと見遣った。
「趙雲様が今、広げていらっしるのも春秋左氏伝でしょう?」
「あ、ああ、そうだが」
「折角ですもの、関平様、阿斗様に読んで差し上げては?」
「それは良い考えだ」
復習にもなる、と趙雲は関平を即座に近くに呼び寄せる。
「読めない文字があれば遠慮なく言うと良い」
「は、はい」
関平は怖ず怖ずと、劉禅に書物の内容を読ませて聞かせ始めた。
劉禅が漸く始まった続きに耳を傾ける。
瞬く間に子供たちを然り気無く、余す事もなく導いた彼女の手腕に、趙雲は内心で見事なものだと舌を巻いていた。